道中の女子会
――王宮へと向けて馬車が走る。
四両で編成された馬車は、先頭からムージとオリンを乗せたカルトロム家の馬車、瑞希達の荷物を乗せたドマルの馬車、ミミカやカエラ等を乗せた馬車、後方を守る為に兵士や侍女を乗せた馬車だ。
瑞希とシャオは護衛も兼ねて慣れ親しんだドマルの馬車に乗っており、シャオは瑞希に抱きかかえられながらもチラチラと瑞希が用意した物を気にしていた。
「まだ駄目だぞ? 休憩時間のおやつに作ったんだから」
瑞希は小さな壺に魔力を当てながらシャオの腹に手を回し、シャオの動きを阻害する。
「でも甘く優しい香りがするのじゃっ!」
「そりゃ焼き菓子だからな。それにこのお菓子も焼き立てより、少し時間が経ってからの方がしっとりして美味いぞ?」
「うぬぬぬぬっ……ところで、またそれに魔力を当ててるのじゃ?」
「大元のはキーリスに置いて来たけど、魔法は想像力って言ってただろ? そういう想像をしながら魔力を当ててたら早く出来ないかと思ってな」
「干しウテナの時と違って魔力を当てるだけで出来るのじゃろうか……?」
「料理に失敗は付き物だしな。物は試しだよ」
二人が会話する馬車の御者台ではチサもまた、漂う菓子の香りに気を取られてしまい、ひくひくと鼻を動かしていた。
「……あっ、失敗」
御者をするドマルの横に座り、ショウレイを操って水球の形を変えていたチサが、慌てて木々に向けて水球を破裂させた。
「あははは。良かったね誰も居なくて……?」
「……シザーアントが出て来たけど」
木々の間からは樹液を吸っていたシザーアントがギチギチと怒りを表す様に口を動かして睨みを利かせていた。
それに気付いたのか、瑞希はドマルに声を掛ける。
「ドマル~! すぐ追いつくからそのまま馬車を走らせといてくれ!」
「それは良いけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 蟻蜜の補充に丁度良い! 蟻蜜を舐めたらシャオの気も紛れるだろ?」
「その程度の甘味で菓子の誘惑は紛れんのじゃっ!」
「そう言うなって。蟻蜜は菓子作りにも料理にも重宝するんだよ」
瑞希はそう言いながらシャオと手を繋ぎ馬車から飛び降りた。
後続の馬車はドマルが止まらない事と、キーリスからジュメールへの移動の際も、瑞希が食材調達と称して馬車から飛び降りていたので、慣れた様子だ。
瑞希がシザーアントを狩る様子を後続のミミカ達は馬車の窓から眺めていた。
「食材を狩るためだけに馬車から飛び降りる冒険者なんてミズキはんぐらいやろな」
カエラはそう言って笑いながら通り過ぎる瑞希の姿を見送る。
「ミズキさんは食用にならなそうな魔物には興味持たないっすもんね」
「シザーアントが食用になるとは私達は思ってもみなかったけどな」
アンナはそう言いながら以前瑞希に貰った飴を舐めている。
「あっ! アンナ、私にも頂戴っ!」
「ミ、ミミカ様!? 御自分のはどうなされたのですか!?」
「そんなのとっくになくなったわよ……。だから……ね?」
ミミカは可愛らしくアンナにおねだりをする。
「だ……駄目ですっ! これは私のですからっ!」
しかし、アンナは苦渋の表情を浮かべながらもきっぱりと否定した。
「アンナのケチ~! ていうか……」
ミミカがふと気が付くと、ミミカ以外の者は瑞希お手製の飴を口の中で転がしていた。
「逆にお嬢はいつの間に食べ切ったんすか? 結構な量を貰ったっすよね?」
ジーニャの言う結構な量とはあくまでも砂糖が貴重という価値観からの量であり、瑞希からすればスーパーで売られている一袋に満たない量である。
「寝る前とかお勉強の合間に食べてたらいつの間にか無くなってたの~!」
「そりゃお嬢が悪いっす。砂糖は貴重なんすから、普通は勿体なくてばかすか食べれないっすよ?」
「だって美味しいんだも~ん!」
そう言ってミミカは手で顔を覆いながら崩れる。
「もう仕様がないな~。お姉ちゃんが可哀想だからアリーのを分けたげる! お姉ちゃんあ~んして?」
「うぅ~……アリ~! あ~ん!」
アリベルにすがるミミカは、アリベルに言われるがままに口を開け、飴を口に入れて貰う。
カエラはその光景を見ながら、微笑ましさを感じながらも、それとは別にサルーシ家当主が言っていた言葉を考えていた。
「なぁ、ミミカちゃん。当主はんが言ってた様に、ミズキはんが作った料理を食べれるなら人を裏切れるか? 例えばアンナちゃんにきつく当たったり、アリベルちゃんと喧嘩したりとか」
口の中で飴を転がしながら幸せそうにしているミミカは、少し考えてから答えた。
「ん~……結論から言うと無理です」
「でもミズキはんの料理が食べれへん様になるんやで?」
「ミズキ様の御料理は人を幸せにする御料理です。ミズキ様がそれを望んだとしても……いえ、ミズキ様はそんな事を決して望みません!」
