リルドとバージ
――深夜。
リルドは今日の出来事を思い返しながら、瑞希の作り出した湯船に浸かっていた。
フィロが引き連れて来た数人の魔法使いを瑞希はシャオと共に難なく取り押さえると、物は試しとばかりに、残飯の糸を引いたトーチャを魔法使いの口に入れた。
魔法使いが嗚咽と共に吐き出そうとするが、シャオが小さな水球を作り出し、トーチャと共に喉奥にねじ込むと、魔法使い達は先程迄のぐったりした様子が少し改善され、寝息を立てていた。
そして、瑞希の推理が立証される様に、魔法使い達の姿に見覚えのある住民がおり、瑞希はフィロから事情を聞き始めた。
「(凄い男達だな……)」
リルドはパシャリと浸かっている湯を顔にかけ、ポタポタと落ちる雫を目で追っていた。
バージが貧民街に来た時も、リルドは始め、質問ばかりする鬱陶しい男だと思っていた。
必死な表情を浮かべながらも、自分達の事を聞き回り、いつの間にか自分達の懐に入られた。
バージの話は面白く、そして何故か心を許してしまう。
そんなバージが貧民街の現状を知った時は、自分の友人が病に伏せたのかと見紛う程に真剣に心配をし、声を掛け、自分の無力さを悔やんでいた。
そんな折に現れたのが魔法を使いこなす兄妹だ。
彼等は刃物を向けられてもどこか余裕があり、自分達と交渉をし始めた。
そんな瑞希の回復魔法は暖かで気持ち良かったが、リルドの傷は直ぐに開いてしまった。
そして瑞希が口にした事は病の治し方だった。
瑞希もまた、弱り果てていたリルド達を見るや、真摯に解決方法を提案し始めた。
瑞希の真剣な表情と、バージの言葉に圧倒されたリルドは、瑞希の治療方法を真っ先に試す事となった。
「(傷……消えたな……)」
リルドは自身の腕から滲んでいた傷口をさすりながら、口の中の血の味も感じなくなった事を考えていた。
貧民街は昔からならず者達が集まり、治安も悪かったが、人が倒れる程の飢餓に見舞われる事はなかった。
中にはいたのかもしれないが、今回の様な数ではなかった。
昔に比べ残飯も減り、小銭を握りしめた所で食料すら満足に買えなくなってきたのは最近だ。
残飯も少なく、子供を持つ者は子供に優先させ、満足に食事が出来ない大人達が順に倒れていく、瑞希が金貨をフィロに渡し、買って来させた食料を見た時に、フィロに値段を聞いて驚いていたのをリルドは知っている。
「(あいつ等は何故そうまでして自分達を助けてくれたんだろうな……)」
悶々と考え込むリルドは少し逆上せたのか、広い浴槽の淵に腰を掛けた。
ひんやりとした外気に晒されながら、もう一度浸かってから風呂を出ようと思った矢先に入り口から声が響き渡る。
「おぉ~! マジで風呂が出来てるじゃねぇか!」
「なっ!?」
バシャんと慌てて湯船に浸かるリルドに対し声の主である男がリルドに気付き声を掛けた。
「お? 湯気で見えねぇけど、その声はリルドだな? お前も風呂に来てたのか」
「馬鹿っ! 今俺が使ってるんだからさっさと出て行けっ!」
「なははは! こんなに広い風呂なんだからけちけちすんなよ! 瑞希も変わった魔法の使い方をするとは思ったけど、まさか風呂まで作るとはなぁ……」
瑞希が風呂を作った理由は単純で、汚れていた住民達を清潔にするためだ。
風呂を知ってはいても入る事も少なかった住民の子供達に入り方を教えながら一緒に入り、着ていた衣類は水魔法を使って洗濯をし、風魔法で乾かす。
子供達も初めて入る大きな浴槽にはしゃぎまわり、静かに入りたいシャオが叱り、瑞希が手拭いを風呂で膨らませる遊びをしてやると、子供達が興味を示し静かになる。
住民達が一度入ればドロドロになる湯を何度か瑞希が入れ替え、後回しになっていたリルドは最後に一人で入っていたのだが、そこに運悪くバージが現れた。
「良いから早く目を閉じろっ!」
「何男同士で慌ててんだよ? はは~ん? さてはお前自信がないんだな? はっはっは! 子供じゃねえんだからそんな事で笑わねぇって!」
「五月蠅いっ! お前が出ないなら俺が出るからさっさと――」
リルドがそう言って、湯船から勢い良く出ようとした時に、すぐ側迄近づいていたバージに気付かず風呂の中でぶつかる。
風呂の中で藻掻くバージの手の中には大きく、そして柔らかく、世の男なら幸せに感じる感触が伝わる。
「きゃあぁぁぁっ!」
「へぶっ!」
気が動転したリルドの一発をもろに受け、ぷかぷかと仰向けに浮かぶバージを見向きもせず、リルドは浴場を飛び出して行った――。
◇◇◇
――翌朝。
別れを惜しむ子供達に囲まれる瑞希と、鬱陶しそうにするシャオの元に、頬を腫らしたバージと、顔を隠していても不機嫌だと分かるリルドがやって来た。
「ほらほら、また遊びに来るから泣くなって……。ん? バージ、どうしたんだその顔?」
「男だと思ってたんだ……。俺は悪くないんだ……」
呟くバージの言葉が聞こえたリルドは、ギロリと睨む。
