ソーセージとベーコン
夜になったココナ村は、ハーマが宿に戻った事もあり、連日盛況だった。
その店の中では仏頂面のタバスは何故かにやついており、常連の客達もタバスのその顔を見てにやついている。
――タバスさんの顔がにやついてるけど、やっぱあの子達のせいかな?
――くっくっく。嬉しそうだよな?
常連たちがこそこそと喋る中、シャオとチサはせっせと料理や飲み物を運んでいる。
「お主達もあんまり飲み過ぎてはいかんのじゃっ!」
――き、気を付けます。
「……そっちの鶏肉はうちが焼いてんで」
――道理でいつもより美味い訳だな!
――ていうか、全体的にいつもの料理よりさらに美味いような……。
「モーム肉のステーキ上がったぞ~!」
「わしが運ぶのじゃ~」
厨房にいる瑞希の声に反応したシャオが、いそいそと厨房に戻る。
シャオの手によって運ばれて来たモーム肉は瑞希の魔法によって柔らかく仕上げられており、モーム肉を食べ慣れていた筈のココナ村の住民は驚いた。
――なんだこれ!? モーム肉ってこんなに美味かったか!?
「わっはっは! ミズキの魔法じゃ! ミズキの料理を出すのは今日だけじゃからお前等も今の内に食い溜めをしとくんじゃな!」
瑞希達が店を手伝う理由は単純である。
タバスとハーマが宿泊代の受け取りを拒否したためだ。
食事をし、部屋を借りて、そんな訳にはいかないと瑞希も抵抗したが、タバス達は折れなかった。
それならばと、瑞希は本日の手伝いを申し出て、腕を振るっているという訳だ。
ハーマは瑞希と料理するのも楽しく、店内はいつものタバスの仏頂面ではなく、パタパタと愛くるしく駆け回りながら二人の少女が働いている事もあり、いつも以上に店が賑わっていた。
そんな中、店の片隅の席では金具屋の主人が鎮座しており、茶色いソーセージにフォークを突き刺した。
ぷつっ……と弾力を手に感じてから、フォークが突き刺さり、目の前まで運んでからしっかりと眺めてから、目を瞑り、口に運び歯を立てた。
パキンッ……。
と、音を立てたウィンナーからは肉汁が溢れ、口に広がる肉の旨味と、鼻に抜ける薫香が混ざり合い、ごく……と咀嚼し終え、飲み込んだ金具屋の主人は、目を開き慌ててエールを煽る。
「ぶはーっ! 何だこりゃ!?」
「わっはっは! どうだ? 美味いじゃろ!?」
「美味いなんてもんじゃないだろ!? お前、今まで何で隠していたんだ!?」
「別に隠しておらんじゃろ!? それにその料理は今日ミズキが作ったんじゃ。わしもさっき食べて驚いたぞ!」
「もっと早く小僧の料理を教えんかっ! そうすればもっと早く小僧の料理を食べれたのに……!」
幼馴染でもある二人は、遠慮もなく言い合いをするが、瑞希の料理を大声で褒められているのは、シャオとチサも嬉しいのか、座っている金具屋主人の元に駆け寄る。
「その通りなのじゃ! お主にはエールを一杯やるのじゃ!」
「……うちからはグムグムサラダをあげる」
二人は金具屋主人の前にエールと小鉢を置く。
「こりゃっ! こんな奴におまけする必要ないわいっ!」
「なんだと!? この料理が作れたのだって俺が小僧に調理器具を作ったからだろう!?」
「もう二人共いい歳なんだから喧嘩しないで。この二つは俺からのサービスって事で……ソーセージのお味はいかがです?」
仲裁に来たのは料理を片手に持った瑞希だ。
瑞希は二人の間に立ち、仲裁をしてからベーコンエッグを乗せた皿をテーブルに置く。
「こっちの肉はオーク肉の燻製でベーコンって言います。本当はもうちょっと熟成させて薫香を落ち着かせた方が美味しいんですけど、それはまた後日タバスさんの店に食べに来て下さい」
「おま、お前!? もしかしてこの燻製とやら小僧から貰ったのか!?」
瑞希の説明に慌てふためきながら金具屋の主人がタバスに詰め寄る。
「ミズキが快くくれたんじゃ! その方が村の皆が食べれるからとなっ!」
