貧民街の追剥
朝食を取り宿を出た瑞希達は、バージらしき人物が居たとされる場所へ向かうべく、貧民街を歩いて行く。
着の身が整った三人をじろじろとねめつける様な住人達の視線を向けられるのも最早慣れた様だ。
ここに着いた当初は、瑞希達を見た住民がふらふらと近づいて瑞希にぶつかると同時に、シャオの魔法で組み伏せられ、瑞希の掏られた財布を取り上げられた者も居た。
だが、シャオが魔法使いだと分かるや否や不穏な空気が流れ、瑞希に近付く者は居なくなり、腹を空かせて蹲っていた筈の子供達もシャオと魔法の存在に、恐怖を感じ逃げていった。
そんな事もあり、シャオは陰気なこの場所をぶぅ垂れながら歩いている。
「くちゃいのじゃ。食事も満足に出来んし、わしは早くはんばーぐが食べたいのじゃ」
「一通り調べたら戻るって。シャオを頼りにしてるんだから機嫌を直してくれよ」
瑞希に頼られる事は嬉しいのか、瑞希と繋いだ手を離す事なく、シャオは瑞希から顔を背けにやついてしまう。
「くふ……。んんっ! まぁわしが居らねば瑞希が危険じゃからな!」
「そうそう。財布も掏られずに済んだのはシャオのおかげだしな」
「ふふん。ミズキは不用心なのじゃ!」
瑞希はくすくすと笑うシャオを微笑ましく眺めながら、フィロに話しかけた。
「フィロ、情報はどの辺りになるんだ?」
「貧民街の中でも治安の悪い所よ。バージ様と思われる人は何かを探していたのか、この辺りを彷徨ってたらしいのよ」
「探し物か……」
瑞希はバージの探している物は両親を戻す薬の様な物だろうと考える。
考えてみればバングと初めて顔を合わせた時も引っかかっていた。
王位継承権第二位に位置するララスが、反グラフリー派閥筆頭の貴族と会談していたのだ。
普通ならば激昂してもおかしくはない。
なのにも関わらずバングのした事と言えば、乱暴な口調ではあったが、魔法使いの勧誘とカルトロム家の状況を話しただけに留まった。
「――ちゃん……ミーちゃんっ!」
「ん?」
「お主が呑気に考え事をしておる間に囲まれておるのじゃ」
シャオは溜め息を一つ吐きながら状況を説明する。
瑞希は空いている手で後頭部を掻きながら、周りを囲む追剥の様な者達に声を掛けた。
「俺達は人探しをしてるだけで揉めるつもりはないんですけど、ここを通して貰えませんか?」
瑞希の問いかけに追剥達は瑞希の提案を嘲笑うかの様に光物をちらつかせる。
「面倒臭いのじゃ。ぶっ飛ばしてさっさと進むのじゃ」
「あほ。何でもかんでもぶっ飛ばしてたら周りが敵だらけになるだけだろ」
瑞希とシャオが焦りもせず呑気な会話をしている中、フィロはいやらしい視線に嫌気がさしていた。
「あ、目的はフィロか。なら……」
「ならじゃないわよっ!? うら若き乙女の貞操の危機なのに! 私も守ってよっ!」
へばりつくフィロを引き剥がす様に、瑞希は力を込めるが、フィロは頑として離れない。
「は~な~れ~ろ~! お前は守られなくても生きてけそうじゃねぇか!」
「無~理~! か弱い乙女だもんっ!」
「どこのどいつが乙女……どわっ!」
緊張感のない瑞希の足元に一本のナイフが飛んで来る。
ナイフが飛んできた方向を見上げると、顔を隠した者が建物の上に立っていた。
「俺達を舐めてんのか?」
「舐めてるとかじゃなくて、俺達は人探しをしてるだけだ。お前等の望んでるのは金銭だろうけど、ちゃんとこっちにも利益があるなら渡すけどさ」
「この状況で随分な口を聞くじゃねえか? 魔法使いってのはそんなに偉いのかい?」
瑞希達の情報は既に取り囲む者達に入っているのか、瑞希に対し魔法使いという単語を出した。
「魔法使いだから偉いなんて思ってないさ。けど、ここを通るだけで追剥に会うっていうなら抵抗をさせてもらうぞ? 見た所怪我してる様だけど大丈夫か?」
良く見れば瑞希を囲む者達は満身創痍なのか、所々に薄汚れた布を巻いている。
それは、瑞希にナイフを投げた者も同じなのか、薄汚れた布は血が滲んでいた。
「俺は回復魔法が使える、怪我をしてる奴が居るなら治療するから、俺達の探している人の情報を教えてくれないか?」
