ジュメールの冒険者ギルド
サルーシ家とカルトロム家が共同で治めるジュメールという街は王都であるディタルという城下町に比べると見劣りはするが、ディタルから近い事もあり、大勢の人で賑わっている。
城を出る時にアリベルも付いて来たがっていたが、義妹を溺愛するムージが側に居る事と、ミミカの側には信頼出来るグランがついている事もあり、瑞希は心配する事なく城を出た。
泣きそうになっているアリベルにもお土産を買って来るという事で話が付いた様だ。
ジュメールの街では、ムージのペットであるヴォグと同じ様な動物、ブルガーを連れている人もちらほらと見えた。
「こっちじゃウェリーよりブルガーの方が多いんだな?」
「ボアグリカ地方も近いからだろうね。ブルガーは毛があっても熱に強いからボアグリカ地方では重宝してるんだ。短い距離ならウェリーより早いし、王都も近いからジュメールと行き来するならブルガーの方が便利なんだろうね」
「……もふもふ~」
ドマルの説明にチサは今まで見た事もなかったブルガーと呼ばれる狼の様な動物に跨り、抱き着きながら顔を埋め込んでいる。
ヴォグはブルガーの中でも一際大きいため、小柄なチサが相対的に小さく見える。
もふもふとした毛と、額に生える鋭い角が特徴的なブルガーだが、人に飼われるブルガーはウェリーの角と同様に折られる。
「それにしても、お前もついて来て良かったのか? 後でムージさんに怒られないか?」
「ぼふっ!」
瑞希はチサを乗せ隣を歩くヴォグの首元に手を伸ばし軽く搔いてやる。
ヴォグは大丈夫と言わんばかりに瑞希に一鳴きして返事をすると、大きな口を瑞希に近付け一舐めする。
瑞希に肩車をされているシャオはその光景を嫌そうに睨んでいた。
「シャオはブルガーが嫌いなのか?」
「ブルガーではなくこやつが嫌いなのじゃっ! 初対面のミズキに慣れ慣れしくぺろぺろと……」
「そういう動物だろ? じいちゃん家で飼ってた犬も舐め癖があったな。機嫌が良くなると手とか顔がべっとべとになるんだよ」
「いや、ブルガーって主人と決めた人には懐くけど、それ以外の人には主人からの命令がないと基本的に懐かないんだよ。引き離されるチサちゃんが悲しそうな顔をしたからムージさんはヴォグにチサちゃんを守る様に命令したけど、こうやって他人が跨ってるのも不思議な光景なんだよ?」
「じゃあヴォグはブルガーの中でも賢いんだな! ちゃんとチサを守るなら後でおやつを買ってやろうな!」
「ぼふー!」
ヴォグは瑞希の言葉が分かるのか、ぶんぶんと尻尾を振り回す。
「あはは、ヴォグが喜んでるね。チサちゃん、ブルガーは熱に強いけど、その分水をいっぱい飲むからね。良かったら水を飲ましてあげなよ」
「……ヴォグ、お水飲む?」
「ぼふっ!」
チサはいつもの様に詠唱をすると、ショウレイを使い水で出来た金魚の様な魚を呼び起こす。
「……ヴォグ、口開けて~」
チサの言葉にヴォグが口を開けると、金魚の口からチョロチョロと水が出始め、ヴォグはがぶがぶと口を開いては閉じてを繰り返しながら喉を潤していく。
「熱に強くて水を飲む……犬の様なラクダの様な……もしかして砂漠なんかも得意なのか?」
「よく分かったね? ボアグリカ地方は王都近くを離れてずぅっと西に行くと砂漠もあるんだよ。ブルガーは元々砂漠の方に居た動物なんだ。でも最近は見た目の可愛さとか、主人に仕える頭の良さを理由に王都近くでも見かける様になったね。キーリスの方でモームとウェリーが二本柱なら、ボアグリカではブルガーとウェリーが二本柱だよ。ブルガーを使ったそりのおかげで、砂漠も行き来しやすくなって街が出来たぐらいだからね」
「雪山でそりを引くハスキー犬じゃなくて、砂漠でそりを引くのか……。ヴォグ、満足したか?」
「ぼふっ!」
水を飲み終え満足したヴォグは一鳴きする。
再び歩き出した一行は冒険者ギルドに到着すると、ヴォグに表で待っている様に言いつけ、ギルドの中へと入って行く。
瑞希とチサは自身の冒険者プレートを提示し、二人の履歴を確認した若い女性職員が瑞希達を二度見する。
「えっと……偽造とかな訳ないですよね?」
「そんな事出来ませんって。やっぱり銀級冒険者って珍しいんですか?」
「いえ、ディタルが近い事もありますから、銀級冒険者はそれほど珍しくはないのですが、それよりも昇級の早さが異例なので……差支えなければどういう依頼をされたかお伺いしたいのですが宜しいですか?」
「えっと、成り行きですが、ゴブリンの群れを討伐後、料理作成の依頼をして、オーガキングとその群れを討伐して……後はテオリス家の依頼でマンティコアとかヘビータートルを……いや、あれはカインとヒアリーがやったから、トロル……もカインか。まぁ魔物の群れをちょこまかと討伐してますね。自分で選んだのは料理の依頼だけですけど、それが一番楽しかったですね」
瑞希は笑いながら女性職員に説明するが、女性職員は顔を引きつらせている。
女性職員が驚く理由としては二点で、一つは討伐したであろう魔物の名前が金級冒険者に依頼が行くような大物である事。
もう一つは、鋼鉄級にも関わらずジュメールでも名の知れたカインとヒアリーの名前が出て来た事だ。
