バランとガジス
カルトロム家とサルーシ家は昨今の税の値上げがあまりにも酷くなってきた事を改善させようと、王家へと再三異議を申し立てていた。
瑞希達がジュメールへ来る前に、王家へ招かれた両家は、夫妻と、次期当主であるバージを連れ王宮へと出向いた。
そこで贅を尽くした出迎えをされ、バングが両家の話をのらりくらりと躱している中、二、三日経った時にカルトロム家夫妻は両家が到底納得の出来ない申し出を承諾し始めたのだ。
バージとサルーシ家夫妻は様子のおかしい二人に詰め寄るが、二人は笑いながら、何故バングの言う事が理解出来ないのかと反論する。
バージはサルーシ家夫妻と話し合い、一度戻る様に伝え、原因を追究して欲しいと懇願されたという。
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「――ここ迄が父に聞いた話ですが、今王宮では何が起きてるんですか?」
家族に異変が起き、感情が高ぶっているムージを落ち着かせ、代わりにオリンが父であるサルーシ家当主に聞いていた話をララスに語る。
「父が倒れ、ざわめく状況の中、王代理として多くの側近に近い貴族までが名乗りを上げました。しかし、兄であるバングはそれを許さず、貴族を招き会食をし始めたのがそもそもの始まりです」
「だからそれと今の状況とどういう繋がりがあるんだっ!?」
苛々しているムージは感情のまま声を荒げ、人前で話す事に慣れていないララスはびくっと体を跳ねさせる。
ボングと執事がムージを睨み、瑞希は溜め息を一つ吐いてからムージに話しかけた。
「ムージさん、ララスさんが怖がりますから落ち着いて。焦って事情を聞いても、漏れが在ったら意味がないでしょう?」
瑞希に言われ、アリベルの視線に気付いたムージは、サルーシ家での二の舞にならぬ様に、大きく息を吐いた。
「すまない……。続けてくれ」
「は、はい。兄はグラフリー家を囲う貴族を集め、食事をしながら次期王にふさわしいのは自分だと説得をしました。ですが、幼い頃から兄の事を知っている事もあり難色を示していたのです」
「バングはバージの一つ下の歳か。若いとも言えるが、ガジス様が倒れられたのだ、仕方ないとも言えるだろう?」
「そうですね……二十三歳ですので、若いという事はないのですが、兄に王の器たり得ないのは、周辺貴族からすれば周知の事実でしょう?」
「そうですね。幼い時を思い出せば、そこの弟様によく似た気性の様でしたね」
「な、何だとっ!?」
オリンが、わがままを言い続けていたボングを例に出すと、ボングはオリンに食って掛かる。
ララスが側に居るボングの頭に手を置くと、ボングはしぶしぶと云った様子で、落ち着いた。
「グラフリー家の男子はわがまま放題するのがある意味血筋とも言えます。むしろ、過去の王を見ればこのわがままさ、言い換えれば我の強さがない王は、周りの貴族に良い様に利用されていたという歴史もあります」
「ならば、バングが良い王になるとでも言うのか?」
「いえ……このままでは無理でしょう。ですが父であるガジスもまた、幼き頃はボングの様な気性だったと聞いております。一点違うとすれば、若い頃にその事を気付かされる相手がいたという事でしょう」
「ではガジス様が気付かされた相手というのは?」
「バラン・ルベルカ。ミミカ様のお父様ですね」
「へぇっ!?」
予期していなかったミミカは変な声を上げる。
「バラン様の御実家であるルベルカ家は代々魔法の才能に恵まれた血筋なのですが、御存知の通りバラン様にはその才能は有りませんでした。魔法の才能は血筋で決まる物ではありませんが、ルベルカ家の長男であるバラン様はその事で周りの貴族や両親からも不当な評価を受けていたそうです」
アリベルは飲み物を手に持ちながら黙って話を聞いている。
「そのルベルカ家はマリルというバラン様の姉君がおられたのですが、その方がお亡くなりになった後、数年後にバラン様はルベルカ家を離れ、剣聖有するテオリス家に一兵士として入団されました」
「……それがバランと王にどう関係があるのだ?」
子供らしからぬ佇まいのアリベルがララスにそう告げる。
