休息と仕入れ
「――という感じでコバタの人達にはバランさんの言葉を聞き入れて貰えそうだ」
瑞希はパクリと手持ちのドーナツを齧る。
瑞希の両隣では二人の少女が両手にドーナツを持ち幸せそうな顔をしており、ミミカは瑞希の話を聞きながら二人の幸せそうな顔に納得がいった。
「だから本日はどーなつを作ったのですね? ヒアリー様達も嬉しそうに籠を持って行かれましたし……」
「そう。おかげで炊き出しの時より腕が疲れたよ……」
瑞希はキーリスへ帰還した次の日、シャオ達との約束通りドーナツ作りし始め、大量のドーナツを作り上げた。
ヒアリーには籠一杯のドーナツを手渡し、一口味見をすると同時に、瑞希を手伝って良かったと騒ぎ立て、上機嫌で城を後にした。
別れ際にジョセの事をカインに聞いてみたが、あれはあれでヒアリーと仲良くやっており、ヒアリーがきちんと魔法を教えている様だ。
「まぁ俺の疲れより、バランさんの方が忙しいだろうな……」
「先程ドーナツを差し入れしましたが、まだ一睡もしていない様でした……早急に人材の派遣と予算の割り振りをしなければならないとの事で……カエラ様もお父様を手伝っておりました」
「だよな~……アリベル、ドーナツは美味しいか?」
ミミカの隣ではアリベルがシャオ同じ様に夢中でドーナツにパクついている。
「おいしい~! アリーね、アリーね! お兄ちゃんの作るお菓子大好きっ!」
「わははは! そりゃ良かった。まだまだアリベルが食べてないお菓子はいっぱいあるからな」
アリベルはその言葉が嬉しかったのか、椅子から飛び降り、ぴょんぴょんと嬉しさを全身で表現している。
「もう、アリー? はしたないわよ? ちゃんと座って食べなさいっ!」
「ごめんなさぁい……おいしい!」
アリベルがテオリス城に来てから寝食を共にするミミカは、元気なアリベルを椅子に座らせる。
アリベルはミミカに叱られて少ししょげるのだが、椅子に座りドーナツを齧ると直ぐに笑顔に戻った。
「ミミカのお姉さん振りも板について来たな?」
その言葉に頷くのは、アンナとジーニャだ。
「お嬢はアリベルちゃんが来てから変わったっすよね?」
「寝起きが格段に良くなりました」
「それに勉強の時間も真面目に聞く様になったっす!」
「ちょ、ちょっと二人共っ! 人をずぼらみたいに言わないでよ!? ミズキ様が……」
言葉尻をもごもごとさせるミミカだが、瑞希の前では格好がつけたい様だ。
「わははは! お姉さんはしっかりしないと、背中を見られるもんな?」
「わ、私は元々しっかりしていましたよ!?」
「ぷくく。どこがっすか……起こしても起きないのがお嬢じゃないっすか?」
「ジーニャっ! どーなつ没収よっ!?」
「ごめんなさいっす! どーなつだけは勘弁してほしいっす!」
ジーニャの軽口にミミカが冗談交じりで怒る。
間に挟まれたアリベルはその光景が楽しいのか、二人の姿を見て大笑いしていた。
瑞希はアリベルの顔を見て、殴り飛ばした男の最後に放った呟きに対する溜飲が下がった気持ちになる。
「ミズキ……バランに聞いたがアリベルを泣かした者を倒してくれた様だな?」
気付けばアリベルもとい、マリルがカップの茶を啜り、瑞希に話しかけた。
「マリルか。俺が相手をしたのは偶然だけどな? それに悪人とはいえ俺には人を斬る事は出来なかったよ」
「其方はそれで良い。其方の両の手はこの様に人を幸せにするための手だ。それにアリベルにしたら失われた記憶だろうて……。ただわらわからは一言礼が言いたかったのだ。ミズキよ、アリベルの痛みを想い、怒ってくれた事を感謝する」
マリルは瑞希そう伝えゆっくりと、そして深々と頭を下げると、すごい早さで頭を元に戻す。
その顔は無邪気な顔のアリベルに戻っていた。
「もう一個どーなつ食べて良い~?」
「あ、あぁ、何個でもどうぞ」
瑞希は急にアリベルに戻った事で、思わずたじろぎながらドーナツの入った籠に手を向ける。
アリベルは籠からドーナツを取り、おもむろに齧る。
「わぁーいっ! むふふー! おいしいっ!」
「慌ただしくアリベルに戻ったな?」
「そういえば最近はマリル叔母様とあまりお話が出来ていませんね。お父様とは話してるみたいなのですが」
「ミミカと居る時はそれだけアリベルが楽しいって事だろう? マリルが食べたい物を作ったら案外出て来るんじゃないか?」
「それならお酒を使った甘い物ってありますか? 以前叔母様が興味を示されていましたので」
「時間がかかっても良いなら作れるぞ? 寝る前ならアリベルの体で酔っ払っても大丈夫だろ?」
「本当ですか!? どんなお菓子なのですか!?」
「酒に漬けた果実を使った――「ミズキはん! このお菓子ってなんやの!?」」
以前、初めてドーナツを食べたバランの様に、ドーナツを食べたカエラが部屋に飛び込んで来た。
カエラはドーナツを手に持ちながら物凄い形相でミズキに詰め寄る。
