シャオの要望、チサへの褒美
バージはカルトロム家に戻り、瑞希達はサルーシ家へと戻って来た。
バージとは三日後にカルトロム家に戻る約束を交わし、フィロとリルドは瑞希と共にいる。
リルドが瑞希と共にサルーシ家に来たのは、バージの願いだ。
この状況で女を連れて家に戻れば兄弟喧嘩になりかねないのと、事故とはいえリルドと風呂を共にした事で後ろめたさがある様だ。
「やれやれ。久々に柔らかいベッドで寝れるな」
門の兵士と二、三会話をした瑞希は、体を伸ばしながら貧民街の寝具を思い返している。
だが瑞希の呟きとは裏腹に、肉料理を満足に食べれていなかったシャオが、瑞希と手を繋ぎながら唸っていた。
「うぬぬぬ。肉が食べたいのじゃ!」
「モーム肉ももうないからハンバーグも作れないし、そろそろチサが夕食を作り始めてるだろうから、余ってそうなら御相伴に預かろうか?」
「ならんのじゃ! はんばーぐなのじゃ! わしは一週間も我慢したのじゃっ!」
地団太を踏みながらわがままを言うシャオの頬を、しゃがみ込んで引っ張る瑞希の背中に、フィロが話しかける。
「ミーちゃん! 私はねぇ~……」
「フィロのは作る気ねぇからな?」
「何でよぉ!? 何か作ってくれるって言ったじゃない!?」
「元から料理で済まそうと思ってたんだよ! それよりそのおさげを強請った癖にどの口が言ってんだよ!?」
門をくぐった瑞希一行が内輪揉めをしている中、リルドは初めて貴族の城に踏み込み緊張しているのか、辺りを眺めていた。
そんな瑞希達に怒気を放ちながら人が近付く。
「へぇ~……随分仲が宜しくなったんですねぇ~?」
気付けば瑞希達の周りには、一行の帰りを聞きつけたミミカ達が取り囲んでいた。
「そうよ~? 毎日同じ部屋で寝泊まりしてたんだから。それにこの髪型もミーちゃんにやって貰ったのよ。似合うでしょん?」
ミミカに気付いたフィロがここぞとばかりに煽り立てる。
「ま、毎日同じ部屋で……!?」
「ミーちゃんの寝起きに……キャッ! 恥ずかしいっ!」
可愛い子振るフィロの喉元に剣の切っ先を向ける者と、瑞希に近付きながらポキポキと指を鳴らしながら近づく者が居た。
「ミミカ様。こいつはそろそろ切りますか?」
「お嬢、ミズキさんにも問題があると思うっす」
三人とも怒りの行動とは逆に、笑顔を作っているのがより恐怖を駆り立てる。
「ミズキ様には後でお話を聞くとして……。フィロ様は……仕方がないですよね?」
誰に確認を取っているか分からないが、ミミカからは有無を言わせぬ圧を感じる。
くるくると目まぐるしい寸劇を見て思わず笑いだしたのは初顔のリルドだ。
「あはははは! 口は災いの元だなフィロ。大体お前は毎夜瑞希の部屋に忍び込もうとするから簀巻きにされてたじゃないか」
「う、五月蠅いわよっ! リルドが邪魔するからじゃない!」
「ミズキとバージは恩人だから少しでも恩を返そうと思ってな。まぁバージにはもう何も返さんが」
「「「誰……?」」」
三人娘はフィロと親しげに話す初見のリルドを見て、声を合わせた。
そしてその視線は自然と胸へと吸い込まれる。
「お前等女の癖にどこ見てんだよ?」
リルドは視線を重ねられていた胸をさっと手で隠す。
三人はハッと我に返り、瑞希に視線を戻すと、既にチサが瑞希とシャオに抱き着いていた。
「……おかえり」
「くふふ。ちゃんと訓練しておったのじゃ?」
「……もちろん」
「ララスさんの食事はきちんと作れてたか?」
「……頑張った」
チサは二人の間に顔を埋めながら、端的に返答する。
瑞希とシャオは同時にチサの背中を軽く叩くと、二人の首に巻かれたチサの腕が力強く締まる。
その光景を見たミミカ達は毒気が抜けたのか、フィロから手を引き、瑞希に話しかけた。
「ミズキ殿、バージ様は見つかったのですか?」
「おう! バージは先にカルトロム家に戻って、俺はこれからバージの親父さん達を元に戻す料理を作る予定だ」
「どういう事っすか? ミズキさんの料理で治るんすか?」
