瑞希の憂い
――王都へと三台の馬車が走る。
バランとの晩酌後、アリベルも王都に行く事に決まると、それを知ったアリベルは泣きそうな顔をしたが、瑞希がアリベルと約束を交わし、その後指切りをすると、アリベルは納得したのだ。
馬車での移動で十日程の日程で王都には着く予定であり、途中途中で街に寄り一夜を過ごす。
基本的な食事は宿で取るのだが、色々な街の宿に泊り、瑞希はある事実に気付き始めていた。
キーリスからカエラの住まうミーテルへ向かった際は街というものに寄らず、途中で村に寄った際も自分達で食事を用意していた。
また、野営をする時等はその日の魔物によっては新たな発見もあり、旅の食事を楽しんでいたのだが、王都へ向かう途中には街があり、貴族が泊まる宿もしっかりと豪華な宿だ。
そんな宿の中、瑞希はこの場に居ないアンナが淹れたお茶を啜りながら、目の前に用意されたお菓子を口に運び、項垂れた。
「なぁドマル君……」
「ど、どうしたのミズキ?」
普段は君付けで呼んだりしない瑞希の言葉に、ドマルがどもる。
「まさかこっちのお菓子がこんな感じというのは置いといても、食事も美味くないんだが……」
「僕はちゃんと言おうとしたんだよ? でも食材は一緒でしょ?」
「食材はな? このお菓子で確信した。砂糖の価値が高いからこそこういう発展を遂げた味になったのはわかるんだけどさ……」
瑞希は目の前にあるお菓子について言及している。
こちらの世界において砂糖は高価である。
それを知っている瑞希も、砂糖をふんだんに使った焼き菓子という物が、貴族御用達の宿で提供されているのにも納得はできた。
では何が瑞希の不満に繋がるのか。
要は瑞希からすればどれも異常に甘い、甘過ぎるのだ。
庶民の店では逆に薄味で、食材が良ければ美味いと思う料理もあったが、貴族御用達の宿で出された食事は基本的に甘かった。
「さすがに僕もこういうお菓子は久々に食べたけど……ミズキのお菓子を食べた後だともう食べられないよ」
「砂糖も無駄遣いだよな……さすがに食材の味が隠れるのはどうかと思うけど」
瑞希はこの旅の食事を思い返していた。
日本でも地域によっては甘かったり、塩辛かったりするし、その味が根付いた歴史もある。
こちらの世界の砂糖の価値や中毒性を考えると、納得は出来たが、期待は外れた様だ。
「でも砂糖をたくさん使う事で見栄も張れるしね。この宿だって、こういう料理を出すからこそ貴族の御用達なんじゃないかな? もちろん安全面もあるだろうけど」
「これもまた勉強か……。でもテオリス家とかは料理にここまで砂糖を使ってないよな? カエラさんの所はどうだったんだ?」
「カエラさんの所も基本的には瑞希の言う和食……? それが多かったけど、ここまで甘くはなかったよ」
「じゃあさ……「お前等ときたら本当に食事の話ばかりだな」」
そう口を挟んだのは、アンナの淹れた茶を啜るグランだ。
シャオとチサは先に風呂に入っており、グランは警備の休憩中を瑞希とドマルと共に過ごしていた。
「少しはアンナの淹れたお茶をありがたく味わえば良いものを……」
何の事はない。
グランからすれば、折角可愛い妹が淹れた物をおざなりにするなと忠告したいのだ。
「アンナはお茶を淹れるの上手いよな! そういや忘れてたけど、グランも貴族だよな? こういう味って美味しいと思うのか?」
瑞希は手に取った焼き菓子をグランに見せると、グランは鼻で笑う。
「俺も食べ慣れてない物は美味くない。それに、貴族とて誰もがこういう物を食べてる訳ではない。王都に住む連中が好んで食べているのだ」
「良かった。俺の味覚が合わないって訳じゃないんだな」
瑞希がほっと胸を撫でおろすと、ドマルがクスクスと笑う。
「グランが言う様に慣れもあるんだろうね。僕達庶民は果実の甘さで充分だと思えるし。もちろんミズキの作るお菓子なら美味しいと思うけどね」
「それを言うならミズキの料理が美味すぎる……。俺の部下もこの前ミズキの料理を食ってからというもの、食事の度に溜め息を漏らすんだぞ? 食べた事もない味だと言うのにだ」
「わははは! グランも出汁に嵌った時は面白かったけどな!」
料理が美味いと言われて喜ばない料理人はいない。
瑞希が嬉しそうに笑っていると、部屋の扉が開いた。
濡れた髪をしているシャオ、チサ、アリベルが部屋に入って来る。
そして扉の前ではグランの姿を見たミミカがしまった、という表情で固まっていた。
グランは椅子から立ち上がると、慌てて部屋の扉の前に立ちふさがる。
「ミ、ミミカ様っ!? そんな恰好でこの部屋に来てはなりませんっ!」
「あちゃあ……グランも戻って来てたのね……」
「早く御自身のお部屋にお戻りくださいっ!」
「そ、そうね……そうなんだけど……」
