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女子の当たり前

 瑞希達がカルトロム家へ滞在している中、サルーシ家で待つ女子達はララスに釣られたのか、一緒になって運動の日課に付き合っていた。

 とは言っても、アンナやジーニャにからすれば準備運動程度であり、走り終えた後は息も切らさずに二人で柔軟を行っている。


 そこに軽く息を切らしたミミカが到着し、次いで手拭いを首にかけ、汗を拭きながらララスが到着し、最後にヘロヘロの状態のカエラと小さな歩幅のアリベルが到着した。


「はぁ……はぁ……うち……こんなに体力なかったっけ……」


「大丈夫~?」


 膝に手を乗せ、全身で呼吸を繰り返すカエラは、自身の体力の衰えを痛感する傍らで、アリベルがララスの顔を覗き込む。


「はぁ~……。皆よう走れるなぁ?」


「テオリス家は武力を誇ってますから。昔から剣や体力作りはやらされてたんです。剣は苦手ですけどね」


「確かに……。アンナちゃんはともかく侍女のジーニャちゃんやアリベルちゃんまで動けるもんなぁ」


「アリーもうちで過ごしてる内はテオリス家の教育を行ってますからね。それにチサちゃんやミズキ様が居る時は楽しそうに追いかけっこをしてますし」


「チサお姉ちゃんとシャオお姉ちゃんは凄いの! あっという間にアリーを捕まえちゃうのっ!」


 シャオとチサはアリベルにすら手加減をしない性格なのだが、アリベルからすれば遊びで強い人はそれだけで憧れの対象なのだ。

 その点ジーニャは子供相手の手加減が上手いので、時折アリベルに華を持たせていた。


「ジーニャお姉ちゃんは時々捕まえられるのにね~?」


「アリーちゃんはかけっこ早いっすもんね~」


 ジーニャは水を絞った布でアリベルの火照った顔を包み込み、汗を拭く

 アリベルは気持ち良さそうにジーニャに体を委ねる。


「あの二人は子供相手でも容赦ないですからね。それに野山を駆けまわっていたチサ殿の体力は私達から見ても凄いですよ」


「ミズキ様もチサちゃんと走ってる時に必死だもんね」


 ミミカは瑞希がシャオ達と訓練してる時の姿を思い出しながらくすくす笑う。


「こっちに来てからお兄ちゃんお仕事ばっかり……。早くアリーと遊んで欲しいのに」


 瑞希が何の仕事をしているかを良く分かっていないアリベルは、瑞希とすれ違う日々をぶぅ垂れながら不満がる。

 事情を知っているミミカはアリベルの頭を撫でながらこう告げる。


「うちに帰ったらいっぱい遊んで貰おうね。アリーが食べたいおやつもいっぱい作って貰おう!」


「じゃあね! じゃあね! アリーお兄ちゃんのどーなつが食べたい! あとね~、お姉ちゃんとふれんちとーすとも作りたぁい! くりーむがいっぱい乗ってる奴!」


「うぅ……私も生くりーむが食べたいなぁ……」


 この地域ではモームを飼っている農家がおらず、生クリームが大好きなミミカは久しく食べていない生クリームに想いを馳せる。


「ぷくく……この環境は最近お肉がついて来たお嬢にも丁度良いっすね?」


「アンナとジーニャがおかしいのよ! 二人だってテオリス家に居る時はいっぱい御飯を食べてるのに! お休みの日だってリーンさんのお店に食べに行ってるの知ってるんだからねっ!」


「私達は普段から体を動かしてますし……」


「そうそう。それにリーンのお店に行くのはミズキさんから時々様子を見て欲しいって頼まれ事っすよ」


「それなら私も行きたいー!」


「アリーもぉ!」


 二人で顔を膨らませる姿は、血が繋がっていないにも関わらずよく似ている。

 アリベルのぱっちりとした瞳は、瞼の肉が少し減ったララスの切れ長の目に比べ、ミミカの目に似ている事でその様な印象が付くのだろう。


「アリベルはミミカ様と仲が良いのね」


「だってアリーのお姉ちゃんだもん!」


 満面の笑みをララスに向ける。

 実の姉にそう紹介するアリベルの言葉にミミカはどうしたものかと苦笑してしまう。

 その顔を見たララスはふっと微笑み、言葉を続けた。


「ミミカ様、私に気を使って頂かなくても大丈夫です。姉として何もしなかった私より、姉としてアリベルと接して頂いたミミカ様に惹かれるのは当然ですので。それに、アリベルは王位継承権も放棄するとの事ですし、グラフリー家に捕らわれる必要はありません」


