美肌になるために
――瑞希がサルーシ家に戻って来た翌日、オリンと瑞希達は、王宮へ行く準備を着々と進めていた。
瑞希がミミカの作った納豆の味を確かめている傍らで、シャオを始め、他の者達は瑞希の作ったおやつを食べている。
「うん! よく出来てるな。これなら問題ない!」
「はぁ~……! 良かったです……。これで私も心置きなくこれが食べれます……シャオちゃん! 今から食べるから取らないで!」
胸に手を当て、安堵の息を吐くミミカの手元にあるおやつに、シャオの手が伸びて来ていた。
「何じゃ。いつまでもミズキの顔を見ておったから食べんのかと思ったのじゃ」
「食べるに決まってるでしょ!」
シャオから器をさっと遠ざけると、その反動で、器の上のおやつが器から滑り落ちそうになる。
ミミカは慌てて器をそれ以上動かさぬように動きを止めると、おやつは器の上でプルプルと揺らいでいた。
「危なかった~……。もうシャオちゃん!」
「早く食べんお主が悪いのじゃ。他の者はもう食べ終わりそうなのじゃ」
シャオに言われ周りを見渡すと、ゆっくりとした食事を心がけるララス以外は既に食べ終えていた。
「……おかわり欲しい」
「わしもじゃ! 甘さがさっぱりしておるからか、あまり腹は膨れんのじゃ」
「砂糖は使わずに果物の甘さだけで作ったからな。これなら節制してるララスさんでも食べれるだろ?」
「大変美味しいです」
間食をしても問題のない甘味という事もあり、甘い物が好きなララスは緩んだ顔のまま、自然と笑顔で瑞希に返答する。
ミミカはその光景を尻目に、目の前の甘味に匙を差し込んだ。
今まで食べた瑞希の甘味の中ではわらび餅が一番近い見た目をしていたが、差し込んだ匙はわらび餅程の抵抗感はなく、匙を入れた所からするりと切れる。
ミミカは匙を口に近付けちゅるりと、口の中へ入れた。
「爽やかな甘さですね!」
「ジラの果汁と果肉をスライム寒天でゼリーにしたんだよ」
「ジラをそのまま食べるのでは駄目なのですか?」
「勿論それでも良いんだけど、スライムが普段何を食べているかを知ったから、もしかして俺の知ってる寒天と同じ様な効果があるかと思ってな」
瑞希は以前ヒアリーに指摘された点でもある、魔物の知識という物を本等で学んでいた。
とはいっても、瑞希の興味は倒し方よりも美味いか美味くないかであり、皆が食べた事のない魔物はどの様な生態をしているかを食べた後に調べていた。
スライムは基本的に草等を溶かし、吸収している生き物であり、魔力を使いその体を維持している魔物である。
中には動物や人間を襲う個体もいるが、それでも草を吸収しないという訳ではないらしい。
瑞希が想像したのは、草を吸収しているならば、食物繊維等の成分も溶かし、吸収しているのではないかという点だ。
故郷で使っていた寒天は海藻から抽出していたため、食物繊維が豊富なのだが、同じ様な料理が作れてもスライムが海藻とは結び付かなかった。
しかし、草を溶かし吸収し、動物の様に糞として体外に出していないのであれば、植物に含まれる食物繊維を保っているのではないかと考えた。
「効果……ですか?」
「スライムの成分を詳しく調べる事は出来ないけど、液体を固める性質を料理に使ってるだろ? だからスライム自体はそこまで量は使わないし、味的にも脂っぽさや甘さは勿論感じないから当然太りやすい食材でもないと思う。なら効果として欲しいのは食物繊維の効果だ」
「……どういう栄養なん?」
「栄養じゃなくて、成分だな。わかりやすく言うと人には消化できない成分なんだ」
ミミカはジラゼリーを食べながら瑞希の話を真剣に聞いていた。
「消化できんのに効果なのじゃ?」
「消化できないって事は、そのまま体外に出るだろ? そんな時に人間の体は腹痛で知らせてくれるんだ」
「……ん~? お腹痛なるって事?」
「簡単に言えばそういう事だな。つまり、食物繊維が豊富な食材はお腹に溜まった物を出しやすく手助けしてくれるって事だ」
