バージの昔話
――王都ディタルから出ている定期馬車に乗り、瑞希一行は皆の待つジュメールへと移動している。
「俺はジュメールの街に着いたら、そのままカルトロム城へ戻る。ムージに任せきりになってるし、ミズキが言うには親父達を治す食材が出来るまで少し時間がかかるんだろ?」
「最短で三日ぐらいだと思うけど、ララスさんに会わなくても良いのか?」
「何故かララスには避けられてるし、今は親父達が心配だしな。それに、フィロとリルドが言ってた貴族ってのにも心当たりがある」
バージが見つかった貧民街で、フィロが次に探っていたのはアリベルの母親であるシャルルの事だ。
王宮を出たシャルルが故郷に戻らず、アリベルを育てていたのであれば貧民街に居たのではないかと思ったからだ。
そしてフィロの思惑通り、情報屋同士が集まる場や、口の固そうな住民に小銭を握らせ情報を集めた所、貧民街に似つかわしくない母子が居たという。
だが、その母子もいつの間にか姿を消し、シャルルの消息は途絶えてしまう。
「リルド達が縄張りにしてた区画とは違ったけど、シャルルさんはアリベルの存在を隠すために貧民街でアリベルを育てたんだろうな」
「アリベルの生まれた時期を考えると、バングがどうしようもなかった時だな」
「あれ? バングさんって良い人じゃないのか?」
「バングはな、昔っから魔法至上主義の嫌な奴だ。けど俺には、魔法という才能にすがってる様に見えたんだ。俺には魔法の才能はなかったし、剣の才能も弟にすら劣る。魔法の才能があるバングを心底羨んだ時期もあったんだ。ミズキはこの辺が魔法を重視するって話は聞いてるよな?」
「聞いてるよ。けど、今はそれが行き過ぎてるとも思うけどな」
バージは馬車の外を眺めながら大きく息を吐く。
「バングはガキの頃……それこそララスとかムージが生まれる前は泣き虫のガキんちょだったんだ。魔法の才能が出始めてからかな、バングが歪み始めちまったのは……」
「それまでは魔法至上主義者じゃなかったのか?」
「魔力に気付いてなかったからな。けど、バングは才能に溺れた。取り巻きを作る様になって、お山の大将……まぁ次期王になる男なんだけどよ、それでもあいつの取り巻きの作り方は立場や才能で押さえつける様な作り方でな、それだと敵を周りに置くだけだと言ったんだ……」
「でもバージに分かる合図を送ったんだろ?」
「どうしようもなくなったんだろうな……。泣き虫の頃みたいにくるくると指回しをする癖が出てた。その仕草にガキの頃のバングの姿がチラついたってだけだ。でもその結果にミズキとも出会えたし、おかげで親父を戻す切っ掛けは掴めた。ミズキがいなけりゃ俺は何も出来なかったさ」
「そう悲観するな。俺達はお前が居てくれたおかげで随分励まされた。お前みたいな貴族と出会ってたら俺達の見方も今とは違っていた」
リルドが落ち込むバージに声を掛けた。
「よせよ。俺は何の才能もないんだから。俺が出来るのは話を聞くぐらいだ。解決するのは親だったり弟だったり連れだったりで、俺は何にもしてねぇよ」
悲観しながらも、バージの視線はある所に吸い寄せられていた。
「そうね~。あんたが出来るのはリルちゃんの胸に視線をちらちら送るぐらいよね?」
フィロの言葉にギクリと視線を泳がせ、リルドは自身の胸を見てから、怒りの視線をバージに向ける。
「真面目な話をしてるかと思えば……」
「あほじゃな」
「あほだ」
瑞希は手持ち無沙汰に、膝に乗せたシャオの髪をいじりながらシャオと同じ感想を述べる。
「仕様が無いだろ!? 大体何であんな食生活で、そんなにたくましく、大きく実ってんだよ!? おかしいだろ!?」
「俺が知るかっ! お前等男はいつもそれだっ! 俺が女と分かればいやらしい視線を向けやがって!」
「あ~だから男の振りをしてたのか? フィロも見習えよ」
「嫌よ。私はこの子と逆に視線を集めたいの! ほら私ってば滅茶苦茶可愛いから! ミーちゃんにやって貰ったおさげも似合ってるでしょ?」
