閑話 二人の関係
「――ぼさっとしない! 動きながら詠唱っ!」
「はひぃっ!」
迫るゴブリンを何とか躱しながら土魔法の石球を当てた事で、どうだと言わんばかりにこちらに振り返ったジョセの姿を見て私は頭を抱える。
「気を抜くんじゃないわよっ!」
「ふぇ……?」
――ギギィーッ!
木の上で好機と見た別のゴブリンがジョセ目掛けて飛び降りて来た。
ゴブリンを見上げたジョセが悲鳴を上げる。
「キャーッ!」
驚いても体を固めるなって教えてるのにこの子は……。
予期してる事なら度胸はあるのに、こんな下級の魔物にでも戸惑う所はまだまだね。
私がジョセをのんびりと眺めている理由は簡単だ。
「おらよっ!」
カインが大剣を軽く振り、ジョセに襲い掛かろうとしていたゴブリンから助けるだろうと思っていたからだ。
「ちょっと! 助けるのが遅いわよっ!」
「おめぇはあんだけ強い魔物を従えてたくせに、何でこんな格下の魔物に戸惑うかねぇ?」
「だってこいつらの考えてる事がわかんないんだもんっ!」
「ふ~ん。まぁ助けれる時は助けてやるけど、それは相手が魔物の時だけだからな?」
「どういう意味よぉ!?」
カインが指差した方向にジョセが振り向くと、ジョセに近付く私に気付いた様だ。
ジョセは私とじゃれ合うのが嬉しいと感じる悪癖があるが、最近では時と場合をわきまえている。
すなわち、私が笑顔の時はやばいと認識している様だ。
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休憩地で夜を明かすため、途中で手に入れたオーク肉を焼いている横で、ジョセは尻を擦りながらすすり泣いている。
「お尻が痛いです……」
「あんたが変な所で気を抜くからでしょ? カインが居なかったら大怪我してたかもしれないんだから、尻叩きだけですんでありがたく思いなさい」
「うぅぅ……。この痛みはお姉様の愛ですもんね……」
余計な一言がなければ怒り甲斐もあるのだが、私は溜め息を吐きながら焼いた肉を口に運ぶ。
焚火で焼くオーク肉には、軽く塩を振っているが、私の舌はミズキの作ったオーク料理を覚えているのでどうしても比較してしまう。
「やっぱりミズキ達も一緒に旅してくれないかしら……」
「がははは! あいつは冒険者にそれ程興味ねぇみてぇだし、そりゃ無理だろ!」
「わかってるわよ! 言ってみただけじゃない。それよりそんなの食べれないんだから諦めなさいよ?」
「わかんねぇだろ? ミズキは骨から良い出汁が取れるって言ってたし、オークの骨でも一緒だろ?」
「ミズキならオークの骨でも美味しいのを作るかもしれないけど、あんたが煮込んでると臭いのよっ!」
獣臭さが辺りに広がっている事で、口にしているオーク肉まで不味く感じてしまう。
尻が痛い事で座れずにいるジョセに手助けさせようと、私は静かに詠唱をし始めた。
「遍く癒しの精霊よ、我が手にその息吹を宿せ……」
詠唱してもこんなに魔力を使うのに、涼しい顔して重症者を何人も癒せるあいつが信じられないわ本当……。
私はジョセの尻を叩き、回復魔法を使用する。
「痛ぁ……! くないです!」
「良いからあいつの鍋をどうにかしてきなさい」
「畏まりましたお姉様っ!」
あの子はああ見えて香草や薬草には精通してるのよね。
カインには一方的に強気な態度だけど、カインはあの性格だからジョセの嫌味を受け流してくれるし、あいつが相方で良かったわ。
本人には言いたくないけど……。
ジョセが臭い消しに香草を加えて、何とか体裁を保った様に思えるスープは白濁色で、一口飲めばその臭さに口に入れるのを躊躇う様な代物だった。
「あんたよくそんなにガブガブ飲めるわね……」
「臭ぇ臭ぇって言うけど、そんなに臭うか?」
「あんたの鼻がおかしいのよ!」
「そうか? 不思議と後を引くんだけどな……。ジョセの香草のおかげだな!」
「別にあんたの為にやった訳じゃないわよ! お姉様が飲めない物を作って欲しくなかっただけ!」
「でも骨だけの時よりは数段美味くなってるから、やっぱりおめぇのおかげだ!」
「……ふ、ふんっ!」
ジョセの嫌味を笑い飛ばしながら褒めるカインから、顔を背けたジョセの顔は焚火に照らされてかほんのりと赤く染まっている。
「お、お姉様……?」
「……何よ?」
「い、いえ! 素敵な視線が私を襲って来たので……!
