鶏ガラスープとポムソース
ミミカの髪を直した瑞希達は包丁を持って厨房に入ると、まずはホロホロ鶏の鶏ガラを取り出した。
「じゃあシャオまずは鶏ガラを洗うから水球を出して、その中で鶏ガラをじゃぶじゃぶ洗ってくれ」
「任せるのじゃ!」
シャオは水球を出すと、鶏ガラをその中に入れて、水球をくるくると回す。
「魔法を使った料理ですか……? できるかな……」
「これはまだ覚えなくても大丈夫だよ。今から朝食とお昼に食べる軽食を作るんだけど、まずは簡単な物しか作らないから。それに魔法で洗わなくても良いんだけど……楽だしね」
瑞希がばつの悪そうに頬をポリポリ掻いていると、シャオの出した水球は少し赤く濁ってきた。
「なんかばっちぃのじゃ! これは血か?」
「そう。血合いとかだな。じゃあ水はそこに捨てて、鶏ガラはこっちの鍋に入れてくれ」
シャオは瑞希の言われるままに鍋に鶏ガラを入れる。
「ここでミミカに見せたい料理の面白さなんだけど、今日はこのパルマンを色んな使い方をしてみよう」
「切って炒めたり、煮たりするだけじゃないんですか?」
「切り方から変えるんだよ。まずはパルマンの皮を剥いて、鶏ガラの鍋に入れる。そこに鶏ガラが浸るぐらい水を入れて火にかける。シャオ強火で頼む」
「わかったのじゃ!」
瑞希が竃に鍋を乗せると、シャオは竃の中から火の魔法を使い鍋を沸騰させる。
「そしたら後は中火にして放置しといてくれ。まず一つ目はこの様にそのまま使う。」
「二つ目はどうやって使うんですか?」
「次はポムの実とオオグの実、パルマンを使ってソースを作る。パルマンの微塵切りを試しに一緒にやってみようか?」
「わ、私が手伝って失敗しませんか!?」
「大丈夫大丈夫! ソースにする分にはとりあえず細かくなってれば良いから。まずはパルマンの皮を剥いて、真っ二つに切る」
「こ、こうですか?」
ミミカは瑞希に借りた包丁をプルプルと両手で持って大きく振りかぶろうとした。
「待って待って! 包丁はこうやって片手で持って、左手はこんな感じで添えてみて」
瑞希はミミカが見やすい角度で包丁を構えてパルマンを切る。
ミミカも瑞希を真似て何とかパルマンを二つに切り分ける。
「そうそう。それからこうやって線を入れていく。これは色んな方法があるけど、俺がいつもやってるのはこの方法だな」
「む、難しいです……」
「難しかったら、ゆっくりでいいから真っ直ぐ切り落していっても良いよ。その後角度を変えて切っても微塵切りになるからね」
ミミカはたどたどしく包丁を入れていく。
「上手い上手い! そしたらこうやって向きを変えて切れば微塵切りの完成だ」
「ミズキ様のやり方はどう違うんですか?」
「俺のはここまでしか切れ込み入れてないからまだ繋がってるだろ? それをこうやると……」
瑞希はスタタタタっとパルマンを微塵切りしていく。
「こんな感じで切った所から微塵切りになっていくんだよ」
「早い……」
「そりゃ俺の本職だからな」
「ミズキよ、わしも調理をしてみたいのじゃ!」
瑞希に料理を教えて貰うミミカを羨ましく見ていたシャオが瑞希の服を引っ張る。
「ん? ならシャオにはポムの実を任せようかな。昨日の皮むきは覚えているか?」
「覚えてるのじゃ! 切れ込みを入れて、軽く火で炙って水に漬けるのじゃ!」
「そうそう! ならこのポムの実の皮むきを任せても良いか?」
「任されたのじゃ!」
「ミミカは包丁に慣れるためにも、ゆっくりで良いから微塵切りにしていこう」
「は、はい!」
瑞希は二人に食材を任せるとオオグの実を取り出しミミカの隣で微塵切りにしていく。
その姿をミミカが見惚れていると……
「痛っ!」
ゆっくりと包丁を動かしていたため深く切ってはいないが、指から一筋の包丁痕から血が滲み始めて来た。
「大丈夫か!? シャオ! 手を貸してくれ!」
シャオが片手を伸ばすと、瑞希がその片手を掴み、ミミカの手をぎゅっと握る。
「あの……ごめんなさい……」
「ミミカが包丁に慣れてないのに目を離した俺が悪い」
「いえ……あ、もう治ったみたいです……」
瑞希は手を離すとミミカの包丁を一度洗う。
「あの……怒りましたか?」
「へ?」
「包丁をすぐに洗われたので……」
ミミカは泣きそうな顔で瑞希の目を見る。
「怒ってなんかないって! 人の血が料理に入ると衛生的に良くないんだよ!」
瑞希は焦りながら事情を説明する。