「わははは! 作り方さえわかればこの村で作る事は出来ますけどね! モーム牧場があるこの村に感謝しないと」
「なんと羨ましい……」
「そうじゃろそうじゃろ! はっはっは!」
瑞希の笑顔で毒気が抜けたタバスは他の客の元へ行き、金具屋主人は、瑞希に出されたベーコンを切り分け、卵の黄身と共に口に運ぶ。
口の中にはじゅわっとオーク肉の脂の旨味と、塩気、わずかに香草の香りもするが、こちらも薫香が香り、纏わせた卵の黄身がその全てをまろやかに受け止める。
「……だから何で一々こんなに美味いんだっ!?」
「これが燻製の力です!」
「ミズキちゃーん! 次の御料理もお願いね~!」
「はーい! 今行きまーす! 相談なのですが、ハーマさんにも燻製の作り方を伝えときましたので、良かったら今日作って貰ったスモーカーをハーマさんにも作って貰えませんか?」
瑞希はきょろきょろとタバスが見ていないかを確認する。
「お代はこれで足りますか?」
瑞希は金具屋の主人に金貨を一枚手渡す。
「足り過ぎだ! 小僧の分を差し引いても釣りが来るぞ!」
「ん~……なら、今度新しい調理器具が欲しくなったら作って下さい。御主人の作る調理器具が使いやすいんですよね」
瑞希は照れ笑いをしながら頬を掻く。
「……バッコ。俺の名はバッコ・ベード。これでも武具を作らせたらそこそこ有名なんだぞ?」
「バッコさんですか……覚えときます! 改めまして俺はミズキ・キリハラと言います! じゃあ次はどんな調理器具を作って貰おうかな~」
「わっはっは! ……全く、わしの名前を聞いても調理器具を欲しがるなんざ小僧……ミズキぐらいだぞ?」
「実は剣はキーリスで作っちゃったんですよ」
「キーリスで? どんな剣だ、見せてみろ」
「ちょっと待ってくださいね……」
瑞希はカウンターに置いておいた剣をバッコに手渡す。
バッコは渡された剣を鞘から抜くと、色々な角度から眺め、鞘にしまう。
「カーテルの剣か。あいつもマシな剣を打つようになったじゃねぇか。ミズキ、この剣は俺が預かる。なに、明日には返す」
「お知り合いですか?」
「弟子の一人だ。ミズキ、とりあえず俺はお前の料理をたらふく食うぞ! じゃんじゃん持って来てくれ!」
「了解です!」
瑞希は厨房に戻り料理を作る。
当然ココナ村の住人には珍しい料理ばかりで、住民達はその味に酔いしれながら夜が更けて行った――。
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真夜の工房。
金具屋の主人であるバッコは瑞希の剣を打っていた。
カン、カン、と音が響き渡り、バッコの顔はどこか嬉しそうにしている。
「全く……。カーテルの仕事も中々だが、詰めが甘いな。折角良い魔鉱石を使っとるのだから……」
ぶつぶつと呟きながらも繰り返し剣を叩く。
そして同時刻、タバス夫妻が寝室で会話をしている。
「賑やかでしたねぇ」
「そうじゃな……」
「明日キーリスに戻ると言ってましたけど、なんだか凄く寂しいわ……」
「そうじゃな……。じゃが老いぼれに付き合わせて若いあやつ等の時間を奪うのはな……。それに……」
「それに?」
「あやつ等の噂を聞くだけで年甲斐もなくわくわくせんか? バッコの奴が一人の為に剣を打つなんざいつ振りじゃ? バッコの奴もミズキには期待しとるんじゃろ。わし等が出来るのはあやつ等が村に来た時におかえりと出迎える場所を守る事だけじゃ」
ハーマはタバスの言葉を聞き、くすくすと笑う。
「なんじゃ?」
「うふふ。じゃあまだまだ長生きしなきゃいけないわね?」
「当たり前じゃ! わしはまだまだ元気じゃぞ!」
「私もよ。お互い長生きしましょうね」
ハーマはそう言うと眠りについたのか、静かな寝息を立てる。
タバスもまた賑やかだった今日を思い浮かべながら、意識を手離した。
◇◇◇
翌朝、瑞希達はタバスが用意したカパ粉や、ハーマが持たせてくれたココナの種等を馬車に積み込んでいた。