「自分で言うなよ……」
瑞希はフィロに対して何度目かの溜め息を吐いた。
フィロは先日の御褒美による瑞希のヘアメイクにより御満悦の様だ。
「俺は女の見る目だけはあったはずなんだけどな……自信が無くなった」
「ムージさんもフィロに惚れて問題を起こしてたからな。俺からすりゃ良く似た兄弟だと思うけど?」
「ムージと俺の好みとは全然違うぞ!? フィロみたいな細身の女は好みじゃないからな!」
「でも女で問題を起こすのはカルトロム家の血筋なんだろ?」
「あれは事故だろうがっ! それより俺の事を呼び捨てにするくせに何でムージはさん付けなんだよ!? おかしいだろ!?」
「わははは! 何でだろうな? バージは貴族ってよりも、気の合う友人って感じがするからな。呼び捨てにしても違和感を感じないな。出会い方の差って奴だろ?」
瑞希の返答を聞いたバージは足を組み換え、ぶっきらぼうに答えた。
「ちっ! ムージが暴走したら俺に言えよ? あいつは思い込んだらすぐに動き出すからな」
「知ってるよ。フィロのせいで大事になったからな。それより、リルドは貧民街に出入りしていた貴族に見覚えはないのか?」
「俺達がやり取りしていたのは、人を見下す冷徹な目をした男だ。身なりは上質な布で作られた服を着ていたな。俺達を見ながら下卑た笑いを向けてやがった」
「それだけじゃどいつかわかんねぇな……。魔法至上主義の貴族はどいつもこいつも魔法が使えない奴を見下してるからな」
「そういや聞き忘れてたんだけど、アリベルってカルトロム家が見つけたんじゃないよな? ならアリベルを王宮に連れて来たのは誰なんだ?」
「ベゴリード家っていう宮仕えの貴族で、昔からグラフリー家に仕えてた家だ」
「ならベゴリード家に聞けばシャルルさんの居場所がわかるんじゃないか?」
瑞希の問いにバージは黙って首を振る。
「ベゴリード家はもう取り潰された。カルトロム家はアリベルを手に入れるのにベゴリード家に金を工面したが、それが他のグラフリー派閥にバレたらしい。あいつ等は自分の地位を必死で守ろうとするからな。カルトロム家に渡した事が心底腹立たしかったんだろう。それにテオリス家の近くにダマズって貴族がいただろ? あいつを送ったのもその取り巻きにいるアスタルフ家本家の差し金だ」
「コバタを治めていたダマズ・アスタルフか? でももう亡くなってるぞ?」
「らしいな。一体どういう経緯だったんだ?」
「俺達がここに来る前に、ダマズが治めるコバタの街がミタス・コーポって奴に乗っ取られて、キーリスとテオリス家が襲撃に遭っただろ? あの時にダマズはミタスに殺されてたんだ」
「そんな簡単に乗っ取られるか?」
「ミタスは人や魔物を魔法で操る事が出来たからな。けど、こっちに来てから同じ様な話は聞いても、ミタスの魔力は感じないらしい」
瑞希はそう言いながら膝上のシャオに頭に手を乗せた。
「あんな臭い魔力なら気付くのじゃがな。それに、この辺りはあやつ以外にも邪な魔力が多いのじゃ」
バージは瑞希に頭を撫でられ、幸せそうにするシャオを見ながら瑞希に問いかけた。
「……なぁミズキ、親父達が回復してから、一度一緒に王宮へ行きたいんだが、その時にこの子も一緒に連れてこれないか?」
「それは構わないけど、何でだよ?」
「別段変わった所はないんだが、さっき名前を出したアスタルフ家が気になる。嬢ちゃんも近付けばより正確に魔力を探れるんじゃないか?」
「そうじゃな。巧妙に隠しておるならばそれも可能じゃろうな」
「それに、ミズキの料理を振る舞うっていうなら、バングも例の食材を食べれる可能性もあるだろ?」
「いやぁ……問題は結構人を選ぶ食材なんだよな……」
瑞希が問題の食材をどう調理するべきかと悩む中、早朝から走らせていた馬車はジュメールへ向け走って行くのであった――。
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