マヨネーズとカッテージチーズ
鶏ガラで取ったスープの水が減って来たところで瑞希はシャオに火を止めてもらう。
「じゃあ次はサラダと軽食に使う物を作る」
「まずサラダのドレッシングだが、これは簡単だからミミカに任せよう!」
「わ、私に!?」
「まずこのシャクルを切って、果汁をこの瓶に入れる」
「は、はい!」
瑞希は大きな柑橘類であるシャクルをミミカに手渡すと、ミミカはシャクルを櫛切りにしてから絞る。
「次に、この植物系の油と、塩、胡椒を入れて、蓋をする……」
「出来ました!」
「完成!」
「……え? これで終わりですか?」
「これで終わりなんだよ。ドレッシングの基本は、酸味と油。後は好みの味を付けていくだけなんだ。今日は一番単純なドレッシングだな」
「でもこれ油と果汁に分かれてますよ?」
「その通り。試しに蓋をしたまま振ってみな?」
ミミカは言われた通りに振ってみる。
「混ざりました! ……けど、すぐにまた分かれてきますよ?」
「そう! 油と水分は分離するんだよ。でもまぁ、ドレッシングはそのシャバい状態でも食べれるから大丈夫なんだ。そこで面白いのが次のソースなんだ」
そう言うと瑞希は卵を取り出した。
「もったいないけど、この卵の黄身の部分だけと、塩、シャクルの果汁、油を使う」
「どれっしんぐと使う物はほとんど一緒なのじゃ!」
「違うのは黄身を使う事ですか?」
瑞希は卵の黄身と、塩、果汁をボウルに入れしっかり混ぜる。
「ここに油をちょっとずつ入れて混ぜてくんだけど……ビーターが無いんだよなぁ……」
木べらやお玉はあるが、ビーターと言われる泡だて器がない。鉄串も菜箸の代わりになっても細かく混ぜる事は難しい……。
すると瑞希がハンドブレンダーを思い出す。
「そうだ! シャオ手を繋いで良いか? 風の魔法を使う!」
「構わんのじゃ! ほれっ!」
伸ばされたシャオの手を掴み、ボウルに油を入れハンドブレンダーをイメージして小さな風球を作り出す。
「よしよし! 良い感じだ!」
トロリと混ぜ合わさり、クリーム状になった物を見て瑞希は満足そうに頷く。
「出来た! これがマヨネーズだ!」
マヨネーズを眺めるシャオとミミカだが、ドレッシングと違い分離しない事を不思議に思っていた。
「これは何故分離しないのじゃ?」
「細かい事は分からないけど、黄身が分離するのを防ぐんだ!」
「ドレッシングとは違う味なんですか?」
「二人とも味見して良いぞ?」
シャオとミミカは指先にマヨネーズを付け、ぺろりと舐めてみた。
「「美味いのじゃ!」「美味しいっ!」」
「だろ~? 俺の故郷じゃこれが好き過ぎてマヨラーなんてのもいたぐらいだ」
「もっと舐めたいのじゃ!」
「……でもこれはほとんど油だからな……食べ過ぎると……太る!」
もう一口舐めようと手を伸ばしていた二人の手がぴたりと止まる。
「……と言っても、料理に使うぐらいは大丈夫だから、過剰に食べなけりゃ問題ないよ! 朝食では使わないから、馬車で食べる軽食まで我慢な!」
「でもこれはさすがに魔法が無いと作れませんね……」
「いや、こんな感じの調理器具があれば魔法が無くても作れるさ」
瑞希はミミカにビーターの形を説明した。
「ただし、ビーターで混ぜる時は、油を少しずつ加えながら混ぜる事! じゃないと失敗して分離するからな!」
「わかりました!」
「じゃあ次は鶏肉を使ってチキンカツを作ろうか!」
瑞希はホロホロ鶏の胸の部分を取り出し、麺棒でたたいて薄くする。
「何でわざわざ薄くするんじゃ?」
「胸肉は繊維質で、油も少ないから火が通ると固いんだよ。だからこうやって繊維を潰してやるんだ」
瑞希は卵を溶き、カパ粉を皿に入れ、ニードルタートルの甲羅を取り出した。