「あの、今お名前が挙がった、カインさんとヒアリーさんって、鋼鉄級の御二人ですよね?」
「いや、あの二人はもう白銀級になってます。キーリスで別れてお互い別々の仕事をしてるので、どこにいるかは把握してないですが」
「はくっ!? ……だって、半年前のあの御二人は鋼鉄級でしたよ!?」
「ヒアリーの交渉術でしょうね……ウォルカのギルドマスターも泣きが入ってたそうですし……」
瑞希は達観したかの様な口ぶりで経緯を説明する。
「じゃ、じゃあ、キリハラ様もこの街でお仕事をして頂けるんですよね! 最近魔物が多くて討伐依頼がいっぱいあるんですよ! ほら! これっ! トレントの討伐! それにベノムスパイダーも!」
「いえ、こっちの滞在期間中に冒険者の仕事をする予定はないです」
瑞希は職員が提案する討伐依頼を前に、きっぱりと否定する。
「そ、そんなぁ! だって今まで討伐した魔物より全然簡単ですよ!?」
「好きで討伐した訳じゃないので……。あ、でも依頼書は少し見ても良いですか?」
「どうぞ……」
職員はがっくりと肩を落とし、依頼書が張られた掲示板を指差す。
瑞希は苦笑しながらも、大きな掲示板の元に移動し、人探し、もといシャルルの捜索依頼がないかをチェックする。
「街の清掃……店の手伝い……こっちは薬草の採集……護衛に、後は魔物の討伐か。やっぱり人探しの依頼をしてる人はいないか」
「ギルドに依頼を出す訳にもいかないからね、王都に着いたら探しに行くんでしょ?」
「そうなるな。まぁこっちにはシャオもいるし……あれ? シャオ?」
普段から外に出歩く時は瑞希の側に居るため、瑞希は側に居ないシャオを見逃した。
瑞希は自分の腰元から視線を上げ、少し離れた所に居るシャオとチサを発見する。
瑞希は依頼書に釘付けになっている二人に話しかけた。
「どうした二人して?」
「ミズキっ! この依頼に行くのじゃ!」
「……ほんまに美味しいの?」
「当たり前じゃっ! 普段の物とは違うのじゃ!」
「美味しい依頼? どれどれ……」
瑞希は二人が注視していた依頼書を眺める。
そこにはダークオークの討伐依頼が記載されていた。
「あははは。確かに美味しい依頼だね。ダークオークはあまり見かけないからその分高級な食材なんだよ」
「ダークオークて……もしかして黒豚か?」
「美味いのじゃ! オークとは一味も二味も違うのじゃ!」
「でも、この依頼書だとダークオークを狩っても全部納品しなきゃ駄目みたいだね。成果報酬は……一頭で金貨三十枚!?」
「高っ!? 何だその依頼!」
オークの相場は一頭納めても金貨で一枚程度の為、いくら亜種とは言え三十倍の成果報酬に驚く。
その声を聞いた先程の女性職員が笑顔でにじり寄って来た。
「その依頼は何と何と王家様からの依頼なんです! 宜しかったらいかがですか? 評価も上がりますよ?」
「でもこの報酬額だと冒険者が殺到しませんか? なのにまだここに貼られてるって事は達成されてないんですよね?」
女性職員はドマルの言葉にギクリとするが、表情は笑顔のままだ。
「依頼が王家様からだとすると、急ぎの用件ですよね? 依頼日からそこそこ時間も経ってるのに達成した冒険者はいない……ミズキ、この依頼なんか怪しいよ」
「あ、怪しくなんかないですっ! これを受けた冒険者の方々がまだ帰って来てないだけですから!」
「でもどっちにしてもミズキはお金より素材が欲しいから、ダークオークを狩りに行くとしても依頼は受けない方が良いよ。そこまでお金に困ってないでしょ?」
「そうだな。でもダークオークは気になるから、今後の予定次第では狩りに行こうか?」
「そうするのじゃ! くふふふ、楽しみなのじゃ!」
「……美味しいお肉……にへへへ」
目の前の大金よりも、肉を優先する瑞希達に女性職員は焦り始める。
ドマルは瑞希達が喜ぶ輪の中に居ても職員の表情を見逃さなかった。
「でも狩りに行くとしてもどこにいるかわかるの?」
「見つかりにくいダークオークの事じゃから森にでも隠れとるんじゃろ」
「森って……この辺りかな?」
ドマルは掲示板近くに貼ってある周辺地図を指差しシャオに確認する。
「この地図じゃとその辺りじゃな」
「森の中だとトレントも出るかもしれないし、危険だよ?」
「わし等にかかれば余裕なのじゃ! 良い訓練にもなるしの……くふふふ」
楽しそうなシャオだが、その言葉に職員が再び焦り始める。
「訓練て……もしかしてチサもやる気になってる?」
「……美味しい物食べたいっ!」
チサは鼻息荒く、両手で拳を作り、わかりやすくやる気になっているが、ドマルはわざと水を差すような言葉を投げかける。
「でも僕達は別の仕事で忙しいから、無理そうだよね」
すると、慌てて職員が瑞希達に待ったをかけた。
「待ってください! お願いしますっ! 依頼を受けて下さい~!」
「え~……」
依頼を受ける気のない瑞希は生返事を返す。
「一応、お話を聞きましょうか?」
ドマルは嬉しそうに笑顔で職員の話に耳を傾けるのであった――。
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