バランの弱音とマリルの秘め事
ミミカは紙に包まれ、ムルの葉に包まれたフルーツケーキを自室の机に置き、眺めていた。
その傍らにはお菓子作りに使う金型や金口が置いてある。
嬉しそうににやつくミミカの髪の毛を梳かしているジーニャは、ブラッシングをしながら話しかけた。
「お嬢嬉しそうっすね?」
「だって私がお菓子作りを好きなのを知って、調理道具を作ってくれたのよ? 嬉しいに決まってるじゃない! 凄いでしょ!? まだこれを使うお菓子は教えて貰ってないけど、こっちの金口なんかはしゅーくりーむを作る時なんかに使えるんだって!」
ミミカは嬉しそうにジーニャに報告する。
ジーニャは調理道具よりしっかりと包まれているお菓子が気になる様だ。
「それよりお嬢、このお菓子は食べないんすか?」
ジーニャは、しっかりと包まれたフルーツケーキを指差しながら尋ねた。
「これは熟成させてからじゃないと美味しくないんだって。端っこを少し味見させて貰ったけど……」
酒臭いケーキの味を思い出し、ミミカが感想を言い淀む。
「熟成っすか? どれぐらいしとくんすか?」
「私達が王都から帰って来たぐらいでも良いんだって。それに半年後でも一年後でも腐らずに食べられるお菓子なんだって! 不思議よね~?」
「そんなお菓子があるんすか……。けど作ったのに直ぐに食べれないのはなんかじれったいっすね?」
「元々はマリル叔母様の為に作った、お酒を使ったお菓子だからね。お酒の殺菌作用が腐らない様にするんだって。マリル叔母様に食べさせるのが楽しみだわっ!」
ミミカはマリルの喜ぶ顔を想像し、ニコニコと気を良くしている。
ブラッシングを終えたジーニャはブラシを仕舞う。
「そう言えばミズキさんがバラン様に呼ばれてたっすけど、どうしたんすかね? もしかして二人で晩酌でもしてるんすかね?」
「ずる~いっ! 私も混ざりたい!」
「お嬢はもう歯を磨いたから駄目っすよ。ぷくく……」
「急に笑って、なによ?」
「お嬢がバラン様と仲良く食事をする姿も最近ではいつもの光景になってきたっすけど、随分とお嬢が甘え上手になって来たなって思ったんす」
「そ、そんな事ないわよ!?」
「いやいやいや、このままで良いと思うっすよ? これぐらいが普通の父娘の関係っす。ミズキさんの料理のおかげっすね?」
「ミズキ様の御料理は魔法と一緒よ。誰でも作れる可能性があって、練習すれば上手くなるし、美味しければ喜んで貰えるもの。私、料理の楽しさに……いえ、ミズキ様に出会えて本当に良かったわ!」
ミミカは満面の笑みでジーニャにそう答えた。
「そうっすね。ミズキさんが来てから……それこそ出会えてからっすね。うち等は良い事の方が多いっすね!」
「そうなのよっ! キアラちゃん達も――」
年頃の二人は一人の異性について今日も話の花を咲かせる。
これもまた、瑞希と出会ってからの恒例行事になっていた――。
◇◇◇
執務室の中。
バランに呼ばれた瑞希は、疲れた様子のバランの前に簡単なつまみと、ペムイ酒を用意し、テーブルを挟んでいた。
何か様子がおかしいバランの前に、瑞希は少し緊張感を覚え、ペムイ酒を舐める様に口に運ぶ。
「……アリベルの事なんだがな」
「……はい」
重たい空気の中、バランが口を開いた。
「私の所にいる事がアリベルを養子に迎え入れた貴族、カルトロム家に知られた様だ」
「それは、アリベルを返せという様な話だったんですか?」
「……そういう事だ。しかし、アリベルを王都に返した所で、あの子にしてみれば残酷な場所に戻す事になる」
「そうですね。一応聞きますが、返さなければどうなるんですか?」
「嫌がらせぐらいで済めば良いのだが、カルトロム家は、アリベルを返さないのであればミミカとの婚約をさせろという身勝手な要求をして来た」
バランはペムイ酒が入った杯をぐいっと傾け、杯をテーブルに置く。
「私はな……勝手かもしれんが、ミミカが可愛いんだ。今まで向き合わず、接さずに過ごして来た馬鹿な父親だが、接してみれば娘とはこんなにも愛おしいと思える物かと気付かされた。亡くなったアイカ、妻に恥じる行為をしてしまったからこそ、ミミカには王族の跡目争い等ないこの環境で幸せに生きて欲しい……」
