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味噌汁と淡雪かん

 サルーシ家当主夫妻は気を利かしてか、テオリス家とウィミル家だけではなく、その周囲の人間までをも食卓の場に招待していた。

 とは言っても、祝いや宴ではないため、普通の食事が各人の目の前に置かれており、瑞希もあらかじめ人数を聞いていたのでそれ相応の量を用意してはいた。


 テオリス家の席にはグランも座っており、瑞希が不在の中でも、チサの作る和食を好んで食していた男は、目の前の色付いた汁物が気になっていた。


「本日はミズキ君が戻って来た事もあり、顔を見たい者もいるだろう。今日の食事は私達を気にしなくても良い。酒も用意したので好きに楽しんでくれ。かくいう私も息子から聞いているミズキ君の料理という物が気になって仕様がないくらいだ」


 冗談交じり話すサルーシ家当主の言葉に、くすくすと笑い声が生まれる。


「本日の食事も豪華という訳ではないが、事が済めばまたここで宴を開こう。その時が来るのを願い、乾杯」


 当主の言葉に各々が酒の入ったグラスを持ち上げる。

 ごくりと喉を鳴らしつみれを食らう者、副菜であるデエゴとカマチを使った副菜をつまみに酒を飲む者等様々だ。

 そんな中、グランとチサが楽しみにしていた汁物を手に取った。


「出汁の香りだな……」


 グランは香りを嗅いでから口に運ぶ。

 いつもならば好物である出汁の香りが真っ先に口内を巡るのだが、本日の汁物はそれとは別な旨味が口の中に広がっていく。

 チサは一口啜ってから、くたりとなった野菜を掴み、汁と共に口に入れる。

 火が通り柔らかくなったシャマンやキャムは、生の時とは違い甘味が生まれ、その甘味が塩気のある汁の味とあいまり、飲み込んでから思わずほっと息を吐いた。


「……甘くてなんか落ち着く味」


「美味いだろ?」


「……美味しい。トーチャからこんな調味料作れるんや」


「テオリス城にはたっぷり置いてあるから、これからいつでも食べれる様になるからな」


「……にへへへ」


「ミズキ! それは本当か!?」


 相当気に入ったのか、チサが嬉しそうにしていると、瑞希が話しかけていないグランが思わず反応してしまう。


「わははは! テオリス城には何故かグランを筆頭に出汁が好きな人が多いからな、味噌も気に入ると思ったんだよ」


 瑞希が作り出したのは、馴染の深い味噌である。

 実験的にキーリスからの移動の際に、小壺に移した味噌に魔力を当てていた。

 その目論見は成功で、味噌の発酵は進み、本日の食卓でお披露目と至ったのだ。


「ミズキはん! うちん所にも教えて! こんなん絶対売れるやん! 仮に売れんでもうちの人間やったら絶対好きやわ!」


 カエラも気に入ったのか、慌てて瑞希の会話に混ざる。


「教えるも何も、味噌ってむしろカエラさんの所にある酒造が必要なんですよ?」


「どういう事なん!?」


「以前ミーテルの市場を周ってる時にペムイ酒を作っている所や、塩を作ってる所にも顔を出したんですよ。その時に酒を造る時の麹を買わせて貰って、この味噌が生まれたんです」


「ほなうちの所でも作れるん!?」


「トーチャがあれば問題ないですよ?」


「よっし……あかん、そういやトーチャは減らしてしもたんや……」


「ならテオリス家の方から買えば良いんじゃない? それかミズキの言う麹をテオリス家にまわして作って貰うとか。ペムイ酒はカエラの所でしか作ってないんでしょ? それにカエラは味噌で儲けたいんじゃなくて、身近に食べたいんでしょ?」


