瑞希の解答
チサが過ごすサルーシ家での日常は、朝食作りから始まる。
自身の好みから和食が続いているが、瑞希の言いつけを守りながらも実家で作る様な朝食を作っていた。
それが終われば魔法の練習を行う前に準備運動を行い、ヴォグと共に城の周りを駆け回る。
ララスも動きやすい恰好をし、チサと共に準備運動をしてから、散歩をする。
普段から運動をしないララスからすればチサと行う準備運動から既に必死である。
チサは瑞希が訓練をする前や、寝る前に柔軟をしているのを真似ている事もあり、非常に体も柔らかい。
それに対し、普段から運動も碌にしないララスやボングの体は固く、前屈をする際もチサが後ろから軽く押すだけで悲鳴を上げるぐらいだ。
初日は悲鳴を上げ、二日目には筋肉痛で悲鳴を上げ、楽しみでもある甘味は没収されている。
しかし、食事はしっかりと用意されているので空腹感は日を追う毎に落ち着いて来ていた。
そして五日目の今日、ララスは自身の顔に異変を感じる。
体が慣れぬ内は、朝早く起きる事も辛く、糖分摂取が少なかった事もあり頭に靄がかかっている様だった。
体も慣れ、食事にも慣れ、生活に慣れ始めて来た今朝、鏡を見てみれば、目の前にある顔は以前に見た顔よりも心なしかスッキリとしている。
そしてブツブツだった肌も多少だが改善されている様だった。
「……御飯出来たで~。どしたん?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「……そう? ララスちょっと痩せたんちゃう?」
「本当ですか!?」
ララスは自分でも思っていた事を他人にも言われた事で、確信に変わり、思わずチサの肩を掴み迫ってしまう。
「……ほんま。何か肌も綺麗になって来た」
「はわっ!」
チサが何の気なしに近くにあったララスの頬に触れ確かめると、今まで他人を遠ざけていたララスは現状を認知し、唐突に羞恥が襲う。
「……恥ずかしがらんでええのに」
「で、ですが、今まで醜女と呼ばれて来たので……」
「……ミズキは嘘吐かへんから今日も頑張ろ。今日の朝食も魚やで~」
「……走った方が痩せるのでしょうか?」
「……ミズキは徐々にでええて言うてたで?」
「徐々にという事は、運動にも種類があるんですね」
「……直ぐに帰る言うてたから詳しくは聞いてへんねん」
「今日で五日目ですか……ミズキ様は大丈夫でしょうか?」
「……それなら心配いらんで? ミズキは強いし、シャオはもっと強い。また人助けしてるんちゃうやろか? ミズキは困ってる人をほっとけへんみたいやから」
「私は……自分の事も疎かにしていたのに……」
ララスはこれまでの時間を思い返し、何もしてこなかった事を何故か悔しさを感じた。
「……出来る事をこなせばええやん? うちは自分で出来ひん事をやろうとして死にかけたけど、うちに比べてミズキとシャオは出来る事が多いし。ララスも出来る事をコツコツやってこ」
「出来る事……ですか。私は……」
ララスが自分の事を考え始めると同時に、腹の虫が朝食を強請る。
「……まずは食事やな」
「そ、そうですね!」
自分が出来る事とは何なのか、それを考えながら今日を過ごしていく――。
◇◇◇
貧民街に来てから五日目。
瑞希は壊血病に掛かっていた住民達と寝食を共にしていた。
瑞希が食材を提供する事で、現状の改善にはなっていたが、そう遠くない未来には再びこの街に壊血病が訪れるのが分かっていた。
「なぁミズキ、お前の事情は分かったけど、いつまでもここに居ても良いのか?」
「良くはないな。ただ、バージの言っていた物がどれなのか分からない事にはカルトロム家夫妻も助からないだろ?」
「と言っても、ここの連中の生活の違いは食い物ぐらいだしな~」
「残飯なぞ食べたくないのじゃ!」
二人が名前で呼び合う仲になったのは、貧民街の窮地を共に凌いだ戦友という部分が大きいだろう。
野菜ジュースを作り上げ、患者に与えながら回復魔法を使う事で、大きな傷はなくなり、呻き声も次第に減っていったのだ。