私が立ち上がり、ジョセの頭を軽く小突くと、ジョセはそれをじゃれ合いと感じたのか嬉しそうににやけていた。
「先に寝るわ。この辺は魔物が弱いと言っても何があるか分からないんだし、気を付けなさいよ」
「わかってるって。後で交代な」
私はカインの言葉に手を振り、簡易テントの中で横たわる。
食事を終えたカインがいつもの様に大剣で素振りを始めた所で私は意識を手離した――。
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――日が昇る前の薄暗い時間、私は小さくなっている焚火に火魔法を飛ばす。
「もう起きたのか? ほれ」
カップに注いだ温かい茶をカインが差し出してきたので、私はいつもの様に受け取り、カインの横に座る。
「ジョセの結果が出て、連れて行ける様になったらどうする?」
「ん? まぁ俺はおめぇが嫌じゃねぇならどっちでも良いんだけどよ。あいつも頑張ってるしな」
「……褒められたがりだけどね」
私はカップに息を一つ当ててから、冷めた上澄みを啜る。
「がははは! ヒアリーはきっついからな!」
「あんたが甘いだけでしょ?」
カインは焚火の薪を突き、火の大きさを調整する。
「ヒアリーが甘くするなら俺が〆る。今までそうして来ただろ?」
「あんたがいつもそうしてくれてるからね」
カインは私の返答を聞き、照れ臭そうにポリポリと頭を搔いた。
「俺ぁ頭も良くねぇし、あいつと一緒で、腕っぷしだけ強くてガキの頃は悪ぃ奴に利用されてたしな。おめぇが冒険者に誘ってくれなきゃ今でもならず者のままだったかもしれねぇ」
私は黙って茶を啜る。
「だからヒアリーがやりてぇ事はやりてぇし、これからも俺を引っ張ってくれると嬉しいんだけどな」
こいつは何でいつも恥ずかしげもなくこんな台詞を吐くのだろうか。
「……それって普通男の役目じゃない?」
「がははは! ヒアリーのが頭良いんだから仕方ねぇだろ?」
「呆れた……」
そう返答した私の心はカインに認められている事が凄く誇らしかったりする。
カインには良くも悪くも人を惹き付ける魅力がある。
私からすればそれは一種の能力にさえ思えてしまう。
私も彼に引き付けられた一人だ。
私は魔力に気付けるのがかなり遅かった。
今でこそある程度の魔法が使えるから劣等感はないが、その当時の私がジョセを見たら嫉妬していただろう。
只、遅かったおかげで冒険者としては良かったと思える。
幼い頃から魔法を使える人間は魔法に頼り切り、その他の事をおざなりにしがちだからだ。
「あいつは今が楽しそうだ。傍から見りゃ壮絶な過去だとも思えるけど、強がりながらも前を向いてる。目標を決めた人間は一生懸命だからな、慣れない近接術や体力作りなんかも毎日文句を言いながらもきっちりとこなしてる」
「何よ? べた褒めね?」
「新人冒険者にしろ、何にしろ楽を求めて手を抜く奴はいるだろ? あいつは今後牢屋に入るかもしれねぇのに日々に手を抜いてねぇからな。それだけでも教えがいはあるってもんよ」
「……まぁそうね」
「それに何だかんだ言ってもおめぇも楽しそうにしてるじゃねぇか? 回復魔法苦手なんだろ?」
「苦手というより疲れるだけよ。私はミズキみたいに魔力が多いって訳じゃないから。それに不味い物を食べたくなかっただけよ」
「がはははは! やっぱり見様見真似じゃ上手く作れねぇやな。今度ミズキに会ったら教えてもらうか?」
「私達じゃ無理ね。私は短気だし、あんたは大雑把だし」
「ならあいつに覚えてもらうか? 料理得意そうだしな」
カインはそう言いながら焚火に薪を足す。
「それもう答え出てるじゃない」
「ん~? 別に無理強いはしねぇって。あいつが望んで、おめぇが許可するなら俺は否定しねぇってだけだ」
「はぁ……。三人になるとそれだけでお金かかるのよねぇ」
「でもヒアリーならより稼ぐ方法も考えてくれるんだろ?」
「また人任せな事を……」
「それだけ俺がおめぇを信頼してるってこった。明日は美味い物も食えるし俺ぁそろそろ一眠りさせて貰うわ」
カインが伸びをしながら首を鳴らす。
「美味い物?」
「明日着く村に美味い物を出す宿があるんだってよ! あいつの訓練もあるし、暫くはそこを拠点に村の塩漬け依頼でも解消してやろうや」
「あんたの食欲は知ってるけど、どうせミズキの料理には見劣りしちゃうでしょ」
私の言葉にカインがにやつきながら答えた。
「その宿にはキーリスの英雄が立ち寄ったりしてんだってよ。見た事もねぇ保存食も売ってるらしいぞ?」
私はカインの話しにやけそうな顔を抑えながら、澄ました顔で返答する。
「それを早く言いなさいよ全く……。何でそんな情報隠してたのよ?」
「最近飯を食う度に溜め息吐いてたからな。驚かせてやろうと思ってよ」
「今言ったら意味ないじゃない馬鹿ね」
「俺もそんだけあいつの料理を食いたくなってんだよ。そうだ、どうせなら滞在中にあいつにそこの料理を覚えて貰うってのもありだよな?」
私はカインの言葉に溜め息を混ぜつつ、彼の気遣いに応えた。
「ジョセよ。そろそろそう呼んであげても良いんじゃない?」
「がははは! おめぇがそう言うなら次からそうするわ」
まぁ……悪い気はしないわよね。
起きた時より少しハッキリとした頭で私はこれからの事を思い巡らせる。
キーリスの英雄と呼ばれる兄妹に出会ってから私達の状況は良い方向に加速する。
危なっかしくも頼りになるのはカインも一緒か。
だからこそ彼等は人を惹きつけるのかもしれないと考えていると、ジョセが目を覚ました。
今日も厳しく訓練をしていくか――。
次に閑話を書くのは章完結か、切りの良いポイント時に書こうと思ってたのですが、
感想で300話のお祝いを頂けましたので、
確かに切りも良いかと前から書きたかった閑話を書きました。
楽しんで頂けましたら幸いです。