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異世界の納豆

 ――厨房にいる瑞希は、調理台の上にカパ藁を何個か用意していた。


 サルーシ家に戻って来てから三日目の本日。

 魔法を使って一室に温かい空間を作り、放置していた茹でたトーチャ、即ち納豆のお披露目なのだが、瑞希のすぐ側ではシャオが嫌そうな顔をしている。


「もうすでにくちゃいのじゃ……」


「そうか? そこまで臭わないけど」


 鼻を抓みながら調理台を覗き込むシャオとは対象に、瑞希はカパ藁を鼻に近付け匂いを嗅いでいる。


「……うちもそこまで気にならへんけど」


「俺もだ」


「私は少し気になります……」


 この場に居るのは瑞希、シャオ、チサ、リルド、ミミカと、一番楽しみにしているのは何気にドマルである。


「トーチャを発酵か~。どんな味がするんだろうね? 楽しみだよ!」


「そのままだとそんなに美味しくはないけどな」


 瑞希はそう言いながらも、カパ藁を開き、中身の確認をしていく。

 カパ藁の中からは瑞希からすれば、懐かしの見た目をしており、瑞希は嬉しそうにしているが、シャオは瑞希から距離を取る。


「くちゃいのじゃっ!」


「上出来上出来! 上手くいったな!」


 瑞希は納豆をカパ藁から器に移すが、ねばねばと糸を引きながらゆっくりと落ちていく様をリルド以外が顔をしかめながら見ていた。


「……それほんまに食べれんの?」


「大丈夫だと思うけど……。シャオ、毒は無いよな?」


「……無いのじゃ」


「なら大丈夫だろ?」


 確認が取れた瑞希は、納豆に箸を突き刺し、ぐるぐるとかき混ぜ始めた。


「それは何をしているのですか?」


「納豆が糸を引くのは、グルタミン酸っていう旨味成分と糖分が合わさって出来た物でな、混ぜると粘りも強くなって旨味も増すんだよ。で、ある程度掻き混ぜたらジャルを加えて、味を付ければ完成。さぁ味見味見」


 久しぶりの納豆を楽しみにしていたのは瑞希自身であり、納豆に対して抵抗もない瑞希は、他の者達が止める間もなくずるずると口の中に入れてしまう。

 