 ドマルは瑞希が数日見ない間に、カエラに対する敬語を止めるのが慣れたのか、違和感は感じなかった。


「それやでドマルはん! ミミカちゃん! バランはんに宜しゅう言うといてや!?」


「大丈夫です。父もペムイ酒を気に入ってましたし、この味噌というのもきっと気に入りますので」


「バランさんも甘いのは好きだから、白味噌は気に入るだろうな。ドマルには少し甘いんじゃないか?」


「出汁の味もあるからそこまで気にならないけどね。てことは甘くない味噌もあるの?」


「勿論! ドマルには赤味噌の方が口に合うかもな! それに味噌があれば魚の味噌漬けとか、炒め物にも使えるし、甘辛い味でペムイに合う料理も作れるぞ」


「……明日の料理は絶対それにする!」


「今回は白味噌しか持ってきてないから魚の味噌漬けとか作ってみようか?」


「……にへへへ!」


 はしゃぐチサの横ではボングがつくねを食べながら驚いている。

 甘辛いタレの味と、恋焦がれた肉。

 その味はお子様であるボングに突き刺さったのだ。


「お、おいお前! この肉料理のお代わりはないのか!?」


 ボングは思わず瑞希に声を掛けた。


「あるけど、折角痩せて来たんだから、ドカ食いすると勿体ないぞ?」


「だ、だが、これは今しか食べれないだろ!? 俺はもっと食べたい!」


「そんな事ないぞ? 厨房の料理番の人にはレシピは教えたし、ジャルがないからタレは難しくても、塩味でシャクルをかけても美味いしな」


「ジャルがあればこの甘辛いソースは作れるのか!?」


「勿論作れるぞ。そのためにはカエラさんとの交渉しなきゃいけないけどな」


「友好的やない地域にはジャルは出せへんなぁ」


「ぬぐっ!」


 涼し気な顔でカエラがボングをからかう。

 シャオは味見の時とは違い、瑞希がつくねに添えた卵黄を絡め、幸せそうに次々とつくねをお代わりしていた。


 無言でスプーンを片手に喉を詰まらせる勢いでデエゴを混ぜた炊き込み御飯を口に押し込むのはリルドだ。

 その隣では対照的な速度でゆっくりとララスが食事をしている。


「やっぱりミーちゃんの御料理って美味しいわぁ~。ララちゃんは初めてなんでしょ?」


「はい。でもこれは本当に全て食べてしまっても大丈夫なのでしょうか? 私の口に合うって事は砂糖をかなり使ってるのでは……」


「ミーちゃぁん! この御料理って全部甘いけど大丈夫なの~!?」


 少し離れた席に座る瑞希に、フィロが少し声を上げて質問する。


「問題ないぞ! 確かに砂糖は使ってるけど、素材の甘味でもあるからな! 野菜は火を通せば甘くなるのを使ってるし、炊き込み御飯もデエゴが甘くて美味しいだろ? それとリルドが喉を詰まらせる前にゆっくり食べさせてやってくれ」


「はぁい! ……だって! ミーちゃんのお墨付きよ」


「で、では御言葉に甘えて……ん~! 美味しいぃ!」


 顔を綻ばせるララスの顔は、フィロが髪を切った事で、表情が良く見える。

 元々髪の量が多かったララスの髪はすっきりとした量にしてあり、そのおかげか頭の大きさが小さく見える様になっていた。


「ほらリルちゃん! おかわりはいっぱいあるから落ち着いて食べなさい」


「んっ!」


 リルドは口一杯に料理を入れたまま、グラン達が座るテオリス兵の席を指差した。

 そこにはグランを筆頭に次々と料理をお代わりするテオリス兵の姿があった。


「仕様がないわね……じゃあ喉を詰まらせない様にお水も飲みなさい。明日も美味しい御飯が食べれるんだから、こんな所で体を壊さないでよね」


 苦笑するフィロはリルドの背中ポンポンと優しく叩いた。

 当主はそんな光景を眺めながらなますをつまみに酒を飲んでいた。


「ミズキ君の料理は貴族や兵士、平民に関わらず誰もが楽しめる物なのだな」


「ミミカ様はミズキさんの料理を魔法だと言っておりました」


「魔法か……人々が分け隔てなく楽しめる彼の料理が魔法ならば、魔法で民が苦しむ事もないだろうな……」


 オリンの言葉に呟く様に語った当主は、グイっと酒を飲みほした。


 ――食事を終えた頃に瑞希の指示で運び込まれたのは、ミミカと瑞希が作り上げた砂糖菓子だ。


「これは淡雪かんと言って、砂糖と卵の白身、それとスライムを使ったお菓子です」


 瑞希の言葉にスライムを食べた事のない者達からざわめきが起こる。


「スライムを食べると言えば聞こえは悪いですが、キーリスからの旅の途中でしっかりと食べれる事は確認しています。どうしても嫌悪感がある方は無理せず残すか、欲しがる人に分けて下さいね」


 この菓子を楽しみにしていたミミカとチサは我先にと手を伸ばす。

 それは砂糖菓子を好んで食べていたララスも同じ様だ。


「スライム……いえ、ミズキ様の事ですから……」


 ララスは意を決してふるふると震える淡雪かんを口に入れると、まるで本物の雪を口にした様に、しゅわっと口の中から菓子が消え去った。

 無論口の中に甘さは残るが、今まで食べていた砂糖菓子の様にきつい甘さではないのだ。


「へ? はれ? 口の中で消えました……!」


「これなら美味しいですミズキ様っ!」


「美味しいぃ!」


「……ほんまに雪みたい」


「くふふ。儚い菓子なのじゃな」


 瑞希はララスの前に砂糖菓子を差し出した。


「ララスさん、試しに前まで食べてた砂糖菓子を一口食べてみませんか?」


「えっ? で、でも……」


「一口ぐらいなら大丈夫ですよ」


「それなら……」


 ララスは瑞希から砂糖菓子を受け取り、恐る恐るポリっと小さく噛み砕く。


「甘っ! それに……あまり美味しくないです……」


「味覚って面白いでしょ? 薄味の食事を続けてたので、ララスさんの舌は今甘さに慣れてないんです」


「私こんな物を毎日食べ続けてたんですね……」


「こちらの方は砂糖が身近にあるから仕方がないですよ。でもこれを甘過ぎると感じるなら体はもう必要以上に砂糖を求めてないって事ですよ」


「はい。同じ砂糖菓子でもこちらのお菓子はとても美味しく思います」


「それは良かった! 明日からも食事制限は続きますが頑張って下さい」


「はいっ!」


 ララスの瞳は以前の様に怯えた眼ではなく、自信が出て来たのか、力強い眼をしている。

 瑞希が納豆を作り上げた時、グラフリー家がどうなるか瑞希には分からない。

 しかし今は目の前の女性と、友人になったバージの幸せを願おうと思うのであった――。


 ――深夜の寝室。


 ふと瑞希の目が覚めた。


「重い……」


 シャオが珍しく人型で寝ているのかと思ったが、右手からふわふわとしたシャオの毛並みが感じられていた。

 瑞希は貧民街の事を思い出し、フィロが忍び込んだのかと一瞬焦ったが、それならばシャオが対処すると思い、ゆっくりと布団の中を覗き込んだ。


 そこには瑞希に覆いかぶさる様に寝ているチサの姿を見つけた。


「(ジーニャの部屋で寝てたんじゃないのか……?)」


 重さの正体が分かった瑞希は一つ溜め息を吐き、動かせぬ体のまま再度眠りに着くのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

本当に作者が更新する励みになっています。


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[気になる点] 納豆は日本人でもダメな人いるからねぇ。果たして異世界の人たちに受け入れられるか? [一言] 最悪、「破魔の薬」と称して無理やり摂取させるとか?
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