父の想いを吐露するバランの言葉に、瑞希は少し安心する。
「だからこそ、最近はアリベルを妹の様に接しているミミカを見れば、二人を引き裂く事もしたくない。どうしたものかな……」
瑞希はバランの話を聞き、今回の話が相談ではなく、愚痴を聞いて欲しいという事かと判断する。
悩み、項垂れるバランの姿を見ながら、ペムイ酒を口にする瑞希は、領主とはいえ人間であり、一人の父親なのだと理解する。
「もしも二つの要求を突っぱねたら……?」
「下手をしたらカルトロム家との戦争になるだろうな……。負けるつもりもないが、民衆を不安にさせる訳にもいくまい……」
戦争という単語を聞いた瑞希は、跡目争いにおいて、ミミカとアリベルの価値という物がそれ程の物なのかと驚き、思案する。
「……実はマリルにアリベルの母親、シャルル・ステファンを探して欲しいと言われています」
瑞希の言葉にバランが瑞希と視線を合わせる。
「王都にいる間に探そうと思うのですが、そもそもアリベルはシャルルさんと引き離されたと聞いていますが、その辺りはマリルから聞いていますか?」
「あぁ。シャルルは貴族に嫌気が差し、街でアリベルを一人で育てていた所を、引き戻された様だ」
「それって王様にですか? 貴族にですか?」
「跡目争いをしている貴族にだ。大方上昇志向が強く、王家の血筋を入れたいカルトロム家が躍起になったんだろう」
「では、マリルが覗いたアリベルの記憶ではシャルルさんに愛情を注がれていたそうですが、アリベル自身は母親が自分に会いたくないという風に捉えているそうです。この現状をシャルルさんに伝え、王家に直訴はできませんか?」
「肉親である王に直訴か……。カルトロム家が許すとは……いや、アリベルをそちらへ連れて行くから親子共々王と会わせろと条件を付ければどうにかなるか……? しかし王は病床に着いているという話だ。王に会えるかどうかが問題だな」
「王様に会わなくても、王家に承認して貰えれば良いんじゃないですか? 王家からすれば跡目争いのライバルが一人減る訳ですから」
バランは再び杯を傾ける。
「……姉さんに迷惑をかけてしまうな」
「――可愛い弟と、姪っ子の為だ。別に構わんさ」
執務室の扉が開くと同時に、マリルが姿を現した。
「聞いていたのか?」
「なに、シャオとチサが、バランがミズキを独り占めしておるとアリベルに愚痴っていたからの。アリベルが寝てから来てみれば、何やら悪巧みが聞こえて来ただけの事よ」
マリルはそう言いながらバランの横に腰を掛ける。
瑞希は対面に座り、酒の誘惑に抗っているマリルに尋ねた。
「マリル、王都に行ったとして、俺達がシャルルさんを探している間だけでもアリベルを守れるか?」
「わらわも王都での生活はアリベルの記憶を覗いてしかおらんが、問題はない。其方等はアリベルとミミカを想っての行動であろう? わらわがここに逃げ込んで来たせいで振りかかった火の粉ならば、わらわも当然力を貸そう。テオリス家に匿われているのがバレているのであれば身を隠す理由もあるまい。その代わりアリベルと……いや、アリベルを幸せになる様にしてやってくれ」
マリルは母親の事も頼みそうになったが、迷惑をかけているのは自分という事を悟り、言葉を濁した。
「シャルルさんと共に王家に承諾を得てから、シャルルさんも一緒にキーリスに連れて来れば、後はバランさんがどうにかしてくれますよね?」
瑞希は二ッと笑顔を見せ、バランに問いかける。
「こちらでの生活は約束しよう。姉さんの頼みだからな」
バランはふっと微笑み、瑞希に返答する。
「じゃあ俺達がこっちに戻って来たら親子再会のお祝いをしましょう!」
「それは良いな。アリベルもきっと喜ぶだろう」
「盛大にやりましょう! どうせならミミカが飛んで喜ぶ様なお菓子を作りますよ!」
瑞希は悪そうな顔で楽しそうにクスクスと笑う。
バランは瑞希の楽しそうな笑顔と、娘が喜ぶ姿を思い浮かべ、頬を緩めてしまう。
マリルは男達の楽しそうな顔を眺め、水を差すまいと己に秘めるのであった――。
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