クロックムッシュ
――翌日早朝。
瑞希はいつもの様に眠気眼のシャオの髪を梳きながら二つの事を考えていた。
一つは本日の朝食の事。
もう一つはドマルの提案についてだ。
ドマルの提案はララス・グラフリーという女性を輝かせる事だ。
瑞希達がギルドの依頼に行ってる間に、ドマルがオリンから聞いた情報によると、ララスは幼少から太っており、内向的な性格だが、魔法の才能には恵まれていた。
回復魔法も使える事から一部では聖女と呼ばれるのだが、最近では自室に引きこもる事も多く、その姿を見かける者は少ないそうだ。
話を聞いたドマルはそれならどうにかなるだろうと思い、瑞希にフィロを連れてこさせた。
ドマルがフィロに求めるのは、化粧の上手さと自信の持ち方なのだ。
そして、瑞希に求める物は当然食事の改善だ。
「……うぬぬ。いつもより、ブラッシングに気が入っておらんのじゃ!」
「ちょっと痩せる料理を考えててな~」
「そんな物、ミズキならちょちょいと解決出来るのじゃから、もっと気合を込めてブラッシングするのじゃ」
「他人事だと思いやがって……」
「違うのじゃ。お主が料理で失敗するというのは、わしが魔法で失敗する事を考えてるのと同じなのじゃよ。そんなありもしない事を考えるぐらいじゃったら目の前のわしの事を考えれば良いのじゃ」
以前自分がシャオにかけた言葉を言い返された瑞希は、くすっと笑ってしまう。
「シャオの御墨付きなら大丈夫か! じゃあ今日の朝食はダイエットとかけ離れたコッテリした朝食にするか!」
「くふふふふ。どんと来いなのじゃっ!」
瑞希は手早く丁寧にシャオのブラッシングを終えると、いつもの様に料理の時間へと意識を向けるのであった――。
◇◇◇
朝食の場では瑞希の料理を食べ慣れていない者達が言葉を失っている中、その料理に齧り付いたアリベルは楽しそうにチーズを伸ばしていた。
「くふふ。ミズキが料理で悩む事など愚問なのじゃ」
「……べーこんとちーずが合う」
「美味しいねぇ~!」
「ずるいですよ~……」
三名の少女は笑顔で、一人の女性は泣き顔で瑞希の料理を褒めている。
どうやらミミカとカエラはサルーシ家の表情で誇らしさを感じ、ムージは侍女におかわりを要求している。
「テオリス家で作るならばヨーグルト等の甘くさっぱりとした物を食べて頂くのですが、本日の朝食は日持ちするバターとチーズを使った簡単な料理にしました」
「か、簡単だと……? この味がか!?」
「この不思議に香ばしい香りがちーずという物と合うのね~?」
「中に入っている肉はオーク肉の燻製でベーコンと言います。薫香はチーズに合いますので一緒に食べると美味しいんです――」
瑞希の料理を初めて食べた二人は興味津々で瑞希の話に耳を傾ける。
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作ろうと思えば手の込んだ物も作れたのだが、厨房に入った瑞希の姿を見つけた料理番の女性達が質問をしようと詰め寄って来たのだ。
料理長が瑞希を引っ張り出し、代表して質問をする。
話を聞くに、オリンがドマルとの商談でバターとチーズを購入しており、城内の人間にも試しに振る舞って欲しいと頼まれていた料理長は使った事もない食材に戸惑っていた。
瑞希は使用人達や兵士の朝食を作る手間を考えた時に、簡単に出来るホットサンドを提案した。
しかし専用のプレートがあるはずがないため、クロックムッシュと呼ばれる料理の調理法を採用した。
本来ならばハムとチーズ、それにホワイトソース等を使用する場合もあるが、バターで焼かれたパンとチーズが合わさるだけでも充分に美味い。
瑞希は折角なのでオリン達の食事にはベーコンを使用し、城内の食事には薄く切った塩漬け肉を使用した。
瑞希は具材をパンで挟み、しっかりと押さえてから、バターを引いた鉄鍋で焼き上げ、簡単に試作品を作り上げた。
料理長を始め、試食した料理番の者達はその味を気に入り、瑞希から作り方を丁寧に教わり、料理長の女性は瑞希から提案されたチーズやバターを使った簡単なレシピを書き記したのだった。
――食事を終えた面々は食後の茶を啜る。そんな中チサがふと呟いた。
「……美味しかったんやけど、最近食事が洋食ばっかりや」
ペムイ大好き人間のチサは、クロックムッシュの美味さも理解できているが、慣れ親しんだペムイの味を求めていた。
「仕方ないだろ? 俺だって朝は和食派だけど、こっちにはペムイが出回ってないんだから」
「……むぅ。ペムイかってちゃんと食べれば美味しいのに」