何かを察した瑞希は何かを思いついたのか、悪そうな顔で二人に話しかけた。
「お前まさかリルドの風呂でも覗いたのか?」
「リルドが女だって知ってたのか!?」
「そりゃ気付くだろ? なぁフィロ?」
急に話を振られたフィロは、瑞希の思惑はわからないが、瑞希が望むならと、瑞希にウィンクをしてから話に乗る。
「当たり前じゃない。え? もしかしてあんた気付いてなかったの?」
「嘘だろ!? 俺だけか!?」
「て事は、ミーちゃんが言う様にリルちゃんのお風呂を覗いたのね? さいて~! でもでも、ミーちゃんは私のお風呂ならいくら覗いても良いからねっ!?」
そう言いながら瑞希にすり寄ろうとするフィロを拒むと、フィロの三つ編みが揺れる。
「覗くかあほっ! それより、バージ。この話がララスさんに入ったらもっと避けられるんじゃないか?」
瑞希の言葉に慌てるバージは、直ぐに瑞希に詰め寄る。
「た、頼むからララスには内密にっ! 只でさえ避けられてるのにこんな話が耳に入ったら……」
「そうだな~。じゃあ変わりにリルドをバージが雇うってのはどうだ?」
「何で俺がこんな男の元で働く必要があるんだっ!?」
お次は話を聞いていたリルドが瑞希に詰め寄る。
「まぁまぁ。リルド、読み書きをお前が覚えたらこの子達に教える事が出来ると思わないか? リルドが教えればこの子達はまた次の世代に教えられる。そうすればここの住民達も冒険者や他の仕事でも出来るとは思わないか?」
「そ、それは……。でも俺達なんかが真っ当な仕事なんて出来る訳ないだろ……」
「どうかな? 優秀な人って生まれで決まるのか? リルド達が読み書きを出来ないのは教わる機会がなかったからじゃないか? そういった機会さえあれば人って何かの才能が発掘されると思わないか?」
「だとしても! 貴族達やディタルの住民が貧民街の人間を雇いたいと思う訳ないだろ!?」
「それはリルドの決めつけだ。俺が飲食店の店主なら優秀な料理人とか、計算が得意な人なら雇いたいって思うし、貴族だって優秀な人材は欲しいだろ?」
リルドは呆れた顔で瑞希に返答をする。
「はっ! 貴族が欲しがる訳――「いや、これからの時代、優秀な人材は欲しくなる。特にこれからの王都を考えると猶更だ」」
「あん? まるで貴族みたいな事を言うじゃないか?」
「バージは貴族だぞ? カルトロム家の長男で次期当主だ」
「はぁぁっ!? お前が!? 貴族はもっと高慢ちきで、人を見下すような……」
「そりゃそういう奴もいるかもしれないけど、バージは貴族でもこういう奴なんだよ」
「はっはっは! 敬っても良いんだぞ?」
どうだと言わんばかりにふんぞり返るバージに対しフィロが釘を刺す。
「覗き魔のくせに……」
「すみませんでしたぁ!」
すぐさま反対方向に体を倒して平謝りするバージと、苦笑する瑞希にリルドが問いかける。
「お前達は何で私達なんかを助けたんだ? 目的は別だったんだろ?」
「「助けて欲しそうだったから……お?」」
偶然にも意見が一致した二人はお互い顔を見合わせ、バージが咳払いをしてから言葉を続ける。
「民の声に耳を傾けるのは俺達の仕事だろ? お前達がいるから街があるんだ。街があるから俺達は貴族なんだよ。そんな民が困ってるなら助けるのが俺の仕事だろ?」
バージの答えで、何故ララスがバージに惹かれたのか分かった瑞希は、嬉しくなり笑ってしまう。
「わははは! そうだな……俺は俺の出来る事だったからだな。魔法が使えるとか、料理が出来るとか、人によって才能は様々だろ? 俺は俺の目の前で、俺が出来る事で助けられるなら助けるさ。勿論敵対する奴は無視するけどな」
「だが、俺達は最初お前達を襲おうとしたんだぞ!?」
「そういやそうだったな。普段から訓練でもっと怖い思いをしてるし、俺が危なくなっても俺の可愛い妹が側にいてたからな。あんなの襲った内に入らないだろ?」
瑞希がシャオの頭を撫でると、シャオはふふんと鼻を鳴らす。
「お主等なぞ赤子の手を捻る様なものなのじゃ!」
そしてバージが言葉を繋ぐ。
「それに襲う相手と直ぐに打ち解ける悪者もいないだろ?」
「おま、お前達が……」
「「ん?」」
自覚の無さそうな二人の表情を見て、リルドは諦めたのか言葉を止め、思わず笑ってしまう。
「あははは! 変な奴等だ!」
「確かに。普通病人に小話をする奴は居ないな」
「そんな事言ったらミズキだって、病人にドロドロの液体を飲ませるのは変だろ! 普通は薬とかだろ!?」
「でも美味かっただろ?」
「城に戻ったらちゃんとしたお前の料理が食ってみたいと思う程にはな!」
憎まれ口を叩いてる様に見えても、バージも瑞希の料理が気に入った様だ。
そのやり取りはリルドを始め、近くで聞いていた住民達も面白かったのか、暗く、陰気な筈の貧民街に明るく、陽気な笑い声が響き渡るのであった――。
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