ボングの試練?
姉の顔が露になっている事でボングが慌てて声を掛けた。
「姉様!? 貴様! やはり姉様を操ったな!?」
「えっ!? あっ、あっ! 違うのっ! ボングっ! 違うのよ!?」
ララスは慌てて顔を隠そうとするが、食べかけのマドレーヌを手放す事は出来ず、片手で顔を隠そうとする。
その顔は肌が荒れ、年齢や体形の割には張りもなくたるんで見え、若さが感じられない。
「み、見ました……よね?」
ララスの質問にシャオとチサが答えてしまう。
「老けてるのじゃ」
「……ララス様っていくつなん?」
「シャオちゃん!」
「チサちゃん。女性に年齢は簡単に聞いたらあかんねんで」
ミミカとカエラが注意を促すと同時に、ふたりの少女の頬に手が伸びる。
「「痛い痛い痛い(のじゃ)っ!」」
「人の気にしてる事をおいそれと口にするんじゃありません。うちの子達の口が軽くて申し訳ありません」
瑞希は二人の頬を引っ張りながら頭を下げる。
執事とボングがララスを思い、怒りを露にしており、見張りに付いていた兵士に合図を送るが、ララスが二人を制す。
「良いのっ! 子供が言った事じゃない。子供から見たら私の見た目なんて……」
「姉様は優しすぎますっ! グラフリー家に、王家に向かってこいつらはっ!」
「この方達は私が呼んだお客様です。この場に呼んだ私の気持ちを汲んでくれるのなら、少し黙っていなさい」
ボングはララスの言葉に苦虫を潰した様な顔をしている。
執事はララスに向け頭を軽く、丁寧に下げると見張りの兵士達に合図を送り下がらせた。
瑞希から解放されたシャオとチサは、二人とも軽く涙目になりながら抓られた頬に手を当てている。
「ミズキに叱られたのじゃ……」
「……うち年齢聞いただけやのに~」
「ご、ご、ごめんね? 私のせいで……」
「ララス様が謝る必要はないですよ。素直な所はこの子達の良い所でもありますが、時と場合がありますからね」
「ではミズキ様から見てもそう思われたのですね……」
「はい。概ね想像通りでした。……待へ待へ待へっ! いひゃいいひゃいっ!」
シャオとチサがここぞとばかりに瑞希の頬を両側から抓る。
「お主も大概失礼な事を言っとるのじゃ!」
「……ほんまやで!」
瑞希にやり返す少女達の姿を見て、ララスはくすりと笑ってしまう。
解放された瑞希は、自身の頬を少女達と同様にさすりながら二人に声を掛けた。
「俺は想像通りって言っただろ! 俺は別にララスさんが不細工とか老けてるって言いたいんじゃなくて、想像通りだって言っただけだっ!」
「誰も不細工とは言っとらんのじゃ」
「良いんです……。私は不細工ですから……」
ララスは自嘲気味に呟きながらも、新たなマドレーヌに手を伸ばす。
瑞希は慌てて否定する。
「違いますって! ララスさんは全然不細工じゃないですよ!」
「いえ、自覚してますから……」
「そんな自覚は捨てて下さい。それに原因は大方わかってますし、貴方が思う程、貴方は不細工じゃないです。ララスさんはきっと今より綺麗になれますよ」
瑞希はにっこりと微笑むが、男慣れしていないララスは、直視されて微笑まれた事で慌てふためく。
「はわっ!? はわわわわ……」
「まぁそのためには私達の事を信用して貰う必要がありますが――「出来る訳ないだろうがぁっ!」」
ボングが二人の会話に割って入る。
「聞いていれば姉様を慣れ慣れしく呼びやがって! 姉様に色目を使うなっ!」
「ん? 色目?」
「ミズキ様の笑顔は人当たりが良いので……。それに、ララス様を途中から、『さん』付けで呼んでいます」
「そうだっ! 姉様は王位継承権第二位なんだぞっ!? もっと敬えっ!」
ボングが怒るのは瑞希の無礼と、姉を想っての事。
女性に向け綺麗になれると告げた瑞希に、ミミカは少し嫉妬を覚える。
「すみません。あまりこういう場所に慣れてないので、敬称に慣れてなくて……」
「い、いえっ! 良いんです! ミズキ様は私の憧れなのですからっ! 私の事などお好きにお呼び下さいっ!」
「姉様っ!?」
焦るボングに対し、訳が分からない瑞希は変な声で聴き返した。
「あ、憧れぇ?」
ララスの口からは出て来たのは瑞希を憧れているという、ミズキ達に取っては驚きの発言だ。
ララスは恥ずかしそうにしながらも嬉々として語り始める。
「私……御伽話が大好きなんです。竜をやっつけた冒険者の英雄譚。剣聖と呼ばれた王家の話。魔物の王と戦った賢者の話……その他にも色々ありますが、キーリスの英雄という話が耳に入った時に、人を避けていた私でも一度会ってみたいという気持ちになったんです」
「じゃあチサがここに呼ばれたのは?」
「それはこの子が呼んだのですが、私が聞いていた様なキーリスの英雄と冒険者であるミズキ様が一致したんです。達成されていなかったダークオークの依頼をこなした冒険者。動物に好かれ、回復魔法を使う冒険者……。そしてキーリスの英雄とは人々を癒し、魔物の大群を退けた子連れの冒険者だと云う噂でしたので、私はチサ様の事を話すこの子の話を聞いた時に……」
先程迄とは違い、饒舌に語るララスの姿は、有名人に会ったファンの様な姿を彷彿とさせる。
それを止めたのはミミカだ。
「ララス様? あまり人の……その……だ、旦那様に想いを向けるのは……」
いつの間にか婚約者を超え、旦那という呼称に変えたのはミミカなりの牽制なのだろうが、当のミミカはやはり慣れていないのか、顔を赤らめている。
