サルーシ家とカルトロム家
王都の手前には二つの貴族が城を構えている。
カエラに婚約を迫っているサルーシ家と、ミミカに婚約を迫っている件のカルトロム家である。
どちらも跡目争いに参加出来ている事から、貴族の位はそこそこに高いのだが、管理を任されている領地としてはウィミル家にも、テオリス家にも及ばない。
だからこそ、田舎とは言え領地が大きく、自分達より位の高い貴族との婚約を望んだのだが、お目当ての二人はぬけぬけと婚約者という男を引き連れてやってきた。
アリベルの事もあり、サルーシ家に身を寄せた一行は、顔を引きつらせた眼鏡姿の男、オリン・サルーシの前で、婚約者である瑞希とドマルの説明をしていた。
「遠路はるばる御足労して貰えた理由がこういう事ですか……」
「そっ! うち等はもう婚約者がいるさかい、いくら求婚されても答えられへんねやわ。なぁドマルはん?」
饒舌に説明するカエラにドマルはどこか慣れた様子で話に乗る。
「そうですね。身分違いとは思いますが、こうしてカエラ様と巡り会えた縁ですので、大事にさせて頂きたいと思います」
優しく微笑むドマルは余裕すら感じるのだが、その光景を内心一番驚いているのは瑞希である。
「カエラ様は、貴族でもないどこの馬の骨かも分からない男と本気で血を結ぶのですか?」
「嫌やわ~。別にうちの家の事なんやから誰と婚約してもええやん? ミミカちゃんのとこのバランはんかて、兵士上がりやない?」
「バラン様は元々ルベルカ家の跡取りだろうがっ!」
カッとなったオリンは勢いに任せテーブルに拳を振り下ろす。
大きな音と共に驚き、身を跳ねさせたのはミミカだ。
その姿を見たオリンは我に返り、眼鏡を上げる。
「申し訳ない。取り乱しました。だが、貴族間でも有名な成り上がり話であるテオリス家も、蓋を開けてみれば貴族同士の繋がりです」
「せやけどバランはんはお家を捨てて一兵士として勤め、アイカはんを射止めた。貴族かどうかなんてアイカはんにとっては関係なかったんとちゃうの?」
「その真相は今や誰にもわかりませんね。あの当時アイカ様を狙っていた貴族も多かったという話なのに、ポッと出の一兵士との婚約でどれほどの非難があったと思いますか?」
「そんなんうち等とは関係あらへん。うち等はうち等の考えで相手を選んでるんや。少なくともここら辺の貴族よりかはドマルはんの方が信用できるわ」
オリンは眼鏡越しにドマルを睨むが、ドマルはにっこりと微笑んでいる……首筋に冷や汗を薄っすらと掻きながら。
オリンは一つ息を吐き、話の矛先をミミカに向ける。
「ミミカ様も同じ様なお考えで?」
「は、はいっ! 私も自分の婚約者は自分で見つけます! 我が領地の発展を一緒に考えられる殿方と添い遂げられるのであればそれに越した事はございません!」
「見つけます……? そちらの男性が婚約者ではないのですか?」
「そ、そそそその通りです! こちらのミズキ・キリハラが私のお、お、お……っとになる相手……でしゅ……」
ミミカは顔を真っ赤にしながらたどたどしく説明をするが、その言葉は余計に怪しく思えてしまう。
「ミミカ、緊張しすぎだろ……。すみません、御紹介に預かりましたミズキ・キリハラと申します」
瑞希は姿勢を正し一礼をする。
「彼女はまだ幼く、緊張していますのでどうか御容赦下さい」
「ミズキさんも貴族の方ではありませんね?」
「私は、料理人と冒険者の兼業ですが、本職は料理人ですね」
瑞希の言葉にオリンの視線はより一層険しくなる。
「料理ですか……女子供の仕事を生業にしている男など聞いた事がない。ミミカ様の事はカルトロム家が優先ですから対応はムージに任せますが……」
ムージと呼ばれるのはミミカとの婚約を狙うカルトロム家の次男である。
オリンの言葉に苛立ちを感じたのはミミカだが、瑞希はこの場にシャオが居なくて良かったと胸を撫でおろしていた。
「貴様達っ! 何をしているっ! お前は……アリベルか!? 何故直ぐにこちらに顔を出さない!? あ、おいっ!?」
部屋の外から大声が聞こえて来るのと同時に、部屋の扉が大きく開かれた。
そこには背が高い金髪の男性を始め、シャオ、チサ、アリベルが転がり込んで来た。
