美顔の冒険者
魔物の群れに向けて進んでいた瑞希達は、道中で見かけるベノムスパイダーの死骸を視界の端々で拾っていた。
鬱蒼とした木々が少し開け、多少広くなった草場には、大きなトレントと、その枝から吊り下げられた冒険者と思われる人間達が視界に入った。
「正解だな。シャオ、あの人達生きてるか?」
「毒で痺れておる様じゃが、まだ生きておる。それにしても二種の魔物が共生しておるのじゃ」
「共生っすか?」
「トレントが進化したギガントレントに、虫共が住み着いておるのじゃ。恐らくここに来る途中のベノムスパイダー達は、こやつが家代わりになり繁殖しておるのじゃな」
「冒険者達は早贄みたいなもんか……とりあえず周りに居る魔物達をどうにか――「にゃーん」」
いつの間にか姿を変えたシャオが、瑞希の肩に乗り、一鳴きする。
シャオが生み出した炎の波に包まれたベノムスパイダー達はなす術なく、燃え焦げ、シャオはもう一鳴きして水を生み出し周辺を消火してから人の姿に戻った。
「これでそこらの雑魚共は終わったのじゃ! 人間共を救いたいのじゃったら後は瑞希の剣でどうにかするのじゃ」
呆気に取られていた二人は、その言葉に我に返ると、お互いの顔を見て頷いてから駆け出した。
それと同時にギガントレントの頭頂部から現れたのは一際大きな、蜘蛛型の魔物だ。
怒っているのかギチギチと歯を鳴らし、ギガントレント前に立ちはだかる。
そして、ギガントレントの洞からは、もぞもぞとベノムスパイダーまで現れ始めた。
「でかいわっ!」
「先に人間共を助けてからじゃないと、護り手を失ったトレントが暴れるのじゃ」
「……ジーニャ、俺の後ろに隠れながら冒険者の人達を回収できるか?」
「うちだとあそこ迄届かないっすよ!?」
「とりあえず隙を見ながら、冒険者の真下に近付いてくれ! こいつの注意は引いておくから!」
「わ、わかったっす!」
作戦が決まったのか、瑞希はシャオと手を繋ぎながら辺りの蜘蛛を散らす様に風魔法を放つ。
「ベノムタラテクトが狙いをミズキに定めたのじゃ!」
「わかってるよっ! ジーニャ! 道は作るから冒険者を頼む!」
ジーニャは震える足を堪えながらも、冒険者の元に駆け出していく。
瑞希はジーニャが進む道に魔物を風魔法で薙ぎ払う。
シャオにベノムタラテクトと呼ばれた魔物は、意図に気付いたのか、狙いをジーニャに向けようとした所で、瑞希の炎球がベノムタラテクトに命中した。
「どっち向いてんだ? お前の相手は俺達だろ?」
傷を負わせた様子は見受けられないが、再度注意を引く事は出来たのか、ベノムタラテクトは瑞希に向け糸を噴き出した。
「くふふふ! させる訳ないのじゃ!」
シャオが手を翳し、炎を生み出すと、向かって来ていた糸が焼き払われる。
業を煮やしたベノムタラテクトは怒りのままに、瑞希達へと飛び上がった。
瑞希はその間に風の刃を放ち、吊るされた冒険者の糸を切った。
落ちる冒険者達からはうめき声が聞こえるが、焦るジーニャはその声を気にせずに短刀で糸を切り裂いていく。
「大丈夫っすか!? 生きてるっすか!?」
――大、丈夫だ……それより、他の奴の糸も頼む……。
「了解っす!」
吊るされた冒険者達の中には顔まで覆われてる者もおり、次々に糸を切り裂いていくと、この状況下で眠りこけている美顔の者も居た。
「起きるっす! 動けるっすか!?」
「ふわぁ~! ……なによ~? 今ダークオークを食べる所だったのに~」
必死な形相のジーニャとは裏腹に、眠たそうな冒険者は寝惚け眼で欠伸をしていた。
「自分が食べられる所っすよ!? 動けるなら早く逃げるっす!」
「食べられる所って……」
冒険者が辺りを見回すと、ギガントレントから再度ベノムスパイダーが湧きだして来ていた。
「なになに、なによ!? どういう状況よこれ!?」
「良いから動けるなら手伝って欲しいっす!」
「そうは言っても……」
冒険者が泣き言を言うや否や、湧き出してきたベノムスパイダー達が吹き飛んだ。
