無言のおかわり
昼真っ盛りの食卓には、アリベルの為に気合を入れて作られたであろう料理が並んでいるが、御多分に漏れず、どの料理も甘みが効いていた。
ムージとオリンは問題なく食しているが、カエラとアリベルの食指は動かない。
気合を入れて作れば作るほど甘味も比例するとあって、普段からキーリスで瑞希が伝えた料理を食べているアリベルや、どちらかと言えば薄味の土地の料理を食べているカエラからすれば、ミミカが手伝っている料理が到着するのを渇望していた。
ドマルは何とか食べ進めているが、内心は別の味を求めている。
そんな中食べ進まないアリベルを見て、ムージが声を掛ける。
「アリベル、食べないのか? このスープもマンバが入っていて美味いぞ?」
「お兄ちゃんのお料理がもう来るもん……」
「はっ! 肉も魚も野菜も使わず、美味い料理が出来る訳ないだろ? 大方あの田舎娘が良い格好をしようと大ぼらを吹いたんだろ」
「お兄ちゃんなら出来るもん!」
ムージはアリベル強い返答に少したじろぎ、代わりにオリンが言葉を返す。
「そうは言っても残るのは穀物ぐらいですか? カパ粉焼きやパンが出て来てもそれを料理とは言えませんよ?」
「ミズキはんをあんまり舐めたらあかんで~? うちも初めて料理を振る舞って貰った時は驚いたさかいな~」
「お兄ちゃんのお料理美味しいもんね~!」
「せやな~。あのおっちゃんに意地悪されたけど、ミズキはんは今日どんな料理作るんやろな~?」
「どうなんだろうね~?」
「はぁ~……チサちゃんも可愛えけど、アリベルちゃんも可愛えなぁほんま」
アリベルの可愛さに頭を撫でるカエラはカチューシャを避ける様に後頭部を撫でる。
そんなカエラ自身も髪の毛を束ねているが、装飾の付いた簪がきらりと光っていた。
すると、食卓がある部屋の扉がノックされ、オリンが返事を返すと、ミミカと共に料理が運ばれてきた。
シンプルなペペロンチーノだが、緬料理を見た事がないオリンとムージはまじまじと料理を見つめるが、カエラは初めての緬料理に心をときめかせていた。
「お待たせしました。カパ粉を練って緬にしてハル油とトッポ、それにオオグの実を使ったぺぺろんちーのという料理です」
「めん? オオグの実? オオグの実ってのはあれですか? 野菜の虫除けに使う……」
「肉、魚、野菜を使うなとは言ったが、食えない物を使えとは言ってないぞ!?」
「という事は貴方の認識ではオオグの実は野菜じゃないですよね? あ~良かった。私もそこだけが心配だったんですよ。御心配なく、オオグの実はミズキ様が使い始めた食材ですから! 私達は大好きですよ」
ほっとするミミカにアリベルがミミカの服を軽く引っ張る。
「お姉ちゃん、アリーのは~?」
「ミズキ様がもうすぐ持って来てくれるわ。アリーにしたら少し辛いからね。ミズキ様が辛くないのを作ってくれてるわよ」
ミミカは心配そうなアリベルに説明すると、アリベルは納得したのか、大人しく瑞希の姿を待っている。
「ささっ! どうぞ、肉も魚も野菜も使わず、穀物と油、香辛料で作った、ミズキ様特製のぺぺろんちーのです! 熱い内に頂いてみて下さい」
「オオグの実が食える訳っ……「「美味しいっ!」」」
怒るムージの言葉を遮ったのは瑞希の料理を心待ちにしていたカエラとドマルだ。
カエラはドマルに倣い、フォークでパスタを巻き取り、再び口に運ぶ。
ガツンと広がるオオグの実の風味と、ぴりりと辛いトッポの辛さ、そして鼻に残るハル油の香りがもちもちとした緬と一体になり、するりと喉を通っていく。
「こんな単純な見た目やのにしっかりと旨味もあるやん! それに仄かに懐かしい味がするのは……」
「ミズキ様がジャルを隠し味に使われていました。何でもミズキ様が好きな味にしたとの事ですよ」
「このピリッとくる辛みが良いね!」
ドマルは甘ったるくなっていた舌が、程良い塩味とトッポの辛みに癒され、御機嫌な様子だ。
「私も熱い内に頂きます……ん~! やっぱりミズキ様の御料理は美味しいですっ!」
「アリーも早く食べたぁい!」
美味い美味いと食べ進める三人の姿に、疑心暗鬼に陥りながらもムージは三人の食べ方を習い、緬をフォークで絡め口に運ぶ。
「ふんっ!……こんな……物が……美味い訳……が……」
疑いながらも一口食べ、二口食べ、三口、四口……と悪態を吐きながら食べ続けるムージの皿には緬の一本さえも残ってはいない。
その光景を三人はニヤニヤしながら眺めている。
「あれあれ? どうしたんですか? 美味しいんですか?」
ミミカはここぞとばかりにムージを煽るが、ムージの視線はまだ手を付けていない、オリンの皿だ。
ムージは無言でオリンの皿をひったくり、次は確認するかの様に緬を口に運ぶ。
オリンは溜め息を吐きながらムージに話しかけた。
「美味しかったんですね?」
その言葉で我に返ったムージは、手元の皿とミミカの顔を交互に視線を移す。