瑞希を始めマリルの事を知っている者達は、マリルに入れ替わっている事に気付いているが、話の腰を折るまいと黙っていた。
「バラン様と父は古くから付き合いはありますが、魔法を得意とする父はバラン様にちょっかいをかけていたそうです。ですが、バラン様には魔法以外の才能があり、ちょっかいを掛ける父に貴族としての在り方を説いていたそうです。それでも貴族には魔法至上主義者も多いので嫌な思いはされた事でしょう」
「マリル叔母様は魔法至上主義者に襲われたと話を聞いております……」
「そうなのですか? マリル様が何故亡くなられたかという話は存じ上げませんが……?」
「ち、父に、最近父に聞いたんです!」
「そうですか……。そうして才女であられたマリル様亡き後、バラン様に何があったのかは知る由もありませんが、家を出られ、その後もルベルカ家に不幸は続き、当主夫妻も亡き者になりました……」
静まり返る場に、ララスがはっと気付き、言葉を続けようとした時に、マリルが口を開く。
「大方魔法至上主義者達と徒党を組み貴族同士で揉め事でも起こしたのであろう? 全く……魔法が絶対ではないと再三忠告をしたというに……」
呟く様な言葉尻は他の者に聞こえなかった様だが、アリベルが鋭い質問をした事にララスが驚く。
「な、何故アリベルがそれを……?」
ミミカはアリベル改めマリルの口を押えながら、誤魔化しを始める。
「テオリス家でお話代わりにアリーも一緒に父の昔話を聞いてたんです! 父はマリル叔母様を敬愛していましたが、祖父と祖母の話はいつも言い淀んでおりました」
「そう……ですね……。この辺りの人間は魔法使いを優遇しますが、差別迄はしなかったんです。魔法至上主義者との違いはそこです。そして、父もまた若き頃はそういう人間であったのですが、魔法以外はバラン様に劣っていると実感したらしいです」
「では祖父母は差別をしていたと……?」
「恐らくなのですが……マリル様が魔法において様々な研究をするような才女であったが故に、バラン様は肉親からも比べられたのではないでしょうか? この子もまだ魔力を感じれていない事で、周りの貴族から嫌味を言われます。それこそ兄はこの子を毛嫌いしているぐらいです……」
ララスは悔しそうにしているボングの頭を優しく撫でる。
「ですが、ミミカ様の母君であるアイカ様は魔法使いであれど、分け隔てなく民と接しておられたと聞いております。バラン様がそんなアイカ様に惹かれたのは必然なのかもしれませんね」
ララスはミミカに向け軽く微笑みかける。
「母の事は殆ど覚えておりませんが、オリン様から父との婚姻で貴族達がお怒りになったと伺いました」
「テオリス家は名家ですからね。ですが、そんな声を抑えたのは父なのです。そして、バラン様はそれを証明する様に、魔法を毛嫌いしていたとはいえ現在も素晴らしい領地経営をされております。バラン様でなければ魔物の大群に襲われた地域を数年で立て直す事は難しかったでしょう」
「その当時の父は……いえ、今となっては懐かしい話です。ミズキ様のおかげで父の愛を感じる事も出来ておりますしね」
ミミカは照れくさそうに言葉を濁す。
マリルは姪の華やいだ声を聴き、どこか満足気だ。
「父にバラン様が居た様に、兄にもバージ様がその役割を担う存在だったと思うのですが、兄は他者から学ぶという事をせず、支配下に置きたいという野心が強すぎたのです。そして、どういう手段を取っているのか、兄に近付いた人間は兄を崇拝するかの様に王と認め始めました」
「……それって、中には虚ろな表情をする人はいませんでしたか?」
「何故それをミズキ様が知っているのですか!?」
ある推測を立てた瑞希の言葉にララスは思わず立ち上がる。
そしてそれを目の当たりにしたフィロも会話に混ざる。
「ミーちゃんもしかしてあいつ等の事を言ってるの?」
「それもあるけど、キーリスの襲撃があった時に似たような事があってな……でもそれだと、魔力で気付いても良いはずなんだが……」
膝に乗せたシャオの頭に手を置くが、シャオは怪訝な顔をしているのであった――。
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