グランの体躯で塞がれる隙間からは、瑞希がいつもの様にシャオの髪の毛を乾かしている。
その顔は気持ち良さそうに蕩けており、チサとアリベルは自分のブラシを手に持ち順番待ちをしている。
「グラン……? そろそろ警備の交代時間じゃない?」
「私は今休憩に戻って来た所ですので」
「……あ、そう言えばアンナがグランを呼んでたわよっ!?」
「アンナでしたらつい先程お茶を持って来てくれたので、会話をしました」
グランの後ろでは手早くシャオを乾かし終えた瑞希が、アリベルの髪の毛を乾かしている。
シャオは一番じゃないと怒り出すが、チサはお姉さんとしてアリベルに順番を譲った様だ。
それを見たミミカに焦りが見え始める。
「もうっ! どいてよグランっ!」
「なりませんっ! 夜更けに男の部屋を訪ねるなど……どこで誰が見てるか分からないのですよっ!?」
「夜更けって言う時間じゃないじゃないっ! それより次は私の番なのっ!」
三番目のチサもこれまた気持ち良さそうな顔をしている。
三人の髪の毛を乾かし終えた瑞希はチラリとミミカを見やる。
「グラン、髪の毛を乾かすぐらい良いだろ?」
「ならばお前がこっちに来いっ! ミミカ様に変な噂が立ったらどうするっ! ここはキーリスではないんだぞ!?」
「それもそうか……シャオ、ブラッシングはミミカの髪を乾かした後な」
「早くわしの髪を梳かねば、わしの撫で心地が悪くなるのじゃぞ!?」
瑞希のブラッシングが待ちきれないシャオはそわそわした様子で変な脅迫を瑞希にする。
「シャオの髪はいつでも綺麗だから大丈夫だって。ほら、手を繋いで」
瑞希はぶぅ垂れるシャオと手を繋ぎ、グランの肩を軽く叩くと、濡れ髪のミミカに温風を当てる。
「グランの言う事も分かるけど、いつまでも濡れた髪で立たせてても変な噂が立つかもしれないだろ。そのかわりミミカもブラッシングはジーニャにやって貰えよ?」
「ふわぁ~……我慢します~」
瑞希が手早く髪の毛を乾かしていると、グランは気持ち良さそうなミミカの顔を見て悔しそうな表情で愚痴を溢す。
「何故俺には魔法の才能がないのだ……」
「あほ。グランには剣の才能もあるし、その体付きも兵士としては生まれ持った才能だろ? 人の能力を羨むより、自分に能力を持たせてくれた両親に感謝しないとな。それに可愛い妹が居るんだから、男兄弟しかいない奴からしたら羨ましがられるぞ?」
ミミカの長い髪の毛はそれなりに時間がかかるのか、瑞希はグランに雑談をしかけた。
その間もミミカの髪の毛をわさわさと手櫛で梳かし、その感触がミミカにはたまらなく気持ち良い様だ。
「お前から見てもアンナは可愛いと思うのか?」
「ん~……顔はグランに似てなくて良かったと思うぞ?」
「貴様っ! それはどういう意味だっ!?」
「わはははは!」
グランが不細工という訳ではなく、瑞希とすれば友人をからかっているのだが、グランは返して欲しい答えではなかったのか、笑う瑞希に悪態を吐いていた。
「くそっ! お前がもっと嫌な奴ならば……」
「怒るなって……よしっ! もう乾いたからミミカは部屋に戻って就寝! 明日も早いからな」
「はぁい……アリー、部屋に戻るわよ」
「え~……、アリーこっちでシャオちゃん達と寝るぅ……」
「(私もそうしたい……) だぁめっ! ミズキ様達に迷惑でしょ!」
「え~! でもアリーはお兄ちゃんと約束したもん。アリーを守ってくれるって言ったもんっ!」
「それはこういう事じゃないでしょ……」
ミミカは呆れながら手を顔に当て俯くが、瑞希は別段気にしていない。
「ん~……じゃあアリベルはアンナにちゃんと許可を貰って来い。グランのいびきはうるさいぞ~? アリベルに我慢出来るか~?」
「出来るよっ! お姉ちゃんっ! 早くアンナお姉ちゃんの所に行こっ!」
アリベルは元気に返事を返すと、ミミカを引っ張り部屋を後にした。
引きずられるミミカから、アリベルばっかりずるいという声が漏れていたが、扉を閉めた瑞希の部屋にまでは届かなかった。
「ようやくわしのブラッシングの時間なのじゃっ!」
「はいはい。じゃあアリベルが来るまでにちゃちゃっと終わらせるぞ」
「そんな適当ではいかんのじゃっ! じっくりゆっくり丁寧にやるのじゃっ!」
「……うちも待ってんねんけど!」
「わかったから二人共早く布団に行け。アリベルと仲良く寝ろよ!」
その後瑞希はシャオ達のブラッシングを終え、ベッドに横たわる。
シャオはいつもの様に瑞希のベッドに行こうとするが、アリベルに阻まれ、瑞希が騒ぐお子様達にじゃんけんで決めさせ、本日の瑞希の隣はアリベルに決まるのであった――。
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