アリベルとの御約束
――カルトロム家。
招待状の内容を確認していたバージはぐしゃりと紙を握りつぶした。
「何の知らせだったんだ?」
「バングが王になるんだとよ……」
「馬鹿な!? お前の話ではバングはまだ動かないのではなかったのか!? それにこんな急な継承なぞ周りの貴族が……!」
ムージは言いかけた所で気付いた。
「そうだ。バングも周辺貴族も砂糖に乗っ取られたな。うちの親父達も回復したとはいえ、家に連れて帰れなかったとしたら賛同してただろうしな」
「早くミズキと行かねばこの地域が魔法使いに乗っ取られるぞ!?」
「そんな事になったらこの国は分裂するだろうな……」
バージはぶつぶつと考え込むが、バージの落ち着いてる姿を見たムージはより焦ってしまう。
「ならばすぐに行動に起こせ! 今正気を保っているのが誰かも分からん事態だぞ!?」
「……そうだな。考え事よりまずはあいつ等を正気に戻すか。ムージ、オリンに通達を送れ。招待されてるなら全員参加だ」
「わかった!」
ムージはオリンに通達する書状を直ぐに書き始める。
それを受け取った兵士はブルガーに跨り、サルーシ家へと走らせるのであった――。
◇◇◇
――瑞希達を乗せた馬車は王宮へと向け走る。
サルーシ家やカルトロム家は勿論、カエラやミミカ、そしてアリベルまでもが移動を共にしていた。
アリベルを王宮へ連れて行くのは危険ではないかという意見が当然上がったのだが、ムージからの通達には何が起きるかが分からない、最悪を考えれば強行突破される可能性もあるというバージの文面が追記されていたのだ。
広めの馬車の中ではバージとムージ、そしてミミカも瑞希の対面の席に座っている。
ミミカも最初は婚約者として瑞希の左側に座り、チサは定位置の瑞希の右側に座り、シャオがミミカを押しのけ、瑞希の側に座りたかったアリベルは空いていた瑞希の膝に座る。
当然シャオから非難を浴びたが、大人気ないシャオを瑞希が叱り、この様な配置になった。
上機嫌なアリベルとは裏腹に、ミミカとムージは悔しそうに瑞希を睨んでいた。
「私はミズキ様の婚約者なのに……」
「俺の妹なんだぞ……」
「アリベル! そろそろ良いじゃろ!? わしと席を変わるのじゃ!」
「アリーはお兄ちゃんと全然一緒に居れなかったもん! シャオお姉ちゃんばっかりずるい~!」
「うぬぬぬ……。チサからも何か言うのじゃ!」
「……偶にはええやん。アリベルが寂しがってた理由はうちにも分かるし」
チサも短い期間とはいえ、常に共に居た瑞希とシャオが居ない生活は寂しかった。
だからこそ、瑞希の布団に忍び込んでしまったのだが、翌朝冷静になったチサは、その後一人思い出し恥ずかしがっていたという経緯がある。
「アリベルもこうやって誰かの膝の上に乗るのも今の内だって。その内直ぐに大きくなって恥ずかしがるからな」
瑞希は笑いながらアリベルを茶化すが、当のアリベルはぷうっと頬を膨らましながら抗議する。
「違うの! アリーはお兄ちゃんのお膝だから座るのっ!」
「わしもミズキのじゃから怒るのじゃ! お主は自分の兄がおるじゃろうが!」
シャオは対面に座るムージを指差し、ムージの表情もパッと明るくなる。
「アリーのお兄ちゃんじゃないもん!」
アリベルがぷいっとムージから視線逸らすと、ムージはがっくりと肩を落とし、バージはムージを見て笑いを堪えていた。
しかし、瑞希はアリベルの返答を聞き、アリベルの両頬を引っ張る。
「こら。アリベルを王宮から連れ出してくれたのはムージやバージの頑張りなんだぞ? アリベルもその事をちゃんと分かってるだろ」
「でもお城の人がママに会わせてくれるって言ってお出かけしたのに会わせてくれなかったもん!」
アリベルは大好きな瑞希から叱られるとは思ってもいなかったのか、泣きそうな顔で反論する。
