貧民街の奇病
瑞希達が案内された場所に向かう途中、異臭は濃くなっていく。
瑞希は手拭いを取り出しシャオの鼻と口に巻き付け、自身にも巻き付けると覚悟を決める。
自身が知っているのはあくまでも雑学程度の知識であり、医療現場で働いていた訳ではない。
だが、痩せ細った人達、そして治らない傷口を見た時にある病気の可能性が頭を過ぎった。
それが食事で改善できるのであればと、瑞希は病人が集まる建物へと到着する。
「良いか? 言っちゃなんだけど、中は大分悲惨な状況だ」
「そうだろうな……」
「臭いが凄いのじゃ」
漂って来る異臭の濃さは、手拭いでは防ぎきれず、鼻腔を刺激していた。
瑞希達が建物の扉を開けると、中には呻き声と、血の跡、そして一人の男の声が木霊していた。
「はっはっは! でなっ! 俺はこう言ったんだよ! お前の女はオークから生まれたのかってな!」
異物とも思える、賑やかな声と、その話を聞いてる者達は男の雰囲気に当てられてか、力なくとも笑おうとしている。
「はっはっは! おい、聞いてんのか? こっからが面白……おいっ! おいっ!」
横たわっている一人の者がこと切れたのか、賑やかな声の男は慌てて声を掛ける。
だが、声を掛けられてもその者は反応を示さない。
「くそっ! 何で俺には魔法が使えねぇんだっ!」
賑やかな男は悔しそうに地面に拳を突き立てる。
瑞希はこと切れた者に近付き回復魔法を当ててみた。
――ごふっ! はぁはぁ……。
息を吹き返した者に慌てて男が声を掛ける。
「おいっ! 大丈夫か!? あんたは魔法が使えるのか!?」
男は瑞希に視線を向け尋ねた。
「回復魔法を当てました。けど、これも一時凌ぎだと思います」
「なぁ、あんたはこの奇病の原因を知ってるのか!? どうすればこの病気は治るんだ!? 回復魔法を当てれば良いのか!? それなら俺の知り合いにも回復魔法を使える奴が居るんだ!」
瑞希は男の言葉を否定する様に首を振る。
「回復魔法が治せるのは傷だけです。以前も病気の者に使用しましたが効果はありませんでした」
「ならどうすれば良い!? どうすればこいつらは助かるんだ!?」
「多分この方達の病気は食事が満足に取れてない事から来る壊血病だと思います。だから……「飯を食わせようにもこいつらはもう噛む事も出来ねぇ……」」
男は力なく項垂れた。
瑞希は男の言わんとしている事が分かっているのか、黙って頷く。
「どういう事なのじゃ?」
「壊血病ってのは栄養が偏った人の病気の一種だ。野菜や果実に含まれているビタミンCが足りてないから、傷を治す作用が体から失われるんだ。そうなると、傷も治りにくくなるし、歯も抜けて異臭を放つ」
「……だからこの臭いなのじゃな」
「な、なぁあんた! 魔力は多い方か!? こいつら全員に回復魔法をかける事は出来るか!?」
瑞希はこの場に居る者達を確認する。
その数は横たわってる者だけでも十数人を超えている。
だが、瑞希は自身の魔力の多さを知っている。
知っているのだが、自身の回復魔法の弊害にも気付いている。
「かける事は出来ます……「ならっ!」」
「かける事は出来るのですが、俺の回復魔法は恐らく栄養を代償にしています……」
「ど、どういう事だよ……?」
「俺の回復魔法を受けた人は腹が減ります。碌に食事も出来ていない、ましてや食事をする事も出来ない人に全快する程の魔法をかけたら悪化する恐れがあります」
「じゃあどうすんだよ!? 今からララスを呼んで来れば良いのか!? いや、でもララスとは今は……」
その言葉に瑞希は二点の事に気付いた。
「もしかして貴方はバージ・カルトロム様ですか?」
瑞希の言葉に男は身構えたので、瑞希は慌てて言葉を続ける。
「誤解しないで下さい! 俺はカルトロム家とララスさんに頼まれてここに来たんです!」
「親父達に? だが、親父はまともに会話できる状況じゃなかっただろ?」
「ここへ向かえって言ったのは、テオリス家の令嬢が貧民街へ行けって囁きを聞いたからです。バージさんが行方不明だというのはバングさんから聞いてましたし、カルトロム家の現状等はララスさんからも話は聞いてます」
「……ララスは元気にしてたか?」
「そうですね、元気は失くされてましたが、食欲は在ったので問題はないかと。元気の方もバージさんが顔を見せれば出ますよ」
「いや、俺はララスに嫌われてるからな……。それより、こいつらだ! どうすれば良い!? ララスの魔法なら治るのか!?」
「ララスであろうが魔法にも限界はあるのじゃ。外傷は治っても病気は治らんのじゃ」
病人を観察していたシャオがバージに言葉を返した。
「まずは栄養と、清潔な環境だな。俺の連れに食材の調達を頼んでありますので、重症を負ってる箇所だけに回復魔法を当てて時間を稼ぎましょう」
「俺はどうすれば良い!?」
「バージさんは先程みたいにこの方達に声を掛けて下さい。賑やかなのは活力にもなりますからね」
瑞希は目を細め、笑顔を作る。
布で隠れた瑞希の顔だが、その目の動きだけでバージも瑞希の表情を汲み取れた。
「なぁ、俺の連れ、フィロが途中で襲われたら話にならないから、元気な仲間連中がいたら情報を回しといてくれるか?」
「わかった。お前の言う通りにしよう」
追剥の代表者は瑞希の提案に頷き、人を走らせた。
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――来たぞー!
