予想外の練習
キーリスに戻って来た瑞希は、人が並ぶ街を囲う壁を素通りし、テオリス城に繋がる道を行く。
その際テオリス城の城門の兵士と挨拶を交わしていると、凄い勢いでドレス姿のミミカが走って来る。
「お帰りなさいませミズキ様っ!」
「お~ただいま! そんな恰好で慌ててどうした?」
街の入り口に配置された兵士が瑞希の馬車を見かけて大急ぎでミミカに知らせたのであろう。
ミミカは兵士と会話をする瑞希を捕まえる。
「お菓子作りをしましょうっ! 約束したじゃないですか!」
「お、おう。忘れてないぞ? ちゃんとココナ村でミミカへのプレゼントも買って来たしな……」
「プレゼントですか!? どんなのですか!?」
「とりあえずは馬車から荷物を下ろしてからな。……ところでミミカ、勉強中か、もしくは何かの訓練中に抜け出して来ただろ?」
「そ、そんな事は……」
ミミカは瑞希から思わず目を逸らす。
「後ろを見てみ?」
ミミカは振り向きたくはないが、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには笑顔だが怒りを隠しきれていないテミルと、苦笑を隠し切れない軽鎧姿のアンナが遠くに立っていた。
ミミカは思わず瑞希の後ろに隠れるが、近づいて来たテミルに声を掛けられた。
「ミミカ様? 練習中は集中する様に何度も伝えましたよね?」
「だ、だって! ダンスは苦手なのっ!」
テミルは手を頭に当てながらため息を吐く。
「だから練習をするんでしょう……。ミミカ様、私が居ない間練習してなかったでしょう?」
ミミカはテミルの質問に答えず、瑞希の後ろからアンナに視線を送るが、アンナが軽く首を振る事で、ミミカの顔に焦りが生まれた。
「私達が教えようにもダンスの時間になると逃げてばかりで……」
「ア、アンナっ! 余計な事を言わなくてもっ……!」
「ミミカ様……貴方はテオリス家を継がなければならない立場です。成人を迎えた事でこれからはバラン様の代わりに社交界等にも顔を出さねばなりません。もうすぐ王都にも行くのに、その時にどんな事があっても最低限の振る舞いは必要なんですよ?」
テミルは兵士が居る手前、丁寧な言葉遣いを心がけるが、その圧は抑える事無くミミカにプレッシャーをかけている。
「だって私以外皆上手いもんっ! ドマルさんだってすぐに上手くなるし……」
「ドマルまで練習してるのか?」
瑞希はミミカの言葉に首を傾げるが、テミルは何かを思いついたかの様に瑞希に話しかけた。
「ミズキ様、帰られて早々でこんなお願いをするのはなんなのですが、ミミカの練習に付き合って貰えませんか?」
「へっ? 俺がダンスですか?」
「ミズキ様もミミカ様の婚約者として王都へ行くのですから、もしかすれば踊る機会もあるかもしれませんので」
「そ、そんな可能性あります……?」
「ゼロとは言えませんし……」
テミルはチラリとミミカの顔を見ると、ミミカは素早く手を挙げる。
「はいっ! 私もその練習に付き合いますっ!」
「逆だろっ!? 俺が付き合わされるんだろ!?」
「そうと決まればミミカ様は先に戻りますよ。ミズキ様は荷物を置いてからアンナとゆっくり来て頂いて構いませんので」
テミルは瑞希に一礼をすると、ミミカを引きずりその場を離れた。
瑞希は引きずられるミミカに声を掛ける。
「ミミカ~! ココナ村で買ってきたのはテミルさんが認めるまで渡さないからな~!」
――そんなぁぁぁ……。
瑞希はミミカの立場を考えていなかった訳ではなかったが、趣味の時間が仕事の時間を圧迫しているならばと、ミミカに玩具を渡すのを保留する。
残された瑞希とアンナは馬車を動かしながら歩いて行く。
