母の涙
納豆を食べた事のない者達の前で、瑞希は納豆を皿に移し混ぜ始めた。
「やっぱあれよりかはちゃんと食材らしくなってるな」
「あれはリルドには悪いけど捨てられた物だしな。こっちは正真正銘食べ物だ」
「臭いぞっ! 早くしろ!」
納豆の匂いが苦手なムージと、シャオは鼻を抓みながら瑞希を急かす。
それは当主夫妻も同じ様だ。
「それは本当に食べられるのか?」
「魔法使いの方に意見をするのは申し訳ないですが、腐ってるんじゃなくて?」
「大丈夫ですよ。私が知っている殆どの魔法使いは皆食べていますし、皆健康です」
瑞希の言葉に嘘はない。
というよりも瑞希の知っている魔法使いとは身内だけだ。
だがそれでも当主夫妻は難色を示している。
そこで瑞希はある物を取り出した。
「後は味付けに砂糖を使いましょう。そうすれば王宮の魔法使いと私達の方法、両方の良い所取りが出来るかもしれませんしね」
「……納豆に砂糖入れんの!? 大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。これが意外にありなんだよ」
瑞希はチサの驚きに笑いながら返答し、納豆に砂糖を混ぜてさらに混ぜる。
先程迄の粘りよりも更に強く粘る様になった納豆にジャルを混ぜる。
「砂糖が勿体無いのじゃ……」
「これも一つの食べ方だって。さぁどうぞ! ……と言っても食べ辛いですよね? まずはオリンとバージに食べてみて貰いましょうか?」
「その必要はない。砂糖も入っているのであれば魔法が使える様になるやもしれんからな。お前も頂きなさい」
「はい……」
瑞希に手渡された器に匙を入れ、力強く糸を引く納豆に苦戦しながらも、当主夫妻は恐々と口に入れる。
二度三度咀嚼していく内に、カッと目を開き、もう一口、二口と口に運ぶ。
「美味いではないか! 砂糖の甘さが後を引くな!?」
「本当に! これは珍味ですわね!」
直ぐには様子の変わらない夫妻を見て、バージは少し苦痛な表情を浮かべるが、瑞希は再び新たな納豆を混ぜていた。
「おい、これ以上食べさせる意味があるのか?」
苛立つムージの言葉に瑞希は焦った様子もなく味付けを施していた。
「どれだけ食べさせれば良いかなんてわからないだろ? それに、御夫妻はまだまだ食べそうだし、後ろじゃチサが興味津々にしてるからな」
瑞希は苦笑しながら味見用とお代わり用の納豆を用意し、夫妻の空いた皿を新たな納豆と交換する。
夫妻は納豆の味が気に入ったのか、嬉しそうに再び口にしていると、味見を楽しみにしていたチサが一口食べ、驚いている。
「……砂糖は絶対に合わへんと思ってた」
「わははは! それが合うんだよな。前に説明した様に、納豆の糸は糖分と旨味成分で出来てるから、糖分の塊である砂糖が合うのは当たり前なんだよ。それにジャルが加わって甘じょっぱい味になるんだ。ほら、オリンとバージも食べてみろって。特にバージは食べとけ。王宮で食事もしてたんだろ?」
「確かにな……。それじゃ食べてみるか」
「わ、私もですか?」
「オリンも朝はなんだかんだ言い逃れして食ってなかったからな。無理にとは言わないけど、食べれる奴には食べさせるぞ?」
「俺は食わんぞっ!」
「ムージは……まぁ、納豆が解決策になる食材ならちゃんと食えよ?」
ムージは瑞希の言葉を心底嫌そうな顔をしながら、様子を見るために夫妻の顔を見るために近付いて行く。
バージとオリンは瑞希に手渡された納豆を前に、バージは躊躇なく、オリンは若干嫌がりながらも口に運んだ。
「美味ぇなおいっ!」
「確かに……口に入れてしまえばどうという事はないですね。むしろ美味しい」
「だろ!? いや~納豆はやっぱり臭いさえクリア出来れば美味しいんだよ!」
「そんな事言ってもわしは食べんのじゃ」
