チサの頑張り
瑞希達と別れたチサは、ヴォグに跨り、森を駆けていく。
木々の間を飛ぶようにすり抜けていくヴォグは、モモ達の匂いを頼りに、森の外へと抜け出した。
草を食んでいたボルボは、近づいて来る大きな動物に警戒するが、ヴォグと気付き、気を緩めるが、異変に気付いたモモはチサに向け一鳴きする。
「キュー!」
「……ミズキ達は冒険者を助けに行ってん。うち等は森を迂回して、馬車を持ってくで」
「キュイ?」
「……ミズキ達やから大丈夫やって」
チサは走って、急いでくれたヴォグに水を与えながら、言葉が通じるかもわからないモモ達に説明をする。
「……ヴォグ、うちは馬車に乗るから、まずは北に向かうで?」
「ぼふっ!」
チサは、水を飲み終えたヴォグの体を撫でながら、声を掛けた。
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森を迂回し、馬車が通れる程の木々の隙間を探しているチサ達は、森の中に入って行く見慣れぬオークが目に入った。
「……あれって、ダークオークやろか?」
チサの呟きに返事をする者は居ないが、丁度、馬車も通れそうな隙間もあるので、気になったチサは手綱を森へ向ける。
「……にへへ。ダークオークやったら、捕まえて行ったらミズキ驚くやろな!」
「キュー!」
駄目だと言わんばかりにモモが一鳴きするが、チサが抵抗する。
「……うちだって鋼鉄級の冒険者やで? オークぐらい一人でも狩れるで?」
「キュイ!」
ボルボもモモに同意し、否定の声を上げる。
「……でも、森の中に入れる道があったら迎えに来てくれって言うてたもんな~?」
「ぼふぅ……」
確かに瑞希は迎えに来て欲しいとは言ってたが、ダークオークを狩って来いとは言っていない。
ヴォグはあやふやな返事を返すが、瑞希に振りかけられた香水は先程のオークが入って行った所から漂って来ていた。
「ぼふっ!」
チサに何かあるなら自分が守れば良いと、意を決したのか、ヴォグはもう一鳴きし、森の中へと入って行く。
「キュー」
「キュイ」
行く事に決まったのを悟ったモモとボルボは、馬車が引っかからない様な道を選び森の中に入って行った。
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そしてチサが相対する事になったダークオークは二頭だ。
おそらく番であろうダークオークは、雄である象徴の鼻先の角を差し出しながら、鼻息荒く地面を蹴っている。
雌の個体は魔法を使っているのか、自身と雄の体の周りに土を纏わりつかせていた。
「……ど、どないしょ」
「キュー」
だから言ったじゃないと言う様にモモが一鳴きする。
「キュ、キュイっ!」
来るよと言わんばかりに、焦り鳴くボルボ目掛けて雄のダークオークが角を前に突進し始めた。
「……さ、魚さん! 氷の壁を!」
突進し始めた雄のダークオークの前に、ショウレイで生み出した金魚が氷の壁を生み出す。
しかし、雄ダークオークは氷壁を砕き、突進を止める事は出来ても、ダメージを負わす事は出来ない。
チサはそれをわかっていたのか、すぐさま雄ダークオークの首元を氷槍で狙う。
「……ずるいっ!」
ダークオークの魔法で覆われた土で、チサの氷槍は弾かれてしまう。
雄ダークオークはその土の重さと、己の突進力を加えて、チサの目の前に迫る。
「……やばっ!……」
チサの斜め後ろにいたヴォグは、チサの服の首元を咥えて持ち上げ、雄ダークオークの突進を躱す。
次いでボルボが雄ダークオークの横腹を狙って、後ろ足で蹴ると、雄ダークオークの進行方向がずれ、大きな木に激突する。
「……にへへ! ありがとうなヴォグ、ボルボ」
「もふっ!」
「キュ、キュイ!」
咥えたままのヴォグは吠えにくそうに返事をし、ボルボは得意気に返事をした。
加えられたままの姿勢でチサは考える。
「……問題はあの泥やな……「キュー!」」
気を抜くなと言わんばかりに大きな声で一鳴き入れるモモが、雄がやられて焦ったのか、突進してきた雌ダークオークの横腹を蹴り飛ばす。