ベノムタラテクトに相対する瑞希が、ジーニャ側の状況を察して風魔法を使ったのだ。
ベノムタラテクトの爪を受け流す際に、冒険者に背を向ける形になった瑞希は、受け流した剣に魔力を込め刀身を伸ばし、ベノムタラテクトの片側の足を四本斬り飛ばした。
「バッコさん、ありがとうございます!」
この場に居ないこの剣を鍛え直してくれたバッコに感謝しつつ、瑞希は魔力を込めた剣でベノムタラテクトを真っ二つに切り伏せた。
ジーニャは喋れる美顔の冒険者を放っておき、次々に糸を解いて行き、最後の一つを切り開け、その姿を見た事で震えが最高潮に達する。
――ギギ。
「ゴ、ゴブリンっす!」
慌てたジーニャがその場を離れて短刀を構えようとするが、体の震えで上手く構える事が出来ていない。
鼓動が早まり、視界が狭まっていく。
「ジーニャ! 落ち着け! お前はアンナ相手に訓練したんだろ!? 人型の魔物で武器も持ってないゴブリンにビビる必要なんてない!」
「ま、魔法を使って来るかもしれないっす!」
ゴブリンメイジに襲われた記憶が蘇っているジーニャに対し、瑞希が声を掛けた。
「ゴブリンメイジなんかより、城を襲って来た魔法使いの方が強かっただろ! それに今は俺達もいる! 絶対に守ってやるから何とか乗り越えろ! 俺はギガントレントの方を片付けるから、そいつは任せるぞ!」
瑞希はそう言うと、ギガントレントからぶら下がっている者が居ないと判断し、手を翳し、炎の槍をギガントレントの洞に放り投げた。
「約束っすよ?」
洞に炎の槍が突き刺さると同時に、ゴブリンがジーニャに対し襲い掛かった。
ジーニャは瑞希の言葉に安心感が生まれたのか、鼓動が落ち着き、飛び掛かって来るゴブリンを冷静に見てから、腹に蹴りをめり込ませる。
「アンナならこんな蹴り、余裕で防がれるっす!」
ジーニャは足を引き、苦しむゴブリンに詰め寄ると、短刀を首に押し当てた。
動かなくなったゴブリンから数歩離れると、ふっと力が抜けた所で、瑞希に支えられた。
「ほらな? ゴブリンなんてそんなもんさ」
「こ、腰が抜けたっす……」
「良い動きだったぞ? なぁシャオ?」
「くふふふ。ミズキも言う様になったのじゃ」
「トレントはどうしたんすか!?」
「トレントならもうちょっとしたら燃え尽き……って、倒れるのかよ!?」
燃え盛るトレントは、既にこと切れているのか、重力の赴くままに倒れそうになっている。
そして、その倒れる方向には、先程の美顔の冒険者が座り込んでいた。
「キャー――!」
咄嗟に動けずにいた、冒険者は思わず悲鳴を上げる。
「すみません! 倒れるとは思ってなかったんです!」
瑞希は冒険者の近くで土魔法を使い、燃え盛るギガントレントを受け止めると、そのまま直立させ、上空から大きな水球を落とし消火する。
「あ、ありがとうございます……」
「いやいや俺のせいですから。怪我とかはないですか?」
「えっと……その……胸が……」
「もしかして、ギガントレントから落とした時に打ちましたか?」
「い、いえ、胸が締め付けられるというか……」
「わはは! ベノムタラテクトの糸でぐるぐる巻きにされてましたからね。もう少ししたら仲間が来ますのでそれまで辛抱してくださいね?」
「はい……」
瑞希はそう言い残すと、辺りにいる冒険者達に声を掛けまわる。
殆どの者が痺れ毒にやられており、身動きが取れない様だが、中には先程の冒険者の様に、意識がはっきりしている者もいた。
瑞希は返事がない者には念の為軽く回復魔法をかけていく。
ジーニャが瑞希に対し恋する乙女の視線を送る冒険者を見ていると、どこからか聞き慣れた鳴き声が近づいて来た。
――キュー!
森の木々の隙間を抜けながら、モモとボルボ、そして馬車が瑞希達の元に現れるのであった――。
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