王都ディタルと砂糖の価値
――その夜。
王宮のある王都ディタルに到着し、王宮へ向けて馬車を走らせている。
瑞希は馬車の中から街並みを眺めているのだが、民人達の疲れているような様子が気にかかった。
「なぁドマル、この街の人達ってなんか暗くないか?」
「そうだね……前に来た時はこんな様子じゃなかったんだけど……」
「色んな匂いが混じってくちゃいのじゃ!」
「……でも街並みは凄いなぁ」
チサは広く作られた道や、遠くに見える高く建物や、夜なのにぼんやりと明るく照らされている街並みを眺めながら感心していた。
「どうせなら市場にも行きたいけど、そんな時間あるかな?」
「どうだろうね? ララス様の用件次第だと思うけど、王都で食材はあまり期待できないよ?」
「どういう事だ?」
「王都は魔石が良く取れるから資金は潤沢にあるんだけど、食料は買う方が多いんだよ。武器や防具なんかは良いのが安く買えたりするけど、ミズキはあんまり興味ないでしょ?」
「そりゃまぁそうだな……。もしかしてこの街が夜なのに明るいのも魔石か? 食糧は作ってないのか?」
「特定の魔石に定期的に魔法使いが魔力を込めてるから、明るさが保たれてるんだよ。でも王都全体ではなくて、王宮から離れると暗くなるから、治安も悪くなるんだ。食糧はグムグムやカパみたいな育てやすくて量も取れるのを、それなりに作ってるみたいだけど、品質なんかはキーリスの方が良いと思うよ? あ、でもミズキが欲しがる名産と言えば砂糖がそうだね!」
「ん? そういえば今更だけど砂糖って何で高いんだ?」
「あれは一種の魔石なんだよ。石って言っても柔らかくて脆いから加工が出来ないし、不純物を取り除くのに魔法を使ってるんだ。それに砂糖石が取れる所も限られてるしね」
「岩塩みたいなもんか。じゃあ黒砂糖なんかは砂糖石の中でも二級品って事か?」
「その通り。色が悪いのは貴族があまり買わないんだよ。それでも貴重なのは変わらないから高いけど」
「ふ~ん。じゃあ植物からは作ってないのか」
「あははは。植物から作れたら……え? 植物から作れるの?」
商人として価格変動が起きそうな事柄に、ドマルは冷や汗を掻き始める。
「俺の故郷じゃ植物から作ってたぞ? その汁を煮たり、ろ過したり、乾燥させたりして結晶化させるんだ」
「も、もしかしてミズキに作れたりするの……?」
「いや~無理だな。細かな作り方も知らないし、個人で作ったとしても大した量にならねぇよ。それにそんな植物があるかわからないだろ? それなら高くても砂糖石を使う方が簡単だよ。それにシザーアントみたいに、蟻蜜とか、砂糖の代わりになる食材を発見する方が早いだろ?」
ドマルは瑞希の言葉で、安堵の息を漏らす。
「良かった……もし砂糖の価格崩壊が起きてたらそれこそ瑞希は王都周辺の貴族から追われる身になってたよ?」
「砂糖だけじゃなくても魔石は取れてるんだろ?」
「そうだけど、それでも儲けが減るのに変わりはないだろ? それに高いとはいえ街でも買えるぐらいだから、今の量で丁度良いんじゃないかな?」
「俺としてはもっと気兼ねなく使いたいんだけどな……」
「可能性があるなら、王都周辺の貴族が買う量を控えてくれたらもっと街に回るんじゃないかな? 瑞希もここに来る迄の食事を食べて来たでしょ?」
「確かに。というか、あんなに甘い料理を食べ続けてたら体を壊すぞ?」
「そうなの? 僕はミズキの言う栄養とか分からないけど、ここら辺の主要な飲食店は基本的に甘いよ?」
「ララスさんやその弟が太ってる理由がなんだかわかって来たよ……」
瑞希がそう呟くと同時に、先頭の馬車が道を曲がる。
目の先には王宮が近付いており、直進するのが王宮へと繋がる道の最短の様なのだが、ドマルは何も言わずにオリンの馬車へとついて行くのであった――。
◇◇◇
ララス達の住まう王宮の離れの一室では、ララスとボングが会話をしていた。
「姉様っ! あいつらをここに呼んだという事は僕に働いた不敬で処罰をするんだよね!?」
「はぁ……何度も言ったでしょう? ミズキ様を呼びつけたのはあの方の噂を確かめるためです。噂通りの方なら一方的に貴方へ害をなす方ではないでしょう? それと、本当に貴方に非はないのですか?」
「それは……その……でもあいつ等が僕にブルガーをくれないからっ! それにそのブルガーが僕に怪我をさせたんだ!」
「ブルガーは主を選ぶのですから当たり前でしょう? それにその怪我というのはどこにあるんですか? 本当に怪我をしてるなら治してあげるから見せなさい」
ボングはララスにそう言われるが、瑞希が治した箇所は傷一つ残っていない。
