優秀な食材
瑞希がララスの従者に食材の保管庫に案内され、監視をされながら選んだ食材はグムグムだった。
瑞希は保管庫に置かれていた大量の砂糖とオーク肉を視界の端に入れながらも、三種類の大きさのグムグムを抱えると、厨房に戻り、調理に取り掛かる。
シャオとチサは、鼻歌交じりでグムグムを仕込む瑞希の姿を眺めながら、手元の三種類のグムグムに疑問を浮かべていた。
「何でグムグムを使い分けるのじゃ?」
「グムグムはな、大きくなるほどホクホクしてるだろ?」
「……そういえば」
瑞希は切り終えたグムグムを水に晒しながら二人に説明をする。
「同じ食材でも個性があるんだよ。それに今回は同じ調理方法で、同じ味付けなわけだ。ならグムグムが一番簡単に変化を付けやすい」
「茹でるのじゃ?」
「それだとあまり変わり映えしないな~」
「……なら焼く!」
「それだと味付けを変えたいかな」
「「じゃあ揚げる(のじゃ)!」」
「正解! 今回は二人に面白い調理方法を見せてやるよ」
瑞希はグムグムの水をしっかりと切りながら二人にそう告げると、鉄鍋に油を入れる所で、ふと手を止め従者に確認をする。
瑞希は調理方法を説明し、従者も頷くと、油とオークの脂を混ぜ合わせ加熱し始めた。
「何の確認を取っておったのじゃ?」
「揚げ油は調味料に入るかどうかだよ。今回は揚げるって料理だから大丈夫だったよ」
「何故わざわざ合わせるのじゃ?」
「植物油より、オークのラードで揚げた方が美味いんだけど……」
「……美味しいのに何か問題あるん?」
「ラードだけだと美味いけど若干くどいんだよ。もう夜だし、食事じゃないだろ? 皆が食べる事も考えるとな……それに今から作る料理はバランさんにも作った事ないんだ」
「何故じゃ? バランはグムグムが好物じゃろ?」
「だからこそだよ。今回はあの子が出した条件で美味いって言わせるのが大事だからラードも使って作るけど、バランさんに食べさせると絶対にこれに嵌るからなぁ……」
瑞希はバランのが嵌る姿を想像しながら低温の油でまずは小ぶりで少し厚い目なグムグムを揚げていく。
「天ぷらとかより、温度が低いのじゃな」
「……じっくり揚げるん?」
「いや、これは低温で揚げてから取り出して一度冷ましておくんだ。次は大きなグムグムをじっくり揚げていくぞ」
瑞希は一番大きなグムグムを放射状に切ってから長さをある程度揃えた物を油に入れていく。
じくじくと時間をかけ、茹でる様に揚げながら鉄鍋の中を軽く混ぜる。
「これは時間をかけるのじゃな?」
「中までしっかり火を通さないといけないからな。鉄串がすっと刺さったら完成だ。次は温度を上げて……」
次に瑞希が取り出したのは、中間の大きさの極薄に切られたグムグムだ。
瑞希は脂の温度を上げてからりと揚げていく。
「こっちはカリカリに揚げたらバットに広げて乾かしてっと……」
「これで全部揚げたのじゃ!」
「まだまだ。最後にもう一回最初に揚げて冷めたグムグムを高温で揚げてくぞ~」
瑞希が揚げなおすグムグムが変化していく事に、二人は驚くのであった――。
◇◇◇
ララス達の待つ部屋に戻って来た瑞希は三種類の料理をテーブルの上に並べる。
ボングは従者に確認を取るためか、視線を従者に向けるが、従者に軽く首を振られたため悔しそうにした。
ならばと、目の前に置かれた料理に視線を移した。
「ふんっ! 料理と言うからどんな物かと思ったが、形を変えただけではないか!」
「食材はグムグムを使い、全て油で揚げてあります。使う調味料は塩をかけてますので、お好きなのからお召し上がりください」
「ふんっ!」
ボングがまず手を付けたのは、所謂フライドポテトと呼ばれている物だ。
今回瑞希は違いを分かりやすくするために、シューストリングというファーストフードでよく見られる切り方ではなく、ウェッジカットと呼ばれる放射状に切られた形をしている。
ウェッジカットの特徴はカリカリとした食感よりも、ほっくりとした味わいを重視している。
ボングは乱暴に口に放り込むと、もぐもぐと口を動かしている。
ごくりと飲み込んだかと思えば、同じ物にもう一度手を伸ばし、もう一つ口に運んだ。
「今食べて貰ったのはフライドグムグムです。というか今回は全てフライド、つまり揚げてるので、切り方や揚げ方の違いで変化を出しました。便宜上これはフライドグムグムと呼びますが、これはグムグムのほっくりとした食感を強調しました」
「これはリーンさんのお店で食べた事ありますね」
「リーンに教えたのはシューストリングって切り方で、こっちはウェッジカットって言うんだよ。ほくほくして美味いだろ?」
「勿論ですっ!」
アリベルは薄切りにされてカラッと上がったグムグムに手を伸ばす。
サクサク、パリパリと香ばしく揚げられたグムグムは口の中から直ぐになくなり、次々と手を伸ばすが、対抗するようにボングの手が繰り返し伸ばされていた。
「お兄ちゃんっ! アリーはこれが好きっ!」