「一応リルドのおかげで切っ掛けは掴めたって所だな」
「……また人助けしてたん?」
「成り行きだな。リルド達は栄養の問題でチサの時とは違う病気になってたんだよ」
「チサよ、そろそろ離すのじゃ」
「……もうちょっと!」
顔の見えないチサだが、ここぞとばかりに二人から離れようとしない。
瑞希に付いて来てから片時も離れた事のなかったチサは余程寂しかったのだろう。
瑞希もそれが充分に伝わってくるからこそ、チサの背中を何度も優しく叩いていた。
「ミズキ様、長旅でお疲れかと思いますが、オリン様達がお待ちですので、説明をお願いできますでしょうか? 当然こちらの方についてもですよ?」
「分かったよ。それよりララスさん達はどうしてるんだ?」
「ララス様ならそこに……」
ミミカが城内を指差すと、バージが居ると思っているララスは恥ずかしそうに瑞希達を覗いている。
瑞希はその事も含めて説明をするために城内へと歩を進めるのであった――。
◇◇◇
――説明を終えた瑞希はいつもの面々で厨房に立っていた。
嬉しそうなチサとミミカは、瑞希の作る謎の料理を手伝っている。
「……茹でたトーチャをカパの藁で包むだけでどうなんの?」
「納豆菌が藁についてれば、二日ぐらいで糸を引くんだ」
「それって腐ってるのではないんですか?」
「ヨーグルトと一緒で発酵だな。貧民街でこの世界に納豆菌がある事はわかったし、俺の故郷じゃ藁についてる菌なんだよ。納豆が一つでも出来たら、その納豆を使いまわせば納豆菌はどんどん増えるから量産もできるぞ」
「わざわざ腐った物を食べるのじゃ?」
「それが先人の凄い所だよな。納豆も最初は偶然出来てて、捨てるのも勿体無いから食べてみたら意外と美味いからこりゃいいってずうっと現在まで食べ続けて来たんだ」
瑞希はそう言いながら、あらかじめ割ってから茹でたトーチャを藁に詰めていた。
「ミズキ様のは何故わざわざ細かくしてから茹でたんですか?」
「粒のある納豆が出来てから刻んでも良いけど、納豆って糸を引くし、まな板で刻むと後が面倒なんだよ。それにシャオは納豆に嫌悪感があるみたいだし、どうせなら料理しやすいのも作っとこうかと思ってな」
その話を聞いてもシャオは納得がいかない様だ。
「腐った物なぞ食べたくないのじゃ……」
「だから腐ってるんじゃなくて発酵だって。ヨーグルトも美味しく食べてるだろ?」
「うぬぬぬ! あの残飯を見てから食べれる訳ないのじゃ!」
「……残飯?」
「ミズキが作ろうとしておるのは残飯なのじゃ! トーチャの無駄使いなのじゃ!」
ぷんすかと怒るシャオを見ながらチサが首を傾げる。
「前にも言っただろ? 俺の故郷は先人達が頭を捻って発酵の知識を残してくれてるんだよ。今作ってる納豆だってそうだし、今日の夕食で使うのもその知識の賜物なんだぞ?」
「そっちのは臭くないのじゃ!」
「でも材料は同じだぞ?」
「……ほんならアレ、もう食べれるん!?」
「おう! 魔力を当ててたせいか、思いの外早く出来たな! 和食大好きなチサならきっと気に入るぞ!」
「……やったぁ!」
嬉しさのあまりチサがミズキに抱き着く。
「ミズキはチサを甘やかし過ぎなのじゃ!」
「ちゃんとシャオの要望にも応えてるだろ?」
瑞希はそう言いながら調理台の上のボウルを指差した。
「あの……私には……?」
「ミミカにはこの後で簡単な砂糖菓子を教えるよ」
「砂糖菓子ですか……」
ミミカも瑞希と出会う迄、口にしていた砂糖菓子だが、今ではあの固く甘いだけの菓子に魅力を感じていなかった。
「わははは! そんなに心配しなくても、面白い砂糖菓子があるんだよ。それに、ミミカが技術を身に着けた今だから作れる様になったんだ」
「それってどんなお菓子なのですか!?」
直ぐに興味を持ったミミカがミズキに迫るが、シャオの我慢の限界が来たのか、チサを引き剝がし、チサとミミカに対して唸るのであった――。
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