「み、認めたくはないが……うま……「お待たせ~! アリベルとシャオ用の辛くないペペロンチーノと、普通のもおかわりを作って来たけど誰か食べるか?」」
ムージが認めかけたその時、瑞希が料理を手に持ちながら入室する。
「お兄ちゃん! 早くアリーにも頂戴!」
「くふふふ! わし等も早く食べるのじゃ!」
「……お腹空いた」
状況が分からない瑞希と、シャオとチサという子供も増えた事で食卓は賑やかになる。
美味いと言いそびれたムージの空の皿に気付いた瑞希はおかわり用に持ってきた新たなペペロンチーノを差し出す。
「良かった! お口に合いましたか? ハル油って美味しいですよね! ハルの実を作っているジュメールに感謝です! じゃあ私も頂きますね!」
瑞希はそう言うと空いている席に着き、食事をし始めた。
何気ない一言なのだが、ジュメールを共同で治めるサルーシ家としても、特産物であるハルの実を褒められ、悪い気はしていない。
「お兄ちゃん! 変わったお料理だけどこれも美味しいねー!」
「そうかそうか! アリベルが好きそうなのだとカルボナーラとかも作れるぞ? モーム乳があればだけどな」
「じゃあキーリスに戻ったら作ってー!」
「おう! 任しと……「任せられるかっ!」」
二人の会話に割り込んで来たのはペペロンチーノを頬張りながら待ったをかけるムージだ。
「確かに……この……料理は……んぐ、……美味いが……」
「食べ終わってから喋りなさいよ……」
ミミカは呆れながらムージの状況に突っ込みを入れる。
ムージは焦って食べたせいか喉を詰まらせ、どんどんと胸を叩きながら水をがぶ飲みしてから、食卓を強く叩いた。
「ぶはっ! この料理が美味い事は認めるが、アリベルの行方は任せる訳ないだろ!?」
「またそれですか!? それはアリーとアリーのお母様が決めれば良いって話がついたじゃないですか!?」
「それは兄上の縁談が決まったらだろうが! 現時点では認めんぞ!」
「おにいちゃぁん……」
「ん~……」
喧騒の中、その光景に慣れたのか、もぐもぐと食事をしていた瑞希は、口の中の物をごくりと飲み込む。
「そういえばさっきシャオ達のおやつにお菓子を焼いたんだよ」
「え~! アリーのはぁ!?」
「もちろんあるぞ? いっぱい作ったからな! 今さっき焼き上がったからすぐには食べれないけど、おやつの時間には食べれるから、アリーも感想を聞かせてくれよ?」
「うんっ! えへへ~! おにいちゃんのお菓子大好きっ!」
「うぬぬっ! わしもミズキのお菓子は大好きなのじゃ!」
「なんでシャオが張り合うんだよ……」
「……うちも!」
「それってうちの分もあるやんな!?」
「チサも張り合うなよ。勿論カエラ様の分もありますよ……。けど、ミミカの分は約束を破るからやっぱりぼっし……「ごめんなさいムージ様! 言い過ぎました!」
掌を凄まじい勢いで返すミミカの言葉にムージは思わずたじろいだ。
しかし、甘い物も好むムージとしても、無理難題の中美味い料理を作った男の菓子は気になる。
「おい、その菓子は当然俺達の分もあるよな?」
「ありませんよ?」
瑞希はムージの言葉に即答する。
「なんだと!?」
「だって、お菓子の方にはマンバという野菜を使用していますし、ムージさんの課題に応えられていません。その様な不出来なお菓子をさすがに出す訳には……」
勿論瑞希は全員が食べられる量は作っている。
そして瑞希の性格を知っているドマルは、瑞希の白々しい演技に、顔を隠しながらくすくすと笑う。
「な、なっ!? いや……しかし……」
「でも、アリベルにはその分一杯作りましたから、ミミカと仲直りして、アリベルが分けてあげる分には私の関与する所ではありませんけどね?」
「え~……お姉ちゃんに謝ってないからやだっ!」
「じゃあミミカもムージさんと仲直りしてからだな」
「そ、そんなぁ……」
ミミカはギロリとムージに視線を送る。
ムージはお菓子を食べてみたいという好奇心もあるが、それよりもアリベルに拒否される事が嫌なのか、ゆっくりとだが頭を下げる。
「お、俺も乱暴な事を言って……その……悪かった」
「おぉ~! どうだアリベル? お姉ちゃん達はちゃんと仲直りしたぞ?」
「しょうがないなぁ! お姉ちゃん達にはアリーの分を分けたげる!」
アリベルは満面の笑みで二人の仲直りを認め、菓子の共有を快諾する。
「えへへ~! お兄ちゃんのお料理は凄いねぇ! お姉ちゃん達を仲直りさせる魔法なんだねぇ!」
「俺の料理よりアリベルの可愛さが二人を仲直りさせたんだよ」
瑞希に可愛いと言われるアリベルは照れ臭そうにはにかむ。
実はマンバが好物なオリンは、ムージがきちんと謝った事で、マンバを使った菓子が無事に食べられる事になり、人知れず胸を撫でおろすのであった――。
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