BBQとスペアリブ
オリンとムージに集められた一部の兵士達と使用人、そしてカエラとミミカの護衛をしている兵士達と侍女達は、中庭へと集まっていた。
シャオが作り出した光球で辺りを照らし、瑞希の土魔法で簡易竃の様な物を数か所作り上げ、中には熱くなっている炭が鎮座しており、その上には網が置かれていた。
オリンは無理やりムージに丸め込まれたのか、こめかみをぴくつかせながらも、グラスを手に持ち声を掛けた。
「皆も知っているとは思うが、サルーシ家では今テオリス家とウィミル家を招き会談を行っている。本日は兵士同士の模擬試合も行い、お互い遠く離れた技術が学べたと思う。今夜はテオリス家が誇る料理と、ウィミル家が誇る酒を用意して頂いた。両家の計らいで私達サルーシ家、並びにカルトロム家との親睦を深めたいとの事だ。これを機に……「グダグダ長ぇっ! お前等! 今夜は宴だっ! たらふく食って、たらふく飲んで、明日からも頑張れ! 乾杯っ!」
淡々と話すオリンを押しのけ、ムージがペムイ酒の入った杯を掲げる。
オリンはいつもの様に苛立ちを足に込め、乾杯と同時にムージの尻を蹴る。
それが合図かと思うタイミングで場に居る者達から乾杯という返答が響き渡った。
「酒が溢れるじゃねぇかっ!?」
「ムージはいつもいつも勢いで終わらせすぎなんですよ」
「お前の話が長いからだろうが……」
ムージは手に持ったペムイ酒を口に運ぶと、独特の甘さと、それなりの酒精の強さが気に入ったのか、すぐさま杯にペムイ酒を入れる。
各箇所に作られた簡易竃の前には瑞希達が、サルーシ家の使用人と並び、焼き方を教えている。
とはいえ焼くだけなので、そんなに難しい事はなく、皆が焼くのに慣れたら好きに焼いて食べてくれと伝えているため、瑞希達が竃に付くのも最初だけだ。
「何だダークオークとは云え、ただの串焼きではないか……」
辺りから賑やかな声が聞こえてくる中、使用人に焼き上がった串焼きを手渡されたムージは、がっかりとした様子を浮かべる。
瑞希の料理を良く知っているミミカとアリベルは、その表情が変化する事が分かっているのか、ムージが串焼きを口にする瞬間をくすくすと笑い合っている。
ムージはぶっきらぼうに鉄串に刺さった肉を噛み、グイっと引っ張り鉄串から外し、咀嚼する。
ダークオークの肉は柔らかく、溢れ出る脂は甘く、瑞希の作ったタレは肉の細部まで沁み込んでいるため、噛む毎に味が染みだして来る。
「おいっ! ミズキっ! このタレはどうやって作るんだ!? ミミカ! どんどん焼けっ!」
ムージが慌てて近くにあった竃に向いて、美味さの真相を瑞希に尋ねようとしたが、瑞希はその場にいない。
代りにその場ではミミカとアリベルが自分達の分を焼いていた。
「自分で焼きなさいよ! ミズキ様は自由に簡単に焼ける様に串焼きを用意してくれたのよ! アリーだって自分の分を焼いてるのよ?」
「お料理って楽しいもんね~!」
「ね~」
アリベルはミミカと仲良く、くるりと串焼きをひっくり返す。
「俺は料理なぞやった事がないんだぞ!? 下手に料理して、この味が不味くなったらどうする!?」
「下手に焼いても美味しくなる様に、ミズキ様が魔法をかけてくれてるわよ。それと、折角皆が楽しんで料理を出来る様にミズキ様が考えてくれたんだから、使用人の方達も気を使わせない様に他の竃に行って貰ったから、食べたかったら自分で焼いて下さい」
「お兄ちゃんのお料理はいつでも美味しいんだよ?」
「や、焼き加減を教えろ……」
ムージは辺りを見渡し、楽しそうに談笑しているサルーシ家の者達や、自分が連れて来た兵士を見つけるが、自分の欲求の為にその空気を壊すほど人間が出来ていない訳ではない。
ムージは観念したのか、竃に近付き、ミミカに教えを請うた。
鉄串には甘辛い焼肉のタレに漬け込んだダークオークの肉と野菜が、交互に刺さっており、ダークオークだけでは足りないかと、鶏の肉が刺さった串も用意してある。
中には表面を軽く焼き固めた小さなハンバーグのパテを串に刺した物もあり、シャオは両手に串焼きを持ちながら幸せそうに串焼きを楽しんでいる。
瑞希も全体を見渡し、やり方が伝わった事を確認すると、ムージやミミカの竃から近い、シャオとチサが陣取っている竃の前に立ち、自分で食べる分の串焼きと、数に限りがあるスペアリブを焼き始めた。
「ミズキ、一人でこそこそ何を焼いておるのじゃ!?」
「脇腹の骨付き肉で、スペアリブだよ。串焼きと違ってじっくり焼かないと火が通らないからな。もちろんシャオの分も焼いてるぞ」
「くふふふ、それなら良いのじゃ! 炭の香りが付いたはんばーぐも中々美味いのじゃ!」
「そうだろそうだろ。チサ、ヴォグはどこだ?」
「……あっちで座ってる」
チサも串焼きを頬張りながら、ミミカと言い争いをしながらも串焼きに挑戦しているムージの後ろを指差した。
