トラウマとの対峙
「――よし。こんな感じでどうだ?」
「さっすがミーちゃん! ララちゃんの癖っ毛が嘘みたいにサラサラね」
「一日で取れるけどな。後は輪郭は髪の毛で隠す様にして、後ろはアップにして首元を出した方がスッキリ見せれるぞ」
瑞希がララスの髪形を軽く作ってみせ、サイドの髪の毛を残す利点を説明をする。
フィロはそれを確認し、頷く。
「でもフィロの化粧技術も大したもんだ。ララスさんの吹き出物の跡も全然わからないな」
「ふっふっふ~! とは言ってもララちゃんお肌はかなり綺麗になってたのよ。殆どララちゃんの頑張りなのよ。ララちゃん、お腹は苦しくない?」
「大丈夫です」
椅子に座りながらもピンと背筋を伸ばしたララスは、ふわりと微笑んだ。
ララスのドレスの下にはコルセットを着込んでいる。
ドマルが贔屓にする、アーモフ商会では女性の体のラインを強調する様な下着を開発していた。
丈夫なストーンワームの糸を素材に、ウエスト部分が細くなる様に作られているコルセットは背筋を伸ばす様に固定され、ララスのウエストの肉を別の部分に追いやっていた。
すなわち元々ボリュームの在った胸が、更に強調されている。
「これを付けてると背筋も伸びますし、それだけで体の線が綺麗に見えます。衣料品を誇るキーリスが生み出した逸品ですよ。カエラにも先程渡しました」
ドマルの商品説明にララスは納得する様に頷く。
「はい。文字通り身が引き締まる思いです」
「ほ~! 以前の姿とは見違える様なのじゃ!」
シャオも着飾られたララスの姿を見て感心している。
「ララちゃんのお仕事はこれからだからね! ミーちゃんの作った納豆を皆が食べたくなる様にお披露目してもらわなきゃ」
「お任せください。兄の目を覚まさせます」
先程からララスの言葉に迷いがないのは、自信の表れなのか、強い意志が垣間見える。
フィロがドレスに付けるブローチを選んでいると、ララスがリルドに頼み自身の荷物から小箱を持ってこさせた。
「そんなブローチ持ってたの?」
中からは淡く光る様な白い魔石を使ったブローチが現れた。
「婚約をした時のバージ様からの贈り物なんです。光の魔石を加工した物で……」
ララスは少し恥ずかしそうにブローチの説明をする。
「じゃああいつの言葉を信じてやるのか?」
リルドの言葉にララスが頷く。
「リルドとフィロに散々説得されたしね。それに、ミズキ様からバージ様の話は伺いましたし、私も噂話なんかよりバージ様と直接お話をしたいと思います……それに、折角だから私の姿も見て欲しいからね」
ララスはぺろりと舌を出し、リルドに説明する。
「では参りましょうか」
ララスがそう言って立ち上がると、瑞希達が先に部屋を出て最後にララスが部屋を後にする。
その心境は不安から来る緊張と、少しは変わったと思える自信とがせめぎ合いながらも高揚していた。
部屋を出て、廊下を進み、突き当りを曲がるとミミカと達の部屋なのだが、先導していた瑞希とリルドがその角の手前で歩みを止めた。
「バージ~! 会いたかった~! 貴方婚約破棄されたんですってね~!」
「離れろ馬鹿! 誰かに見られたらどうする!」
「あん! 相変わらずつれないのね」
声から察するにバージと誰かが話しているのだが、瑞希はどうしたものかと立ち止まり、リルドはふつふつと怒りが湧いていた。
「それより良いの? 未来の……いえ、王妃に向かってそんな口のきき方して?」
「はぁ? 何でアスタルフ家の娘如きが王妃に……バングか?」
「そうよ! 私はバング王子に見初められたのよ! 今日はその発表もあるから楽しみにしてなさい。それとあんたがあの不細工から離れられたのは私のおかげなんだから感謝してよね」
「……どういう意味だ?」
「私の兵士を使って噂話をね……。でも良かったじゃない? 遊び人のあんたがあの不細工と婚約したのは派閥が違う家の為でしょ? 私が王妃になったらカルトロム家もサルーシ家も贔屓にしてあげるわ。その代わりバージは私に仕えなさいよ?」
女性がバージに下卑た笑顔を向けると、バージはその言葉を聞き押し黙ってしまう。
ララスが離れた理由を知った事と、過去の自分の女性へのだらしなさが招いた結果に、そして女性の『王妃になる』という言葉を聞き、邪険にすれば家に迷惑がかかるという事が一瞬頭を過ぎってしまった。
それに加え、沸いて来た怒りの矛先をどこへ向ければ良いのかと、思考の渦に捕らわれてしまったためだ。
瑞希が溜め息を吐きながら出ようとした矢先に、瑞希の隣から素早くリルドが飛び出し、バージの肩を掴むや否や、力任せに振り向かせ、思い切りバージの頬を殴り飛ばした。
「キャー! バージ、バージ!? 大丈夫!? ちょっとあんた誰よ!? バージから離れなさい!」
リルドは女性の制止を無視し、バージに跨り胸倉を掴むともう一度殴る。
「言いたいだけ言われて黙るな糞野郎。黙ればお前が肯定してるみたいだろうが」
「リル……ド……?」
「お前はララスがどれだけ悲しみながら婚約破棄をしたのか知らないだろうが、ララスがどれだけ自分に自信を持てない子だったかというのは知ってるんだろう? お前が女性関係を清算したと言ってもお前に糞女共が寄って来るのは少し考えれば分かってただろう?」
「糞女って誰の事よっ!?」
女性はリルドの言葉を聞き、リルドに憤慨するが、リルドはギロリと女性を睨みつける。
