フィロの王子様
ガヤガヤと喧騒渦巻く街中では、グランが先頭を歩き、その後ろをミミカとアンナが並び歩く。
そのまた後ろに瑞希が追従しているが、肩にはシャオが跨り、右手にはチサが、左手のシャオの定位置には可愛らしく辺りをキョロキョロするアリベルが手を繋いでいる。
シャオとチサはお揃いのリボンを、ミミカとアリベルは瑞希に貰ったお揃いのカチューシャを着けている。
そして最後方を歩くムージは、楽しそうにはしゃぐアリベルと、その手を掴んでいるのにも関わらずげんなりとしている瑞希に、妬ましい視線を送っていた。
「グラン! あっちのガラス細工が見たいわっ!」
「お兄ちゃんっ! あっちのお菓子が食べてみたい!」
ミミカとアリベルに連れ回されながらも、瑞希は先程立ち寄ったギルドでの出来事を思い返していた。
◇◇◇
王家に呼び出されては情報を聞き逃す可能性があると思った瑞希は、シャオと二人で先に城を出て、ギルドへとやって来た。
瑞希の顔を見た受付嬢は即座に受付を別の者に代わり、瑞希を別室をへと案内する。
瑞希はソファーに腰を掛けて、情報が入ってないかを尋ねた。
「催促してるみたいで申し訳ないですが、こちらも事情が変わりまして、現時点で入っている情報はありますか?」
「今の時点で入っている情報は、キリハラ様が言ってた様に王宮から追い出されたという話でした。その後城下町で見たという噂はあったみたいですが、あくまでも噂程度だとしか……」
「(少なくともアリベルが多少の物心が付くぐらいまでは二人で過ごしてたんだよな……)ちなみに、シャルルさんが王宮近くの城下町に出戻りとなるともっと噂は立ちますか?」
「勿論です。シャルル・ステファンは平民の憧れでしたし、一躍時の人でしたから」
「そうですか……」
瑞希が顎に手をやりながら考え込んでいると、受付嬢が話しかけた。
「余談ですが、情報収集が得意な冒険者がダークオークの依頼を受けていたのですが、昨日の夕刻前に元気な姿で戻ってまいりました。キリハラ様に送り届けて頂いた冒険者の中には居りませんでしたので報告が遅れましたが……」
「……フィロですね」
「御存じでしたか?」
「えぇ……まぁ……」
情報収集が得意だと聞かされていた瑞希は、受付嬢の話で即座にフィロという男の名を出した。
グランとの訓練前にドマルにもある相談を持ち掛けられていた瑞希は、肩を落とし深いため息を吐いた。
「陰気な溜め息じゃな?」
「あいつ苦手なんだよな……」
「ですが、情報収集のみでしたら当ギルドが誇っても良い冒険者です。昨日も秘密裏にキリハラ様の名を隠し依頼を頼みました」
「俺もフィロに用があるので、こちらでもフィロを探してみます。もしフィロがここに戻って来たら王都に行ってると伝えて下さい。俺もフィロに会えないまま王都に向かうなら王都のギルドに顔を出しますので」
「畏まりました。お力になれず申し訳ございません……」
受付嬢は瑞希に向け深く御辞儀をする。
瑞希は重い足取りでギルドを後にした――。
◇◇◇
シャオは露店で売られていた果実を瑞希の頭の上で食べていると、ピクリと鼻を動かした。
「ミズキ、あのおかまの魔力を見つけたのじゃが……」
瑞希は肩に跨るシャオを見上げる。
「フィロか? どうしたんだよ?」
「追われておるみたいじゃな。どうするのじゃ?」
「あいつがいるといつも面倒事に巻き込まれる様な気がするんだけど……ドマルの頼みだしなぁ……仕様がないか」
瑞希は溜め息吐いた後、両手を握る少女と幼女に話しかける。
「すまん。ちょっと野暮用が出来た。チサ、直ぐ戻れると思うからアリベルを守ってやってくれ」
「……それはかまへんけど」
「えぇ~! お兄ちゃんまた仕事なのぉ!?」
「ごめんな~。なるべく早く戻るから。アンナ、グラン、後は頼むな?」
瑞希は二人から手を離し、二人の頭に手を置きながら、アンナとグランに話しかけた。
「忙しない奴だ。貴様が居なくても二人の安全には変わりないがな」
「グランがそう言ってくれると安心だ。ムージさんも宜しくお願いします」
「あぁ」
「ミズキ様、お怪我……「もうっ! 怪我しちゃだめだからねっ!」」
「わかったよ。じゃあ行って来る」
瑞希はそう言うとシャオと共に路地裏に入って行く。
ミミカは最後の台詞をアリベルに取られたのが悔しかったのか、アリベルの頬っぺたを軽く抓んだ。
路地裏に入った瑞希は、人目を避けながらシャオの魔法で駆けていく。
シャオが鼻を鳴らし、瑞希を案内すると、先程の街並みよりも少し賑やかさが欠ける場所へと出た。
心なしかじめっとした空気の中を歩いていると、シャオが路地裏を指差した。
「あそこの中にいるのじゃ。追ってる者は三人じゃな」
「じゃあとりあえずその三人には眠って貰ってからフィロに事情を聞こうか」
「くふふふ。強い奴じゃと良い訓練になるのじゃ」
「……怪我のないようにしような」
