二人の安心感
オリンの道案内で、カルトロム家の城壁内に到着した瑞希、シャオはモモが曳く馬車から降り立ち、ヴォグに跨っていたチサもその光景に目を奪われた。
チサはいてもたってもいられなかったのか、ヴォグが下り、出迎え兵士の近くに居たブルガーに抱き着いてしまう。
「ブルガーだらけですね」
「カルトロム家はブルガーの繁殖をしてますからね、サルーシ家に居るブルガーもカルトロム家で生まれたブルガーなんですよ」
「……もふもふがいっぱい!」
チサの言う様に、警備に当たる兵士の横にはブルガーが鎮座しており、瑞希達を出迎えた兵士の横に居たブルガーは、チサに抱きしめられた御礼と言わんばかりに、チサの顔を舐めている。
「ぼふぼふっ!」
鳴き声が響き渡ると、チサを舐めていたブルガーは慌ててチサから離れ、兵士の横でピシッと座り直した。
「……ヴォグ、焼きもち?」
「ぼふっ!」
違うと言わんばかりにヴォグはチサに一鳴きを返し、代わりにオリンが説明する。
「この子はヴォグの子供なんですよ。仕事中なんだからしっかりやりなさいというお叱りですね」
「……ヴォグに比べてちっさいのに?」
「ブルガーは長生きなので、人間程ではありませんが、子供の成長もゆっくりなんです」
オリンの説明を聞いていたチサは、ヴォグの顔を見上げ、話しかけた。
「……ヴォグお母さんやったんや?」
「ぼふっ!」
「チサの事も娘の様に接しておるかもしれんのじゃ」
「……そうなん?」
ヴォグは返事を返さないが、チサの顔をペロリと舐める。
「……にへへ」
チサが喜んでいると、瑞希達が到着したという報告を受けたバージと、ぐったりとしているムージが迎えに現れた。
「ミズキ―! 例の物は出来たのか!?」
「おうっ! ちゃんと美味しく作れたけど……それよりバージだよな?」
「今は味より効果だっ! 今さら何言ってんだ? 当たり前だろ!」
「いや、見た目が変わりすぎというか、貴族らしいというか……」
瑞希が仲良くなったバージは髪を下ろし、ボサボサ頭で、無精髭の男性だったが、今はその面影もなく、オールバックに髪を上げ、髭も綺麗に剃っており、貴族らしい服装をしている。
「俺はこういう服装より、前の時みたいなのが楽だけどな。さすがに城に居る間はそういう訳にもいかないからな」
バージは肩をすくめながらそう言葉を漏らした。
「バージはともかくムージさんは何でそんなに疲れてるんですか?」
瑞希に話しかけられたムージが答える。
「親父達がグラフリー家を始め、敵対していた貴族を褒め続けているからな……。兄貴からは話は聞いてたが、本当に料理なんかで親父達は元に戻るのか?」
「それは試してみないとわかりませんが――「ちょっと待て」」
「ん? どうしたバージ?」
瑞希とムージが会話をしてると、二人の間にバージが割って入る。
「前にも言ったがムージやオリンに対して敬語は気持ち悪い。こいつらを敬う必要はないから今から対等な! ムージ、オリン、お前等も良いな?」
「好きにしてくれ」
「ミズキさんなら構いませんよ。父もミズキさんの事は一目置いておりますので」
「オリン、お前は昔っから堅苦しいなぁ! ムージとつるんでるならこいつの大雑把さも取り入れろよ? まぁムージ程無神経になるのはどうかと思うけどな?」
「「お前が言うなっ!」」
二人の反論を笑いながら受け流すバージは、瑞希達を城内へと案内していく。
道中瑞希はムージからカルトロム家当主夫妻の現状を聞いていた。
「別に暴れたりはしないが、ひどく魔法を羨む傾向にあるんだ」
「魔法を羨む?」
「俺達兄弟には魔法の才能がなかった。それは両親も納得していたし、子供の頃から魔法については何も言われてなかったんだ」
ムージはわなわなと拳を震わせながら言葉を続けた。
