燻製作りと未完成品
タバスの宿に戻って来た瑞希達は早速オーク肉のミンチを作り、食材を用意する。
三人が楽しそうに料理をする姿をハーマが嬉しそうに眺めていた。
「よし、じゃあボウルにミンチを入れて、氷水と塩を入れて……シャオ、手を借りるぞ」
食材を入れた瑞希はシャオと手を繋ぎ、いつもの様にハンドブレンダー魔法を使う。
ボウルの中身は粒が無くなりねっとりとした粘りが生まれる。
「はんばーぐの時より粘りがある様に感じるのじゃ」
「ソーセージ作りで大事な事は肉の温度を上げない事。こうやって白っぽくねとっとした粘りが出るのが大事で、エマルジョン化って言うんだよ」
「……手で練ったら冷たそうやな」
「わははは。温度を上げないために氷を入れるからアイスクリーム作りみたいに手が痛くなるぞ」
瑞希は笑いながら説明し、胡椒やナツメグの様な香辛料を加え、さらに混ぜると数個の球状に丸め、しっかりと空気を抜いた。
瑞希は革袋を取り出し、モーム牧場に行く前に以前もビーターを作った工房で、店主に何に使うのかと、首を捻られながら作って貰った小さな漏斗の様な金属を革袋の内側から突き出した。
金属の先っぽだけが革袋から出ている状態なのだが、その先っぽは瑞希の指の長さ程ある。
シャオとチサは、瑞希が使わない他の金口や薄い金型をころころと転がしたり、眺めたりしている。
「こっちのは使わんのじゃ?」
「そっちはお菓子用だ。ミミカがパティシエに興味を持ってたからお土産にな」
瑞希は生クリームは使うが、盛り付けにまではそこまで気を使っていなかったため、シュークリームを作る時も革袋で絞り出すだけで事足りていた。
だが、本格的にお菓子を作るのであれば必要不可欠な道具達である。
「ミミカばかりずるいのじゃ!」
「お前達にはこの前服と髪飾りを買っただろ? それにお前達も本格的に興味を持った料理があるならその時はちゃんと作ってやるからさ」
「……むぅ……なら我慢する」
「さぁ、水に漬けて塩抜きを済ませた腸を金口に付けてっと……」
にゅるにゅると革袋の先から腸を嵌めていき、一本の腸を金口に取り付け終わると、革袋に練り合わせたミンチ肉のタネを詰め、革袋を少しだけ絞ると金口の先から少しだけタネを押し出した。
「こうやって革袋とタネの隙間にある空気を抜いてから、腸の端を縛ったら準備完了! じゃあ行くぞ~!」
瑞希が革袋を力強く絞ると金口からはにゅるにゅると蛇の様に腸が伸びていく。
シャオとチサはその光景が面白いのか、ぴょんぴょんと飛び跳ね楽しそうに眺めている。
「とまぁこんな感じで中に肉が詰まるんだ。二人ともやってみな」
「くふふふっ! 任せるのじゃ!」
「……ほなうちが押し出すで!」
瑞希は金口を支えるシャオの手に自身の手を重ね、チサが革袋を絞る。
だが、先程瑞希がやっていた時ほど、勢いよくタネは出てこない。
チサはぷるぷると顔を真っ赤にして頑張るのだが、子供の力では中々に難しい様だ。
「……思ってたんと違う!」
「そうなんだよな~。意外に固いんだよ。チサ、革袋の入り口は俺が塞いでてやるから、台に革袋を押し付けて体重をかけて押してみな。シャオは出てくるタネにビビらずにゆっくりと引っ張る様にな」
二人は瑞希のアドバイス通りにもう一度行うと、瑞希がやっていたようににゅるにゅると押し出され始める。
「こ、これは引っ張った方が良いのじゃ? 破けそうなのじゃ!」
「大丈夫大丈夫! このままゆっくりと引っ張って――」
三人が仲良く調理姿をハーマは微笑ましく眺めていると、店の入り口の鈴が鳴る。
「おーい! 小僧ー! 頼まれてた物を持ってきたぞー!」
店に入って来たのは、村に一軒しかない金具屋の主人だ。
瑞希は厨房からその姿を確認すると、主人の隣に置かれている金属の箱に目を向け、急いで主人の元に近付いた。
「もう出来たんですか!?」
「今日は暇だったからな。大体この村でわざわざ何かを作れと云うのは小僧ぐらいだ。こんな感じで良かったのか?」
瑞希の胸程高さのある金属の箱には開閉で生きる様に取っ手が付いており、開閉する扉には隙間が開けれる様にスライド式の小窓が付いている。
中には肉が吊るせる様に金属の棒が天井付近で二本引っかかっており、取り外せる様にもなっている。
「おぉー! ちゃんと鉄板も外せる様になってるんですね!」
瑞希は中を覗きながら底面にある鉄板を取り外し確認する。
「何に使うか知らんがまたへんてこな物を作らせやがって……。これも料理に使うのか?」
「はいっ! これで燻製が作れます! いやー! 燻製するのが楽しみだ!」
瑞希が嬉しそうにしながら、特注のスモーカーを移動させようと持ち上げると、その軽さに驚いた。
「軽いですね!?」
「小僧の話を聞くに強度なんかは必要ないんだろ? それなら軽い金属を使って持ち運びを重視した。なに、少々の重さなら充分に耐えられるから安心せい」
