ミートパイと保存食
翌早朝、魔法での移動で疲れたシャオは眠たそうにしているが、瑞希と離れるのは寂しかったらしく、ハーマに料理を教える瑞希の背中にへばりついていた。
チサとハーマは瑞希が教える分量の生地を捏ね、打ち粉をしてから麺棒で伸ばし、四角形の形を作っては三つ折りにしてまた伸ばす。
何度かその三つ折りと、伸ばしの工程を繰り返した所で瑞希が完成を言い渡す。
「これでパイ生地の完成です。砂糖も入ってないので食事にも使えます。勿論中に甘い果実等を入れたらお菓子にも使えます」
「カパ粉と水、それとばたーだけで作れるのね」
「……何で何度も折ったり伸ばしたりすんの」
「今はぴっちり張り付いてるから只の生地にしか見えないけど、一枚を三つ折りにすると三層になるだろ? それをまた三つ折りにすると九層、それをまた……って何回か繰り返したこの生地は千層近くなってるんだよ。これがパイ生地のポイントだな!」
「……見た目でわからんけど」
「焼けば分かるよ。ハーマさん、朝食はミートパイにしようと思うのですが、モーム肉とポムの実を頂いても構いませんか?」
「はいはい、大丈夫ですよ。どんなお料理が出来るのか楽しみだわ~」
「……うちはどうしよ?」
「チサはサラダを作ってくれるか?」
「……任しといて!」
瑞希はモーム肉をミンチにすると、鉄鍋で炒め、ポムの実を加えて味付けを施し、皿に移して粗熱を取る。
チサは瑞希の教え通りに葉野菜を手で千切り、生野菜とドレッシングを用意する。
シャオはひくひくと鼻を動かし、美味しそうな匂いを嗅ぎ取ったのか、目が覚めた様だ。
「お早うなのじゃ」
「お早う。後はパイ生地に包んで焼くだけだぞ」
「わしも手伝うのじゃ!」
シャオは手を洗い、瑞希を真似てパイ生地で具材を包んでいく。
チーズ入りのも作り、表面に卵黄に少量の塩とモーム乳を混ぜた物を塗り付け、温めておいた石窯に入れた。
「何で卵黄を塗ったのじゃ?」
「ドリュールって言ってな、表面に照りが出て美味しそうに見えるんだ。さぁ、シャオ目が覚めたならグムグムを使ったポタージュを作れるか?」
「任せるのじゃ!」
ハーマが取った鶏ガラの出汁で茹でていたグムグムは既に柔らかくなっており、シャオはそこにモーム乳と塩、胡椒を加えてハンドブレンダーの様に風魔法を使う。
すっかりと固形物は無くなり、トロリとしたスープが出来上がった。
少しして、石窯の様子を確認していた瑞希は鉄板を取り出した。
「良し、ミートパイも出来た! それじゃあ朝食にしましょうか!」
瑞希は照り照りに焼けたミートパイを籠に盛り付け、食器と共に食卓のある部屋へと運ぶ。
食卓ではタバスがいつもの様にぷかぷかと煙草を吹かしながら椅子に座っていた。
「おぉ、もう出来たのか?」
「うふふ。皆お料理上手だわ」
「ミズキと居るのじゃから当たり前なのじゃ!」
「……これぐらい朝飯前」
「文字通り朝飯前だけどな。それじゃあどうぞ食べてみて下さい! 頂きまぁす!」
シャオとチサは瑞希と同時に手を合わせてから、皿に乗せたミートパイに齧り付いた。
ハーマも新しい料理が楽しみだったのか、上品に口を開けてサクリと音を立てて噛み切る。
サクサクとした食感が心地よく、バターの香りが口に広がる。
「美味しいわっ! カパ粉でこんな生地ができるのね~!」
「……サクサク!」
「中の具に合うのじゃ!」
シャオはもう一つミートパイを手にして食べ始めると、次はチーズ入りだったのかびよ~んとチーズを伸ばしながら、味の違いを楽しんでいる。
「食べてみたら層になってるってのは理解できただろ?」
チサは何度も頷きながら新たなパイを手に取る。
「この生地で包めば何でも美味しくなりそうね?」
