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閑話 道中のラッキースケベ

 ジュメールを目指している私達ミミカ様一行と、カエラ様一行の馬車は小さな町やそれなりの街の宿屋で宿泊しながらも南下していく。

 貴族が泊まる宿だけあり、大きな宿には風呂が付いている。

 だが、小さな町の宿には湯だけを貸し出され、体を拭くだけになる。

 それでも概ね贅沢な移動だ。


 道中もミズキ殿は宿の食事を楽しむ様に食べており、気に入った食材はこっそりと宿の主人を訪ね、厨房に居る料理人と談笑している姿を見せていた。


 厨房に居る料理人……女子しかいないのが普通なのだ。

「はぁ……」


「どうしたんすかアンナ?」


「何で溜め息を吐くのよ?」


 ミミカ様の部屋には護衛も兼ねて、私とジーニャが同じ部屋に泊っている。

 ミミカ様の髪を梳きながら、先程の光景を思い出した私は思わず溜め息を吐いた様だ。


「な、何でもありませんっ!」


「何でもない訳ないっすよね?」


「アンナの悩みと言えば……ミズキ様ね!」


「何で私の悩みがミズキ殿だけなのですか!?」


「あら? 誰も、だけとは言ってないわよ?」


「ぷくくっ! でも今回はミズキさんが悩みの原因っぽいっすね!」


「いや……それは……その通りです……」


 迫る二人に観念した私は、二人の言葉を肯定した。


「で? 何があったのよ?」


「この旅の道中、宿に泊まる度にミズキ殿が……その……厨房の女性と仲良くしてるので……」


「そうなのっ!?」


「ミズキさんは気に入った食材とかがあれば聞きに行ってるっすね」


「何で教えてくれないのよ!? そんなの私も見たらもやもやするわよ!」


「そうじゃないんです! 楽しそうにしているのが問題じゃなくて……」


「あれ? じゃあどうしたのよ?」


「私……料理があんまりできないので……その、ミズキ殿は料理が出来る女性の方が……」


「わ、私だって料理が出来る訳じゃないわよ?」


「でもミミカ様は最近料理の腕が伸びていますし……」


「ミズキさんは多分気にしないっすよ?」


 ミミカ様に心情を吐露していると、背中からジーニャが断言する様に言い切った。


「だってミズキさんは自分の料理を美味しそうに食べて貰ってる時はいっつも笑顔っすもん! 料理を作れる人より、いっぱい食べてくれる人の方が好きなんじゃないっすか?」


「そうよっ! シャオちゃんにもいっぱい食べろっていつも言ってるもの!」


「じゃ、じゃあ料理出来なくても大丈夫なのか?」


 ジーニャの言葉にすがる様に聞き返してしまった。


「どうっすかね? でもミズキさんは女性が料理を出来る事より、楽しく食事が出来る人の方が好きそうっす!」


「でもキアラちゃんに料理を教えてる時は楽しそうだったわよ……?」


「そういえばそうっすね。ん~……じゃあわかんないっすね!」


「結局私はどうしたら良いんだ……」


 何も解決はしなかった事に、私は思わず項垂れてしまう。


「じゃあ聞いて来れば良いんすよ! うちも知りたいっす!」


「あ、私も知りたいっ!」


「私も知りたいですけど……」


 その勇気は私には無い。


「じゃあ言い出しっぺのアンナが聞いてくるっすね?」


「何でだ!? 知りたいのはミミカ様もでしょう!?」


「ジーニャだってそうじゃない!?」


 わいわいと誰が聞きに行くかを言い争った結果、ジーニャがくじを作り出し、不公平が無い様に私とミミカ様が三本あるくじを同時に引く。

 その結果ミミカ様とジーニャの手には短い紙が、私の手元には長い紙が手元に残った。


「これで決まりっすね! アンナが聞いてくるっす!」


「イ、イカサマだ!」


「残念! 運っすよ! その紙を選んだのはアンナっす!」


「そうそう! 私も同時に引いたもんね!」


「そんな……今からですか……?」


「善は急げって言うじゃない! 今知らなかったらもやもやして眠れないわよ?」


「その通りっす! お嬢の世話はうちに任せて行ってくるっすよ」


「期待はしないで下さいね……」


 私は盛大に溜め息を吐き、自分のくじ運のなさに悪態を吐きながら剣を手に持ちミミカ様の部屋を後にした――。


◇◇◇


 鼓動が早まる中、ミズキ殿の部屋をノックすると、チサ殿が眠たそうに眼を擦り、ミズキ殿の居場所を聞くと、兄さんを捕まえて訓練をしに行くと告げた様だ。

 私が宿を出ようと出入口に差し掛かると、兄さん達が外から入って来る。


「何だこんな時間に? ミミカ様を置いて何処へ行くつもりだ?」


 私は兄さんの前に剣を突き出し、理由を説明した。


「以前ミズキ殿に剣で負けたからな。一勝負付き合って貰おうかと思ったんだ」


「何? それなら俺に言えば良いだろう?」


「に、兄さんには勝てる気がしないからな! 一先ずの目標はミズキ殿から一本取りたいんだ! ミズキ殿はまだ訓練してるのか?」


 私は兄さんと訓練をしない理由をその場の勢いで誤魔化すが、兄さんは何か言いたげな表情をしたが、首を横に振った。


「あいつは部下の兵士と交えて俺と打ち合いをしていたが、ついさっき訓練を終えて地べたに寝そべってたぞ。俺達は井戸の水で汗を流したが、あいつは妹を連れて少し出かけると言ってた。着替えは持ってたから大方どこかで酒でも飲んで来るんだろう?」


「酒を……?」


 おかしい。

 ミズキ殿は酒が好きだが、キーリスを出る前にシャオ殿から酒の事でこってりと叱られていた。

 そのミズキ殿がシャオ殿を連れて飲みに出るだろうか?