「ミーちゃん! そんな事しなくてもやっつければ良いじゃないっ!」
「話しをしてわかって貰えるならその方が良いだろ? こちらから危害は加えないから信じてくれないか?」
瑞希の提案に建物から、先程ナイフを投げて来た人物が降り立った。
「俺達を騙していたら、こいつ等が一斉にナイフを投げるぞ?」
「騙す意味がないだろ? じゃあ肩の所に魔法を当てるからな?」
瑞希がボロボロの布を剥がし、魔法を当てている中、シャオは異臭を感じたのか鼻をつまんでいた。
「これは……」
瑞希は表面の傷が治ったのを感じ取っていたが、すぐに血が滲んでいる事に気付く。
「治ってねえじゃねえか……」
悪態を吐く者に、瑞希は細くなった腕を見て、少し考えてから口を開く。
「いや……。お前、最近飯食ってるか? ふらふらしたりしないか?」
「あん? 飯も碌に食えない俺達を馬鹿にしてんのか? それとお前の使えない魔法とどういう関係があんだ?」
「そうだな……言い方を変えようか。もしかして同じ様な症状で倒れている奴はいないか? そいつらは口から血を流したり、異臭を放ったりしてないか?」
瑞希の質問が的を射ていたのか、それとも何か勘違いをしているのか、追剥は慌てて瑞希から距離を取り殺気を放った。
「落ち着け! お前も結構やばい状態だろ!?」
「何でお前が知っている!? お前が用済みになった俺達に毒を撒いた張本人か!?」
「用済み? 毒? 何を言ってるのかわかんねぇけど、急いで治療しなきゃお前等死ぬぞ!」
「それはお前が直接手を下すって事だよなぁ!?」
瑞希に殺意を持って飛び掛かろうとする者達に瑞希は焦り始める。
「あ~もうっ! そうじゃねぇって言ってんだろっ! 助かりたいなら大人しく俺の言う通りにしろって! それでもわかんねぇ奴は……」
瑞希が言い終わる前に一人の男が瑞希に飛び掛かる。
瑞希はシャオの手を引き、抱きかかえると同時に男の足元を氷魔法で拘束する。
「何なのじゃこやつらは!? こんな奴等殴ってしまえば良いのじゃ!」
身動きが取れなくなった男に向け、ぷんすかと怒るシャオに瑞希が告げる。
「この人達は今病気にかかってるんだ。今殴ったりしたら色んな意味で骨が折れる……」
瑞希はシャオを地面に下ろすと、氷魔法を解除する。
「俺はお前等を傷つけたい訳じゃない! お前等の家族で倒れてる奴はいないか!? 子供や奥さんは大丈夫なのか!? こんな病気なんかでお前等全員死ぬつもりか!?」
瑞希が大声を上げて全員に聞こえる様に説き伏せる。
その言葉を聞いて、狼狽える者が現れ始めた。
先程瑞希の治療を受けた者が、舌打ちをして瑞希に問いかけた。
「ちっ! 本当にこの毒をお前が治せるのか?」
瑞希が答える前に瑞希の服をフィロが軽く引っ張る。
「ミーちゃん、この人達を助ける義理なんかないでしょ?」
「この人達の病気が難しいのなら俺もお手上げだけど、助けられるかもしれないのに放っておく事なんて出来ないだろ。それに知ってる事を教えるだけだ。フィロ、金は渡すからディタルの繁華街で果物とか野菜を買って来てくれ。キャムとかシャクル、ジラなんかは多目にな。後は包帯とか、痛み止めの薬なんかも頼む」
瑞希はそう言うとフィロに金貨を渡す。
その行動に驚いたのはフィロを始め、シャオ以外の瑞希を目で追っていた者全員だ。
「全く……本当にお人好しな奴なのじゃ」
シャオは言葉で悪態を吐きながらも、その表情は瑞希を誇らしく思っているのか、どこか自慢気な表情だ。
「完全に治せるって約束は悪いけど出来ない。でも、症状を抑える事は出来るはずだ。外傷がある奴が居るなら回復魔法も使う。お前等の溜まり場に連れてってくれるか?」
「何でお前等は見ず知らずの俺達に……」
瑞希の言葉と、真剣に自分達の心配だけを考えているという瞳の力強さに折れたのか、追剥の代表者は手を挙げ、周囲の者達の武器を下げさせ、瑞希をアジトへと案内するのであった――。
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