アリベルの告白
旦那と呼ばれたドマルに緊張が走る中、瑞希は人探しを要求するカエラに視線を向ける。
「まず探して欲しいのはアリベルちゃんの母親や。あんた等の事や、居場所は知ってんねやろ?」
「アリーのママ……?」
カエラの要求する人探しに自分の名前が出て来た事と、自分の母親を探しているという事に、アリベルは複雑な表情をしている。
「アリベルの母親ですか……」
オリンはちらりとアリベルに視線を送る。
「……すでに探していますがまだ見つかっていません」
「嘘やないやろうな?」
「意味のない嘘は吐きませんよ。アリベルの母親であるシャルル・ステファンは王宮での暮らしに嫌気が差した。ですが、カルトロム家がアリベルを引き取った事で、状況を知ったムージがアリベルのためにと探しているんです」
「それはカルトロム家もサルーシ家も総出で探してんの?」
「いえ、あくまでもムージと、ムージの従者だけです。表立って捜索するとグラフリー家派閥に気付かれ、シャルルまでもが跡目争いの交渉材料にされかねないですからね」
「やっぱりママはアリーに会いたくないんだ……」
「そんな事はないっ!」
オリンの話を聞き、落ち込み泣きそうになっているアリベルにムージの激が飛ぶ。
「そんな事はないぞアリベルっ! 母親であるシャルルと引き離したのは貴族の都合だ! シャルルが貴族の暮らしを捨てたのは嫌気が差したからだろうが、それでもアリベルを貴族に渡したのは、お前の、お前だけの幸せを願っての決断なはずだっ!」
「そうよアリベル!? アリベルみたいな可愛い子に会いたくない訳ないじゃない! 見つからないのはこのムージ様のせいよ! 私達なら直ぐに見つけられるわ!」
「どういう意味だこの田舎娘っ!」
「そのままの意味ですよ! 王都の貴族は人探しも満足に出来ないんですかっ!?」
「お、お姉ちゃん? 喧嘩は駄目っ!」
アリベルがミミカを止めようと手を差し出す。
ミミカはアリベルの手を取り、アリベルと両の目を合わせながら真剣な目で伝えた。
「喧嘩じゃないわアリー。この人が駄目なだけよ」
「お前こそ何もしてないじゃないかっ! アリベルを助けたのも出会ったのもこの男だろう!?」
「そ、その通りですが! 私はアリーに愛情を持って接しています! 怖がらせるだけのどこぞの次男とは違いますっ!」
「それなら俺だってアリベルに接しようと思っていたが、アリベルが逃げるんだ! アリベル! 俺のどこが怖いんだ!? 言ってみろっ!」
言い争う勢いのままムージがアリベルに詰め寄るが、その圧がますますアリベルを怖がらせる。
「そういう所ですよっ! 少しは貴方も……「お兄ちゃぁん、お姉ちゃんも怖い……」」
瑞希に助けを求めたアリベルの一言で、ミミカの動きが止まる。
アリベルに泣きつかれた瑞希は、アリベルの頭を撫でながらミミカに聞こえる様に話しかけた。
「そうだな~。お姉ちゃんも怖いなぁ。こんなに怖いお姉ちゃんからは俺が作ったお菓子を没収しないといけないな~? そうだ! じゃあその分アリベルの食べる分を増やそうか?」
「良いの!? わぁ~い!」
瑞希の追撃にミミカはゆっくりとアリベルに向き直る。
「アリー……お姉ちゃんもミズキ様のお菓子が食べたいなぁ~?」
「お姉ちゃんもアリーを怖がらせるから駄目っ!」
「そうそう。俺もこんなに怖いお姉ちゃんとは結婚出来ないかもな~?」
瑞希の言葉に、アリーの笑顔に花が咲く。
「じゃあお兄ちゃんはアリーと結婚するのっ!」
「アリベルと結婚か~。その時には俺ももうおっさんだな~」
「大丈夫だよっ! アリーはおじさんになったお兄ちゃんでも大丈夫!」
「そっかそっか。でもアリベルがお嫁さんだと――「「駄目よ(だ)っ!」」」
のほほんと子供の戯言と戯れていた瑞希に、喧嘩をしていた二人から待ったがかかる。
「アリーっ! 人のだ、だ、旦那様……を……、取っちゃ駄目っ!」
「初対面の分際で、人の妹に手を出すとは良い度胸だ! そこへ直れ。今すぐ首を落としてやる! 覚悟は良いな!?」
そんな言葉を瑞希に向ければ、あの妹が瑞希の背後からゆらりと現れる。
「ミズキの首を落とす……と聞こえたのじゃが、お主こそ覚悟はできておるじゃろうな?」
シャオはソファーを飛び越え、瑞希の肩に乗り、肩車の形でムージを睨む。
それと同時に部屋の室温が下がり始め、チサが大きくくしゃみをする。
「……シャオ、寒い」
「くふふ。すぐに済ませるのじゃ……」
「すぐに済ませるなあほ! 大人しくしてろって。ムージさんの冗談だよ」
「誰があほなのじゃ! 話が長くて暇なのじゃっ! 早く出かけるのじゃ!」
悪口を言われたシャオは瑞希の髪の毛を引っ張りながらじゃれつき、瑞希はシャオの体を持ち上げると、再び膝の上に乗せる。
「お、お前の妹か? そいつも魔法使いなのか?」
「貴方達はあの魔法嫌いのバラン様の所で暮らしてるんですよね?」
シャオが魔法を解いた所で室温も戻って来た中、ムージとオリンが瑞希に質問をする。
瑞希は早々にシャオが魔法使いだという事がバレたため、溜め息を吐きながら返答した。
「はぁ……その通りです。バランさんはもう魔法使いを毛嫌いしてませんし、むしろ領地運営に活用しようとしています。そこら辺はカエラさんの仕事の領分ですので私の口からは伏せさせて頂きますが」