「それに、料理を初めてする子から目を離した俺が悪い! もっと注意深くみておくべきだった……」
「いえ……それは私が包丁から目を離したから悪いんです……」
「いやいや俺が……」
「いえ……私が……」
二人が自分が悪いと言いあってる横から、ポムの実の皮を剥き終わったシャオが入ってくる。
「どうでも良いから続きを作るのじゃ!」
「そ、そうだな! とりあえずミミカは後でまた違う物を切ってもらうから、残りは俺が切るよ!」
「わ、わかりました!」
瑞希は残りのパルマンを素早く微塵切りすると、鉄鍋に油とオオグの微塵切りを入れ、シャオに火を点けてもらう。
「あれ? 良い香りですね! 本当にオオグの実なんですか?」
「だろ~? 食欲が湧いてくるだろ? ここにさっきの微塵切りパルマンを入れて炒めたら、シャオに剥いてもらったポムの実を潰しながら入れて煮込む」
鉄鍋の中がぐつぐつと黄色いマグマの様に煮立ってくると、そこにローリエの様な香りがする葉を入れ、塩と胡椒で味を調える。
「甘みが足りなかったら砂糖を入れたりするけど、ポムの実は充分甘いからこれで大丈夫」
「良い匂いなのじゃ~これはどうやって食べるのじゃ?」
「鶏を焼いてかけても良いし、パスタにしても良いな。今日は朝食に卵を使うからケチャップ変わりに使おうかと思ってな。残った分は瓶に詰めて保存しておけばいいし」
「何にでも使えるんですね!」
「ポムの実は旨味成分が強いからな。便利な野菜だよ」
「旨味とはなんじゃ?」
「旨味ってのは……コクというか……ん~説明し辛いけど、その名の通り美味しいと思う味だな」
「他にはどんな味があるんじゃ?」
「人が感じる味は基本的に五つで、甘味、苦味、酸味、塩味、旨味なんだよ」
「辛いのは違うんですか?」
「辛みは痛みだから正確には味覚ではないな。でも料理としては辛み、渋み、麻って言うしびれる様な辛みも楽しむ料理はあるよ」
「そんなにいっぱいあるのじゃな……」
「でもまぁ、食べてみて美味しかったら何でも良いんだから、出て来た料理を楽しめば良いんだよ!」
瑞希は笑いながら、ポムソースを火から外し次の料理のために鍋を竃に置く。
「シャオ! この中に水を張って火を強めてくれ」
「これぐらいで良いのじゃ?」
「おう! そしたら次は卵を入れる。これはミミカに教える軽食の分だから簡単だよ」
「は、はい!」
「まずは、水の状態から卵を入れて、鍋を火にかけて茹でていくんだ。沸騰した中に入れると温度の違いから卵に亀裂が入ったりするから、綺麗に作りたいときは水からの方が良い。あと、黄身を真ん中に寄せたい時はお湯の中でころころ転がしてやると真ん中に黄身が行くけど、今日の料理は気にしないから、このまま放置!」
瑞希はそう言うとキャムを取り出し、水で洗う。
「この野菜は生で食べられる野菜だから、朝食のサラダにしよう。ミミカはこれを一口大にちぎってくれるか?」
「包丁で切ってはダメなんですか?」
「すぐ食べるなら別に良いけど、包丁の金っけで変色しやすくなるし、手でちぎった方が食感も良いんだ」
「食材によって色々あるんですね……」
瑞希はパルマンを再び取り出すと、皮を剥き、手早く透けて見えるぐらい薄く切っていく。
「これがパルマンの三つ目の使い方だな」
「薄いのじゃ! これはどうやってのたべるのじゃ?」
「これはそのまま生で食べるんだよ?」
「ミ、ミズキ様? それはいくら何でも……」
「もちろんこのままだと辛くて食べれないから、水に漬けて辛みを抜くんだよ」
瑞希はボウルに水を溜め、そこにパルマンのスライスを入れ水に漬けておく。
「何回か水を変えれば辛みも抜けるよ。おっと、卵が茹で上がったかな?」
鍋のお湯を捨て、新しく水を入れると卵全体に罅をいれて、また水に入れる。
「シャオは卵の皮むきを頼む。こうやって罅を入れてから一旦水に漬けるとつるっと剥けるからな」
「面白いように剥けるのじゃ!」
「ミズキ様! キャムをちぎり終わりました!」
「じゃあ次はポムの実をスライスと、櫛切りにしてみようか?」
「はい!」
瑞希はミミカに手本を見せると、ミミカにやらせてみる。
「そうそう、それが櫛切りで朝食のサラダに使う。スライスしたのは軽食に使うからそっちの皿に入れといてくれ」
「「出来ました!」「出来たのじゃ!」」
シャオとミミカが同時に各々の作業に終わりを告げた……。