ララスのトラウマと三人娘?
サルーシ家内でララスに割り当てられた部屋は姉弟二人では広く、ララスの執事はその部屋で三名分の茶を注いでいた。
以前では初対面の人間と話すなど考えられなかったララスなのだが、バージの話を聞きたくなり、フィロとリルドを部屋に招き入れていた。
無論執事が二人に対し目を光らせているのは言うまでもない。
「ララちゃん、暫く見ない間に変わったわね~? ミーちゃんの言う通りじゃない!」
フィロは一週間振りに会ったララスの容姿を見て嬉しそうにはしゃぐ。
「きょ、恐縮でしゅ……!」
二人を呼び寄せたララスは、前回の様に俯きながら顔を見せない様にしている。
「やぁねぇ! 王族に恐縮される謂れはないわよ! それに、砂糖菓子ももう必要ないみたいね?」
執事がテーブルに茶を置くが、以前の様に茶菓子を置きはしない。
「ミズキ様との御約束ですから……。それよりこちらの方を紹介して貰っても……?」
「この子はリルド、リルちゃんって呼んであげてね」
「誰がリルちゃんだっ!」
フィロの軽い紹介に男の様な容姿のリルドが声を荒げ、体をびくつかせたララスを見て、執事が目を細めながら殺気を放つ。
「ほらぁ! リルちゃんが大声出すからおじ様がお怒りじゃないの!」
「お前も大概大きな声だろうが!」
取っ組み合おうとするリルドの胸は、ローブ等で隠されていないためか、揺れ動き、ララスも思わず目が吸い寄せられている事に気付き、慌てて首を振る。
「ララちゃんもリルちゃんに負けず劣らず良い物持ってんだから、恥ずかしがる事ないじゃない?」
「わたっ! 私のなんて、リル……ちゃん様に比べて只の贅肉ですので……!」
「あいつの周りは何でこうも胸の肉に敏感な奴が多いんだよ……」
リルドは言うあいつとはバージの事だろう。
リルドはガシガシと後頭部を掻きながら、椅子に座り直した。
「こんな事ならやはり締め付けておくか……」
「駄目よっ! 美しい物は人に見せるのが持つ者の定めなのよ! 少なくとも私の前では隠させないわよ!」
「そのせいで通り過ぎる奴の目線が気になるんだよっ!」
「リルちゃん、それはね? 持つ者の宿命なのよ……。私も可愛いからそれを受け入れているわ」
「お前と一緒にすんなっ! 大体こんな肉に興味を持つ奴に碌な奴いな……い事はないな……」
「バージちゃんも虜になってたもんね」
二人からすれば他愛のない会話に、ララスがピクリと反応を示す。
「バ、バージ様も……そのお胸を……?」
「バージちゃんはリルちゃんのお風呂に突撃したのよ。まぁ、その時はリルちゃんも胸を隠してたし、ローブも着て、見た目もこんなだから男と思うのは仕方ないけどね」
「突撃っ!?」
ララスは思わず大きな声で聴き返してしまう。
「あれはあの馬鹿が一方的に悪いだろ!? 大体男同士だとしてもあいつは慣れ慣れしすぎるんだ!」
「でもそこがバージちゃんの良い所でしょ? リルちゃんもそれを認めてたじゃない?」
「……あいつが俺達に対して嫌な奴なら今頃この世に居ないからな」
リルドはそう言いながら乱暴に茶を飲む。
「リルちゃん様は……その……バージ様の事が……?」
「あん? 別にそういうんじゃねぇよ。こいつの言う様にあいつの事は認めてるけど、それだけだ。あんたの旦那なんだろ? バージがあんたの事を話してたぜ?」
「私の事をですか!?」
ララスは思わず椅子を押しのけ、立ち上がってしまう。
テーブル越しに迫られたリルドは茶を溢さぬ様に避けた。
「あぁ? 奥ゆかしい子だとか、優しい子だとか、そういう事だよ」
「よ、容姿の事を嫌ったりしてたでしょう……?」
「バージちゃんそんな事言ってたかしら? ララちゃんが兵士に回復魔法を使ってた時の話はしてたけど」
フィロの言葉がララスの胸にぐさりと刺さる。
ララスは力なく椅子に座り直した。
「どうしたのよ?」
「いえ……。容姿の事をバージ様達が噂してたのは知ってましたから……」
「あいつが? 聞かせろ」
ララスは自分の胸に秘めていた出来事を二人に話した――。