「しかしあの魔法嫌いのバラン様が……」
「それはミズキ様のおかげですっ!」
ミズキに代わりミミカが得意気な顔で言い放つ。
「私もカエラ様もミズキ様には救われました! ドマル様だってそんなミズキ様を支える素晴らしい人です! この御二人がいればどんな事だって解決してくれます!」
「ちょ、ちょっと……ミミカ様……」
「ミミカ……ハードルを上げるのは止めてくれ……」
「謙遜しなや二人共。うち等はそれぐらい二人の事を信頼してんねんで?」
ミミカとカエラの言葉の雰囲気に、オリンは二人に対する信頼感を感じた。
「あのカエラ様がここまで認めるのですか……。わかりました。アリベルの母親の件はこちらでも探しますが、ミズキさんも冒険者の観点から探してください。何か困った事があった時は、相談を頂けましたら私達も貴族としての力を動かします。それとドマルさんへの紹介ですが、これは機会を作る事をお約束致します。事が落ち着けば周辺貴族に声を掛け、貴方方両家を紹介しするという事で宜しいでしょう? 御二方が揃ってドマルさんの商品を紹介すればきっと買い手も見つかるでしょうしね」
「言っとくけどうち等はどっちの派閥にも加担せぇへんで? 協力するのは自分達のためやからな?」
「それで構いませんよ。あの馬鹿を説得出来るならそれに越した事はないですし。但し、成功しなかった場合、婚約はさすがに無理強いできませんが、アリベルは返して貰いますよ? それが書面で送った約束ですからね」
「お兄ちゃぁん……」
アリベルはオリンの言葉に不安そうな顔で瑞希に視線を送る。
「大丈夫だアリベル。俺達を信じろ。シャルルさんは絶対見つけるから、お母さんと二人でどうしたいか選べばいいさ。俺達はそのための協力ならするからさ」
「アリーはお姉ちゃん達と暮らしたい! お母さんは……よく分かんない」
「今はそれでいいさ。お母さんと会ってから、アリベルがしたい様にすれば良いからさ」
話が上手くいけば妹を取られそうなムージだが、アリベル自身が望む幸せと、可愛い妹が再び自分の側から離れるかもしれないという事実を天秤にかけ、どちらにも傾かない心の天秤に一人唸ってしまう。
「じゃあ概ねお互いの話の擦り合わせも出来たと思いますので、俺達は早速この街の冒険者ギルドに顔を出してきます」
「私も行きたいですっ!」
「ミミカはバラン様の代理でもあるんだろ? カエラ様との仕事の話がまだ残ってるから駄目」
「じゃ、じゃあお土産が欲しいです!」
「お土産……何か面白い物があったら買って来るよ。ドマルも付いてきてくれるか?」
「あ、うん……カエラ様、宜しいですか?」
「かまへんよ。ドマルはんうちにもなんか買うて来てな!」
「あはは。畏まりました」
「嫌やわ他人行儀みたいで。いつもみたいに言ってや」
ミミカに対する瑞希に比べ、他人行儀なドマルに対し、カエラはオリンとムージにアピールする様に言い直しを要求する。
ドマルはその意図を汲み取り、緊張した様子は表に出さず、心の中で平謝りをしながらこう告げた。
「ごめんごめん。カエラに似合う服を見つけたら買って来るよ」
ドマルは優しく微笑みながらカエラに伝えると、瑞希と共に立ち上がり、その場を後にする。
残されたカエラもまた、ドマルの台詞が演技と分かっていても、心の中では悶絶している。
勿論表情には出さないが。
そして、部屋を出て行く瑞希達を見ながらムージは薄っすらと微笑んでいた。
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「――ムージ、もしかしてヴォグを連れて来てるのか?」
「急いでたからな。それにあいつには魔法を使われたからお互い様だ……くっくっく」
ヴォグと呼ばれる何かを使って、ムージなりに仕返しをしようと思っている様だ。
「ミズキ様に何かしたんですかっ!?」
「いやぁ? 俺のペットを城の外で待機させてるだけだ。但し初めての人間を見るとあいつは興奮して、俺が止めるまで追っかけ回すがな」
――ボッフー!
ムージの説明と同時に、城の外から大きな鳴き声が部屋の中にまで届いた。
「ミズキ様っ!? 早く止めて下さい!」
「そんなに急がなくても怪我なんてしないさ」
ミミカは急いでムージを引きつれ、鳴き声のする方へと走って行く。
そこには人間の大人より数段大きい、狼の様な動物が腹を上にしながら瑞希とチサに撫でまわされている。
狼の様なヴォグの表情は恍惚としていた。
「わはははっ! でかいハスキー犬みたいで可愛いなぁ、こいつ」
「……もふもふ……もふもふっ!」
「こんな奴どうでも良いから早く出かけるのじゃっ!」
息を切らしたミミカはその光景を眺めながら、ムージにジト目を送る。
「どこが追っかけ回すのよ……」
「何故だっ!? ヴォグは俺にしかあんな姿は見せないんだぞ!?」
「わははははっ!」
「ボフゥー!」
その場には只々、瑞希の笑い声と、尻尾を忙しなく動かし続けるヴォグの鳴き声が響き渡るのであった――。
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