「へぇー! 良いですね! じゃあ早速後で使ってみます!」
瑞希の返答に金具屋の主人はごほんと咳ばらいを一つする。
「……それで、その料理は今日食えるのか?」
「今日の夜になら食べられますよ! たっぷり作るので良かったら食べに来て下さい!」
「ほほっ! それなら良いんだ。タバスが散々自慢してたから小僧の料理が気になってな! じゃあ夜にでも食べに来るか」
「お待ちしております!」
瑞希は金具屋の主人に会釈をし見送る。
瑞希は軽いスモーカーを持って、厨房の裏口に設置すると、シャオとチサが興味津々にスモーカーを触る。
「これで肉を焼くのじゃ?」
「これはスモーカーって言って、この鉄板に木くずを置いて、下から火を当てて煙を出すんだ。そしてこの棒に吊った肉とかウィンナーが燻されるって訳だ」
「……木くずってどうするん?」
「ハーマさんに聞いたら薪を使って良いってさ! ココナの木で作った薪らしいから良い香りも付くだろうしな。てわけで、シャオの魔法でこの薪を粉々に出来るか?」
瑞希は厨房の裏口に在った薪を手に持ち、シャオに手渡す。
「くふふふ! 余裕なのじゃっ!」
シャオは薪を空中に放り投げ、風球で包むと、薪が粉々に崩れた。
瑞希は取り外したスモーカーの鉄板で木くずを受け止め、鉄板ごとスモーカーに設置する。
「後はこの中に肉とソーセージを設置して、スモーカーの下を熱したら燻製の始まりだ! ただ、その前に肉を詰めたウィンナーを下茹でしてから乾燥させるから肉詰め作業に戻るぞ!」
肉詰め作業に戻った三人は、肉詰め作業を終え、瑞希は腸詰された肉を持ち上げ、括る。
最初は長い腸詰の中心を捻り、二本になった腸詰をある程度の長さで重ねて捻り、括った事で出来た輪っかに片方の長い腸詰をくぐらせてから、またある程度の長さで括り、出来た輪っかに……と、繰り返していくと、いかにもソーセージという見慣れた状態の形に括られた。
「よし、後は下茹でだな! 一先ず茹で終わったら乾燥させる時間もあるから、燻製する前のソーセージで昼飯にしようか!」
「……にへへへ! やった!」
「楽しみなのじゃっ!」
瑞希はシャオの魔法で大きな鍋にお湯を張り、ソーセージを鍋に入れる。
「茹でるというわりには熱湯ではないのじゃ?」
「沸騰したお湯で茹でると皮が弾けるからな。沸騰より少し手前の温度で少し十五分程茹でるんだ。この温度を維持できるか?」
瑞希はちょんちょんとお湯に触れ、シャオにも確認させる。
「大丈夫なのじゃ! ミズキといると魔法の微調整も、面白い使い方も慣れてくるのじゃ」
「俺もシャオが居てくれるから難しい料理にも挑戦できるよ。ありがとうな」
瑞希にお礼を言われながら頭を撫でられるシャオは嬉しそうに、顔を見上げながら目を細めながら、にししと笑う。
ハーマが昼御飯用にパンを焼いていたのか、石窯から取り出すと、瑞希はそのパンを見て、ハーマと相談をする。
ハーマに快諾を貰った瑞希は、キャムの内側、キャベツに似ている内側の部分を細く刻み、香辛料と共に軽く炒めた。
鍋のお湯を維持しているシャオと、その横に陣取るチサが大きな鍋の中身を眺めていると、瑞希は鍋からソーセージを取り出し、二人は真っ白になったソーセージを見て声を上げた。
「真っ白なのじゃ!」
「……はんばーぐみたいな色になると思ってた」
「よし、良い感じに張りも出たな! じゃあ昼御飯用に少し取って、残りは吊るして乾燥させておこうか!」
瑞希は茹で上がったソーセージを吊るすと、焼き上がったパンに先程炒めたキャムと、茹で上がったソーセージを挟み、表面には自家製のケチャップを乗せる。
「簡単な食べ方だけどな。はいどうぞ。こっちのソーセージはそのまま食べても良いぞ」
二人はホットドッグもどきを手渡されると、そのまま齧り付いた。
瑞希とハーマはそのままのソーセージを口にする。
茹で上げたばかりという事もあり、皮が張って小気味良い音を立てるとまでは行かないが、中からは肉汁が滴り落ち、肉の味は香辛料が効いているため、臭みもなく、瑞希が現時点で満足の行く結果となった様だ。
「あら~美味しい御料理ね!」
「まだ未完成ですけどね、二人はどうだ?」
「「おかわりが欲しい(のじゃ)っ!」」
二人は声を揃えておかわりの要求をする。
「こっちのキャムはかれーの様な風味がして肉に合うのじゃ!」
「……そーせーじ自体も美味しい!」
「わははは! 何で子供って無条件でソーセージが好きなんだろうな? おかわりも良いけど、燻製後はパリッとするし、もっと美味いから晩御飯まで我慢しような。夜にたっぷり食わせてやるからさ」
瑞希はそう言うと二人の小指と、自身の小指を繋ぎ、指切りをする。
二人は瑞希と共に指切りの歌を歌うと、今食べた物より美味しいという、完成後のソーセージを待ち遠しく感じるのであった――。
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