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貧民街と異世界の魔法

 瑞希とシャオ、そしてフィロが王都ディタルに残ったのには理由が在る。

 一つはアリベルの母親探し。

 もう一つは行方知らずになったバージを探すため。


 王宮の離れにある、ララスの住まう小城で行われた話し合いの夜、アリベルを連れ、先に寝室に行くため部屋を出たミミカは、誰かの声で『貧民街に行け』という声がかすかに聞こえた。

 その際ミミカは慌てて辺りを見回したのだが、その場には部屋を案内するララスの侍女とアリベルしか居らず、二人は辺りを見回すミミカを心配していた。


 翌朝、瑞希にその事を伝えると、瑞希も昨日の話し合いで気になる事があった事に加え、ミミカが聞いた言葉が罠かもしれないという事を考え、情報収集に長けたフィロを残し、少数での行動を提案したのだった――。


「――ミーちゃん……ねぇ起きて……」


 貧民街の安宿で二日程過ごした早朝。

 日も昇らぬ内に瑞希のベッド近くで一人の可愛い男が瑞希を起こそうとしている。

 

「起きないなら……」


 瑞希は寝ぼけ眼で視界を開くと、目の前に迫るフィロの顔がそこにはあった。

 瑞希は何も言わずに、一緒の布団で眠るシャオを抱きしめ、シャオも欠伸をしながら瑞希に魔力を送ると、フィロの体は風魔法で壁に貼り付けになった。


「も、もう少しだったのに……!」


「普通に起こせって言っただろ……で? 何かわかったのか?」


「そ、そうなのっ! バージ様らしき人を見たって情報が入ったの!」


「らしき人か……とりあえず、その人に会いに行くぞ。母親の方はどうだった?」


「そっちは駄目ね。情報屋が集まる場所でその話を臭わせただけで、何人かから殺気を感じたわ」


「やっぱりか……」


 瑞希は貧民街にある安宿の硬いベッドに座りながら、寝惚け眼のシャオの髪に櫛を通す。

 フィロはうずうずした様子で瑞希に声を掛けた。


「ミーちゃん! 一生のお願いだから私の髪もやって!」


「こんな事に一生のお願いを使うなよ……」


「じゃ、じゃあ今日はやってくれるのね!?」


 瑞希は晴れやかな笑顔で答えた。


「絶対に嫌だ」


「何でよ~!?」


「何が悲しくて下心のある男の髪を触らにゃいかんのか……。シャオ、今日の髪の毛はどうする?」


「んむ~。お団子が良いのじゃ」


 シャオはフィロを無視して本日の髪形の要望を応える。


「あいよ」


 瑞希は短く返事をすると、シャオの長い髪の毛を束ねていき、後頭部の辺りで纏めていく。

 すっきりとした首元を見せながらも、サイドの髪の毛はちょろりと残し、軽く指で巻き熱風を当て緩くカールを当てる。


「こんな感じでどうだ?」


 鏡を覗き込むシャオは嬉しそうに返答した。


「くふふふ! すっきりしてて良いのじゃ!」


「なにそれっ! そのくるくる髪を巻いてるのはどうやってるの!?」


「指に巻いて魔法で熱風を当てて癖を付けてるだけだよ。あんまり長持ちはしないけど可愛いだろ?」


「可愛いっ!」


シャオを見たフィロは何故か悔しそうに床を叩く。


「そうだろ、そうだろ。シャオはどんな髪形でも可愛いんだよ」


「くふふふ! 当然なのじゃ!」


 可愛いシャオの惚気を吐く瑞希に、フィロは自分を何度も指差して可愛さをアピールするが、瑞希はフィロの行動を無視し、鞄から包み紙を取り出した。


「さて、朝食を食べながらバージさんの話を聞こうか?」


「朝食……? その土みたいのが?」


「ミズキ、それは失敗作と言っておったではないか?」


「まぁ本来なら作成過程の形を保つらしいんだけど、俺も知識だけあって、実際作った事なかったからな。魔法がなかったらこんなの作ろうとも思わなかったし……」


 瑞希はそう言いながらボロボロに崩れた土の様な物と、乾燥した野菜を器に入れ、シャオと手を繋ぐ。


「ならば何故作ったのじゃ?」


「何かあっても食事はしたいだろ? 外なら動物や魔物を狩れるけど、街中じゃそうはいかないしな……。それに貧民街は食事する所もままならないし」


 瑞希は熱湯の水球を生み出すと、器の中に熱湯を注ぎ、別で作っておいた乾パンを浮かべる。


「はい完成。俺も初めて食べるから味の保証はしないけどな」


 温かそうな湯気を立てるスープからは、シャオにとって親しみのある鶏ガラスープの香りが広がっていた。


「この浮かんでるのが、旅立つ前に作っておった乾パンなのじゃ?」


「そうそう。これも保存食だな。フィロも遅く? 早く? まで情報収集ありがとな。これなら疲れてても食べれると思うから」


