二種類のパンケーキ
オリンを始め、ミミカ達の朝食の場には、瑞希の姿は無く、代わりにアンナが席に着いていた。
朝食を作り上げた瑞希は、グランと少し話したいという事で、使用人達が朝食を取る食堂で食事をしており、一緒に朝食を作ったアンナに料理の説明を頼んでいた。
アンナは本日の朝食の説明を終えると、ミミカの側に腰を下ろした。
「緊張しました……」
「アンナだって私と一緒にこういう場で食事をする時もあるじゃない?」
「それはそうですが、クルシュ家として座る事は兄の方が多いので……」
「でもグランはこういう場は苦手って言うじゃない」
「クルシュ家は貴族と言ってもテオリス家に仕えて来た血筋ですので、貴族としての振る舞いには慣れてないんです……」
貴族の家系として、アンナとグランは基本的なマナーや、礼儀は身に付けているが、護衛としてテオリス家の側に居る事の方が多い。
ならば何故この場でミミカ達と並び食事をしているかと言えば、先程瑞希達が調理の為に部屋を出た時に、ミミカの言動でオリンがクルシュ家が貴族という事を思い出したからだ。
当のオリンは、無言で手を動かし甘いパンケーキを切り分けている。
アンナの説明に在った様に、蟻蜜とバターが染み込んだ甘いパンケーキに、マンバをすり潰し、練乳と混ぜたペーストを乗せ、口に運ぶ。
蟻蜜とバターが染み込んだ甘い生地は、その甘さで脳を一気に刺激し、覚醒させる。
そして咀嚼を開始すると、柔らかなパンケーキの食感が、マンバの優しい甘さと混然となり、マンバ好きなオリンは思わず顔が綻んでしまう。
それを見たアンナも、甘いパンケーキへの期待が高まり、一口手を付けてみた。
「これもやっぱり美味しいよぉぉ……」
「アンナお姉ちゃん? 大丈夫?」
いつもの様に感情が崩れ落ちてしまうアンナに、それを初めて見たアリベルが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫よ。アンナはミズキ様の御料理が美味しいと泣いちゃうの。それにしてもミズキ様は慣れてない食材でも美味しく作れるんだから凄いわよね~?」
「うんっ! この甘いのも甘くないのもどっちも美味しいっ!」
「ミズキ様はアリーを怖がらせちゃったから、お詫びに甘い朝食を作ってくれたんだって。私もだけど、昨日は怖がらせてごめんね?」
「むぅ。お姉ちゃんはもう喧嘩しないって約束して!」
ミミカの言葉で昨晩の事を思い出した御冠のアリベルは、声を大きくしてミミカに迫る。
「だって、あれはあの人が……」
ミミカは無言で食べ続けているムージをチラリと見る。
アリベルはムージをぷんすかと可愛らしく睨む。
「じゃあ背の高いお兄ちゃんも、お姉ちゃんとかお兄ちゃんと喧嘩しないでっ!」
びくっ、と動かしていたムージの手が跳ね上がると、食器を落とす音が響く。
「ア、アリベル、もう一度言ってくれ……」
「聞こえなかったの? 背の高いお兄ちゃんも喧嘩しないでっ! 皆仲直りしたばっかでしょっ!」
意味は違えど、お兄ちゃんと呼ばれたムージの胸の奥はじんと熱くなる。
首を傾げるアリベルにムージが告げる。
「わかった……。昨日は本当に済まなかった。ミミカ、ミズキにもそう伝えてくれるか?」
「わ、わかりました。私もミズキ様も重々反省しております。申し訳ございませんでした」
両名の姿を見て満足したのか、アリベルは笑顔でむふぅと大きく鼻息を輩出する。
「くっくっく。二人共アリベルちゃんにはほんま敵わんなぁ? アリベルちゃんは偉いわ」
「えへへ~! ごめんなさいは大事なんだよ! お兄ちゃんには後で遊んでもらおうっと!」
アリベルは嬉しそうにそう口にして食事を続ける。