「ド、ドーナツって言うお菓子で……」
「どーなつっ!? どうやって作るん!? うちの城でも作れる!? 食材は!? 分量は!?」
カエラは、ソファーに座る瑞希の肩を背後から掴みながら、ドーナツの詳細を聞こうと、瑞希の体を揺らしながら質問をするが、ミミカによって押さえつけられた。
「もうっ! カエラ様、落ち着いて下さい!」
「堪忍え……うち、こんなお菓子食べた事なくて興奮してしもたわ……」
「それはわかりますが、ミズキ様が目を回されます!」
ぐらぐらと揺れる視界の中、瑞希は軽く頭を振り、視界を元に戻す。
「ドーナツって美味しいですけど、そんなに驚く様なお菓子ですか? ミミカやカエラ様なら美味しいお菓子は食べられるでしょう?」
「ちゃうねんて……うち等が食べて来たお菓子はな、もっと甘いねん!」
「甘い? 甘いならそれなりに美味しい様な……。そう言えばこっちの街でケーキ屋みたいなお店って見た事ないな……」
「けーき?屋さんですか? それってどんなお店ですか?」
甘い物が大好きなミミカが、瑞希の言う店に興味を示す。
「そのままだよ。生クリームとかチョコレートとかクッキーとか、甘い物ばかりを扱うお店だ。そこで調理する職人をパティシエって言って、甘い物を専門で作る人達がお店をしてるんだ」
「生くりーむ……」
「ちょこれーと……」
「くっきー……」
ミミカ、アンナ、ジーニャは今まで食べた事のある甘味を想像し、顔がにやけてしまう。
「……なぁなぁ、ぜんざいとかみたらし団子はないん?」
「そっちは和菓子だから甘味屋だな。餅とか団子とかぜんざい、あんみつとかもあるぞ?」
「……なにそれ! まだ食べた事ない!」
「食材が見つかればまた作るよ」
チサは大好きなペムイを使った甘味を思い浮かべる。
「まぁ、そういった甘い物ばかりを扱ったお店って無いよな? って話なんだけど……」
「ミズキっ! 早くそういう店を作るのじゃっ!」
話を聞き、慌てるのはシャオだ。
シャオは瑞希の膝に対面に座り、瑞希の服を掴み、瑞希の体を揺らしながら詰め寄る。
「待て待て待てっ! 俺はパティシエにはならねぇよ! 俺は甘い物より料理の方が好きなのっ!」
「何でじゃ!? 甘い物じゃぞっ!?」
「じゃあその店にはハンバーグは出せないけど良いのか?」
「いかんのじゃっ! はんばーぐも出すのじゃっ! 食べたいのじゃっ!」
「それじゃあ意味無いだろ! それにパティシエにしろ、料理人にしろ、自分が好きな物を売り物にする方が良いだろ? 甘い物が好きな人がパティシエになれば良いんだよ!」
「うぬぬぬ……わしは甘い物も、料理も好きなのじゃ……」
「まぁ勿論、一つの店の中に料理人もパティシエもいる店もあるけど……そんなお店だとしても俺は料理人を希望するぞ?」
「じゃ、じゃあ私が甘い物を作っても良いですかっ!?」
瑞希とシャオの話を聞いたミミカが手を挙げ立候補する。
「ん~? まぁ甘い物好きのミミカならパティシエにもなれるかもしれないけど、貴族って店をやっても良いのか?」
「駄目です」
「駄目っすね」
「それはあかんやろ?」
アンナとジーニャ、それに加えカエラまでが即答する。
「だよな?」
「そんなぁ! 私だってお菓子作りがしたいのに~!」
「ミミカちゃんはテオリス家の跡取りやで? 婿を迎えて領地運営が仕事やろ。今もそういう勉強はしてんねやろ?」
「それはそうなのですが……でも、でもぉ~!」
悔しそうなミミカは自分の立場を考え、納得するのだが、諦めきれない様だ。
「まぁ何もパティシエを目指さなくても、甘い物は作り続けろよ。趣味がお菓子作りの人なんて一杯いるからさ。さて、じゃあシャオとチサのおやつも済んだし、俺達はそろそろ行こうか?」
「ミズキ殿達は何か御予定があるのですか?」
「ちょっとココナ村のモーム牧場まで仕入れに行こうかと思ってな!」
「わざわざココナ村迄ですか? しかしここからココナ村まで馬車で行けば結構かかりますよ?」
「王都に行くにしても三、四日ぐらいならまだ大丈夫だよな? それに王都に行くとしても移動時間がかかるなら保存食も美味しいのが良いだろ? まぁ工程も多いしそれが仕入れられるか分からないけどな。それならそれで別の保存食を考えるさ」
「ドマルはんも連れてくん?」
「いや、ドマルはカエラさんの相手もありますから俺達三人で行ってきます」
「私も行きたいですっ!」
「ミミカはアリベルが寂しがるから一緒に居てやってくれ。そのかわり帰って来たら一緒にマリルのお菓子作りもしような」
「絶対ですよっ! 約束ですからねっ!?」
「わかったわかった。じゃあ俺達は準備を済ませたらココナ村に行ってきます」
瑞希はそう言うと部屋を後にし、モモの馬車に荷物を積み込み、懐かしのココナ村へ向かうのであった――。
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