 瑞希の一連の魔法を使った調理にポカンと口を開けながらその光景を見ていたフィロは、手渡された器を受け取ると同時に我に返る。


「な、何よこれ!? どういう魔法なの!?」


「ん? ただの熱湯だぞ? 火魔法と水魔法の組み合わせだ」


「そっちの魔法じゃないわよ! この御料理の事っ!」


「乾パンと乾燥スープだ。お湯を注げば出来上がる。乾パンはそのままでも食べれるけど、そのまま食べても大して美味くないからスープに浮かべたけど」


「スープ!? 液体が、粉に? どういう事?」


「説明は後々。まずは食べよう。不味くても文句は言うなよ」


「言わないわよ……」


 フィロは熱々のスープに恐る恐る口を近づけ啜る。

 瑞希の料理に耐性のないフィロはその味ですら感動ものであり、それが湯を注ぐだけで出来上がった事に衝撃を受けている。


 瑞希とシャオは味を確かめる様にスープを啜っていた。


「ん~……まぁ、ありか」


「出来立てよりかは幾分落ちるが、それなりに美味いのじゃ」


「旅の道中に余ったスープで作った物だしな。やっぱり完全に再現はまだ無理か……」


「それなり!? ミーちゃんも満足してないの!? お野菜もちゃんと食べれるのに!? それにこのパンもスープを吸ってて美味しいのに!? 一体どういう魔法なのよ!?」


「スープの余りを煮詰めて味を濃くしてから、凍らせて、真空乾燥させたんだよ。こっちの野菜も同じ様にしたんだ。乾パンはカパ粉に塩とか砂糖を混ぜ合わせてじっくりカラカラになるまで焼くだけだよ」


「凍らせて、真空? 乾燥? ごめん、ミーちゃんが何を言ってるか分からない……」


「風魔法を圧縮させて刃にしたり風球にしたりするだろ? そんな感じで食材から空気を抜いて……」


「ちょっと待って! 風魔法を圧縮? ミーちゃんそんな事まで出来るの?」


「風魔法を使う人なら誰でも出来るんじゃないのか? シャオも出来るし、ミミカに魔法を教えてる人も確か出来るぞ?」


「そんなの一部の熟練の魔法使いだけよ! 普通は風を起こして声を届けたり、聞いたりするの! 私も風魔法は使えるけど、情報収集とか、走ったり飛んだりする時の補助に使うぐらいよ!?」


「そうなのか?」


 瑞希は隣に座るシャオに問いかける。


「しらんのじゃ」


「俺も魔法の基準はシャオだからな。出来る人もいるんだし、この料理も作ろうと思えば作れるんじゃないか?」


「くふふふ。ミズキの様な発想で魔法を使う奴はおらんのじゃ」


「便利なのにな~」


「便利どころじゃないわよっ! これが作れれば不味い干し肉とかぱさぱさの保存食を食べなくても良いし、何より嵩張らなくて荷物も軽くなるわ! それに、魔法使いじゃなくても誰でもお湯を沸かせば食べれるんでしょ!? 物凄い魔法じゃない!」


 物凄い勢いで捲し立てるフィロに、瑞希はふと故郷の生活を思い出す。


「確かにな~。お湯を注げば食べられる。温めれば食べられる……でもな、それに頼り過ぎても問題じゃないか?」


「どういう事?」


「楽に食事が出来るって事は、その楽さにかまけて料理をしようとしない人も出て来るだろ? それにこういう食事がずっと続いたら栄養も偏るし、腹は満たされても心は満たされないだろ?」


 瑞希はシャオの背中をポンポンと叩くと、少し不満気にしていたシャオは、瑞希が気付いてくれたのが嬉しかった様だ。


「くふふ。確かに毎回この食事じゃったら怒るのじゃ」


「魔法でも食事でも人の助けになる物だろ? こういうインスタント料理も忙しい時や小腹を満たす時には良いけど、強要する物じゃない。料理だって魔法だって使い方次第だ。フィロの情報だって悪い事にも使えるだろうけど……フィロはあんまりそういう事してなさそうだな」


「何でそう思うの……?」


 フィロが上目遣いで瑞希に問いかける。


「ん~……金が欲しいならダークオークの依頼を受ける必要もないだろ? それにクミンさんもフィロが悪い奴なら一々付き合ってないと思うんだよ。良い人の周りには良い奴が集まるってのかな? フィロも性格には難が……「ミーちゃん大好き~!」」


 瑞希が話し終える前に食器を置いたフィロが瑞希に飛び掛かろうとするが、瑞希の前にはキンキンに冷えた氷柱が、フィロの熱い抱擁を阻む。


「冷たいぃ! ちょっとシャオ! 私の愛を止めないでよっ!」


「馴れ馴れしいのじゃ! お主は氷でも抱いてれば良いのじゃ」


「こういう所がなけりゃなぁ……」


 瑞希は自身で作ったインスタントスープを啜りながら、二人の言い合いを眺めるのであった――。

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