瑞希自身も回復魔法を使うイメージを少し変え、傷を治す様なイメージの他に、壊血病の原因となる事が何だったのか、思い出しながら、体に必要な物を作れと願い当てていた。
その甲斐在ってか、貧民街の住民達は一人、また一人と回復していった。
「俺だって残飯をわざわざ作るつもりなんてねぇよ……」
瑞希とて可愛い妹に残飯を食べさせるつもりもない。
瑞希が食材に目を付けているのはバージの話を聞いたからである。
王宮ではサルーシ家とカルトロム家は別の部屋で過ごしていたが、バングを含め、貴族間で会談する時や、食事の時、寝る前の話し合いでは場を共にしていた。
しかし、おかしくなり始めたのはカルトロム家の両人だけであり、バージやサルーシ家の人間は平常心を保っていた。
「同じ部屋で寝て、同じ物を食べて、生活リズムも同じか……」
「後は菓子ぐらいか」
「菓子? 砂糖菓子か?」
「そうそう。ララスが好きそうな奴な。俺はあんまり好きじゃねぇんだけど、親父達はそれなりに手を伸ばしてたな」
「でも砂糖ならララスさんも食べてたし、俺達も普段から使うからな……」
「そりゃ俺だって料理に使われてたりしたら食うさ」
「――待たせた。今日の回収してきた残飯だ」
瑞希達が会話している輪の中に、以前瑞希にナイフを投げつけた者……改め、リルドが残飯の入った袋を放り投げた。
「おっ! どれどれ……昨日と違うのはあるかなっと……何じゃこりゃ! 腐ってるじゃねぇか!」
「そんなんでも俺達は食い繋いで生きて来たんだ!」
リルド達は以前貴族の施しで食事が出来ていた事もあったという話を瑞希達に話していた。
しかし、何名かの者が居なくなると急に施しもなくなり、まるで見捨てられるかのように貴族から唾を吐きかけられたと言う。
「まじかよ……お前ナイフの腕も良いんだし悪さばっかしてねぇで冒険者にでもなりゃ良いじゃねぇか」
「読み書きも出来ねぇ俺達が出来る訳ねぇだろ!?」
瑞希はリルドの言葉に疑問を浮かべる。
「ん? この辺だとそうなのか? 俺も最初は読み書きも出来なかったけど登録できたぞ?」
「あ~……街によるってのが正しいな。読み書きも出来ない奴を冒険者にするって事は荒くれ者も多くなるだろ? この辺は貴族の依頼も多いからある程度の線引きをしてるんだ」
「でもそれだといつまで経っても金を稼ぐ術がないだろ?」
「だから俺達みたいな奴が集まってここにいるんじゃねぇか!」
リルドは乱暴に腰を下ろし、苛立ちを隠そうともしない。
「逆に言えば読み書きさえ出来たら冒険者に登録が出来るって事か」
「そりゃまぁそうだけど……大人になってから文字を覚えるって難しくねぇか?」
「それに加えて俺達は馬鹿だからな。簡単な事しか覚えらんねぇよ!」
苦笑するリルドはそう言いながらこの話を終えようとする。
「でもリルドの味覚は良いよな」
「あん? そりゃ食える物を片っ端から試して来たからってだけだろうが」
瑞希が野菜ジュースを作った時、急いで作った為、シャオにすら食材を解説せず作っていた。
リルドは毒見がてら野菜ジュースを飲んだ時に、自身の知っている食材を確かめる様に口に出していき、瑞希を驚かした。
それでも不思議に甘い蟻蜜の正体には気付けなかったのか、瑞希に確認を取ると、嫌そうな顔をした後に、瑞希がジュースに混ぜた理由を聞き感心もしていたのだ。
「(とは言ってもここじゃ宝の持ち腐れだよな……)」
「うへ……こりゃトーチャか……? ぐちゃぐちゃに糸を引いてやがる」
「くっせぇけど、それも食えるぞ?」
「こんなくせぇもんまで食えるのかよ……リルドの腹が鍛えられてるんじゃねぇのか?」
リルドは無言でバージの腹に正拳突きをかます。
苦しむバージを他所に瑞希は残飯を眺めていた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、この残飯みたいにトーチャを発酵させた料理ってあるんだよ」