「大丈夫やてチサちゃん。こっちの仕事が上手くいったらうちとバランはんの所でペムイを仰山作るさかいな! 直にこっちでもペムイ好きが現れて出回る様になるて!」
「……にへへへ」
カエラは隣に座るチサの頭を撫でくり回し、チサはどこでも食べれる様になる未来を想像してにやけている。
「そうそう。それに、和食は減量にも向いてるしな」
食事を終えた瑞希が、茶を啜りながら何の気なしに発言した言葉に思わずシャオが笑いだす。
「くふふふ。ほれ、悩むだけ無駄じゃったのじゃ」
「……てことは、王宮に行ったら和食が多くなるん!?」
「ん? あぁ、減量料理か? そう簡単だったら良いんだけど……例えばチサ、明日から痩せるためにペムイ禁止な? ミミカは肉を禁止で、アンナは甘い物禁止って言われたらどうだ?」
「「「そんなっ!?」」」
瑞希の急な提案に三人は驚愕する。
「わははは! ならシャオはハンバーグもドーナツも禁止な?」
「ふざけた事を抜かすでないのじゃっ! そんな事されたら死んでしまうのじゃ!?」
「お兄ちゃん……アリーはぁ?」
「アリベルはまだまだ子供だから色んな物を腹いっぱい食べれば良いよ」
「えへへ~! 良かったぁ!」
「「「「ずるい(のじゃ)っ!」」」」
一人だけ我慢をしなくても良いというお許しが出たアリベルに我慢を強いられた者達が声を合わせる。
「冗談だよ。でも減量するってのはそういう事なんだよ。人が美味そうに食べてる物を羨みながら我慢する日々を送るんだ。勿論終わりはあるからそれまでなんだけど、元の生活に戻ると体形も戻るからある程度継続する意思も必要だ」
「ミズキの料理を我慢する等、地獄の様な日々なのじゃ……」
「ミズキ殿の作ったお菓子抜き……」
「わ、私は家に戻ってから生クリームを控えようかな……」
「……ん? でも好き勝手に食べてるうち等は太ってへんで?」
「太るかどうかはその人の生活にもよるんだよ。チサの故郷だってペムイを山盛り食べてても太ってる人は居ないだろ? 農作業は肉体労働だから食べた栄養をきちんと消化するんだ」
「……成る程」
チサは普段自分が食べていたペムイの量と、父親との農作業の日々を思い出す。
「じゃ、じゃあテオリス家の人達はどうなんですか!?」
「テオリス家の食事はモーム肉が主で、オーク肉や砂糖菓子なんかは普段から食べないだろ? それにグラン達兵士は凄い量を食べるけど、訓練も必死でやるからな。これもきちんと消化できてる」
「むしろミズキ殿が来てからは今まで以上に食べているのに調子が良いのですが?」
「テオリス家の料理番の人達には栄養バランスも提案してるからな。サラダとかスープとか野菜料理も増えただろ?」
瑞希の言葉に思い当たる節があるアンナは納得する。
「普段の料理が美味しくなったのでそこまで気にしてなかったです」
「それならそれで良いさ。モロンなんかも美味しく食べてくれてるみたいだしな」
瑞希は笑いながらそう説明するが、アンナはテオリス家の食事が改良されてからモロンを気にした覚えがない事に気付いた。
「俺達料理人、特に商売じゃなくて、食事を提供する料理番の人は、食べる人が美味しいって思う物だけを食べさせるのは駄目なんだよ。そんな食事を続けさせると、食べる人の栄養が偏っちまう。勿論食べる側の人がどうなりたいかっていう意思を持って食事をするのも大事だ。痩せたいってララスさんが本気で思うなら手伝う事は出来るんだけどな……」
「あははは。心配しなくても大丈夫だよ」
瑞希の言葉に即座に返答したのはドマルだ。
「仮に痩せる料理だとしても、ミズキは工夫して美味しくするでしょ?」
「そりゃ同じ食材と調味料なら美味い物を作る努力はするけどさ……」
「ミズキが美味しい物と思って作る料理なら僕達だって食べたいし、僕達は何度ミズキの料理に驚かされたか分からないからね」
「――ドマル君の言う通りだな」
瑞希達の会話に食事を終えた当主も会話に混ざり、瑞希が聞き返した。
「というと?」
「ミズキ君の作った料理を初めて食べた私達は、可能ならばミズキ君の作った料理を昼でも夜でも食べてみたい。それ程君の料理に惹かれるのだよ」
「そう言って貰えると料理人として嬉しいです」
瑞希はにこやかに返答する。
「ところで……食べる物で人を操る事は出来るか?」
「……へ?」
当主の突拍子もない言葉に瑞希は嫌な予感がするのであった――。
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