黒蜜と酢醤油
警備に当たっている者達は、ある者はチラチラと横目で食事の光景を眺めており、またある者は悔しそうな表情で警備に当たっていた。
警備中の兵士にはグランも含まれているが、瑞希の料理に対する耐性があるのか、周囲の警戒に集中していた。
ミミカ達や、休憩中の兵士や侍女達は瑞希から料理を受け取り、各々が待ちに待った料理を楽しんでいた。
無論、楽しみにしていたのはカエラも同じだ。
「ペムイにかけて一緒に食べるんや?」
「カレーライスならぬ、カレーペムイですからね。ペムイにカレーを纏わせて食べて下さい」
以前、キアラの家でトルコライスを食べた事のあるミミカ達は以前食べた物との味の違いを楽しんでいる様だ。
カエラは匙でカレーとペムイを軽く混ぜ、匙に乗せ口に運ぶ。
様々な香辛料の香りと、慣れ親しんだ出汁の風味が合わさり、野菜の甘味もルーに溶け込んでいる。
それがペムイと合わさる事で、もちもちとした食感と共に口の中で広がり、飲み込む時には匙に二口目を乗せていた。
カエラはそのままカレーペムイに夢中になったのか、徐々に食べる速度が速くなっており、あっという間に完食してしまう。
周りの従者達も同じ様に、飲む様に食べている者もいる。
瑞希は次々とお代わりを求める人で群がられているが、一部のウィミル兵はチサの元に歩み寄っていた。
「……どう? ペムイは美味しいやろ?」
――めっちゃ美味いわ。
――嬢ちゃんのおとんが作ったペムイなんやてな? 今まで馬鹿にしててすまん!
チサは謝罪するウィミル兵にドヤ顔を見せると、ウィミル兵の皿を受け取り、大盛りでペムイを皿に盛り付ける。
「……いっぱい食べて、夜の警備頑張ってな?」
ウィミル兵はその言葉に力強く頷き、再びカレーペムイを貪る様に食べていく。
その食べっぷりを見たチサはこう告げた。
「……やっぱりペムイは偉大」
「ミズキのかれーも偉大なのじゃ。キアラのとはまた違ってとろみがあって優しい味わいなのじゃ」
「……確かにそう。ミズキの料理も偉大」
二人の少女は、そう言い合いながら笑い合う。
ミズキは警護に当たっているグランにこそこそと話しかけた。
「何だ急に?」
「いや、今食べられないグランには良い事を教えとこうと思ってな?」
「……何だ?」
「カレーってのはな、作り立てより一度冷めてから温めた方が味に深みが出て美味いんだ。つまり、今食べてる人達より、グラン達が食べる時間の方がさらに美味いカレーペムイが食える……」
「何だとっ!? それは本当かっ!?」
急に大声を上げたグランに注目が集まる。
グランは一つ咳ばらいをして、頭を下げると、瑞希との会話を続けた。
「だから貴様も今食べてないのか?」
「その通りっ! グラン達と一緒に食べようかと思ってな。ドマルにも伝えてあるから、夜にがっつり食おうな!」
瑞希はグランに伝え終わると、そそくさとその場を離れ、スライム汁の調理に取り掛かる。
「……本当に、もっと嫌な奴なら良かったのにな」
グランは瑞希の姿を目で追いながら一人そう言ちた――。
◇◇◇
――夜も更け、何事も無いまま見張りの交代時間になったグラン達は夕食ならぬ、夜食を取るために焚火の前に集まる。
そこではひと眠りし終えた瑞希が、シャオと共に先程のカレーを温めており、ペムイを新しく炊いていた。
「お疲れ~! もうすぐ出来るから先にそこのところてんでも食っててくれ」
「ところてん?」
グランを始め、食事を取りに来た兵士達は瑞希が勧める、ところてんの入った器を手に取り、フォークでつついてみた。
「これは何で出来てるんだ?」
「スライムを煮た汁を冷やして固めたんだ。本来なら木枠で押し出して細く作るんだけど、今日はシャオに頼んで魔法で切って貰った。独特の食感が美味いぞ!」
スライムを食べるという発想の驚きや、それは気持ち悪いだろうというで意見で、兵士達が少しざわつく。
そんな中、最早瑞希の料理を疑いもしないグランがさっさとところてんを口に入れ、うどんのように啜ろうとする。
「あ、言い忘れたけど、勢い良く啜ると……」