「このにちゃにちゃしてるのも食べるのじゃ? こんな物を食べたら体を壊すのじゃ!」
「ばっか、納豆は体に良いんだぞ? 血糖値を下げるって言われてるし、ダイエットにも……」
そこでふと瑞希は考え込む。
「納豆……あぁっ! バージ! カルトロム家夫妻はサルーシ家夫妻とかバージより太ってるか!?」
「お、おぉ? どうした急に? 太ってるって言っても多少だぞ? 年相応に丸いってだけだ。親父達とは会ってないのか?」
「会ってない! という事は血糖値の問題か! いや、でも砂糖は普段から食べてるから……」
瑞希は普段から食べている砂糖という言葉を口に出すと同時に、シャオの顔を見てある事を思い出した。
「なぁシャオ、魔石に魔力って込めれるんだよな?」
「何を今更……。チサの杖を知っておるじゃろ?」
「だよな……。そうか……やっぱり問題は砂糖だ。多分王宮の料理人は魔力が込められた砂糖を使ってるんだ……」
「待て待て! 俺達も少しとは言え菓子も食ってたんだぞ?」
「個人差があるのは多分血糖値の問題だと思う。一概には言えないけど太ってる人の方が元の血糖値は高い傾向にあるんだ。魔力を込めた砂糖が血糖値の高さで発動するなら、カルトロム家夫妻が先におかしくなったのも理由が付く」
「けっとうち? すまん。ミズキが何を言ってるのかさっぱりわからん」
「わしも訳がわからんのじゃ」
「砂糖ってのは癖になりやすい性質を持ってるし、ついつい手を伸ばしてしまうのは前に話したろ? 俺は砂糖が魔石って事を忘れてたんだよ……」
「確かに魔石ならば魔力を込めるのは容易いが……」
「バージが貧民街に来たのはバングさんがここの話を仄めかしたからだよな?」
「あ、あぁ。あいつは貴族の集まりの時に貧民街の人間に食事を与えても何の意味もなかったと話してたんだ。それにその時あいつは子供の時の合図を俺に出した。だから俺はここに何か鍵がないかを探りに来たんだ」
「てことはバングさんは恐らくまだ完全には操られてないな。なのにそういう振りをしてるって事は……」
そこでバージがハッと気付いた。
「ガジス様は病床についてるんじゃなくて、人質に取られてるのか!?」
「かもしれない。ただ少なくとも砂糖を使った菓子は口にしたと思うから、原因の分からないバングさんは王に成り代わる振りをして、その砂糖を用意した奴が望む様に動いてるんじゃないか?」
「なら何でバングは俺に貧民街の存在を臭わせたんだよ?」
「リルドが言うには貴族からの施しを受けていた事もあるんだよな?」
「あぁ。貴族の汚れ仕事と引き換えにな」
リルドは心底嫌そうな顔をする。
「そうか。中には行方不明になった奴もいるって話だったけど、最後に見たそいつは虚ろな目をしていたか?」
「どう……かな? 悪い、そこまでは覚えてない。それが何か関係あるのか?」
「その貴族は魔法至上主義で、砂糖の実験をリルド達でしてたらどうだ? どれぐらい食べさせたら効果があるかを試していたとしたら? 虚ろな目をした人間は魔力の許容値を超えた結果かもしれないだろ」
「ならば何故途中で俺達を見限ったんだ?」
「多分、殆どの人に効果が出なかったんじゃないか? この残飯は全員食べてたか?」
瑞希は糸を引く残飯を指差した。
「いや……。確かにこの見た目と匂いから食べない奴もいた……」
「おいおいおい! じゃあこれがその砂糖に対する食材かよ!?」
「納豆は健康食材だからな。それに魔力が変わった作用をする食材ってのも以前食べた事があるし、魔力がある世界において納豆がどういう食材なのかって事だろうな」
「魔力がある世界ってお前……どういう――「ミーちゃぁぁん! 助けてー!」」
「またかよ!?」
瑞希に頼まれてシャルルの行方を捜していたフィロは再びローブ姿の者達を引き連れて泣きべそをかいているのであった――。
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