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マリルの叱咤と熟成の味

 騒動を終えて少しすると、闇の中からはクミンに抱えられたフィロは泣き顔で頭を押さえており、ムージはシャオの魔法と殺気に当てられたのか、シャオから距離を取っていた。

 オリンとはまた明日にでも正式に謝罪をさせるという事を伝えられた一行は、一通り挨拶も終え、慣れた面子で竃を囲っている。


「――ミズキ、ミミカ、そこに座るが良い」


「「え?」」


 名前を呼ばれた二人が振り返ると、アリベルが冷めた目で地面を指差している。

 二人はその雰囲気で中身がマリルに入れ替わっている事に気付く。


「マリル叔母様? おひさしぶ……「わらわの言葉が聞こえんのか? そこに座れ」」


「は、はいっ!」


「何をしておる? ミズキ、其方もだ」


「はい……」


 アリベルの事情を知っている他の面々は周りの者に見えない様にバリケード代わりに三人を囲む。


「アリベルがわらわと入れ替わったという事はどういう事かわかっておろうな?」


「アリベルを怖がらせました……」


「アリーを泣かせました……」


「左様。其方等が側におるのにアリベルが泣き、怖がる……その様な事があったという事だ。わらわは其方等にアリベルを泣かせるなと言うておったの?」


「だってあれはシャオちゃんが……」


 マリルは言い訳をしようとするミミカをギロリと睨む。

 ミミカはびくっと体を竦め、言葉を止める。


「ミズキは途中で気付いておったが、シャオは怒りをただぶつけた訳ではない。途中でちゃんとミズキが解決出来る様にしておった。それにテミルが其方に説いて来た淑女としての振る舞いは子供の前で醜く言い争う事か?」


「いえ……違います……」


 ミミカへの淑女としてのあり方を説き始めるマリルの裏で、串焼きを食べながらマリルの言葉を聞いていたチサが、横にいるシャオに真相を尋ねた。


「……そうやったんシャオ?」


「あの者への怒りはあったがの。わしが本気で殺るつもりなら氷塊をわざわざゆっくりと時間をかけて落とさんのじゃ。あの者へ恐怖を与えるのが目的なのじゃ」


「……でもミズキが気付かんかったらどうしてたん?」


「別にあやつが死んでもわしは構わんが、ミズキがわしの事で気付かん訳ないのじゃ。その時はミズキにもお仕置きなのじゃ。くふふふ……」


「……こわぁ」


 チサの言葉に、瑞希は心の中で同意をしていると、ミミカへの説教を終えたマリルは瑞希に視線を向ける。


「ミズキ」


「はいっ!」


 人に怒られるではなく、叱られるという事を久しく受けていなかった瑞希は緊張の面持ちで大きく返事をする。


「其方の対応はあの状況からよくぞ機転を利かせたと言える」


「そう言ってくれると……」


「だが、アリベルはまだ幼い。慕う者が危険に晒されるのを間近で見るのは酷だと思わんか? 其方の怒りもわかるがもう少し穏やかに解決できる方法はあったであろう?」


「……はい」


 思い返せばアリベルの拒絶を嫌うムージなのだから、瑞希は剣を取らずにアリベルを使ってムージを止める事も出来た。

 瑞希は冷えた頭で反省をしていると、マリルは言葉を続けた。


「アリベルは己が拷問をされても魔法を発現するに至らなかった子だが、其方等を守るため……シャオに人を殺させぬために魔法を発現させた。優しきアリベルの心情にそれ程の負荷が掛かったという事だ」


