トロルと瑞希の拳
肩口まで伸びた髪を面倒臭そうにかき上げ、男は瑞希の近くに居る子供達をを見据えていた。
その顔には火傷の痕が見て取れた。
「アヒャ……アヒャっ、アヒャヒャっ! この街はもう駄目みてぇだから子供でも攫って売り飛ばそうかと思ったら、うじゃうじゃうじゃうじゃ、蟻の様に沸いてんじゃねぇか!」
男は人型の魔物に魔力を流すと、魔物は大きく足を上げ、その場に足を振り下ろした。
轟音と共に揺れる地面に、住民達は悲鳴を上げながら散らばっていく。
瑞希はシャオと手を繋ぎ、チサは馬車から瑞希の剣を投げ、金魚を呼び出し、モモと共に子供達の前に立ちふさがる。
瑞希はチサに投げられた剣を受け取り、鞘から抜いた状態で剣を構えた。
「剣帯を付けてる暇もねえな……シャオ、あの魔物はなんだ?」
「トロルじゃな。オーガよりも大きく、人型にしては知性が少し足らん分力が強いのじゃ」
「あんなの洞窟にいなかったよな?」
「大方、ミタスが別の場所にでも隠しておったんじゃろ」
「チサっ! モモっ! 子供達と安全な所に避難してくれ! あいつ等は俺達が請け負う!
兵士の皆は住民の誘導をお願いします!」
「……分かった! 皆この馬車に乗りっ! モモ! 乗せたら移動するでっ!」
「キュー!」
子供達はチサの誘導を受け、モモの馬車に泣き叫びながら乗り込み、チサは馬車内から御者台へと移動する。
この場に残されたテオリス兵は声を上げ、住民の誘導をする。
「おいおいおいおいっ! 子供は置いてけよ。高く売れるんだからよ~!」
男が再びトロルに魔力を流すと、トロルは馬車に向けて走り出した。
ドスンドスンと音を立てて近づいてくるのだが、駆け出していた瑞希とシャオがトロルの前に立ちはだかる。
「行かせる訳ないだろ? お前等の相手は俺達だ」
「くふふふ! 腹ごなしには丁度良いのじゃっ!」
シャオはトロルの足元を凍り付かせ、トロルの動きを止める。
瑞希はシャオの使う魔法を知っていたかの様に走り出し、魔力を込めた剣でトロルの足元を斬りつけ、シャオは風魔法を使って切り刻もうとする。
しかし、トロルの大きな体と、纏わりついた脂肪が邪魔をして、浅い傷を付けるに止まる。
それでもトロルからすれば、その傷が煩わしかったのか、足に力を込め、無理やりに氷から足を引き抜き、大きな手で瑞希達を弾き飛ばそうとする。
「潰れちまえやっ!」
「――エンディマグファー!」
唐突にトロルの足元から火柱が現れる。
火柱に包まれたトロルは、体に付いた火を消そうと転げ回り、瑞希達は大きくその場から離れた。
「あんた達ねぇ! トロルに斬撃なんか意味無いに決まってるでしょっ!」
「それにミズキの剣じゃ長さが足りねぇぞ?」
「お前等来てたんならもっと早く声を掛けてくれよ……でも助かったよ」
瑞希は溜め息を吐きながらも助けに入ってくれた見慣れた冒険者に感謝をする。
「この子の故郷の様子を見に来ただけよ。それにしてもまだこんな上級魔物が隠れてたのね」
「お姉様の魔法……素敵です……!」
「うるさいっ! あんたはあの魔物をどうにかしなさいっ! どうせミタスのでしょっ!」
ヒアリーにへばりつくジョセは引きはがされ、カインは己の大剣を肩に乗せ駆け出した。
火が消え、焦げ跡が残るトロルは雄叫びを上げ、迫って来たカインに対して拳を振り上げた。
「おらよっ!」
カインが向かって来た拳に対し、水平に大剣を当てた事で、トロルの拳に大剣がめり込み、トロルは繊細な指先の痛みを感じ、再び雄叫びを上げた。
「ひ、ヒ、火……火が、火だ、火ゃ、ヒャヒャヒャっ! 俺に、火を使うんじゃねぇー!