「グムグムチップだな。おやつにも食べれるし、一度食べると止められなくなるよな」
アリーを始め、子供達に好評の様だ。
ドマルはかなり厚みのある様な形をしている最後のグムグムを手に取る。
「えっ!? これって中に何か入ってると思ったら――「そ、そうだっ! グムグムがこんな形になるのは変だっ!」」
ボングはドマルの言葉を遮り、厚みのあるグムグムを勢い良く掴むと、ぐしゃりと潰してしまう。
「なっ……どういう事だ!?」
「想像してるより軽いからびっくりしたよ。何でグムグムがこんなに膨らんでるのさ?」
ボングが固まっている中、想定外の軽さに、驚いていたドマルは思わず瑞希に尋ねた。
「これは二度揚げしてるんだよ。低い温度で揚げてから一度冷ますと中に水分が残る。それを高温でしっかりと揚げると、水分が蒸発しようとするけど逃げ場がないから、水蒸気がグムグムを中から押し広げるんだ。ポムスフレって言って、まぁステーキとかの付け合わせに使う物だな」
口に入れるとくしゅっと潰れる食感や、見た目の奇妙さ、面白さに、シャオは楽しそうに笑っている。
「くふふふふ! どうじゃ? 約束通りミズキはグムグムを揚げるだけで三種類の料理を作り上げたのじゃ!」
シャオは余程嬉しかったのか、瑞希の手柄を自分の事の様に声を大にして告げた。
告げられた相手であるボングはそんな事は耳に入ってないのか、ただ揚げて塩をかけただけの瑞希の料理に嵌ってしまったのか、サクサクもぐもぐと、グムグム料理を口に運んでいる。
「……これがミズキの心配してた事?」
「そうなんだよ。まぁ今回はこの子が気に入る様に工夫はしたけど、元々グムグムチップスとかは一口が軽いから癖になりやすいんだ。それに、味付けも単純だろ? 単純な味は一口目に美味いって感じないかもしれないけど、飽きないんだよ。これをバランさんに食べさせるとどうなると思う?」
「父がこれを食べたらずぅっと食べてそうですね……」
「だろ? だからバランさんには作らなかったんだ。バランさんも剣の訓練はしてるとはいえ、執務でしっかりと時間は取れないだろうし、年齢もあるから太りやすくなってるだろうしな」
瑞希の言葉にララスがピクリと反応を示す。
「太るのには理由があるのでしょうか?」
「勿論です。体重が増えるというのは生活に合った食事をしていないからです。逆に太りたい人や、鍛えたい人も食事によってその成果は如実に表れます」
「じゃあドマルはんがグランはんみたいにムキムキになる事も出来るん?」
カエラはすらっとしているドマルを引き合いに出して瑞希に質問をする。
「勿論出来ますけど……。わははは! やっぱりムキムキのドマルは見たくないな」
瑞希はカエラに尋ねられたムキムキのドマルの姿を想像すると、思わず笑いだしてしまう。
「……確かにドマルがムキムキやと違和感」
「ひどいよ二人共っ!」
「わははは! でも、望む姿になろうと思えば人は変われるんだよ。ララス様が綺麗になりたいなら食事を変える事。早く変わりたいなら必要な運動をすればより効果を発揮します」
「私の食事は悪いのですか!?」
「普段何を食べているかはわかりませんが、砂糖は過剰に摂取されているでしょう?」
「どうしてわか……もしかしてお菓子の食べ方ですか?」
ララスは言いかけた言葉を飲み込み、先程までの自身の菓子の食べ方を思い出す。
「それもありますが、私達が貴族の食事を食べるとかなり甘く感じるんですよ」
「甘いのは美味しいではないですか?」
ララスの言葉にムージとオリンも頷く。
「確かに甘さは美味さに繋がりますが、過剰に甘い味は、結構きつい味なんです。マドレーヌも確かに甘いですが、美味しかったでしょう?」
「それは勿論……あれ?」
「砂糖の甘さだけじゃなくて、バターも使ってますし、砂糖菓子に比べて複雑に味覚を刺激します。そこに柔らかな食感も加わりますし、柑橘類の爽やかな香りも付いてます。甘味が好きな人は美味しいと思える味になってるんです」
「ではこの子が一心不乱にミズキ様の御料理を食べているのは……?」
ララスはボングに視線を流しながら瑞希に質問する。
「揚げ油にオークの脂を足してます。この子はお肉が好きでしょう?」
「何でそんな事が分かるんですか!?」
「ララスさんに比べてこの子は甘いのが苦手だと言ってました。子供の味覚は敏感ですし、先程も言ったように砂糖は味として結構きついので、実は好まない人も多いんです。じゃあ何故……少しふっくらとしているかと言うと、食糧庫に在ったオーク肉の割合が多いと思ったんです」
瑞希は言葉選びながら説明する。
「たったそれだけでそこまでわかるんですか!?」
「脂質と糖質は太る原因ですからね」
瑞希の言葉を最早疑いもしないララスは、ごくりと唾を飲み込み、瑞希の話に前のめりになって耳を傾けるのであった――。
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