「そうですね。ミズキ殿も言ってましたが料理とは誰と食べるかも大事です。それはシャオ殿にも伝わっていますし、私達もそう思います。実際バラン様もミミカ様と食事を取る様になってから、温厚になられました。そんな風に仰るミズキ殿が人の不幸になる事を願うとは思いません」
「でも傍から見たらそれは料理で人を操ってる事にならへんか? バランはんとはそれなり付き合いはあるつもりやったけど、久々に会ったらアイカはんがいた時みたいに笑ってるから驚いたんやで?」
「カエラ様はお母様を覚えてるんですか!?」
「いやいや。子供ん時に会うたぐらいやからあんま記憶は無いで? けどなんや……仲のええ夫婦やったわ。貴族では珍しいんやで? 策略で結婚とか、位で結婚相手を決めてる人が普通やからな。女は子供を産むためにって考えのアホもおる。バランはん達は良くも悪くも貴族臭さがなかった。せやからミミカちゃんも貴族やないミズキはんをすんなり受け入れられるんやろな」
「そ、それを言うならカエラ様だって貴族じゃないドマル様を受け入れてるじゃないですか!?」
ミミカは少し恥じらいながら俯き加減で答える。
「せやなぁ……。ぶっちゃけ貴族に生まれた女はこんな考えを持ったらあかんやろな。でもな? 知りもせぇへん男の子供を生むぐらいやったら、うちは一人でもええかと思ってたんやわ」
「……というと、今は違うと?」
「皆迄言うと恥ずかしいやんか……ごめん! もう終わり! 料理で人を操る事なんてでけへんわなっ! カルトロム家の親父はんも何か考えがあるんやろ!」
カエラは少し頬を染め、照れ臭そうに話題を打ち切る。
「操る事は出来なくても、人を変える事は出来ます。私も、父も……いえ、ミズキ様の料理を食べた人は皆変わりました。シャオちゃんだって最初はもっと怖かったんですよ?」
「そうそう! ドマルさんは最初殺されるかと思ったって言ってたすね!」
ジーニャはドマルとの他愛もない会話を思い出しくすくすと笑う。
「アンナだってミズキ様と出会うまではもっとキリっとしてたわよね?」
「い、今でも私は……」
「別に文句を言ってる訳じゃないの。アンナは……そうっ! 女の子らしくなった!」
ミミカは少し考えてから人差し指を立てて言い放つ。
「あ~……それは言えてるっすね! 表情も柔らかくなって、近頃ではキーリス兵からはモテてるんすよ?」
ジーニャは腕を組み、頷きながらミミカの言葉を同意するが、当のアンナはジーニャに視線を向け、慌てながら否定する。
「そんな話は聞いてないぞっ!? わた、私がモテる訳ないだろう!?」
「あ、それ私も他の侍女から聞いた事あるっ!」
「ミミカ様までっ! からかうのは止めて下さいっ!」
「からかってなんかないわよ? アンナがモテるのなんて当たり前じゃない? 王宮に着いたら他の貴族が放っておかないんじゃないかしら?」
「い、今は結婚なんて考えてませんっ! オリン様にも言いましたけど、私は……」
アンナは言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。
しかし、カエラは突拍子もなく出て来たオリンの名を拾う。
「オリンに? 何を言うたん?」
「い、いえっ! 別に、何でもありません!」
「何よ? 気になるじゃない?」
「何でもないですからっ!」
「(ははぁ~ん……アンナちゃんはモテ期の真っ最中ってわけか) まぁええやん。言い寄られる男が多い言うんは魅力に溢れてるっちゅうこっちゃ」
「それで言うと、うちは魅力ないんすかね~」
何の気なしに発したジーニャの言葉に三人が驚いた。
「お前、気付いてなかったのか?」
「ジーニャちゃん、うちの兵に大人気やで? 気さくに話しかけてくれるし、明るくて話しやすいって」
「マジっすか!?」
「ほんまやで? なんなら紹介したろか?」
「いやいやいやっ! それは別に良いっす!」
慌てて否定するジーニャに、アンナは苦笑するが、アリベルは一連の女子トークを聞きながら嬉しそうに二人に言った。
「お姉ちゃん達モテモテだね~!」
「アリベルちゃんだって可愛いからすぐにモテるっすよ!」
「そうですよ! それに私はモテてないですっ!」
「アリーはモテたいの?」
アリベルはミミカの言葉を聞きながら飴を取り出し口に入れた。
「ん~……アリーはお兄ちゃんがいるから別に良いっ!」
「「「……それはずるいっ!」」」
「あはははははっ! ミズキはんが一番モテとるなっ!」
何処の世界でも女子が集まれば女子トークに華が咲くのは一緒の様だ。
シザーアントの蟻蜜を確保し御満悦の瑞希と、なんだかんだ美味しそうに蟻蜜を舐めるシャオは、そんな女子トークが繰り広げられているとは知る由もなかった――。
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