その声を聞いた瑞希はシャオを連れ、外へと飛び出した。
フィロの姿を見た者達はリアカーの様な荷台を押すのを手伝い、当のフィロは疲れ果てていた。
その荷台には瑞希の予想よりも少ないが、様々な野菜や果物が乗っていた。
「大丈夫か?」
「商品を買った時は……商人も気を良くしてブルガーで運んで……くれてたのに……」
瑞希は息を切らせるフィロの背中に手を当て、回復魔法を施した。
「へぇっ!? うっそぉ!? 疲れが飛んだわ!」
「でも腹は減るよな?」
瑞希の質問にフィロの腹から可愛らしく鳴き声が聞こえる。
「本当だ……」
「だよな。ララスさんとはイメージが違うのか……?」
瑞希はぶつぶつと考えながらも、食材を手に取っていく。
「これは煮るのじゃ?」
「それよりも手っ取り早くジュースにしちまおう。シャオ俺が使うハンドブレンダー魔法みたいなのを風球の中に作れるか?」
「くふふふ! わしを誰じゃと思っておるのじゃ! お主が使う魔法の使い方は覚えておるのじゃ!」
シャオはそう言いながら風球を生み出すと、辺りからは風が吹く。
瑞希は葉野菜やジラ、シャクル、モロンを切り分け、シャオの風球に放り込んでいく。
食材たちは風球の中で切り刻まれ、すり潰されていくが、少し水分が足りないと感じた瑞希は次の指示をシャオに出した。
「シャオ、その中に人肌ぐらいのぬるま湯を少し足してくれ。後はこの蟻蜜も足してくれ」
「妹使いが荒いのじゃ!」
「シャオなら出来るだろ?」
「くふふふ。勿論なのじゃ!」
シャオはそう言うと、小さな水球を出現させ、風球の中に蟻蜜と共に放り込んだ。
トロトロに混ざり合った緑色のグロテスクな見た目とは裏腹に、辺りには柑橘類の爽やかな香りが広がる。
「何か大きな器はないか?」
「これを使ってくれ!」
たらいの様な入れ物が用意され、シャオはそこに風球を落とし、魔法を消した。
瑞希は奇異の視線を向ける人々の前で、コップを受け取り、物欲しそうにしていたシャオと、何とも言えない表情をしているフィロに手渡した。
「病人の体がビックリしない様に、そしてビタミンCが壊れない様に温くしたけど、冷えてた方が美味いぞ」
瑞希はそう言いながら口を近づけ、味見をする。
シャオは瑞希の言う様に冷やして飲もうと、氷を生み出してジュースの中に入れて掻き混ぜた。
フィロは見た目のグロテスクさに若干引いているが、頷く瑞希と、目を輝かせているシャオの表情を信じ、口に運び飲み込んでみた。
口の中にはモロンや野菜の苦みを感じ、間髪入れずに蟻蜜の甘さ、柑橘類の爽やかさが、味の嫌味を流していく。
腹が減っていた事も相まり、一口飲み込んだ後は、ごくごくと流し込んでしまった。
「美味しいじゃないっ!?」
「フィロが飲めるなら大丈夫だな。バージさん! 弱った人からこれを飲ませて行きましょう! それと同時に俺は回復魔法をかけていきます! フィロは治した人から順に汚れた包帯を取り換えてくれ!」
「おうっ!」
「え? え?」
状況が分からず、フィロは戸惑う。
瑞希はフィロを落ち着かせるために再度声を掛けた。
「フィロ、頑張った御礼に後でなんか作ってやるから、もう少し手伝ってくれ」
「え!? ミーちゃんがデレたっ! 私、何でもやるわっ!」
瑞希は言い方を間違えたと思いながらも、貧民街の住民の治療を始めるのであった――。
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