「ミズキ様それは何ですか?」
「雑貨屋で見つけたニードルタートルの甲羅だよ。子供の甲羅らしいけどね。シャオ、風と火で温風を作って、パンを一つ乾燥させてくれ!」
「せっかく柔らかいパンを固くするのじゃ?」
シャオがパンを温風の球で包むと、すぐに乾燥してカチカチになってしまった。
「そしたらこのパンを甲羅で削る!」
固くなったパンはぽろぽろと削れていくと、パン粉に様変わりする。
「ボロボロになったのじゃ……」
「そしたらさっき伸ばした胸肉に塩、胡椒をして、カパ粉、卵、パン粉の順で付けて行く。ミミカこんな感じでどんどん衣を付けてくれ!」
「やってみます!」
瑞希は鉄鍋に油を入れ、シャオに火を点けてもらう。
「衣を付けた胸肉をこうやって油で揚げていくと……こんな感じできつね色にカラッと揚がるんだ!」
じゅわじゅわと油がはじける音と、油が揚がる香ばしい香りがミミカとシャオのお腹を攻撃する。
「これはいかんのじゃ! 味見をせねばならんのじゃ!」
「ミズキ様! こんな見た事もない物は毒見をしなければなりません!」
「一応貴族の娘だろうに、毒見をしたら駄目だろ……でもまぁ、作った人の特権で味見をしてみるか?」
「「するのじゃ!」「します!」」
瑞希は上がったチキンカツをまな板でザクッザクッと音を立てて切り分け、二人に差し出した。
「どうぞ召し上がれ」
二人は指でつまむと口に持って行き、サクッと音を立てて咀嚼する。
「――っっうんまいのじゃ!」
「何これ!? 美味しいっ!!」
「チキンカツはやっぱ胸肉の方が美味いんだよな~」
もぐもぐと口を動かしながら、過去にもも肉で作ったチキンカツを思い返していた。
「もうないのじゃ……」
「これは軽食に使うから、昼には食べれるよ。出来立てのサクサク感は無くなるけど、ポムソースと合わさってしっとりしたのもまた美味いんだ!」
「朝食には何故ださんのじゃっ!?」
「朝から揚げ物なんて重いわっ!」
シャオは瑞希に抱き着き、ゆさゆさと体を揺さぶる。
そんなシャオを見てミミカがくすくすと笑っている。
「ごほんっ! じゃあ次は軽食と朝食のためにモーム乳からチーズを作る!」
「ばたーとは違うのじゃ?」
「バターはバターで使うから、シャオに作って貰うとして、チーズは鍋で作るんだ」
瑞希は鍋にモーム乳を入れると、シャオに弱火で火を点けてもらう。
「こうやってモーム乳が温まったら、シャクルの果汁を入れて混ぜると……」
「水分と固体に分かれてきましたね?」
「そして荒い目の布に鍋の中身を全部出して、布で包んだら、そのままボウルに貯めた水の中で揉みながら洗う。何回か水を交換して、最後に絞って……」
「ぽろぽろした固形物になったのじゃ!」
「あとはここに塩を加えれば、カッテージチーズの完成だ!」
「モームの乳からこんな物が出来るなんて……」
「今からシャオがバターを作るからミミカも手で作ってみれば良いよ」
シャオはいつも通り魔法で瓶を振るが、ミミカは一生懸命手で振ってバターを完成させた。
「はぁ……はぁ……ま、魔法ってやっぱり便利ですね……」
「そうなんだよな~。だから俺もシャオに頼りっぱなしだ!」
「わしは瑞希の料理が早く食べれるなら何度でも手伝うのじゃ!」
「でも、モームの乳からこんなに色々な物を作りだすミズキ様も魔法使い様みたいですね!」
「そうなのじゃ! わしからしたらよっぽど魔法よりすごいのじゃ!」
「俺からしたら当たり前の事なんだけどな……」
「そんな事言ったら、魔法の方が当たり前の事なのじゃよ」
二人は首をかしげながらミミカの方に振り返り意見を求める。
「お二方とも私からすればよっぽど不思議な方ですよ?」
厨房には三人の笑い声が木霊していくのであった――。