「少し深みのある耐熱の器に生地を張り付けても良いですよ。こんな感じで……」
瑞希は手元にある皿を例に出して、ハーマに説明する。
瑞希との料理談議が楽しいのか、ハーマは上機嫌でお喋りを楽しんでいた。
タバスはその光景に息子や孫がいる様な不思議に落ち着いた雰囲気に思わず顔が綻んでしまう。
「あら、あなた良い顔ね? 今日はその顔で接客するのかしら?」
「べ、別にいつもと変わらんさっ! 瑞希もそろそろ牧場に行くのじゃろう!?」
「そうですね。それじゃあ俺達は牧場に行って例の物仕入れて来ます! その後は試作ですね! 夜の営業には差し支えない様にするので厨房を借りても良いですか?」
「いちいち断りを入れんでも自分の家の様に気兼ねなく使え! わしは畑を見て来るか」
「わはは! ありがとうございます!」
自分の家の様にという言葉にハーマは嬉しそうに微笑む。
長年連れ添った夫婦だからこそ、その言葉にどれほど信頼を置いてるのかがわかるのだった。
◇◇◇
「じゃあ乾燥させる前ので良いんかい~? これを食べるなんて久々に会ったけど兄ちゃんは変わってんな~?」
「俺としてはこれがそんなに丈夫になる物だと知りませんでした」
「モームの腸は細いからな~、脂を取って乾かすと丈夫な紐になんのさ~! 革製品の物を縫う時なんかに使えんのさ~!」
「へぇ~! 俺としてはそこまで処理がされてると料理に使いやすいので願ったり叶ったりですよ!」
瑞希が買いに来たのはモームの小腸であり、ウィンナー等に使われる所謂腸詰の皮だ。
普通の牛の小腸ならばかなり大きなウィンナーになるのだが、牧場主に聞いた所、モームの小腸は細いらしくとても長い。
乾燥する前の処理をした小腸を見せて貰った瑞希はこれなら使えると喜んだ。
ケーシングと呼ばれる処理をどうしようか悩んでいたのだが、牧場主が言うには、瑞希が想定していた様な処理をしてからしっかりと乾燥をさせて使う様だ。
瑞希は乾燥する前の状態の物を買い、保存をさせるために綺麗に丸め、塩と共に革袋へと放り込んだ。
「……内臓で作る保存食なん?」
「これはあくまでも包むための物だから、中身はオーク肉を使ったミンチ肉なんだ」
「前に食べたぎょうざみたいな物なのじゃ?」
「あれとはまた違うな~。餃子と違って肉を詰めたら茹でて火を通してから、表面を乾かして、煙で燻すんだ」
「……めっちゃ工程多いやん……」
「火を通したら食べられそうなのに不思議なのじゃ」
「燻製をしなくても食べられるぞ? ただその場合は保存が効かないんだ。煙で燻す事で殺菌作用が働いて保存が効く様になるんだよ」
「……じゃあ宿を出る前に吊ってたオーク肉はどうするん?」
「あれは塩漬けしたのを塩抜きして、乾かしてるんだよ。燻製にする時に水分は御法度だからな」
「水分があるままに燻したらどうなるのじゃ?」
「滅茶苦茶酸っぱくなるんだ……」
瑞希は、燻製に興味を持ちだした初めの頃に何度か酸っぱくなる失敗をした事を思い出し、思わずため息を吐いてしまう。
「煙なのに酸っぱくなるのは不思議じゃな?」
「酢酸って言ってな、まぁ水分と煙が反応して酸っぱくなるんだよ」
「……じゃあ酸っぱくならへんかったら美味しいん?」
チサの何気ない質問に瑞希はニッと笑顔を見せる。
「まぁ楽しみにしとけ! さぁ買うものは買ったし早速試作をしようか!」
のんびりとした時間が流れているようなココナ村の道を三人は歩いていく。
シャオは瑞希の左手を、チサは瑞希の右手を繋ぎながら久々のゆったりとした時間を楽しむのであった――。
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