タバスとの再会
瑞希達三人と馬車を転がすモモは、日を跨ぐ事なく、その日の夜にココナ村に到着する。
荷物が少なかった事と、ボルボの時とは違い、人数が少なかった事、そしてシャオの魔法で途中の道は空を飛び、ショートカットしたためである。
「……魔法ってこんな移動もできんねや」
「いや、これはシャオだけだぞ? シャオの魔法が規格外なだけだ」
シャオはぼふんと人の姿になり、得意気に胸を張る。
「くふふふ! わしにかかればこんなもんじゃ!」
「でも上空を飛んだだけあって滅茶苦茶寒かったな……」
「……温かい物飲みたい」
「キュー……」
「馬車まで飛ばすのに、温風まで出せんのじゃ!」
瑞希達の愚痴にぷんぷんとシャオが怒り出す。
「別にシャオを責めてる訳じゃねぇよ。早く来れたから試作の時間は取れるしな! でも帰りはカパ粉も積むからのんびり帰ろう」
「……お腹空いた」
「じゃあさっさとタバスさんの所で温まろうか!」
「タバスの料理は食べたくないのじゃっ!」
「安心しろって! タバスさんの料理じゃないはずだからさっ!」
瑞希は含み笑いをしながらタバスの宿がある場所へと向かって行くのであった――。
◇◇◇
夜も更け、最後の客が帰った客と入れ違いに入って来た男は、何か不思議に思ったのか出て行った客の背中を見送っていた。
その男が連れていた銀髪の少女も何やら上機嫌で男に何かを強請っている様子だ。
「――まだ食べれますか?」
そう声を掛けた客に対し、店主である老父は嬉しそうにしながらも憎まれ口を叩いた。
「ふんっ! 今日はもう店仕舞いじゃ! 生憎今からはわし等身内の食事時間じゃからな!」
「……むう。お腹空いたのに」
「うぬぬぬ……わしもはんばーぐが食べたかったのじゃっ!」
「じゃあ厨房をお借りしても宜しいですか?」
老父の言葉を真に受けた少女達は不服そうにしていたが、にやりと笑う男は老父に尋ねた。
「馬鹿を言うな。今からは身内の食事時間じゃ。お前等は食事を出てくるのを待ってれば良い」
「わははは! 御相伴にお預かりしますタバスさん」
「元気そうで何よりじゃミズキよっ! おーい婆さん! 食事の準備を頼む! 嬢ちゃん達ははんばーぐが食べたい様じゃ!」
タバスが厨房に声を掛けると、中からカップを乗せたお盆を手にした穏やかそうな老婦が現れた。
「あらあら、まあまあ! ミズキさんじゃないの!」
「お久しぶりです。お体の具合はどうですか?」
「あれからは随分楽になったわ~! 主人より元気なくらいよ! さぁさぁ、立ち話もなんですからお座り下さいな」
老夫婦に促された瑞希達は、席に座り、湯気が立ち昇るカップを差し出された。
木で出来たカップには真っ白な液体が入っており、シャオとチサはふうふうと息をかけ、冷ましながら啜った。
「モーム乳を温めてあるのじゃ」
「……美味しい」
「外は寒かったでしょう? 料理が出来るまで少し待っててね」
老婦はそう告げると、厨房へと踵を返す。
「くふふふ。はんばーぐが楽しみなのじゃ!」
シャオの嬉しそうな顔はさておき、瑞希はハンバーグが出されている事に驚いた。
「先程すれ違ったお客さんも言ってましたけど、ハンバーグを出してるんですか?」
「ミズキの料理の事を婆さんに伝えたら再現しおってな。おかげで今じゃうちの看板料理じゃ」
「へぇ~! それは楽しみだ!」
「それよりもあれからお主達は何をしておったんじゃ? そっちの黒髪の嬢ちゃんは――」
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
瑞希がタバスに現状の報告をしていると、厨房から老婦が料理を持って現れた。
モーム乳を使ったスープ、ふかふかに焼き上がったパンとその横には薄く切られたチーズ、焼き色が付いた鶏肉に、シャオのお目当てのハンバーグが食卓に並ぶ。
「くふふふふ! 初めてミズキの料理を食べた時と同じ料理なのじゃ!」
「……美味しそう!」
「じゃあハーマさん頂きます!」
「うふふ。ミズキさんの御料理を真似て作ってみたから感想を聞かせてね」
チサはスープを啜り、瑞希は鶏肉を口に入れ、シャオは大きく口を開き、ハンバーグを咀嚼する。
チサは瑞希の作ったミルクスープに似ている事に驚き、瑞希は以前ココナ村の養鶏所で聞いていた只焼いただけなのに美味しいと言われていた鶏肉に納得し、シャオは自身でも作る大好物のハンバーグにこりこりとした食感と香ばしさを不思議に思っていたが、これはこれで美味しいのか、嬉しそうな顔でもう一口ハンバーグを口に入れる。
「美味しいですっ! いや~タバスさんの料理とは比べ物になりませんねっ!」
「ぬかせっ! でもうちのかみさんの料理もいけるじゃろ?」