こちらも進路方向を変えただけだが、運よく雄のダークオークに激突した。
「……皆凄いなぁ! せや、泥が邪魔なら……魚さん! 渦巻く水を!」
チサは何か思いついたのか、金魚の口から瑞希が外で洗濯をする時の様な、渦巻く水球を生み出した。
それを二頭のダークオーク目掛けて放つと、ダークオークの覆っていた泥が洗い流される。
「……魚さん! 鋭い二対の氷を!」
洗い流され、毛が露わになったダークオークの首に目掛け、二本の氷槍を突き立てた。
ダークオークが動かなくなった事に、狩りをする時、瑞希がやる仕草の合掌を真似て、チサは両手を合わせる。
「……ほな血を抜いて馬車に……どうやって積も……」
「ぼふっ!」
ヴォグは任せろと言わんばかりに大きく吠えた――。
◇◇◇
「――……という訳」
チサは自慢気に馬車に積んだダークオークを瑞希とシャオに見せびらかした。
モモはこれから何が起こるかわかっているのか、どこか哀れみを帯びた視線でチサを見ている。
シャオが良くやったと褒める前に事は起こる。
「馬鹿っ! 誰がダークオークを狩って来いなんて言ったんだ! 無茶はするなって言っといただろ!」
チサの想像とは違う、瑞希の怒声が辺りに響いた。
「……ついでやんか……」
チサはふてくされる様に瑞希に言葉を言い返した。
「そのついでのせいでボルボとモモの足が痛んでるのは気付いてるのか? ヴォグはどうだ? 危険な目に合わせる必要があったのか?」
「キュ、キュイ~」
「キュー」
瑞希さん、チサちゃんは頑張ったよと、庇う様なボルボに対し、モモが止める様にボルボの前を塞ぐ。
「……でもちゃんと狩れたもん」
「シャオから魔法を教えて貰ってチサは同年代の冒険者より強くなったかもしれない。けどな、他の奴迄危険に巻き込むようなら、それは自信じゃなくて過信だ。そんな風に魔法に頼るぐらいなら、魔法使いなんか辞めちまえ」
「ミ、ミズキ、そこまで言わんでも……」
「そ、そうっすよ? チサちゃんもこうして無事に戻って来たんすから……」
褒められると思っていたチサは、シャオとジーニャが庇ってくれた事がきっかけで、ボロボロと大粒の涙を流す。
「……だって……うちは……ミズキが喜んでくれると思って……」
瑞希はしゃがみ込み、泣いて俯くチサにハンカチを渡し、両肩に手を置く。
チサはハンカチで顔を隠しながらも、込み上げて来る涙が止められずにいる。
「それでチサが危険な目に合った方が俺は悲しいよ。馬車を連れて来て欲しいと頼んだのはチサならそれが出来ると思ったからだ。狩った事もないダークオークの相手をして、もしもお前が助けも呼べない状況になってたらどうするんだよ?」
「……」
「チサは親父さんの時も同じ様な心配をさせたんだろ? 俺も親父さんもチサが頑張ってくれる事は嬉しい。嬉しいけど、それがチサの危険の上に成り立つ頑張りならそんな事はして欲しくない。わかってくれるか?」
チサは顔を隠しながらもこくんと頷いた。
「よし。じゃあお説教はここまで! 一人でモモ達を連れて来てくれてありがとな! それに背伸びしたとはいえ、良くダークオークを仕留めた。それにちゃんと血抜きもしたんだな、偉いぞ」
瑞希はチサの頭に手を乗せ撫でると、止まりかけていた涙がまた溢れ出し、チサは瑞希の腰元に抱き着きながら声を上げて泣いてしまう。
「……うち頑張ったんー! 怖かったけどー!」
瑞希はチサの背中をポンポンと叩きながら返事をする。
「わかってるよ。俺の為に無理をさせてごめんな。チサが無事に戻って来れて良かったよ」
「……うちも勝手してごめん~!」
「これからはあんまり心配させないでくれよ? 約束な?」
約束という言葉を聞いたチサはぐりぐりと瑞希の腹に泣いた顔を押し付けると、少し離れ小指を突き出した。
瑞希がチサの小指に自身の小指を絡めると、一騒動を終えた事に二人の周りの人達が安堵の表情を浮かべるのであった――。
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