「だ、大丈夫なのですか?」


「……お腹壊さへん?」


「わははは! 滅茶苦茶美味いなこれっ! おぉ~、何でだ? トーチャ自体も美味いけど、知ってる物より旨味が濃いな……」


「俺も貰って良いか?」


「お? 一番乗りはリルドか。さすがにあれよりかは味が良いとは思うから試してくれ」


 リルドは瑞希から納豆を受け取り口に運ぶ。

 元々残飯で偶然に生まれていた納豆もどきを食べていたリルドにとっては抵抗感等ない。

 むしろ、この三日間はララスに勉強を教えられながら三食ともにララスとの減量の為の食事に付き合っており、瑞希の料理の腕も疑ってはいない。


 慣れた様子で、口から器を離した際に伸びる糸を、スプーンで絡め取りながらも、口の中では糸を引きながらも旨味を放出する、残飯とは比べ物にならない味を味わっていた。


「これは美味いな!」


「だろ~? これに卵黄を混ぜたり、細かく切ったシャマンを混ぜても美味いんだ! ジャルじゃなくても、濃い目の出汁でも良いしな」


 瑞希は納豆の味を理解してくれるリルドが居てくれて嬉しかったのか、納豆の食べ方を説明している。

 その近くでは、シャオ以外の三人がじゃんけんをしながら順番を決めていた。


「僕からだね」


「……頑張って」


「じゃあ早速……」


 楽しみにしていたドマルだが、いざ食べるとなると恐る恐る、匂いを嗅ぐ。

 最早嗅ぎ慣れたジャルの香りの後ろから、発酵した納豆の匂いがドマルの鼻を襲う。


「……これ、本当に大丈夫なんだよね?」


「大丈夫だって! むしろ健康食材だ」


 瑞希が親指を立てて笑顔でドマルに返答をすると、意を決したドマルは納豆を口に運ぶ。

 味わった事のない食感と、その臭いに、しかめっ面をしていたドマルだが、咀嚼する内にその表情はほぐれていく。


「あ、意外に美味しいねこれ! 匂いも口に入れたら気にならないや」


「だろ? 臭いのって口に入れるまでは抵抗感があるんだけど、味覚に切り替わると意外に大丈夫なんだよな」


「……ほなうちも」


「わ、私も食べてみます!」


 チサとミミカもドマルに続いて口に入れ咀嚼する。


「……にへへ。ジャルの味が美味しい」


「あ、本当に口に入れたら大丈夫ですね。ねっとりとして、今まで味わった事のない味です」


「うぬぬぬ……」


 シャオ以外の面々が口にした事で焦るシャオだが、敏感な嗅覚が納豆を口に運ぶ事を拒否する。


「まぁ苦手な人は苦手な食材だから気にするなって」


「ミズキの作った物は食べてみたいのじゃ……。じゃがこれは……」


 納豆を前にしながら唸るシャオは悔しそうにしている。


「……納豆て他にどうやって食べるん?」


「ペムイにかけて食べるのが基本だな。後はすり潰して汁物にしたり、炒めたり、揚げたりする料理もあるけど、それはシャオには厳しいな」


「何故じゃ!?」


「納豆って加熱すると匂いがきつくなるんだよ。勿論納豆好きな人はこの匂いが強くなっても大丈夫だけど、匂いが苦手なシャオには厳しいだろ?」


「嫌なのじゃ……」


「シャオの場合問題は匂いだな。一度食べたら大丈夫だと思うけど、それはまた今度挑戦してみよう。今はバージの所に持って行くのが優先だからな」


「……次はうちも付いて行くから!」


 ララスの食事管理を行うため、チサをサルーシ城へ残していた瑞希だが、今ではその必要もない。


「そんなに意気込まなくてもこの三日間で料理番の人に献立とレシピも教えたし、ララスさんも効果を実感してるだろうから大丈夫だよ。それに何かあってもリルドとフィロがララスさんを抑えてくれるだろうしな」


「私とカエラ様はいかが致しましょうか?」


「俺がバージと合流してからはまずカルトロム家の人に納豆を食わせて経過を見る時間が必要だと思う。その後どうするかはバージ次第だけど、俺達とバージは最終的に王宮に向かう予定だ。ミミカ達の婚約者の件も協力したいけど、今は王宮がゴタゴタしてるから……」


 瑞希はアリベルの母親であるシャルルを探すためにも、今はバージの協力をしたいと言い辛そうに伝える。

 それを察してか、ミミカはくすくすと笑いだした。


「うふふ。ミズキ様はミズキ様が助けたいと思う人を助けてあげて下さい。私はここで待ってますから、戻って来たらちゃんと私達にも構って下さいね」


 ミミカの言う私達というのは、自分を含めアンナとジーニャの事だ。

 瑞希はそれに気付かぬまま返答する。


「わかってるよ。それとドマル、納豆が正解かはまだ確証は持てないけど、正解だった場合は結構な量のトーチャが必要になるんだ。サルーシ家と相談してトーチャとカパ藁を集められないか?」


「任せてよ!」


「ミミカ、ドマルが集めたトーチャはミミカが先導して納豆を作っといてくれるか? ある程度室温を温かく保たなきゃいけないから、ミミカの魔法が必要なんだ」


「お任せくださいっ! 美味しくなる様に……ですよね?」


「あぁ、その通りだ!」


 瑞希は作り上げた白味噌を食べた時に、元の世界にはない旨味を感じていた。

 自身の知る作り方通りに作り上げた白味噌だが、手順がいつもと一つだけ違った。

 それは発酵を促すための魔力だ。

 思い起こせば瑞希はシャオやチサの作り出した水も美味いと思っていた事に気付き、納豆を作る際にもどうせなら美味くなる様にと、想いを込めながら魔法を使ったのだ。

 結果としては豆の違いか、環境の違いか、魔法のおかげか分からないが、食べてみた上で、自身の知る納豆よりも美味いと思えた。

 瑞希はますます魔法の不思議さを目の当たりにしながら、カルトロム家に出来上がった納豆を届けるのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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