ダークオークの調理
城に戻った瑞希はダークオークの肉を切り分け、調味液に漬け込んでいた。
その頬は紅葉の様な跡が付いており、隣にはぷんぷんとお怒りのミミカと、いつもの様にシャオとチサが手伝っている。
勿論、瑞希がその様な事になっているのは理由が在った――。
◇◇◇
――時は少し遡り、買い物を終えた瑞希とシャオが城に着くと、ヴォグに跨ったチサが出迎えた。
ヴォグは瑞希に近付き、頬の匂いを嗅ぐと、ぐるぐると小さく唸りだした。
「……ヴォグ? 何怒ってんの?」
「(ちゃんと拭いたけど、動物の鼻は誤魔化せないよな……)ヴォグ、勘違いしてるみたいだけど、これは俺に取っても最悪な出来事だったんだぞ?」
「ぼふっ!」
どうかしらと言わんばかりにヴォグは一鳴きして、チサを乗せたまま踵を返して城内へと向かって歩く。
チサは首を傾げながらヴォグを窘め、瑞希はシャオと繋いでいない手で頭を搔き、ヴォグの後ろを歩く。
「……ほんまに何怒ってんの?」
「ぼふっ! ぼふっ!」
チサは知らなくて良いのよとヴォグが鳴き、瑞希は溜め息を吐き、歩きながら事の経緯を説明する。
チサを驚かすため、チサの装備を作っているのを伏せながら。
「――という訳で、頬にキスをされたのは事故だし、そもそもその人は……」
「どういう事かお聞かせ願っても宜しいでしょうか?」
城内から瑞希の前に現れたのは、出迎えようと待っていたミミカだ。
ミミカはアンナとジーニャを連れながら、微笑みながら瑞希の顔を確認する。
聞こえたのは頬にキスをされたという所までだ。
「こちらの頬に薄っすらと紅の痕がありますね?」
「違うぞ!? いや、違わないけど、ミミカが想像してる様な事じゃ……」
瑞希は慌てていたためか、否定とも、肯定とも取れる返答をしてしまう。
「ではキスはされたのですね? 婚約者が帰りを待っていたというのに?」
「確かにされたけど、あの人は……!」
「問答無用ですっ!」
ミミカは瑞希がキスをされた頬に平手打ちをする。
辺りに乾いた音が響き、それを見たシャオは頷いている。
「そもそも接吻を避けれんミズキも悪いのじゃ。気を抜いてる証拠じゃ」
傷口に塩を塗り込むようなシャオの発言に、瑞希はがっくりと肩を落とす。
「お前等……話を最後まで聞いてくれよ……」
男にキスをされ、勘違いで平手打ちを食らい、その場にいた妹にすら同情されない瑞希は、泣きそうになりながら最後まで説明をするのであった――。
◇◇◇
「もう怒らなくても良いだろ? あれは事故だって。それに男にキスをされて、俺も凹んだんだぞ?」
「べ、別にもう怒ってません!」
「それなら良いけどさ……ところでムージさんが何で覗いてるんだ?」
ムージは気付かれない様に隠れているつもりなのだが、大きな体躯は隠せていない。
「ミズキ様がいない間、ムージ様はミズキ様の料理はどんなのがあるのか聞いて来ましたので、恐らく自分の分があるのかを心配してるのではないでしょうか?」
「成る程……グラン達、キーリスとウィミルの兵士達はどうしてるんだ?」
「グラン達はこちらの兵士様達と模擬試合をしていました。私も見ていましたが、若手兵士の中ではグランが勝っていました」
「そりゃ凄いな! じゃあどうせなら親睦会みたいにできるかな……?」
「どういう事ですか?」
瑞希はムージの元へと歩み寄っていくと、バレていないと思っていたムージは慌てふためいていた。
「な、何だ!? 覗いてなどいないぞっ!」
「いや、別に秘密にしている訳でもないので、堂々と見てもらっても構いませんよ? それより、先程狩って来たダークオークなのですが、結構な量がありますし、どうせならサルーシ家の兵士さんも交えて親睦会にしませんか? 肉と野菜を焼くだけならそれ程手間もかかりませんし」
「ダークオークだぞ!?」
「へ? 皆で食べた方が美味しいでしょ?」
「……ちゃんと俺達の分はあるんだろうな?」
「兵士全員分という訳にはいきませんので、こちらの兵士達と模擬試合をした人達はどうですか? 一緒に訓練をした後だから語りたい事もあるでしょうし」
「むぅ……俺が連れて来た兵士も参加していたし、数人だから丁度良いな……オリンを説き伏せて来る! お前は食材の用意をしておいてくれ!」
ムージはそう言い残すと走って行ってしまう。
瑞希は首を傾げながらムージの軽やかな足取り見送る。
ムージの足取りからは瑞希の料理が食べれる事への嬉しさが伝わって来るようだった。
「じゃあ、他の部位も調理していくか……」
瑞希は厨房へ戻ると、アピーの皮を剥き、擦り下ろしていく。
「先程のタレとは違うのじゃ?」
「さっきのは蟻蜜や酢、ジャルを使って甘酸っぱいタレで骨付き肉を漬けこんだけど、次のタレはオオグの実とか果実を混ぜて甘辛いタレで漬け込もうと思ってな」
「折角のダークオークを振る舞ってしまっても宜しいのですか?」
「こんなにあっても腐らせるだけだし、泊めて貰ってる御礼にもなるだろ? 少なくとも俺達はサルーシ家ともカルトロム家とも仲良くしてたいしな。それはグラン達だって同じだろ? それにダークオークって言ってもそこまで珍しい物でもないんだろ?」
「私は生まれてから二、三度しか口にしていませんよ? 多分グラン達、兵士や使用人達は食べた事もないかと……」
瑞希はミミカの言葉からダークオークの貴重さを思い知る。
依頼を受けて早々に二頭も狩れた事で、瑞希の価値観のずれを起こしているのだ。
瑞希は切り分けた肉をタレに漬け込むと、口を開いた。
「し、塩焼きも作ろうかな」
「……動揺してるやん」
チサは瑞希の姿を見て、くすくすと笑ってしまう。
瑞希とて、切り分けていく過程で、質の良い肉という事はわかっていたが、ミミカの言う価値からすると、貴族でもおいそれと食べれない肉だとは思ってなかったのだ。
「はんばーぐも作るのじゃ!」
「了解! そう思ってモーム肉も解凍しておいたぞ」
瑞希は解凍したモーム肉と、切り分けて細切れになっているダークオークの端肉をミンチに仕立て上げていく。
練り上げられていく大量のミンチ肉を見てシャオは満足そうに頷いている。
「……野菜はどうするん?」
「野菜は大きめに切って、肉にタレが染みてから肉と交互に鉄串に刺して行こう。骨付きのはそのまま網に並べてじっくり焼けば大丈夫だ!」
「くふふふ! 楽しそうなのじゃ!」
「でもこんなに大量の食材をどうやって焼いていくんですか? 人数分を焼くにしてもこちらの竃でも限界がありそうですが……」
「大丈夫大丈夫! グラン達にも手伝って貰うし、焼くだけで食べれる様にするからな」
瑞希はそう言いながら調理を進めて行くのであった――。
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