当然ボングもその事が分かっているため、それ以上は言葉に出来なかった。
――お嬢様。お客様が到着されました。
「は、はいぃぃ! い、今行くからちゃんと幕で隠して下さいね! 私の姿なんて見せられないですから!」
――もう用意出来ております。
先程迄ボングと落ち着いて会話していたララスの姿はなく、慌てふためきながら執事に指示を出す。
執事はいつもの様に応接間に薄い幕を張り、相手の姿が見えない様に配慮している。
ララスは緊張した様子で応接間へとゆっくり歩きだした――。
◇◇◇
離れの建物に到着した瑞希達は、馬車で凝り固まった体をしっかりと伸ばしている。
そんな中、グランがぐったりとした様子でフィロを瑞希の前に投げ捨てた。
「きゃんっ!」
「貴様達の客人ならドマルの馬車へ乗せろっ!」
「いや~……ほら、こいつが俺達と一緒の馬車に乗ってるとミミカが怒るから! なっ!」
瑞希はフィロと馬車内というほぼ密室空間に居ると何をされるか、そしてシャオが暴れ出す光景を思い描いていたため苦し紛れにミミカの名を出しグランに弁明する。
当のフィロは、グラン達の馬車内で筋肉男子達に囲まれ、テンションが上がり、触りまくっていたため充実していた様な顔をしている。
触られていた兵士達も自慢の筋肉を褒められ悪い気はしてなかったのだが、フィロの恍惚な顔を見た瑞希は自身の想定通りだったと、内心ほっと胸を撫でおろした。
「貴様のせいでうちの兵にもウィミル兵の中にもおかしな事を言う奴が出て来たんだぞ!?」
――俺、あの子が男でもいけるかも……。
――フィロちゃんは天使や……。
兵士達の呟きに瑞希の背筋は凍る。
「お前本当に仕事しろよ!? ドマルの仕事と俺の仕事は別だからな!?」
「わかってるわよ~! ミーちゃんには借りがいっぱいあるし、私仕事と男選びは真剣だからっ!」
フィロは瑞希に対し、愛嬌たっぷりに可愛らしくウィンクをする。
「だぁー気色悪い! お前帰りは歩いて帰れよ!?」
「そんな……!? ここ迄連れ回して一人で帰れだなんて……ミーちゃんがいじめる」
嘘くさい泣き真似をするフィロに呆れる瑞希だが、フィロの事を気に入ってしまった一部の兵士達
が瑞希を取り囲む。
「ま、待て待て待て!? あいつは男だぞ!? お前等も目を覚ませ!」
――ミズキばっかり……許さん。
――俺から天使を奪うなや……。
瑞希を取り囲む兵士達はゆっくりと瑞希に近付いて行くが、間にフィロが入り、声を上げる。
「そうよ皆! ミーちゃんは悪くないわっ! 悪いのはミーちゃんに気に入られない私なの!」
「ふざっ――」
フィロの言葉を聞いた兵士達から瑞希に向けて歯ぎしりが聞こえる。
ペロリと舌を出すフィロの表情を見逃さなかった瑞希だが、その声空しく兵士達に揉みくちゃにされる。
「はいはい! 戯れんのもそこまでや! 固まった体もほぐれたやろうからもう止め!」
見ていたカエラがパンパンと手を叩き兵士達を止め、解散させる。
中からはぐったりとした瑞希が現れ、ミミカ、アンナ、ジーニャが瑞希に駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!?」
「皆酷いっす!」
「兄さんも何故止めないんだっ!」
屈強な男性達に囲まれ、地獄かと思った状況から、三人の美女に囲まれた事で、傍から見れば天国の様な状況になるのだが、次はグランも含めた彼女達を慕う兵士からの嫉妬の目が瑞希を襲う。
何をしていたのか、遅れてシャオとチサが瑞希の前に現れた。
「シャ、シャオ……」
女性達が瑞希に手を差し伸べる中、瑞希が手を取ったのは握り慣れているいつもの小さな手だった。
「くふふふ。わしの勝ちなのじゃ!」
「……うちが近かったら、うちの手やった!」
瑞希はシャオの手に癒されもするのだが、手を握った目的はそうではなかった。
瑞希は目的を完遂させるため、フィロに視線を向けるが、既にフィロは倒れており、近くには握り拳より少し大きな氷球が転がっていた。
「……もうちょっと小さくするつもりやったんやで?」
弁明するチサに瑞希は晴れやかな顔で親指を突き立てる。
「……あう」
ダークオークを狩りに行ってからというもの、瑞希を見る目が少し変わったチサは瑞希の嬉しそうな笑顔を見ると同時、気恥ずかしさが生まれ、言葉に出来ないまま変な声が出てしまう。
「くっくっく。モテ過ぎる云うんもそれはそれで考えもんやな」
カエラは誰に聞かれる事なく独り言ちるが、瑞希の周りには手を握られなかった三人の手が空しく伸ばされているのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!