」
トロルから落とされた男は火に対し異常な反応を見せるが、その言葉とは裏腹に己の周りを火球で埋め尽くす。
手当たり次第に火球を放ち、辺りの建物に引火する。
「何だってんだよ……シャオ、お前は建物の火を消してくれ!」
「わしが離れると瑞希が危ないのじゃっ!」
「カイン達もいるから大丈夫だ! それよりも早く火を消さないと被害が大きくなるっ!」
「ぬぐっ! ……わかったのじゃ!」
シャオはそう言い残しその姿のまま飛び上がり、水球を生み出し、燃えている建物を次々と消火していく。
同時に瑞希は声を上げながら男の元へと走って行く。
「カインっ! トロルは任せたっ! 俺はあいつを止めて来るっ!」
「わかったっ! ならおめぇの出番だっ! トロルの動きを止めてくれ!」
「言われなくても、もうやってるわよっ!」
ジョセがトロルに触れ、魔力を流すと、男の魔力の書き換えが出来たのか、トロルはビクンと体を震わせ、その場に膝を着いた。
「良い高さだ!」
「今度はぶっ倒れるんじゃないわよ!?」
カインの背中にはヒアリーが手を当てており、悪態を吐きながらカインと共に走り出す。
「コツは掴んで来たからよ! おぉらあぁっ!」
カインが声を上げながら振り下ろす大剣は、トロルの頭部に命中すると、ヒアリーの魔力に呼応する様に爆ぜ、頭部を失ったトロルはその場から倒れて行く。
一方、男に迫る瑞希は男から向けられた火球を斬り捨てる。
トロルを失い、頼みの魔法も効かない事を悟り、焦った男がぼやいた言葉を瑞希が聞き取ってしまう。
「あのガキが逃げてからだ……俺達は上手くやってたんだ……あのガキが逃げなけりゃ……」
アリベルの事だと悟った瑞希は剣を握っていない拳に力を込める。
その拳はぼんやりと光り、男の顔面を一直線に捉え、殴り飛ばすのであった――。
◇◇◇
「手間をかけさせてすまないな……」
「いえいえ、気付いたら男を殴り飛ばしていて……」
「くふふふふ。ミズキを怒らすと怖いのじゃ!」
シャオはどこか嬉しそうに瑞希の左手を握っており、その手からは瑞希の魔力の欠片を感じていた。
「……うちとモモも頑張った!」
もう片方の右手はチサが握っており、瑞希の背中にはモモが頭を押し付けている。
「あんた達少しは冒険者の勉強もしなさいよ? トロルには火を使え。冒険者の常識よ?」
「うぬぬっ! 普段なら風魔法でも充分なのじゃ!」
「それでもシャオは瑞希の妹でしょ? いつでも普段通りにしてる訳じゃないんだから、その分知識を付けなさい!」
ヒアリーも猫姿のシャオの魔法の威力は知っている。
だからこそ、瑞希と共に生きていくというならと、声を大にして伝える。
その事が分かっているシャオは何も言い返せなくなってしまう。
「うぬぬぬぬ……分かったのじゃ……」
「全く……それにミズキっ! 何でもかんでも斬れると思うなっ! 相手の大きさと、自分の得物をちゃんと考えなさいっ! あんたは銀級冒険者なのよっ!?」
「肝に銘じておくよ。カインもありがとな?」
「い、良いって事よ……」
大剣を地面に突き刺し、だるそうにしているカインと、既に息を切らし寝そべっているジョセは魔力が枯渇している様だ。
「お、お姉様……私、頑張りました……!」
「あんた達はさっさと魔力薬を飲めっ!」
「「いや……苦いから……」」
ヒアリーは二人のその言葉に苛立ちを感じ、魔力薬の入った瓶を無理やり二人の口にねじ込んだ。
――バラン様っ!
広場に集まっていたテオリス兵とバランの元に、汚れた格好の新たなテオリス兵が馬車を曳いて現れた。
「盗賊のアジトを探索させていた者達か。何か見つかったのか?」
――キーリスまで連れて行こうかと思いましたが、コバタで食料を補給しに寄りましたバラン様達を見つけたもので……アジトにはこの者達が眠っていました!
馬車から運び出される数名の人達は、うなされながらも、目を瞑り横たわっていた。
――パパっ!
――ままぁ!
「城の中でも何人か同じ症状の住民と思われる者達が見つかった……シャオ君、治せるか?」
「魔法の才能が在る者がミタスの魔力に抗っておるだけじゃ……」
シャオは横たわる人々に手を当て、ミタスの魔力を抜いて行く。
「これでもう大丈夫じゃ。数からして魔力の少ない者には少量の魔力しか入れてなかった様じゃの。それにもう辺りからはミタスの魔力も感じんし、わし等の出番はもう無い様じゃ」
「ありがとうシャオ君」
「礼より砂糖が欲しいのじゃっ! キーリスに戻ったらどーなつを作って貰うのじゃっ!」
「わかった。カイン君達は……」
「私達はこのトロルを頂けますか? 普通のトロルよりも大型ですし、それなりに報酬も受け取れますので……それとミズキはシャオに作るお菓子を分けてよね!」
「了解。たっぷり作って渡すよ」
「……にへへへ! 帰ったらどーなつ!」
「くふふふ! 早く食べたいのじゃ!」
「キュー!」
二人の少女が喜ぶ顔が嬉しいのか、モモは良かったわねと、言う様に一鳴きするのであった――。
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