可愛らしくプイっと顔を背けるシャオを見て、瑞希はポリポリと頭を搔く。
すると突然ムージの声が部屋に響き渡った。
「どうしたおふくろっ!?」
納豆を食べていた手を止めたと思われる夫人は、両手で顔を覆い隠し、さめざめと涙を溢していた。
ムージは母である夫人の両肩を掴み、顔が見れる様に体を起こさせた。
「ムージ……あぁ、ムージ……。愛する貴方達に数々の暴言を吐いた母を許してくれますか……」
夫人はぼろぼろと大粒の涙を溢しながら、ムージに許しを請う。
「親父はどうだっ!? 俺が分かるか!?」
慌てて当主に寄り添うのは長男であるバージだ。
当主はバージの顔を確認すると、辺りを見回し、何度か頷いた。
「私は……そうか……。お前が……お前達が戻してくれたのか?」
「馬鹿野郎! 俺達じゃねぇよ! 親父達はミズキのおかげで戻れたんだよっ!」
「ミズキ……。すまん、どなたかは分からんが感謝する」
先程迄とは違い覇気のない当主は、力なく瑞希に感謝を述べる。
「バージ、一先ず二人を休ませよう! 納豆はそれなりに量もあるから王宮に連れて行った兵士がいるならその人達にも食べさせよう! ムージ、お前も一応後で食べろよ!」
「わかった! おふくろ、俺達は別に怒ってないからもう泣くな。ムージも嬉しいのはわかるが、今は涙を抑えろ! 親父達を寝室に運ぶぞ!?」
「わ、わかっとるわっ!」
ムージはグイっと溢れ出ていた涙を拭き、二人の兄弟は両親を寝室へと運ぶ。
残された瑞希達は納豆を眺めていた。
「本当にこれが正解だったか……」
「……美味しいのに薬なんや」
「じゃが、あの者達も救われて良かったのじゃ。わしではあの魔力を取り出せんかったのじゃ」
シャオは以前フィロを襲っていた男達を思い返していた。
以前キーリスでチサが操られた時の様に、魔力が乗っかった様な魔力の混ざり方ではなく、今回の砂糖という魔法石を介しての混ざり方は複雑に絡み合っていた。
恐らく魔法を使っていた襲撃者は元々魔法の才能があったのか、チサの様に操られていた者が、砂糖によって洗脳された魔法使いなのだろうと当たりを付けていたシャオは一人考えていた。
瑞希はそんなシャオの頭に手を置き、撫でる。
シャオは大好きなその手の感触に身を委ねた。
「一先ずは助けられたんだから良しとしよう。ミタスが絡んでるのかは分からないけど、どうも魔法至上主義者ってのは力ずくでどうにかしようって輩が多いみたいなのは確かだな」
「気に入らん奴等なのじゃ……」
「……魔族時代みたいになるん?」
「バージみたいな奴が王様なら大丈夫じゃないか? けどバングさんやガジス様にもどうにかして納豆を食べさせた方が良いな」
「ミズキさん達はこれからどうするおつもりなんですか?」
話を聞いていたオリンが瑞希に問いかけた。
「元々俺達はあの二人の求婚を断りに来ただけなんだけどな……。けど、アリベルの母親もまだ見つけてないし、バージが怪しいって言ってたアスタルフ家を調べたいな」
「それなら私が調べておきましょう。これでもこの一帯の貴族の情報は持っていますので」
「なら今の王宮の料理人がいつから来たかとか、誰の紹介で入ったかも調べて欲しい。もしもアスタルフ家が関与してるならそこの家は真っ黒だと思う」
「わかりました。ミズキさんはここに残りますか?」
「いや、一度俺達もオリンの家に戻るよ。バージと一緒に王宮の人達に納豆を食わせるにも、納豆の補充はしなきゃいけないしな」
「ではバージが戻って来てからどうするか決めましょうか」
瑞希はオリンの提案に頷き、部屋に戻って来た二人に促され、当主夫妻が眠る寝室近くの部屋に移動するのであった――。
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