「「はい……」」


「わらわからは以上だが……アリベルは初めて魔力を放出させた事で寝ておる。魔力を回復させるためにも食事をしたいのだが、ミズキ、何か良い物はないか?」


「えっと……今日はチサを労うために、〆でペムイ料理を用意してあるけど、食べるか?」


「ミズキ様、マリル叔母様に作ったお菓子もそろそろ……」


「そうそう! マリルの為にミミカが作った酒を使ったケーキもあるぞ? アリベルも寝てるなら丁度良いんじゃないか? 酒は毒って訳じゃないし」


「私、荷物から取って来ます! アンナ、ジーニャ、付いてきて!」


 ミミカは二人を連れて逃げる様にその場を離れた。

 幼き頃テミルに叱られていた時も似た様な事があったと、アンナとジーニャは苦笑しながら追いかけて行く。


「全く……。バランの子供の頃と似た様な逃げ方をしおってからに……」


「……ミズキ! うちの為のペムイ料理ってどんなんなん!?」


「単純な物だよ。すぐ出来るからチサも手伝ってくれ」


「……わかった!」


 チサはそう言うと、目を輝かせながら立ち上がる瑞希の後に付いて行く。

 普段ならミズキに呼ばれずとも、瑞希の側を離れないシャオが、珍しくその場から動かない。

 そんなシャオの心情を汲み取ったのか、瑞希はシャオに声をかける事なくその場を離れた。


「……後悔しておるのか?」


「ふんっ! 別にしておらんのじゃ!」


 一瞬とはいえ怒りに身を任せた事で、最悪の想定をした場合、瑞希が困る結果に繋がる場合もあった。

 チサには強がって先程の様な回答をしたが、シャオは瑞希も気付いている様に、己の人間を憎む感情が薄れていた事に気付いていた。

 だか、瑞希がきっかけとはいえ、容易く感情に呑まれた事を悔いていた。


「そうさな……わらわがミズキを叱った様に、大人でも完璧な者はおらん。其方の判断も、最善ではなかっただろうが、咄嗟に生み出されたあの氷塊の大きさは愛の大きさとも言える物であろう? ミズキとて自身の反省すべき点も理解しておるし、其方の愛情が伝わっておるからこそ其方には何も言わんのだ」


「わ、わかっておるのじゃ!」


 マリルの言葉が答えであった。

 瑞希を困らせた己が嫌われるのではないか、人間を憎む者が側にいては瑞希を困らせるのではないか、そんな考えが頭を過ぎったからこそ、シャオの足は動かなかったのだ。


「ミズキが戻って来たらいつも通りに話しかければ良い。あの男の器は小さくないであろう?」

 

「当たり前なのじゃ、わしの兄じゃぞ!」


 シャオはマリルに顔を背けながら返答する――。


◇◇◇


 カリッと焼けた三角形のペムイの表面には、マリジット地方生まれなら慣れ親しんだ味であるジャルが塗られている。

 カエラの連れてきたウィミル兵はその二つ食材を話題に、交流している者もいる。

 どちらの食材も大好きなチサは、その香ばしく素朴な味わいを楽しんでいた。


「……にへへへ! 炊いたペムイを更に焼くとは思わんかった! 香ばしくて美味しいなぁ!」


「そりゃ良かった! 後、これはダークオークの報酬だ」


 瑞希はクミンから渡されていた荷物をチサに手渡し、チサは嬉々とした表情で、取り出した。

 フード付きのローブは、深海を想像させる様な深く暗い青の色合いなのだが、あしらわれた点のアクセントが星空の様にも見える。

 もう一つの魔石を使った杖は短く、チサの手でも扱いやすそうな長さに作られており、杖の先には綺麗に丸く削られた魔石が埋め込まれていた。


「一端に魔法を扱える様にはなってきたからの、チサ専用の装備なのじゃ!」


 チサは相当嬉しいのか、表情を笑顔で固めたまま、瑞希とシャオの顔を交互に見やる。


「それを作ってくれたクミンさんを紹介しないとな」


「……そうやけど、その前に二人は仲直り出来たん?」


 チサの質問で、二人の間に妙な間が生まれる。

 三人の話が聞こえる少し離れた場所で、マリルはミミカが持って来たフルーツケーキに舌鼓を打っていた。


「いかがですか?」


「甘い菓子なのだが、鼻をくすぐる酒の香りとほろ苦さが堪らんな。今まで食べて来た中で、わらわは一番好きな味だ」


「このお菓子は作り上げてから長い時間熟成させるんです。そうするとお酒の香りが馴染んでいくんです。ミズキ様の受売りですけどね」


 ミミカは照れ臭そうにマリルにフルーツケーキの説明をする。

 時間をかけて甘さと苦さを馴染ませ、素晴らしい味に仕上がっていくフルーツケーキ。

 それはまるであの二人の様だと、マリルはくつくつと笑いながら、視線の先で瑞希におぶさるシャオの姿を見るのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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