「だが、戻って来てみてからはどうだ……。魔法が使えない事を嘆き、魔法が使えない俺達を罵倒するあいつらが、俺には同一人物だとは思えん……! あれではまるで魔法至上主義者ではないかっ!? あれが魔法使いの仕業だと云うのであれば魔法使いはやはり碌でもない奴等ばかりだっ!」
だんだんと言葉が荒くなってきているたムージの肩をバージが軽く叩く。
「落ち着け。だからこそ俺達は貧民街に行ってたんだ。ミズキが作った食材をまずは食べさせてみる。それでも駄目なら別の方法を探す。魔法使いと言えども人間がやった事なら、俺達に解決出来ない事はないだろ? それに魔法や魔法使いが悪い訳じゃないだろ? それを使う人間の問題だ。そうやって魔法使いを差別するのは、魔法至上主義者と言ってる事が同じだ」
その言葉を聞いてムージはバージの手を払い、そのまま胸倉を掴み激昂する。
「何故貴様はそう落ち着いてられるんだっ!? 親父とおふくろがああなった場に貴様も居たんだろう!? 挙句の果てに待ち焦がれていた物が……「ムージ、バージの事をとやかく言える資格は俺達にないだろ。それはただの八つ当たりだ」」
オリンがムージの手を抑え、ムージはバージから手を離す。
「俺は何にも出来ねぇからな。だからこそ俺は人に頼るんだ。それが貴族だろうが、平民だろうが、魔法使いだろうが関係ない。俺が頭を下げるだけで、俺のしたい事を叶えてくれるなら俺は相手が誰だろうと話を聞く。それがどんな突拍子もない事でもな」
バージはそう言いながら場の空気に似つかわしくない笑顔を瑞希に向ける。
その笑顔のおかげか、ピリピリした場の空気が緩む。
瑞希はバージの考え方や、空気感を変える振りまい方に感心しながら笑顔を返した。
「笑い事じゃないとは思うけど、バージに頼られた側としてはこれを食べさせて欲しいな。勿論ムージが食べてみても良いぞ?」
瑞希は革袋に入れ持ち運んでいた納豆を、悪そうな笑顔でムージに近付ける。
まだ怒りが少し残っているムージは、瑞希から革袋をふんだくると、中身を覗く。
「くっ!? なんだこれは!?」
革袋が開いた事で、中に充満していた納豆の匂いがムージの鼻を襲った。
「わははは! 納豆っていう俺の故郷の料理だよ。トーチャを発酵させた物だし、臭いはするけどちゃんと食べられる。俺もチサもここに来る前に食べて来てるしな」
「……にへへへ。ペムイと食べたらめっちゃ美味しかったで?」
チサは頬っぺたに手を当てながら朝食の事を思い返していた。
「朝から臭かったのじゃっ!」
対してまだ納豆の匂いに拒否感があるシャオは、朝食を思い返しぷんすかと怒り始めた。
「こんな臭い物が美味い訳あるか!?」
シャオ同様に、納豆の匂いが苦手なムージが強く否定し始めた。
「そう言いながらムージも一口食べたら病み付きになるかもよ? オリンは臭く感じないか?」
「私はそれ程気になりませんが、進んで食べようとは思いませんね」
「なら毒見役はオリンとバージに任せようか。ムージも疑心暗鬼な食材をいきなり両親に食べさせたくはないだろうしな」
その言葉にオリンは少し緊張の面持ちで反応するが、バージは気にしていない様だ。
「俺は別に今更ミズキを疑ってねぇけど、美味い必要性があるのかとは思うな」
「良薬口に苦しって言うけど、どうせなら美味い方が良いだろ?」
「けど、この納豆ってので親父達が本当に治ったなら、良薬鼻に臭しだよな?」
バージの返答に、瑞希は思わず笑ってしまう。
瑞希がバージに感じていた事を、バージもまた瑞希に感じていた。
わざわざお互いを褒め合う様な言葉は出さないが、傍から見ていたオリンとチサは、二人から安心感を感じるのであった――。
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