太った少年とマンバ
ヴォグからすれば重みを感じないのか、まるまると太った少年を軽々しく吊り上げていた。
「は、離せっ! 離さぬかっ!」
ヴォグはじたばたと暴れる少年を軽く放り投げる様に離し、チサの横に座り込んだ。
守って貰ったチサは嬉しかったのか、両手を大きく広げヴォグの首元をわしわしと撫でまわす。
「……ありがとうなヴォグ」
「ぼふぅ」
「何があったんだ?」
「……うちがヴォグに乗って寝てたら、あいつがヴォグに乗らせろってしつこかってん」
「ぼふっ!」
ヴォグはそうだと言わんばかりにチサの言葉に一鳴きする。
瑞希は髪を掻きながらシャオと共に転がる少年を起こしに行った。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
瑞希は手を伸ばし、少年を起こそうとするが、少年は瑞希の手を払い除けた。
「五月蠅いっ! あいつのせいで擦りむいたではないか!? この落とし前はどうしてくれる!」
少年の膝からは軽く血が滲んでおり、瑞希はさっさとその傷を魔法で治す。
「うちの子が悪かったな。怪我も治したし、今回の喧嘩はこれで治めてくれないか?」
少年は詠唱もなく治療魔法を使われた事に驚いていたが、瑞希に話しかけられた事で怒りを思い出し激昂する。
「ならんっ! 俺はあのブルガーが欲しいんだっ!」
「あのブルガーは俺達のじゃなくて、人から借りてるんだよ。だからチサも命令は出せないし、お前に渡す事も出来ないんだ」
「嘘を吐くなっ! 主人でもない奴にあんなに懐く訳ないではないかっ!?」
「動物に好かれる奴は好かれるもんだ。お前もそんなに刺々しく接してると、動物も人も寄って来ないぞ?」
「う、うるさいっ! 王都に戻ったらお姉様に言いつけてやる!」
太った少年はそう言い残すと重たそうな体を揺さぶり、遅いながらも何処かへと駆けて行った。
「変な奴……。ドマル、一先ずお土産を買いに市場へ行こうか?」
「そうだね。市場はすぐ近くだから案内するよ!」
ドマルは嬉しそうに何度も来ているジュメールという街を案内していく――。
◇◇◇
市場から戻って来た瑞希は瓶を片手で抱えながら、シャオと手を繋いでおり、シャオとチサは屋台で買った、棒状の野菜を焼いただけの料理を食べている。
「マンバって野菜なのに果物みたいな味だよな?」
「ほんのり甘くて美味いのじゃ」
「……柔らかくて美味しい」
「ボアグリカの方から仕入れてるんだね。ミズキの故郷にも似たような食材は在ったの?」
「俺の所だとバナナって果物に似てるかな? でもこっちみたいに焼いたり、スープに入れたりってより、そのまま食べたりお菓子作りに使う方が多かったな」
瑞希の言葉に反応したのは二人の少女だ。
「街に着いたのじゃからミズキは甘い物を作らねばならんのじゃ!」
「……うちも食べたい!」
「なんでだよ……わざわざ石窯を借りるのもな〜……」
「嫌なのじゃ! 大して美味くもない宿の食事も我慢したのじゃ! 美味いお菓子が食べたいのじゃ!」
「……アリベルも喜ぶ。うちはもっと喜ぶっ!」
「ぼふっ! ぼふっ!」
そうだそうだと言わんばかりにヴォグまで便乗して瑞希を囃し立てる。
ヴォグを含め、ブルガーは雑食であり、マンバが好きなヴォグが香りに釣られてマンバを提供する屋台に向かったのが今回の事の発端である。
両サイドから囃し立てられる瑞希は観念したのか大きな声を上げた。
「わぁかった! 作るから落ち着け! 簡単な奴だぞ!? ギルドの依頼もあるから現地で食べるおやつだからな! 食後には出さないぞ!?」
「くふふふ! それで良いのじゃ!」
「……やった」
シャオとチサは笑い合いながら確約を取り付けた事を喜ぶ。
城門に着くと、ヴォグがただいまとばかりに一鳴きする。