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バージとの婚約が決まった際に、度々王宮を訪れていたバージは、兵士との訓練に打ち込む事もあり、時に重症を負った兵士はララスを始め、わずかに保有している回復魔法の使い手に処置をされる。
ララス程の才能を持たない回復魔法使いは軽度の傷を、重症の者はララスが傷を癒し、その時ばかりはララスも恥ずかしがる事なく、王宮の兵を癒していた。
そんなある日、兵士達が噂話をしている所にララスが出くわし、思わず隠れてしまったララスの耳に噂話が聞こえて来た。
バージは災難だ、容姿が釣り合わない、カルトロム家の策略だ、等好き勝手言う者も居り、中にはバージもそう言っていたと口にする者も居た。
その場に居られなくなったララスは耳を塞ぎながらその場を後にしたのだ。
「――なので、私からバージ様との婚約解消を申し出たのです」
「はぁ!? バージはそういう奴じゃないだろ!? そりゃ、人の胸をいやらしい目で見はするけど、男はそういう物って聞くしな」
「そうよ。いくらバージちゃんでもそんな事言う奴じゃないわよ。何かの聞き間違いじゃない?」
ララスは言葉ないまま、ふるふると首を振る。
そんなララスの姿を見たリルドが立ち上がり、ぼきぼきと指の骨を鳴らす。
「なら体に聞けば良い。フィロ、あいつが居る所に案内しろ」
「その意見は賛成だけど、今は駄目よ。それに今はララちゃんの好意で私達はこうやってお喋り出来てるけど、普通なら上流貴族に対して暴力を振るえば死刑よ?」
「はんっ! 間違った相手を殴るのに貴族も平民もあるか! ましてや俺は貧民街の出身で姓もないぐらいだからな! 迷惑が掛かる奴もいやしねぇ」
「駄目よ。リルちゃんはあの子達の先生になるんでしょ? 読書きや算術を覚えて貧民街の子達に未来を与えるんでしょ?」
「むぐ……。くそっ!」
リルドは再び乱暴に椅子に座り直した。
それでも怒りが治まらないのか、リルドはララスに声を上げる。
「お前もお前だっ! 少しの付き合いしかない俺でもバージはそんな事を言う奴じゃないってわかるぞ!? 何で人の噂話なんかを鵜呑みするんだよ!」
「全て事実ですから……」
「あぁっ!? じゃあバージがお前を貶したのも事実か!? あいつは血や汚物で汚れた俺達を嫌がりもせず接してくれる奴だぞ!?」
「それ、それは……」
「フィロちゃんチョーップっ!」
フィロは怒るリルドの頭に素早くチョップを振り下ろした。
「いてぇな! なにしやがんだっ!?」
「熱くなりすぎよ。ララちゃんは自分に自信を持てない子なの。だからこそ、今ここでミーちゃんの言いつけを守ってるし、裏切られたと思っても私達をここに呼んでバージちゃんの事を聞きたいのよ。乙女心をわかりなさい」
「知るかっ! 俺はうじうじして傍観する奴は気に入らねぇんだ! 大体てめぇはバージをそういう奴だと思ってんのかよ!?」
「思ってませんよ! 思ってませんけど仕方ないじゃないですかっ!」
「あぁ!? 何が仕方ねんだよ!? お前の旦那だろうがっ!」
「フィロちゃんチョップ! チョーップ!」
フィロは二人の頭に再度チョップを振り下ろした。
フィロがララスに危害を与えたが、執事はその光景を見ながら動きはしなかった。
「な、な、な、何するんですか!?」
「いてぇんだよ!」
「あんた達が喧嘩してどうすんのよ。どうせ三日後に私達はバージちゃんとも会うんだし、この話はおしまい! 怒ったままだとミーちゃんの手料理も美味しく食べれないわよ?」
「飯……」
「御飯……」
フィロの言葉に二人は空腹を思い出したのか、揃って腹を鳴らし、お互いの視線が絡み合う。
リルドは馬鹿らしくなったのか、息を吐き、茶に口を付け、ララスは恥ずかしさからか、静かに椅子に腰を下ろした。
「御飯ももうすぐ出来るだろうから、ララちゃんの髪でも切ってあげましょうか? 運動してるならその髪の毛は邪魔でしょ?」
「で、でも、髪が短くなったら顔が隠せないので……」
「馬鹿ねぇ。可愛らしい女の子が顔を出さないのは世界の損失よ?」
フィロはそう言いながら執事に鋏を用意してもらうのであった――。
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