シャオ達は瑞希の姿を見つけると、瑞希に飛びつき、ムージはずんずんと瑞希達の元に歩いて来ると、ドカッとオリンの横に座る。
「お前等……別の部屋で待ってろって言ったよな?」
「暇なのじゃっ! くそ不味い菓子しかない部屋で待てるわけないのじゃっ!」
「……ところてん食べたい」
マイペースに瑞希に纏わりつきながら自身の要望を要求する少女達とは別に、アリベルはおどおどとミミカと瑞希の間に隠れる様に座っている。
「アリベル! まずは元気でいた事は良かったが……お前の座る場所はこっちだろう!?」
「ムージ、暑苦しいし五月蠅い。お前の縁談相手の前なんだぞ」
「ん? 縁談相手?」
「こちらに居るのがミミカ・テオリス様だ。カルトロム家当主様にそう言われていただろう?」
「知るかっ! そんな親父が勝手に決めた縁談等! それよりアリベル、何故兄である俺の元に来ない!? 俺がどれだけ心配したのか知っているのか!?」
背が高い事もあり、大きな声を出すムージの威圧感が凄く、アリベルは両脇に居るミミカと瑞希をぐいぐいと引っ張り、身を隠そうとしている。
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて下さい。アリベルも怖がってますから」
瑞希がムージを窘めようと空いている手で制止する。
「お兄ちゃぁん……」
怖がるアリベルは、庇う瑞希の事を呼びながら隠れようとするが、その言葉に反応したのはムージである。
「兄はこっちだろう!? 何故こんな男を兄呼ばわりするんだっ!?」
「何故と言われても……アリベル、このムージさんはお兄さんだろう? 何か怖い事でもされたのか?」
「アリーね……この人怖ぃ……」
アリベルに怖いと言われたムージの心が傷ついたのか、椅子の上で項垂れてしまう。
さらに続けてアリベルが話す。
「この人いっつも怖い顔でおっかけて来たの……。それにいっつも誰かと喧嘩してたし……」
「うちのアリベルに何をしてくれてるんですかっ!?」
アリベルの言葉に怒り出したのは現姉代わりであるミミカだ。
しかし、ムージも黙ってはいなかった。
「黙れこの田舎娘がっ! アリベルはうちの子だ! 勝手にテオリス家の物にするんじゃない!」
「貴方こそアリベルを物扱いしないで下さいっ! こんなに怯えてるじゃないですかっ!」
ミミカとムージが言い争う中、アリベルはおどおどと視線を行ったり来たりさせている。
自分では止められない事を悟ったアリベルは、涙目で瑞希に訴えかけた。
「ミミカ、貴族のお嬢様なんだったら落ち着け。ムージさんもアリベルが怖がってるんですからもう少し声を小さくしてください」
「し、失礼しました……」
瑞希の言葉にミミカは直ぐに落ち着くが、ムージは止まらない。
「お前等がアリベルを攫わせた張本人だろうが!? アリベルを連れて来たから許そうと思ってたが……」
瑞希は謂れもない罪を被せられそうになった事に腹が立ったのか、顔ぐらいの大きさの水球を作り出し、ムージの頭をすっぽりと覆う。
「もがっ!? もごっもごごっ!?」
ムージは水球を取ろうとするが、瑞希は水球を動かし外れないようにする。
「少し落ち着いて下さいね? 落ち着いて話せるなら頷いて下さい」
「もがっ! もががっ!」
ムージが頷いた所で、瑞希は魔法を解き、濡れた頭を温風で乾かし始めた。
「少ししたら乾きますから、じっとしてて下さい。それと、アリベルの話ですが、アリベルから聞いていた話と食い違いがありますので、縁談の話は少し置いといて、一度きちんと話し合いませんか?」
「無詠唱で魔法を使って息切れもしないんですか?」
オリンはアリベルよりも瑞希の魔法が気になる様だ。
「慣れですかね? 詠唱の仕方も分からないですし、今の所は困ってないので」
「お兄ちゃん凄いねぇ~!」
「ありがとう(凄いのはシャオなんだけどな……)」
瑞希がアリベルから眩しい笑顔を向けられている事にムージは苦虫を潰した様な表情で瑞希を睨むのであった――。
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