サルーシ兵達は瑞希達と気付き、一礼してから体や荷物を調べた。
当然問題はないため、すんなり門を通されると、城の入り口では話し合いを終えたミミカとアリベルが腕を組み仁王立ちしていた。
グランとアンナが連れ添うように二人の側で警護している。
「ただいま。話し合いは終わったのか?」
「終わりました! 私も一緒に行きたかったんですよ!?」
「お兄ちゃん達ばっかりズルい! アリーも一緒に行きたかったの!」
「それはもう聞いたよ……。ちゃんとお土産も買って来たぞ? アリベルとミミカにお揃いの髪飾りだ。服とかはドマル曰くキーリスの方が良いんだって」
瑞希は鞄から飾りの付いたカチューシャを取り出すとアリベルの頭に付ける。
アリベルは素直に喜びたいのだが、怒っていた手前なんとも言えない表情をしていたが、瑞希に手鏡を見せられると素直に喜んだ。
「可愛いねー!」
「元から可愛い子には何でも似合うなー! アリベルは怒った顔も可愛いけど、笑った顔はもっと可愛いな」
怒りを和らげるため瑞希はわかりやすくアリベルを煽てる。
「本当? お姉ちゃん、アリー笑った顔の方が可愛い?」
ミミカは瑞希に渡されたカチューシャを付けてから答えた。
「アリーの笑顔はいつでも可愛いわよ」
「えへへー! お姉ちゃんとお揃いだね!」
嬉しそうにはにかむアリベルは間違いなく可愛かった。
そしてその顔をグランに隠れながら悔しそうにムージが見ている。
「ぐぐぐっ! 人の妹を誑かしやがって!」
「(少し前の自分を見ている様だな……)」
「そうだそうだ。アンナとグランにもお土産を買って来たぞ。アンナとジーニャには花から作ったって言う香水で、グランには汗をよく吸う手拭いな。ボアグリカ地方の布は良く吸うんだってよ」
「私まで貰って良いのですか?」
「俺達がいない移動の時は満足に体も拭けないって言ってただろ? これなら少しでも気が紛れるかと思ってな。グランは訓練の時とかめちゃくちゃ汗を掻いてるからな。あれ? グランに香水の方が良かったか?」
「どういう意味だ貴様っ!」
「わはははっ!」
グランは瑞希に文句を言いながらも、手拭いを受け取る。
瑞希は当然だが、ドマルもグランの事は貴族でありながらも友人として接している。
そのため、いつもの様にグランをからかう光景にドマルは釣られて笑ってしまう。
「あははは! じゃあ僕は先にカエラ様の所に事情報告とお土産を渡してくるよ」
ドマルはそう言うと、先に城内へと向かい、ドマルを目で追っていたグランは、ふと、アンナの姿で視線を止める。
アンナは、瑞希が移動中の他愛無い会話を覚えてくれてたのが嬉しかったのか、大事そうに香水が入った小瓶を抱きしめていた。
その姿を見たグランはふっと綻んだ。
頬を膨らませるのはカチューシャを渡されただけのミミカだ。
「(私だけ髪飾りを付けて貰ってないし、アンナ達みたいな所以ある物じゃないんですね!)」
「さて、ミミカにはこれからもう一つお土産を渡す事になるな」
唐突な瑞希の言葉にミミカは心の中を悟られたのかと驚く。
「な、何ですか!? どんなお土産ですか!?」
「ミミカへのお土産って言ったら……」
「私へのお土産と言えばっ!?」
ミミカはゴクリと唾を飲み込む。
「当然、お菓子作りのレシピだろ? ちょうど良い食材を見つけたんだけど、シャオ達が作れって煩いんだよ。ついでだからミミカにも教えとこうと思ってな」
「嬉しいんですけど……そうじゃないんですよぉー!」
期待の斜め上を行った瑞希の言葉に、ミミカはガックリ肩を落としながらそう叫んだ。
瑞希は笑いながらも、ミミカの側に良い香りのする髪留め油が入った小瓶をそっと置くのであった――。
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