瑞希はそう言い残しフィロがいる路地裏へと駆けていく。
◇◇◇
路地裏の壁際へと追い込まれているフィロの手にはナイフが握られているが、その切っ先は既に折れている上に足からは血が滴っていた。
フィロを取り囲む者達は三人共黒いローブで姿形を覆っている。
フィロは逃げる際に何度か風魔法を試みたのだが、この三人も魔法使いであり、元々得意でもないフィロの魔法が届く事はなかった。
「こんなにやばい仕事だったなんて聞いてないわよぉ……」
息を切らすフィロの呟きに、どこからか声が聞こえた。
「事情は後で聞かせて貰うからな?」
「……へ?」
瑞希の声と共に、突風が吹き荒れる。
瑞希の近くにいた者が勢いよく風に飛ばされると、壁に体を押し付けられ、押し付けられた壁には罅が入る。
異変に気付いた残る二人の内、瑞希から見て後方に位置する者が手を前に突き出し詠唱を始め、前方に居た者は瑞希へと飛び掛かる。
その手には切れ味を重視しているのか、薄く細く作られた剣が握られており、瑞希へと詰め寄ると同時に剣を突き出している。
ロベルとの訓練で、何度も痛い目を見ている刺突は瑞希の死角から突き出される事も多かった。
ましてや今繰り出されている刺突はそれなりに早いとはいえ、ロベルやグランに比べるとお粗末であり、単純な攻撃であったため、瑞希は難なく躱すと、相手の腹に風球を押し当て壁に吹き飛ばした。
「ミ、ミーちゃん……」
熱っぽいフィロの視線を感じ、気色悪さに若干集中が削がれた瞬間、相手の詠唱が終えたのか、瑞希の足元から熱を感じた。
シャオと手を繋いだままの瑞希は片足を地面に素早く叩きつけると、辺りに冷気が生まれ、熱の正体の炎魔法は地面に張られた氷の膜のせいで遅れて現れる。
当然その場には瑞希はおらず、辺りを水蒸気が覆う中、瑞希は相手に素早く近づいて先程と同じ様に風球を相手の腹に押し付けようとしたが、相手は飛ぶ様に後方へと下がり、そのままどこかへと消え去った――。
「――んで、何で追われてたんだ?」
瑞希はフィロからロープを借り、気を失っている二人を縛り上げると、フィロの傷を治しながら尋ねた。
「……運命。やっぱり運命なのよ……」
「はぁ……」
傷を治し終えた瑞希はシャオから手を離し、惚けるフィロの頭に拳骨を食らわせた。
シャオは縛り上げた者達が気になったのか、そちらに近付いていく。
「いったぁーいっ!」
「運命じゃねぇし、お前に用がなきゃ助けるつもりもなかった。感謝するならドマルに感謝しろよ!」
「だっていつも私のピンチに駆けつけてくれるじゃない! ミーちゃんは私の王子様なのよっ!」
「違うわあほっ! とりあえず、ドマルに連れて来て欲しいって頼まれてるし、お前からはシャルルさんの話も聞きたいから一緒に付いてこい!」
フィロの耳には最後の『一緒に付いてこい』という言葉しか聞こえていないのか、嬉しそうに返事をしながら立ち上がる。
「シャオ、そいつらは憲兵にでも……」
「無理じゃな。こやつらはもう意識が戻るか怪しいのじゃ」
「まさか死んだのか!?」
「違うのじゃ。こやつらの症状はミタスの人形と似ておるのじゃ。ただ、あの時以上に魔力が混ざり合って上手く体に循環しておらんのじゃ。ほれ」
シャオはローブを剥ぎ瑞希の前に顔を見せると、現れた男はぶつぶつと聞き取れない戯言を繰り返しながら虚ろな目をしていた。
「竜の息吹に当てられたみたいな状態ね」
「竜の息吹って……シャオ、ちょっと手を借りるぞ?」
瑞希は回復魔法を男に当てるが、男の傷は治るが、状態は回復しなかった。
「駄目か……魔力が混ざり合ってるのを分解するってのがわかんねぇな……。シャオでも駄目なのか?」
「以前の様に単純な混ざり具合ならば取り出す事も可能じゃが、こうまで混ぜっておると難しいのじゃ」
「そうか……フィロ、こいつらから追われた原因は人探しが原因か?」
「そうなの! シャルル・ステファンという人の行方を捜して欲しいって依頼があったから受けたんだけど……もしかしてミーちゃんの依頼?」
「その通りだよ……。どうしたもんかな」
「とりあえずこいつらは私に任せて。憲兵に突き出すにしても、ミーちゃんが居たら説明がややこしくなるから。後で合流しましょ?」
「わかった。シャオ、他に気配は感じないか?」
「無いのじゃ。先程の逃げた奴もどこかに消えたのじゃ」
「そうか。じゃあフィロの魔力は感知しつつ、警戒はしといてくれ。フィロ、また後で事情を聞かせてくれ」
「うんっ!」
瑞希はフィロと一時の別れを告げ、その場を離れた。
その後、フィロと合流し、ミミカ達の元に戻った際に、ミミカ達の前でフィロが瑞希の腕に絡みつき、瑞希から拳骨を落とされ、ミミカとアリベルが怒り出したのはまた別の話――。
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