「そうか……。なら私は素振りでもして来る。ミミカ様はジーニャと部屋にいるから宜しく頼む」


 私はそう言い残しその場を後にした――。


◇◇◇


 王都に行くまでに小さな山を越えるのだが、その山頂付近にある、小さなこの町は外に出ても特に何もない。

 少し道を外れれば森の中だが、ミズキ殿は町にいる様子もないので、食材でも狩りにでたのかと、私は少し町の外を散策している。


 魔物も町の近くにはおらず、素振りでもして帰るかと思い剣を振るっていると、背の高い茂みの中からシャオ殿の声が聞こえた気がした。


――あふ……そこ……気持ちいいのじゃ……。


――どこでも良いんじゃねぇか……。


 シャオ殿の声なのに、普段の気丈な声ではなく、蕩ける様な甘い声とミズキ殿の声に私の血の気が引く音が聞こえた。

 私は怖くもあったが、意を決して茂みの中に勢いよく飛び込んだ。


「ミズキ殿!? シャオ殿に一体何をしているのです……かぁ!?」


 茂みを一歩飛び越えると、私の想定にない段差に足を取られた。

 すると体全体が温かな湯に包まれ、慌てて顔を上げるとそこには一糸纏わぬ姿のミズキ殿が、同じく裸のシャオ殿の頭を洗っている姿だったのだが……。


「「わあぁぁぁー!」」


 み、見てしまった、ちらりと何か見えてしまった。

 そして私は思わず裸のミズキ殿の顔を叩いてしまった。


「……で!? 一体二人は何をしていたのですか!?」


 ずぶ濡れになった私は、慌てて後ろを向いて、ミズキ殿に状況説明を求めた。


「シャオが風呂の無い宿で、風呂に入りたいって言うから、街から離れて魔法を使って露天風呂を作ったんだけど……お前、誰か来たらわかるって言ってたよな!?」


「ち、違うのじゃ! 魔力でわかるのじゃが、その……ミズキの洗髪が気持ちよすぎるのがいけないのじゃ! わしのせいじゃないのじゃ! ミズキも風呂に入るという話に乗り気じゃったのじゃ!」


「あ、人のせいにしやがった! じゃあこれからは風呂を作っても洗髪はなしな!」


「それはいかんのじゃ! ミズキと風呂に入る一番の楽しみなのじゃ!」


「それなら猫の姿でも良いじゃねえか!?」


「風呂はこちらの姿の方が気持ち良いのじゃっ!」


 兄妹喧嘩になってしまった場を治める様に私は声を上げる。


「良いから早く服を着て下さ……ハクションっ!」


 寒空の中だ。

 湯に浸かった一瞬の温かさとは裏腹に、私の服は只冷たく濡れており、急激に体温を下げていく。


「わ、悪い! このままだとアンナが風邪をひくし……俺はもう出るからシャオと一緒に入るか!? どうせ服も濡れてるならそのまま入っても良いから!」


 ミズキ殿が湯から出た音が聞こえたので、ゆっくりと振り返ると、シャオ殿がのんびりと湯に浸かっていた。

 がくがくと震える私の体は温かそうな湯を求め、シャオ殿に尋ねた。


「シャ、シャオ殿、す、少しだけ湯に、つか、つ、浸からせて貰っても良いですかかかか?」


「アンナなら良いのじゃ。さっさと入るのじゃ」


 私は服を着たまま湯に浸かると、骨身に染み渡るような湯の温かさに蕩けてしまう。


「はぁ~……温かい……」


「お主替えの服はあるのじゃ?」


「……ないです」


「じゃあさっさと脱ぐのじゃ。魔法で乾かしてやるのじゃ」


「で、でも、ミズキ殿が近くに……」


「ミズキは覗き等せんのじゃ! わしの兄じゃぞ?」


「そ、それでは……」


 誰かに見られるのではと、鼓動が早まるが、いつもの様に気丈に振る舞うシャオ殿の言葉を信じて、私は湯の中で服を脱いだ。

 すると、シャオ殿が魔法の力で服を浮かび上がらせ、バタバタと上空ではためかせる。


「シャオ殿の魔法はすごいですね」


「これぐらい朝飯前なのじゃ!」


「ミズキ殿の作った朝食なら……?」


「食べてからしかやらんのじゃ!」


「ふふふ。やはりミズキ殿の御料理には敵いませんか?」


「ミズキは作った料理の味を損なう前に食べると一層喜ぶのじゃ! 美味しそうに食べる人の顔が嬉しくて料理人をやっておると以前言うておったのじゃ!」


「じゃあもしもシャオ殿が料理を作る事に興味がなかっても、ミズキ殿は今と変わらずシャオ殿を好きでしょうか?」


「そんなの当たり前なのじゃ! それにわしが一番ミズキの料理を好きなのじゃ!」


「そうですか……ふふふ……私もミズキ殿の御料理も大好きです!」


「くふふふふ。そんなこと、ミズキの料理を食べた時の反応が面白いから知っておるのじゃ」


「お、美味しさには抗えませんからっ!」


 あれ? 今勢いで御料理()って言った様な……気のせい! うん! 気のせいだ!


 ひょんな事からシャオ殿と風呂を共にした場所は、ふと空を見上げれば暗闇に広がる満天の星空が彩る非日常感。

 この光景は忘れられないだろうな……。

 あのくじは外れではなく大当たりだったかもしれないな――。

キアラの閑話のはずが何故かアンナに……。


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