瑞希はその言葉を聞き、アリベルが攫われたという経緯を思い出した。
そしてアリベルの記憶にはないが、その後どういった目に遭ったのかを瑞希を始め、アリベル以外の人間は知っている。
「そっか……。アリベルもやっぱりママに会いたかったのか」
「その時は寂しかったの……知らない人ばっかりだし……。でもね、でもね! 今は違うの! お兄ちゃん達やお姉ちゃんが居るし、アンナお姉ちゃんとか、ジーニャお姉ちゃんとか……、前は寝る時にここがぎゅーってなってたんだけど、今は寝る時も明日が楽しみですぐに眠れちゃうの!」
「アリー……」
胸を押さえるアリベルに対し、テオリス家の日々を楽しいと言ってくれるアリベルの言葉に、ミミカは感極まり泣きそうになっている。
「なら寂しくさせたのは俺達だからアリベルの母ちゃんは絶対見つけてやる。バージ兄ちゃんとの約束だ!」
「……約束してくれる?」
「おぉ勿論だ! なぁムージ?」
「当たり前だ!」
「じゃあ……はい! 指切り!」
アリベルはバージとムージの前に可愛らしい小指を差し出した。
「「指切り?」」
その行動がわからない二人は声を合わせて聞き返した。
「お兄ちゃんが教えてくれたおまじないだよ? こうやってね、小指を繋いで……ゆーびきーりげーんまん――」
バージとムージの小指と、自身の両手の小指を絡めたアリベルが歌い出し、その歌詞の先を知っている他の面々は笑いだしてしまう。
「うーそつーいたーら、はーりせーんぼんのーます! ゆーびきったー!」
「嘘だろっ!?」
「ミズキ! 子供に変なおまじないを教えるなっ!」
「あ~ぁ。これでバージとムージは嘘ついたら針を千本飲まなくちゃならないな」
「「殺す気かっ!」」
瑞希が笑いながら説明すると、二人から突っ込まれる。
アリベルは笑顔の瑞希の顔を見る様に、視線を上に向け、瑞希に小指を突き出した。
「お兄ちゃんも約束!」
「ん? でも俺もアリベルのママは探してるぞ?」
「違うの! 別の約束っ!」
「何の約束だ?」
瑞希が子供の約束だと思い、軽い気持ちでアリベルと小指を繋ぐ。
「アリベルとこれからも一緒に遊んでくれる?」
「あぁ、それぐらいなら守れるよ」
「……嫌な予感がするのじゃ」
「えへへ~、じゃあ歌うね? ゆーびきーりげーんまん――」
ニコニコとした笑顔のアリベルが、繋いだ小指を振りながら再び可愛らしく歌い始める。
「うーそつーいたら……アリーをお嫁さんにしーます! ゆーびきったー! アリーとの約束だからねっ! えへへへへ!」
後半部分を素早く歌い終えたアリベルは瑞希の指を離し、くすくすと喜びの胸中を隠し切れないのか満面の笑みを浮かべていた。
「……それはずるい!」
「無効なのじゃ! そんな約束は無効なのじゃ!」
「アリー……? 好い加減にしないとお姉ちゃんも怒るわよ……?」
両隣の少女達と、目の前のミミカがアリベルに詰め寄るが、瑞希が手を前に突き出しながら場を収め様としていた。
「まぁまぁ、子供の冗談なんだからそんなに怒らなくても……「むー! 冗談じゃないもん!」」
瑞希の言葉にむっとしたアリベルは、素早く体を反転させて瑞希の頬に軽く唇を振れさせ、そのまま瑞希に抱き着く。
それを見たバージを除く他の面々は思わず腰を浮かし、声を合わせた。
「「「「あー!」」」」
バージはその光景を見ながら爆笑し、アリベルは怒られない様に瑞希に力強く抱き着きながら瑞希の胸に顔を埋めるが、自身の行動にドキドキと心臓を鳴らしていた。
馬車内から響く声はとても今から敵地へと向かう緊張感は感じられぬまま、瑞希達を王宮へと運ぶのであった――。
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