「ちちちちち違いますっ! 私がミズキ様に会ってみたかったのは、御伽噺の英雄に向ける憧れなんです! でも私はこんなですし……人と話すのも緊張してしまい……。それに、キーリスの英雄と呼ばれる人にこの街の現状を見て欲しかったのもあります」
「現状ですか?」
「はい。そちらに居られるカルトロム家や、サルーシ家の方からグレフリー家の現状は聞いてるとは思います。私の父、ガジス・グラフリーが倒れ、兄であるバングが統治を行い始めてから徐々におかしくなり始めています」
「その話は聞いていますが、なら何故貴方が王を目指さないのですか?」
「わ、私なんかが無理に決まってますっ! 私は魔法しか取り柄がないですし、見た目はこんなですし、人が付いてくるわけありませんし……」
「う~ん……。あ、そう云えばダークオークの依頼ってララスさんが出したんですか? 何故あんなにも高額の依頼を?」
「ダークオークは父の好物だったので、もしかしたら意識が戻るのではないかと……。もう一つは冒険者の方は大金が入ると散財する方も多いと聞きましたので、私のお金で少しでも街が潤うのではないかと思いました」
「潤ったのはジュメールの街でしたけど……」
「それは仕方ありません。父の為にも急いでおりましたし、おかげでミズキ様とも知り合えました。……もしかしてもうお金は使われたのですか?」
「この子が仕留めたので、この子の装備に全部使いました」
瑞希は説明と同時にチサの頭に手を乗せる。
チサは自慢気に杖を見せ、ララスはその杖に取り付けられた魔石を眺める。
「美しい魔石ですね。でしたらそのお店はディタルから魔石を仕入れると思いますし、結果的にはディタルの民にも還元されますね……」
「でもララス様の御話しでしたら、今この街の税はかなり高いのでは?」
ドマルはララスが言いにくいであろう事を言葉にする。
「……はい。というのもこの街は今二つに別れようとしております」
「二つ?」
「はい。魔法使いか、そうでないかです。魔法至上主義である兄やそれを担ぐ貴族達は、兄が政治を行う様になり魔法使いの優遇を始めました。それに反するのが……」
「俺達を筆頭においた、反グラフリー派閥だな」
ララスの言葉にムージが返答する。
「……その通りです」
「ララス様はグラフリー家なのに関わらず、今回の騒動には反対なのですか?」
オリンの言葉にララスは膝に乗せた拳を握りしめる。
「魔法使いであるからと言って、人々が揉めてどうするのです……。父や、それに仕えていた者達は兄ほどではありませんが、魔法を大切にしてはいました。しかし魔法は、人の優劣を付けるものではなく、街が、そして人が、より繁栄するために使うべきものでしょう? 昔の……魔族時代の様に、人が人を差別する様な世界を誰が望むのですか……」
ララスは悔しそうに拳を震わせ、続ける。
「だからこそ、私はキーリスの英雄であるミズキ様にお会いしたかったのです」
「……へ?」
「キーリスの街は魔法至上主義とは逆の統治をしていたのは御存じでしょう? それが今ではどうでしょう?」
「父は……ミズキ様と出会い、私とも向き合う様になり、今ではミズキ様に習った魔法を使い、あの地域を豊かにしようとしております。私はそんな父を誇りに思います!」
瑞希に代わりミミカが答える。
その顔は嬉しそうにはにかんでいた。
「素晴らしいお考えだと思います。……ミズキ様に習った魔法? 失礼ですがバラン様に魔法の才能は……」
「ミズキ様の魔法は私達の魔法ではなく、御料理です! ララス様もまどれーぬに驚いたと思いますが、それはミズキ様に教えて頂いたばたーという物が使われております。それは私達が気付かなかった作り方で、誰でも作れる魔法の食材です! ミズキ様の御料理は心に寄り添い、人を豊かにしてくれる魔法なんです!」
ミミカは胸を張り、自慢気に言い切った。
「姉様っ! こんな菓子を食べたからと言って、何故直ぐにこの者達の言葉を信じるのです!?」
「ミズキ様の御菓子は……何故か優しさを感じるからでしょうか? 貴方も食べればわかります」
「僕が甘い物が苦手なのは知っているでしょう!?」
「そうですね……。ミズキ様、差し出がましいお願いなのですが、ボングにも何か簡単な料理を食べさせて貰えませんか?」
「それは構いませんが……」
「男が作る料理が美味い訳ないでしょう!?」
「食べもせずにピーピーと喧しい奴なのじゃ。ミズキの作る料理はどんな物でも美味いのじゃ」
マドレーヌを頬張るシャオは呆れながら呟いた。
ボングはシャオの言葉を嬉しそうに拾い上げる。
「ほう。それならこいつは一つの食材で色んな料理を作れるのか?」
「余裕なのじゃ」
「じゃあ調理方法が同じでもか!?」
「……余裕やろ?」
ボングの言葉にチサも加わる。
ボングは瑞希本人ではなく、周りの少女が即答する程信頼されているのが悔しいのか地団駄を踏む。
「じゃあ調味料が同じでもかっ!?」
「ふざけた事を言う奴なのじゃ!」
「……でもミズキなら出来そうちゃう?」
シャオとチサはチラリとミズキに視線を送る。
瑞希は溜め息を吐きながらも二人の頭に手を置く。
「わかりました。ではその条件で何か作りますので、美味いと思われましたら俺達の事を信用して下さいね?」
「ふんっ! そんな事が出来たらな! おいっ! こいつを厨房に案内しろっ! さっきの条件を破らない様に見張っておけよっ!」
瑞希と二人の少女は、使用人に案内されるまま厨房へと向かうのであった――。
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