すると、モームにリヤカーの様な荷台を繋げたバッコが手を挙げながら歩み寄って来た。
「待たせたの~。ほれ、お前の剣だ」
瑞希は渡された剣を鞘から抜き確認すると、薄っすらと刀身が青く輝いている。
「普通に使う分の切れ味なんかは大して変わってないが……ミズキ、魔力を込めてみろ」
「え? あ、はい」
瑞希は左手でシャオと手を繋ぎ、剣に魔力を流すと、青く輝いていた刀身の色が剣先に集まり、剣先から青い光が伸びていた。
「刀身が伸びた……? というか魔法を使うって言いましたっけ?」
「そんなもんこの魔鉱石を使った剣というだけでわかるわ。この剣は魔力を流した分だけ刀身が伸びる。もちろん普通の剣でもそういう使い方は出来んでもないが、無駄に魔力を消費をする事になる。だがこの剣ならその心配も無用だ」
「これは良いですねっ! 練習して使えるようになりますっ!」
バッコは頷きながらも瑞希に問う。
「お前はこの剣をどう使うんだ?」
「どう使う? ん~……俺は好んで戦いたい訳じゃないですから、この子達や自分の手が届く範囲を守るために使いますよ? 何事も使い様によって善にも悪にもなりますからね。あっ! 後はでかい魔物を解体する時にも便利そうですよね! まだ食べてない魔物も一杯あるでしょうし」
バッコの剣を最終的にはやはり調理道具に見ている瑞希の答えにバッコは笑う。
「わっはっは! これは良い! ミズキに取ったら俺の剣も調理道具か! はぁ~……ミズキはそれで良い。お前は人を幸せにするために使うだろうからな」
瑞希がバッコの言葉に頬を掻いていると、バッコは荷台からスモーカーを下ろす。
「それとハーマちゃんにはミズキからのプレゼントだ」
スモーカーを見ていたハーマは、視線を瑞希に向ける。
「良いのミズキちゃん?」
「はいっ! ハーマさんなら美味しい燻製を絶対に作れますからね! 保存食ですので、作り置きも出来ますし、宿に泊まった冒険者や商人に売っても良いんじゃないでしょうか?」
「そうね……。私が作って売っても良いのかしら?」
「どうぞどうぞ! ハーマさんの燻製なら売れますよ! それに美味しい物を作るのを止めたりなんかしませんよ」
「うふふ。ミズキちゃんがそう言ってくれるなら頑張ろうかしら?」
「あ、でも、体力と相談しながらにして下さいね? 無理をして作るぐらいなら、健康の方が大事ですからね?」
ハーマは瑞希の言葉を聞き、微笑みがらスモーカーに手を添え、笑顔のまま思わず涙が零れた。
「あら? やぁねぇ。歳を取ると涙腺が緩くなっちゃって……」
ハーマは涙を止めようとするが、とめどなく涙は出て来てしまう。
瑞希がハンカチを出す前に、シャオとチサがポケットに入れていたハンカチをハーマに差し出す。
「くふふふ。寂しくないのじゃ。わし等はまた来るのじゃ」
「……にへへへ。お祖母ちゃんも元気でいてや?」
ハーマは二人のハンカチを受け取り、涙を拭くと、優しく二人を抱きしめた。
「そうねぇ……そうねぇ……。じゃあシャオちゃんとチサちゃんが来た時には御馳走を作るわね?」
「わしははんばーぐが良いのじゃ!」
「……うちはお祖母ちゃんのパンで作ったほっとどっく!」
「お祖母ちゃん、頑張って作るわよ! ……その時はお手伝いしてくれるかしら?」
二人は笑顔でこう答えた。
「「勿論 (なのじゃ)っ!」」
抱きしめ合う三人を眺めていると、タバスまでが思わず涙ぐむ。
タバスは人に見られるのが恥ずかしいのか、慌てて服の袖でごしごしと顔を擦ると、瑞希がタバスにハンカチを差し伸べる。
タバスはハンカチを受け取ると同時に瑞希の体を引き寄せ、力強く抱きしめる。
「……これからも頑張れよ!」
「はいっ!」
力強く言葉を返した瑞希はシャオとチサに声を掛け、馬車に乗り込む。
シャオとチサは、肩を組んだタバス夫妻が小さくなる迄手を振るのであった――。
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