「くふふふふ! 面白いはんばーぐなのじゃ! こりこりとした食感が癖になるのじゃ!」
「……こっちのパンもふかふかで美味しい」
「こりこり?」
瑞希はシャオの感想が気になったのか、ハンバーグにナイフを入れ食す。
練り込まれた肉の中から木の実の様な食感を感じ取ると、その工夫に感心していた。
「あぁ、成る程……二人共こっちの鶏肉は食べたか? 何で美味しいか分かるか?」
「……にへへへ、シームカと一緒やろ?」
「炭火で焼いてるから美味しいのじゃ!」
「おぉ~正解! 炭火で焼くからこの香ばしさが付くんだよ」
瑞希の問題に二人の少女が事も無げに答えた事に、ハーマと呼ばれた老夫婦が嬉しそうに驚いた。
「余裕なのじゃ! でもこっちのはんばーぐはわからんのじゃ」
「あらあらまあまあ! お嬢ちゃん達はお料理が好きなのねぇ。はんばーぐの中には細かく刻んだこれが入ってるのよ」
ハーマは器に入れた種を食卓に置く。
「……種ですか?」
「ココナの種って言って、この時期になると裏庭にあるココナの木から実が落ちるのよ。その中に入ってる種を炒った物なの。この辺はココナの木が多いからココナ村って言うのよ」
ハーマは穏やかな表情で口に手を当て料理の工夫を説明する。
瑞希は差し出された木の実を口に運ぶと、炒られて香ばしくなった木の実は、カリカリと音を立て、落花生の様な食感と胡桃の様な風味を口の中に残した。
「美味しいですね! これならピーナッツバターとかにも出来そうだ」
「あら? それはどんな御料理なの?」
「料理というか、パンに塗る物なんですが……すぐ出来ますから作ってみましょうか? この子達は甘い方が好きなので砂糖を持って来ます」
瑞希はそう言うと、一度店を出てから、砂糖を手にしてハーマと共に厨房へと姿を消す。
厨房からはゴリゴリという音がしたと思えば、すぐに瑞希達は戻って来た。
「ココナ村でもバターが手に入る様になってるんですね!」
「今じゃ牧場ではばたーや乳製品を大量に作っておるぞ! 誰かさんが領主に教えたんじゃろう?」
タバスは嬉しそうだがニヒルに笑うと、手に持った酒を煽る。
瑞希は照れ笑いをしながら、ペースト状の物を食卓に置いた。
「これがピーナッツ改め、ココナバターです。シャオ達の為に砂糖を使いましたけど、ココナの実とバターなら砂糖はなくても充分美味しいですよ。料理にも使えます」
「驚いたわ~。ココナの実をパンに塗るだなんて、味見をさせて貰ったけど本当に美味しいのよ」
「くふふふ! パンに塗るのじゃな?」
「……あっ! うちも食べたい!」
瑞希に差し出されたココナバターを二人が取り合い、瑞希は喧嘩をしない様に二人の頭を軽く叩き止める。
瑞希は二人のパンにココナバターを塗って手渡すと、二人は大きく口を開けてパンに齧り付いた。
トロリとしたココナバターは濃厚であり、香ばしい風味が鼻に抜け、柔らかなパンととても相性が良く、二人の少女次々にパンを齧っていく。
「美味しいみたいだな?」
二人はココナバターの甘さが気に入ったのか、頬をパンパンに膨らませながら瑞希の言葉に頷く。
タバスとハーマも千切ったパンに付けて食べた様だ。
「本当にパンとも合うわ~!」
「小僧の料理の腕は衰え知らずの様じゃな?」
「料理と言って良いのかわかりませんけどね。でもハーマさんの料理もとっても美味しいです! ハンバーグに木の実を入れた事はなかったんですけど、美味しいですね! 覚えときます」
「お主でも知らん料理があるのか?」
「いっぱいありますよ! 料理はどんな工夫を思いつくかっていうのが大事ですからね! ハーマさんの工夫が新しいハンバーグを作ったんです」
「うふふ。お祖母ちゃんを褒めても何も出ませんよ」
「ハーマの料理は温かいのじゃっ!」
「……何か癒される!」
二人の少女口の中の物を飲み込んだのか、笑顔でハーマの料理を褒める。
「うふふ。ありがとう。パンのお代わりはいるかしら?」
「「食べる(のじゃ)っ!」」
「そうだ、御礼に明日の朝食に新しい料理を出しますよ! 作り置きも出来ますし、ハーマさんなら色んな工夫が出来そうですし!」
「あらあら、それは楽しみだわ!」
「それよりミズキは何でまたこの村に来たんじゃ?」
「タバスさんのカパ粉が買いたいのと、モーム牧場で買いたい物があるんですよ」
「わしのカパ粉は美味いからな! モーム牧場では何が買いたいんじゃ? キーリスでは買えんのか?」
「それはですね――」
瑞希の話にハーマが目を輝かせ、タバスは食材になるとは思えなかったが、それでも瑞希の作る料理に興味をそそられたのか、瑞希の料理を楽しみにするのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!