「アリー? ミズキ様はお仕事もあるかもしれないから、無理を言っては駄目よ?」
「え~? でも、お兄ちゃん仕事ばっかりしてアリーと全然遊んでくれてないもん! 偶には一緒にお外に行きたい~!」
「……そう言われると私も行きたいなぁ~」
ミミカは横に座る呆けた顔のアンナに視線を送る。
アンナは食事を終え、パンケーキの余韻に浸っているのか、ミミカに生返事をする。
「……え? あぁ、良いんじゃないでしょうか?」
「本当にっ!? アリー! 今日はミズキ様を誘ってお買い物に行きましょう!?」
「良いのっ!? やったー!」
両手を上げ喜ぶアリベルに咳払いが聞こえる。
「外は何があるかわからん。出来れば城で大人しくしていろ」
「えぇ~……偶にはアリーもお外に出たいのに……」
落ち込んだ顔のアリベルを見たムージは、唸り声を上げる。
「少しぐらい良いんじゃないですか? 心配ならムージも一緒に付いていけば良いんですよ」
食事を終え、カップの茶を啜るオリンが助け舟を出した。
「ドマルさんは、私と商談して頂いても宜しいでしょうか? 乳製品について詳しくお話を聞きたいので。当主も夕刻には戻りますので、ミミカ様達はその時刻までにはお戻り下さい」
「畏まりました。カエラ様は……」
オリンの言葉を承諾したドマルが、カエラに話を振ろうとするが、カエラはドマルを薄っすらと睨む。
「……カエラはどうする?」
「うちは旦那様の仕事振りを近くで見とくわ!」
呼び名が気にくわなかったのを察知したドマルの言葉に、カエラは嬉しそうに返事をする。
ドマルは苦笑しながらも相槌を打つ。
「アンナさん、食後に少し二人でお話をさせて頂いても宜しいですか?」
「……私にですか?」
「はい。貴方にです。ミミカ様が出かける迄には必ず解放致しますので」
「それでしたら……まぁ……」
ミミカやカエラではなく、自分に用があるというオリンの言葉に首を傾げながらも、徐々に我に返って来たアンナが慌ててミミカに話しかけた。
「ミミカ様!? 出かけると云うのは一体何の事ですか!?」
「え? さっき、私が出かけたいって言ったらアンナが良いって言ったわよ? ねぇ~アリー?」
「うんっ! アンナお姉ちゃんが良いよって言ったよ!」
「さ、さっきはその、意識が朧気だったというか……どんな危険があるか分からないですし!」
「大丈夫よ! アンナとグランが護衛に付いて、ミズキ様が付いてきてくれたら、シャオちゃん達だっているんだし!」
「おい。俺も付いて行くぞ?」
「……ほら、ムージ様も付いて来てくれるって言ってるし!」
「それならまぁ……いや、でも、テミルさんに報告をする時に……」
アンナにはテオリス家に戻った時にテミルへの報告という仕事が任されている。
アンナはその事をぶつぶつと呟きながら考えていると、カエラが声を掛けた。
「まぁ、他の街を見るのも未来の領主には勉強になるもんやで? ミミカちゃんももう大人なんやし、子供みたいにはしゃがんやろ?」
「それは確かにそうですが……」
「バランはんがこうやって娘に旅をさせてるんも、そういう目を養って欲しいからやと思うけどなぁ?」
「……わかりました。ではミミカ様、ミズキ様も私も午前は用事がございますので、その後から出かけるという事で宜しいですか?」
「「やったぁー!」」
ハイタッチをして喜ぶミミカとアリベルだが、アンナは一つ咳ばらいをする。
「但し、その分出かける迄は、お勉強をしっかりと行って貰います」
「「はぁい……」」
二人揃って肩を落とす姿は誰が見ても姉妹の様なのであった――。
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