「この匂いの中でちゃんと我慢できるなんて、本当にヴォグは賢い子だな」
「……ヴォグは出来る子!」
「ヴォグは今日大活躍して、チサを守ってくれたからな、これは俺からの御礼だ。ヴォグに持って行って食べさせてやれ。チサも後で感想聞かせてくれよ」
瑞希はそう言うと、大きなスペアリブを数本乗せた皿をチサに手渡す。
チサの顔は花が咲いた様に笑顔になり、嬉しそうに受け取った。
「……行って来る! ありがと!」
チサは瑞希にそう言い残してから駆出し、ムージの横を通り、ヴォグの元へと到着する。
ヴォグは嬉しそうに尻尾を振り回し、チサは最早定位置なったのか、ヴォグに跨り、チサとヴォグは同時に肉に齧り付く。
あばら肉は串焼きに刺さっていた肉よりも旨味が強いが、その分脂も多い。
だが瑞希の作ったスペアリブ用のタレには蟻密やジャル以外にも、酢も混ぜているので、その酸味のおかげでさっぱりと食べれる味に仕上がっている。
マンバケーキも気に入っていたヴォグだが、瑞希の調理した肉料理はたまらなく美味しいのか、ぶんぶんと尻尾を振りながら早々に二本目に移る。
バキバキと音を立てながら骨ごと食べるヴォグは勿論、味もさることながら、野趣あふれる豪快な食べ方をするスペアリブと呼ばれる料理に、チサの子供心は満足感で満たされていく。
「……にへへへ! ダークオーク狩って良かったなぁヴォグ!」
「ぼふっ!」
ヴォグの顔を覗き込みながら問いかけるチサに対して、ヴォグは大きく一鳴きし、また肉に頬張り始める。
その姿を眺めていたムージは、わずかに残っていた子供心をくすぐられたのか、その肉がたまらなく食べてみたくなり、自分が居た竈を離れて、瑞希の竈に詰め寄っていく。
「よし、丁度これで一回目は焼き終わったし二回目を焼いていくか」
瑞希は網の上に乗っていた二本のスペアリブをシャオに手渡すと、シャオは両手にスペアリブを持ちながら幸せそうな顔で頬張っている。
瑞希もその顔を見ながら調理を続けていると、近付いて来たムージが勢いのまま話しかけた。
「ミズキっ! 俺にもあの肉を寄越せっ!」
「あ~、丁度今一回目を配り終えたので、二回目が焼けるまで暫く待って下さい」
「何故俺から先に配らんのだ!? それならお前の妹のでも良いから分けろ!」
「断るのじゃ。これはミズキがわしの為にじっくりと丁寧に焼き上げた肉なのじゃ。お主はそっちの串焼きを食べて待てば良いのじゃ」
ムージはその言葉に思わずシャオの肉に手を伸ばそうとするが、瑞希はその腕を掴み止める。
「そんな大人気ない事して良いんですか? アリベルも見てますよ?」
「お兄ちゃぁん! アリーもそのお肉食べたぁい!」
「ぬぐぐぐ……」
ムージはアリベルの姿を見て我に返ったのか、唸りながらも手を引く。
「おう、今焼いてるからもうちょっと待ってな。串焼きは美味く焼けたか?」
「えへへ~! これはお兄ちゃんのためにアリーが焼いたの! 食べて食べて!」
アリベルは綺麗に焼けた串焼きを瑞希に手渡すと、瑞希はその串焼きを口にする。
「おぉ~! うまく焼けたな! 美味しいぞ!」
「えへへ~! アリー初めてお肉焼いたんだよ! 美味しいって言って貰えると嬉しいねぇ!」
「だろ? アリベルも美味しい料理を食べたら素直に作った人に言ってあげろよ?」
「うん!」
瑞希がいつもの様にアリベルの頭を撫でていると、瑞希は殺気の込められた視線を向けられている事に気付く。
「アリベルの初めてを……斬る……いや……今こいつを斬ると肉が……」
肉への欲求と、目の前の光景の苛立ちとの葛藤が渦巻いているムージをこれ以上怒らせないために、瑞希はアリベルに調理の手伝いを頼み、焼き上がったスペアリブをムージに渡して貰う。
「はいっ! お兄ちゃんが焼けたから渡して欲しいって! アリーが手伝ったからちょっと焦げてるかも……」
ムージはアリベルが近付いて来た事に驚きながらも、慌ててスペアリブを受け取る。
「こ、焦げぐらい構わん! 頂くぞ!?」
「うん? 召し上がれ~?」
ムージはスペアリブに齧りつき、豪快に毟り取ると、何度か咀嚼しゴクリ、と飲み込み叫んだ。
「美味い、美味いぞぉー!」
「ひっ! お兄ちゃん、やっぱり怖いよぉ……」
雄たけびを上げるムージの姿を見たアリベルは、やはりその行動を怖がり瑞希の後ろに隠れてしまう。
その光景に瑞希が苦笑いをしていると、光球の光が届かない暗闇から数人の兵士と思われる足音が聞こえてくる。
同時に瑞希が聞き覚えのある声が響き渡った。
「ミーちゃぁぁぁぁん! お姉さまと私を助けてぇぇぇぇ!」
瑞希は痛くなる頭を押さえながらも、声のする方へと出向くのであった――。
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章を区切りました。
四章の登場人物まとめ等も割り込んで掲載しております。