シャオとチサはモモに跨っていた。
「それにしても何でアンナは軽鎧姿なんだ?」
「今回は侍女と護衛を兼ねますので、王都への移動中はこの姿でいるつもりなのですが……最近は侍女の仕事ばかりしていたので少し体に思い出させようと思いまして」
「今回はグランも護衛に付くから安心だな!」
以前のミミカの騒動を知っている瑞希の言葉に、アンナは微笑みながら返答する。
「それに今回はミズキ殿達も居ますのでより安全ですね?」
「まぁシャオが居れば大抵の魔物は大丈夫だよな?」
「……うちもいるもん!」
「わはは! そうだな! チサの魔法もあるから心強いよ」
「次はどんな魔物が食べれるじゃろうな~? ロック鳥なんかが来れば、唐揚げが食べたいのじゃ!」
「シャオ殿……ロック鳥はさすがに街道では出ませんよ」
「なんじゃ。つまらんのじゃ」
「そうなのか。でもキーリスでは食材としてまだ見かけてないな。ロック鳥って珍しいのか?」
「生息域が南の方なんですよ。王都には出回ってますし、たまに行商人が持って来ますよ?」
「じゃあ偶々か。王都で良い食材と出会えたら良いな~」
「きっとミズキ殿のお眼鏡に敵う食材がありますよ」
瑞希達は雑談をしながら荷物を運び込む。
少ししてから自室で待っていると、軽鎧から着替えたアンナに用意された服に着替えた瑞希は、髪付け油を使われ、髪の毛を上げられる。
「ふふふ。似合いますよミズキ殿」
「正装……だよな? もしかしてこれで踊るのか?」
「当然です。髪形は普段通りでも良かったのですが、ミズキ殿は御自身の髪形はあまり変えられないですから折角ですので」
髪の毛を上げた瑞希を見て、シャオとチサはニヤニヤといじらしくしている。
「くふふふ。似合うのじゃ」
「……男前になったで」
「そういうお前達こそ相変わらず似合ってるよ」
瑞希が二人にそう声を掛けると、以前アーモフ商会で取り揃えた衣装を着ている。
「二人共お姫様みたいですね」
アンナの言葉に、シャオは得意気に、チサは照れ臭そうにはにかんでいる。
準備が済んだ一行はミミカの待つ練習部屋へ場所を移すと、瑞希達の正装姿を見たミミカは、瑞希の着替えを手伝ったであろうアンナに抱き着き、良くやったと小声で褒めていた。
瑞希は正装姿のドマルを見つけると、手を挙げながら歩み寄った。
「おーい、ドマルー」
「お帰りミズキ。お互い見慣れない格好だよね?」
ドマルは苦笑しつつ、お互いの服装を見合わせる。
「まさか踊りまで付き合わされる事になるとは思わなかったよ……」
「あははは。でもミズキは貴族様との付き合いも増えるだろうから早めに教えて貰えて良かったんじゃない?」
「増えるか~?」
二人の会話に、ドマルの背後からカエラが加わる。
「増えるに決まっとるやん? それにドマルはんも他人事の様に言うてるけど、うちの婚約者としてあっちでも紹介するから、こういう付き合いも増えるかもしれんで?」
「本当にカエラ様みたいな優しい人に教えて貰えて良かったですよ」
「はぅ……べ、別に構わんよ」
ドマルが何の気なしに笑顔で言った言葉は、カエラの心を締め付ける。
瑞希はその光景を内心面白がるのだが、瑞希自身も遠目から視線を送るミミカの心を締め付けている事に気が付かない。
「それじゃあ皆様揃いましたのでもう一度練習を始めましょうか」
テミルが手を鳴らし、基本的な動きを瑞希達に教えていく――。
そして同時刻、執務室にいるバランは、王都にいる貴族からの通達に目を通すと、苦虫を潰したような表情でその文書を握りしめるのであった――。
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