瑞希の言葉と同時にグランが思い切り咳き込んだ。
「わははは! 酢で咳き込むから気をつけろって言おうとしたけど、遅かったな」
「もっと早く言えっ!」
笑う瑞希に怒鳴るグランは、姿勢を正しもう一度、次はゆっくりと啜り込む。
プルプルとした食感が面白く、かかっている酢醤油のタレは甘酸っぱく、食前の気分を盛り上げる。
出汁大好き人間のグランはタレに混ざっていた出汁の風味を感じ取った様だ。
「出汁も入ってるではないか!? それにこれは砂糖も使っているのか?」
「出汁に良く気付いたな? ジャル、酢、出汁、少しの砂糖を混ぜたタレだよ。前菜代わりにあっさり食べれて良いだろ?」
「しかしミミカ様はこれを食べている時は甘くて美味しいと……」
「あぁ、それは今シャオが食べてる奴な。かかっているタレが違うんだ。こっちは黒砂糖とシザーアントの蜜で作った黒蜜だよ。こっちはデザート代わりだから食後な。食べた人の好みは丁度半々だったけど、結論はどっちも美味しいだったよ」
シャオは瑞希の手伝いが終わったのか、黒蜜がかかったところてんを啜っている。
元がスライムだという事は、シャオに取れば些細な事だ。
「砂糖を使っても大丈夫なのか?」
「大した量でもないし、妹達の菓子に対する不満が溜まってたから発散させてやろうと思ってたんだよ」
「相変わらず兄馬鹿な奴だ。しかし確かに変わった食感だが美味いな。……お前等もビビってないでさっさと食え。ミズキが作る飯が不味い訳ないだろ」
「で、では僕から行きますっ!」
グランの言葉に手を挙げ器を取ったのは、以前グランが大怪我した時に居た若い兵士だ。
若い兵士はグランが咳き込んだのを見て学んだのか、はたまたスライムを食べるという事に恐れおののいているのか、ゆっくりとところてんを啜り、咀嚼する。
「あ、美味しい……。美味しいですよグラン隊長っ!?」
「当たり前だっ! ウィミルの皆も食ってみてくれ。こいつの料理に間違いがない事はもう知ってるだろ?」
「くふふふ。やっぱり甘くて美味しいのじゃ~」
グランの言葉とは関係なく、シャオは幸せそうに感想を述べている。
グランの言葉に反応したのか、シャオの笑顔に惹かれたのか、夜食を取る兵士は次々とところてんの入った器に手を伸ばし、食していく。
中にはグランの様に咳き込む者もいたが、ところてんを食べた者は全員その料理に驚いていた。
「スライムを食うとは何事かと思ったが、確かにこれはスライムでしか食べれない様な代物だな」
「いや~、面白い食材が見つかるから旅って楽しいよな!」
「スライムを食材にしようと思うのはお前ぐらいだ」
「物は試しって言うだろ? ほい、夜食のカレーペムイだ。たくさんあるからお代わりしてくれて大丈夫だからな? むしろ食べ切れるか不安な量だから一杯食べてくれよ?」
「言われなくても。ミズキこそうちの隊員を舐めるなよ?」
「わははは! じゃあ俺も食べようかな! 頂きます!」
瑞希は各々にカレーペムイを配り終えると、手を合わせてからカレーにがっつく。
焚火の前だからか、外で食べる開放感からか、はたまた自分好みのカレーを作り寝かせたからか、そのカレーの美味さは一入美味く感じられた。
周りからも美味い、美味すぎる等の声が上がる中、遅れて来たドマルが眠たそうに現れた。
「おはよう~。ごめんね、ちょっと寝すぎたよ」
「先に食べてたけど、皆さっき来た所だ。前菜にそっちのところてんを食べてみてくれ」
「スライムから作った奴だよね? 楽しみにしてたんだ! 頂きます」
「あ、おいドマル……」
カレーに夢中になっていたグランは、ドマルもミズキの料理を疑わない友人だという事を思い出し、止めようと思ったが既に遅かった。
勢いよく啜り込んだドマルは、盛大に咳き込んだ。
瑞希は苦笑しながら水を差しだし、焚火を囲んでいる兵士達はドマルの姿に思わず笑ってしまう。
そして大量にあったカレーペムイはというと、兵士達に余裕で食べ切られてしまうのであった――。
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