女性は思わず後ずさり、そこへ更にフィロが登場した。
「リルちゃん! ララちゃんだってバージちゃんとちゃんと向き合わなかったのも悪かったのよ」
「お前はどっちの味方だ!? こいつが女に対してだらしないのがそもそもの原因だろう!?」
「私は二人の味方よ。二人が上手くいくのが一番良いの。バージちゃんだって自分の事以外が重荷になってるんでしょ? でもね、女の子は……特に自信のない子は無理やり捕まえて言葉にしなきゃ伝わらないのよ?」
「フィロ……」
バージはリルドの肩を軽く叩き体をどけて貰うとゆっくりと立ち上がり、乱れた髪をオールバックにかき上げ、口から伝う血を拭う。
「言っとくけどな、俺はララスが不細工だとかどうでも良い。俺はあの子の優しい所が好きだ。照れた仕草が好きだ。不器用な所が好きだ。民や人に対して一生懸命な所が好きだ。まだまだ言い足りねぇけど、俺と共に一生を添い遂げて欲しいと思ってる。お前が俺達の事をとやかく言ったんなら絶対に後悔させてやるから覚えとけ!」
声を大にしてそう言い放ったバージは大きく息を吸い、吐く。
その顔にはもう迷いが感じられなかった。
バージの気迫に追いやられた女性は体裁を保つためか、戸惑いながらも言い返す。
「う、五月蠅い! 私はバージの為を思って……」
「それは大きなお世話だろ? まぁいい、俺は今からララスに自分の想いを伝えて来るからお前は王妃にでも何にでもなりやがれってんだ」
リルドとフィロはバージの言葉を聞きニヤニヤとしている中、曲がり角では以前の様に声だけが聞こえてしまい、バージを疑ってしまった時の様に、ララスにも聞こえていた。
バージの言葉を一語一句聞き洩らさなかったララスは、嬉しさと恥ずかしさがあいまり顔を真っ赤にして蹲っていた。
ドマルと瑞希が目配せをして、ララスを立ち上がらせると、二人は笑顔で軽くララスの背中を押した。
「あら、もう出て来て良かったの?」
「お前もバージをぶん殴るか?」
顔を伏せたララスは無言のままツカツカとバージの前まで歩いていき、小さな声で詠唱をする。
「……ひ、久しぶりだな」
「……お久しぶりですバージ様」
バージの顔を治し終えたララスは、狼狽える女性に体を向け、綺麗な姿勢で深々とお辞儀をする。
「私の従者が御迷惑をおかけしました」
「あんた誰よ!?」
「ララス・グラフリー、バージ・カルトロム様の元婚約者です。私を御存じではなかったでしょうか? タミユ・アスタルフ様」
ララスは柔らかい口調でそう微笑む。
だがタミユの記憶のララスと、目の前のララスが結び付かない。
「う、嘘よっ! ラ、ララス様は、デブで、不細工で、髪の毛だって……!」
ララスの髪形は艶のあるさらりとした髪の毛を、後ろ髪は束ね上げて首元をすっきりと見せており、輪郭に沿って残された髪の毛が、まだ少し丸みの残る顔を隠している。
その顔も以前は吹き出物が顔中にあり、頬の肉が瞼を押し上げていたが、今では吹き出物は少なく、それも化粧で消え去っており、肉に隠された切れ長の目はぱっちりと開いていた。
そして、ドマルの持ってきた紺のドレスは、コルセットを巻いたララスの体を視覚効果も合わさって、ボリュームのある胸部以外を細く見せる。
そしてドレスの胸元にはバージの送ったブローチが美しく輝いていた。
対してタミユは身に纏う物こそ豪華で煌びやかに見えるが、肝心の女性としての魅力という点では素材からしてもララスに比べ見劣りしてしまう。
ムージやオリンが言う肥え太った貴族という言葉に漏れず、現在のララスよりもふっくらとしている。
顔を隠し、背を丸め、癖毛でボリュームのある髪に隠れていた肌は吹き出物が見えていた当時のララスと比べるならばタミユも強気に出れたのだろうが、目の前にいるララスにはたじろいでいた。
「愛しの方に振り向いてもらう為に、とある方々に教えて頂き努力をしておりますので……い、いかがでしょうバージ様?」
ララスは言葉にして途端に恥ずかしくなったのか、バージに向き直り、もじもじとした仕草を強調された胸の前で行いながら、上目遣いでバージの様子を伺う。
フィロもよく行う、所謂あざとい行動なのだが、ララスは天然でやっており、フィロとは違い破壊的な武器迄携えていた。
フィロは心の中でガッツポーズをしながらバージの返答を待っている。
「馬鹿……そんなのなくたって俺は……」
予想とは違い、真摯に応えようとしたバージの言葉の途中でフィロが咳ばらいをして、バージに怒りの視線を向ける。
「以前と比べてとても美しくなった。良ければ今後ずっと俺の隣に居てくれないか?」
フィロの望む答えかどうかはさておき、美しいという言葉と共にバージは跪き、ララスに手を差し伸べた。
ララスは自身の見た目をしっかりと見た上でそう言ってくれたバージの目にしっかりと視線を合わせる。
「はい……。私……なんかでよろし……ければ……」
ララスは感極まりながらも、そっとバージの手に、自身の手を重ねる。
その光景を見たタミユは歯ぎしりをしながらその場を逃げる様に去っていき、部屋の前で行われていた喧騒を覗いていたミミカ達や、曲がり角からも瑞希達が姿を現し、歓声と拍手によって二人の事を祝福するのであった――。
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