「それが何故わざわざ必要なのじゃ?」
「ララスさんは日々の食生活の改善や、運動で体つきも雰囲気も変わって来ただろ? なら次に興味を持つのはより綺麗になるためにはって事に注目するかと思ったんだよ」
瑞希の言葉にその場の女性達がピクリと耳を向ける。
ララスの横に座るリルドは興味ないのか、空いた器を悲しそうに眺めているが、フィロは前のめりになって瑞希に質問する。
「ミーちゃん! 私は!? 私にも効果はあるの!?」
「男でも一緒だよ。例えばフィロがもう少し歳を取れば個人差もあるけど髭も濃くなって来るし、頭も寂しくなるかもしれない。でもそういうのを防ぐ食材ってのもあるしな。でもそれを食べ続ければ綺麗になれるって訳じゃない。そんな事をしたら他の栄養素が足りなくなるからな」
「その食材って何なの!?」
「これ」
「うっ……」
瑞希はフィロがシャオと同じく納豆を苦手な事を知っているため、悪い顔をしながら、自身が味見をしていた納豆をフィロに突き出した。
「私はこれ以上綺麗になれないのね……」
「お前に綺麗さは求めてないけど、納豆というよりトーチャの成分が美肌にしてくれるんだよ。だからトーチャって食材は綺麗になるための食材と言えるな」
瑞希の言葉にフィロの心に一筋の光が差し込んだ。
「わかったわ! 早速トーチャを買い占めて来る!」
「残念ながら、テオリス家お抱えの行商人がこの辺のトーチャを既に押さえちまったよ」
「ドマル―っ! 私にも分けてよ!?」
「あははは。僕のお金で買った訳じゃないから、僕に判断は出来ないや」
ドマルに詰め寄るフィロが騒ぐ横で、カエラが悲痛な面持ちで呟いていた。
「美肌……。うちの領地は何でトーチャを減らしてしもたんや……。でもあん時はペムイが必要やったし……」
「……ペムイがいっぱいあるんやしええやん?」
「それはチサちゃんがプルプルお肌やからそんな事言えるんやで!」
「……む~」
既にジラゼリーを食べ終えていたカエラはチサのすべすべな頬を悔しそうに両手で触る。
ペムイ農家の娘であるチサはカエラの気持ちが分からないため、困惑したままされるがままに唸っていた。
「話がそれたっすけど、食物繊維が豊富で体外に出るってのはどういう効果なんすか?」
瑞希は既に全員ジラゼリーを食べ終わった事を確認して、濁していた言葉をきちんと伝える事にした。
「率直に言えば便秘の人に効果的だ。特に女性は便秘になりやすい人も多い。そこで必要なのは前にドマルに説明したヨーグルトみたいな乳酸菌の多い食材とか、食物繊維の多い食材なんだ」
瑞希の包み隠さない言葉に、何名かの女性がわずかに反応するが、すぐに誤魔化した。
「便秘じゃといかんのじゃ?」
「普通なら体外に出したい物が体内に止まると、毒素が皮膚から汗と共に出たりするんだよ。そうなると肌も荒れやすくなるから、綺麗になりたい人にとって便秘に良い事は何にもない。詰まってる物が体から出るだけで、お腹もすっきり見えるしな」
「……他に方法はないん?」
「後は水をよく摂る事も大事だ。お茶やお酒は液体だから水分補給をしてる気持ちになるけど、体の中で水と他の物に分けてるんだ。水ならその必要もないからすぐに水分として体で処理されて、体の中の毒素を出す手助けをしてくれる。でも井戸の生水をそのまま飲むのは危険だから、白湯なんかが良いな。そうやって毒素を体から出す事をデトックスって言って、美肌に……」
横に座るシャオとチサの質問に対し、わかりやすく説明する瑞希がふと顔を上げると、リルドを除く女性達が前のめりになって瑞希の言葉を真剣に聞いていた。
「えっと~……」
「「「「「「続けてっ!」」」」」」
瑞希が美肌講義を終える頃、カルトロム家とサルーシ家の元に、グラフリー家からの招待状が届くのであった――。
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