 ミミカはその言葉を聞き、アリベルを後ろから包み込む様に抱きしめる。

 アリベルはそれが嬉しいのかはしゃいでいる。


「ぜぇ……ぜぇ……お待たせしました姉様……」


「遅いですよボング。グラン様があちらでお待ちです」


「す、少し休ませて下……さい……」


「駄目だ。木剣を持て。素振りを始めるぞ」


 疲れ果てていたボングにグランが木剣を投げ渡し、休みたいボングは言い辛そうにごにょごにょと呟く。


「お、俺はグラフリー家の……」


「……何か言ったか?」


「ひいぃいぃぃぃぃっ! やりますっ! やりますからっ!」


 ボングは慌ててグランと向かい合いながら木剣で素振りをし始める。

 体力がない上に、剣を振り回す腕も筋肉痛で力が入らず、ふわふわとただ木剣を上下に動かしているぐらいだ。


 それを見たグランがボングの木剣を軽く打ち払い、その衝撃でボングは木剣を落としてしまう。

 グランが真剣な表情で木剣を構えると、ボングは慌てて木剣を拾い、先程よりも力強く素振りを始める。


「ひいぃぃぃぃっ!」


 甘やかされて育って来ていたボングからすれば、地獄の様な時間なのだが、意外にもグランに教えを乞い始めたのはボングからだった。


「グラン様程真剣にあの子を見てくれる方は初めてです」


「兄は剣に関しては手抜きをしませんからね。ましてや自分から教えを乞うてきた相手なら尚更です」


「その訓練のきつさからか、テオリス家の若手兵士に避けられるのもしょっちゅうっす」


「でもグランから逃げない兵士は強いわよね」


「兄はその人間のギリギリまで追い詰めますが、出来ない事まではさせませんからね。それに、横ではきついはずの自分以上に兄が近くで訓練に付き合うので、教えられている側も何にも言えなくなるんです」


 アンナがそう言う様に、グランはボングの前で速さと力強さと声の大きさを合わせて素振りを行っている。

 ボングがグランに憧れたのは数日前のミミカとアリベルの魔法訓練の時だ。

 魔法になれないアリベルが、ミミカの詠唱のままを唱え、魔力のコントロールが出来ぬまま暴発させてしまう。

 偶々その射線上に居たボングに迫る火球は、素振りを行っていたグランが切って落とし、ボングの目の前に筋骨隆々のグランの背中が大きく広がり、輝いて見えた。

 そしてぽろっとグランを師匠と呼び、勢いのまま剣を習いたいと言ったのが現状に繋がっていた。


「ボングにも守りたいと思える人が出来たのかしら……?」


 ララスはクスクスと笑いながら、その光景を見ていた。

 ミミカ、アンナ、ジーニャは該当する少女を想像するが、それと同時に心の中で手を合わせてしまう。


「ララス様も初めてお会いした時より表情が明るくなられましたね?」


「はうぅ……」


 ミミカの何の気ない質問に、ララスは以前の様に体を縮込めて顔を赤くする。


「恥ずかしがらなくても宜しいじゃないですか? 何か心境の変化でも?」


「ちょ、ちょっとだけ……、ちょっとだけですよ?」


 ミミカは笑顔のまま次の言葉を待つ。


「鏡を見ても……その……凹まなくなったというか……、フィロに切って貰った髪を見る様になったというか……」


「あぁ。可愛くなってきたっすもんね! 今日の自分はイケてるんじゃないかとか鏡の前で見てしまう時ってあるっすよ」


 ララスは縮込めた体から両手を突き出し、わたわたと手を振る。


「そ、そ、そ、そんな事ないですっ! 決してそこまで思ったりしてません!」


「え~? するよね? この角度が一番可愛いとか思いながら鏡を見るのって普通ですよ?」


 ジーニャの言葉に同意するミミカは首を傾げながら返事をする。


「そうっすね。逆にお酒を飲んで次の日の自分の不細工さに落胆したりとかもあるっすけど……ねぇ?」


「私に振るなっ!」


「だって前に飲みに行った次の日ミズキさ……「五月蠅いっ! 良いから黙れっ!」」


 アンナは顔を真っ赤にしながらジーニャの口を塞ぐ。

 言葉尻を聞き取れなかったララスは二人を見ながらまた笑いだす。


「皆さん程美しい方々でも、見た目の悩みはあるんですか?」


「ありますよっ! 私はもっと大人な女性になりたいです!」


「うちはもう少し身長が欲しいっすかね」


「私は……ジーニャ、お前は一体どこを見てるんだ?」


「別にどこも見てないっすよ? ぷくく……」


「お前の目線は口ほどに物を言ってるんだっ!」


「何も言ってないじゃないっすか! わわわっ! 危ないっすよ!」


 ジーニャの目線の先に在ったのは何かとは言わないが、ミミカは自分の足りない部分に手を当て、上下させながらアンナと比べる。


「私よりあるくせに……」


「あの、あの……、御二人を止めなくても良いんですか?」


「え? あ、大丈夫です。いつもの事ですから。二人共怪我しない程度にしなさいよ!」


 二人はいつもやっている乱取りの体勢から返事をする。


「全く……。ララス様、女性が自分に足りない物を求めるのは普通の事ですよ。意中の殿方に振り向いて貰いたいとか、可愛いと思って貰いたいとか、当たり前の事です」


「ミミカ様もそうなのですか?」


「当たり前じゃないですかっ! ミズキ様ったらいつも私を子供扱いするんですよ!? 私はもう成人なのにっ!」


 ぷんすかと怒るミミカからは大人の女性という印象よりも、拗ねた子供の印象を受け、思わずララスは笑ってしまう。


「うふふふ。ミミカ様もそうなのですね。ではお互い頑張りましょうね」


 ララスは立ち上がると再びゆっくりと走り出した。

 可愛いと思える彼女達が自分の悩みと同じ様な事で悩んでいる事が嬉しかった様だ。

 ララスもまた前に向かって走り出すのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

本当に作者が更新する励みになっています。


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