瑞希の決断
「世界? 違う世界があるんですか?」
「ありますよ~? 元々桐原様の世界は私の世界じゃありませんし~、シャオの散歩ついでに、色んな世界を覗いてただけですから~。桐原様の世界でも急に人が消えたりとかありませんか~?」
瑞希はテレビから流れていた今朝のニュースを思い出していた。
「そういえばテレビで急に人が消えたとか何とか……」
「あ~。多分それはどこかの世界が召喚でもしたんじゃないでしょうか~?」
「召喚ですか……。なら僕も召喚されている途中でしょうか?」
「いえいえ~。桐原様の場合は完全に死にました~。先程も言いましたが~、過労死か事故死の違いで~、遅かれ早かれ死んでましたよ~?」
シャオは猫の姿に戻り、瑞希の足にぐりぐりと頭を押し付けていた。
「なら何で私はここに連れて来られたんでしょうか?」
すると女性は瑞希の足元にいるシャオを指さした。
「一つはその子を救ってくれたお礼です~。二つ目はその子が初対面の桐原様に懐いているのが不思議でして~」
「猫が懐くのが不思議なんですか? 尻尾が二本あるのは変わってますけど、可愛らしい子じゃないですか?」
瑞希はしゃがんでシャオを持ち上げてみた。するとシャオはじたばたと暴れだし、瑞希の手から逃れると、女性の後ろに隠れてしまった。
「あらら、嫌われちゃいましたかね?」
「どうでしょう~? 案外恥ずかしかったんじゃないでしょうか~?」
シャオは彼女の後ろでもじもじとこちらを覗いていた。
「にゃう~……」
瑞希はポリポリと頬を掻きながらシャオをじっと見ている。
「さぁ桐原様?いかが致しますか~?」
瑞希は視線を女性に戻して口を開く。
「異世界に行く場合、体とか言葉はどうなるんですか?」
「私の世界ですから御心配には及びませんよ~」
「行かない場合は?」
「桐原様の魂は元の世界で輪廻致します~。一度魂を浄化致しますので~、記憶や経験等もまっさらになりますね~」
瑞希は考える。……するとシャオがとことこと、瑞希のそばに来てまた頭をぐりぐりと押し付けてきた。
「あらあら~。シャオは本当に桐原様が気に入ったのね~?」
シャオはごろごろと喉を鳴らしながら瑞希のそばをクルクル歩き回り、瑞希はそんなシャオを目で追いかけている。
「うふふ。桐原様? もしも私の世界に来られるのであればシャオも一緒にお付けしますがどうでしょう~?」
「にゃ~ん」
(どうでしょうって言われても……猫が居たからってどうなるもんでもないだろ?)
「そんなことありませんよ~? シャオはすごいんですよ~? 魔法も使えますし~、少しですが私の世界の知識もありますしね~」
「魔法がある世界なんですか? ……というか今私は言葉にしましたっけ?」
「桐原様は魂だけの存在ですので~、考えてる事は私達に筒抜けなんですよ~。さっきからシャオを見てはもふもふかわいいだとか~、尻尾が二本でも良いなぁとか~、毛並みがきれいとか~、うふふ。動物がお好きなんですね~?」
女性はくすくす笑いながら瑞希が考えていた事を羅列していく。
(は、恥ずかしいっ!)
シャオもまた、まんざらでもない顔で瑞希の足に頭をゴンゴンと押し付けていた。
「仕事にしばられる事もなく、そんなかわいい子と一緒に生活も出来るんですよ~?」
瑞希は悩む。瑞希自身昔から動物が好きな上に、やたらと動物から好かれる性質の持ち主であったのだが、激務にかられ、無責任に動物を飼うことはしなかったのだ。
「にゃ~ん?」
瑞希は足元にいるシャオを見下ろすと、瑞希の顔を上目遣いで見ているシャオと目が合った。それが決定打となり瑞希は決断をする。
「なら、異世界に行ってみます。魔法も気になりますし、記憶が消されるのも嫌ですしね」
瑞希だって今や良い歳の青年だが、少年時代にヒーローやアニメの主人公に憧れて、必殺技の物真似をした事ぐらいはある。
「それなら良かったです~。シャオも桐原様と仲良くするんですよ~?」
ぼふんっ。
「わかったのじゃっ!」
「それでは送りますね~」
女性は両手を広げ、何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えると瑞希とシャオの体が淡く光りだした。
「それじゃ~行ってらっしゃいませ~」
彼女がそう告げると、瑞希とシャオはその場から消えていった。
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「ふぅ~。シャオ……本当に良かったですね……桐原様と出会えて。それにしても好きな匂いだなんて……シャオったら」
女性はくすくす笑いながら、だれに聞かせるでもなくそう呟いたのだった――。