クリームシチューとお腹の音
厨房に駆け込んできた三人は手を洗うと、小麦粉に似たカパの粉とホロホロ鳥を探し出した。
瑞希はシャオにお願いし、モーム乳からバターを作ってもらうと、ミネストローネと違い、野菜スープから野菜を取り出し、ホロホロ鳥と一緒に一口大に切り分けた。
「さっきのスープとは違った切り方をするんじゃの?」
「クリームシチューは具をしっかり食べたいし、ミネストローネと違ってポムの実も使わないからな」
「次は何色のスープなのじゃ?」
「次は白色だ」
「くふふ。黄色じゃったり、白色じゃったり忙しないのじゃ」
「俺の故郷じゃ、赤色も、茶色も、黄金色のスープもあるんだぞ」
「スープだけでどんだけなんじゃ……」
「スープどころかハンバーグだけでも腐るほど種類があるぞ? 今日食べたみたいな普通のハンバーグでも作る人によってレシピはちょっとずつ違うから、それも考えたら何万種類あることやら……」
「なにっ! ハンバーグが何万種類!? 早くわしにも食べさせるのじゃ!」
「だぁめ! 今日はもうクリームシチューだけ! シャオもあんまり食べ過ぎると太るぞ?」
「ぬぐっ……太るのは嫌じゃ……」
「だからさっき動いた分ぐらいで充分なんだよ。じゃあホロホロ鳥を焼くからシャオは火をつけてくれ」
シャオは竃に魔法で火を出すと、瑞希がそこに鉄鍋を置きホロホロ鳥を焼いていく。
「なぜスープに入れずに先に焼くんじゃ?」
「先に焼いて香ばしさを付けるんだよ。その後に切った野菜とスープを入れて煮込んで鶏の旨味を出しておく」
瑞希が鶏を焼き終えると、そこに少な目のスープと野菜を入れて煮込んでいく。
「ミズキ? スープ少なくない? 出来れば僕も食べてみたいんだけど……」
「あぁ、まだこの後にモーム乳も混ぜるし、倍以上に増えるから大丈夫だよ」
「モームの乳からばたーを作ったのも驚いたけど、スープにするなんて不思議な料理だね?」
「この世界の人はもったいないよな~。乳からは、バター、チーズ、ヨーグルトとかも作れるし、料理にもお菓子にも使える万能な食材なのにな」
「ミズキ……それが全部美味しかったら商売になるよ!」
「タバスさんに教えとこうかな」
「ミズキがやれば良いじゃないか!」
「え~……乳製品は好きだけど、商売にする気はないよ」
「ミズキは欲がないなぁ……」
「乳の話なんてどうでも良いのじゃ! ミズキ! 次は何をするのじゃ!?」
シャオが二人の話にしびれを切らすと瑞希の服を引っ張り催促をしだした。
「はいはい。じゃあシャオが作ってくれたバターと、同量のカパ粉を用意する」
「用意できたのじゃ!」
「じゃあ横の竃に新しい鉄鍋を出してバターを溶かすから、まずは中火で火を点けてくれ」
シャオは少し弱めの火球を竃に出す。
「バターが溶けて来たらカパ粉を入れて木べらでしっかりと練り混ぜていく」
「なんじゃ!? 泥みたいになったのじゃ!」
「そしてここにタルの中に入っていたモーム乳をしっかり混ぜてから、ちょっとずつ足していく」
「どろどろの液体になってきたのじゃ!」
「このルーをちょっと固めに作ったら、ここにさっきのスープを加えて伸ばしていく……」
「どんどん液体になってスープらしくなってきたね!」
「スープにしてはとろとろしておるのじゃ」
「そう! 夜も更けて寒くなって来た今、このとろみが温かくて美味いんだよ!」
ポコポコと沸き立つスープに味付けを施して、一口味見をしてみる。
「ミズキばっかりずるいのじゃ! わしも食べたいのじゃ!」
ぴょんぴょんと抗議をするシャオに小皿に入れたシチューをシャオに手渡す。
「熱いからしっかり冷ましてから味見するんだぞ」
シャオはふうふうと息を吹きかけずずっと音を立ててシチューを口にする。
「甘みがあって美味いのじゃ! 具も食べてみたいのじゃ! はよう! はよう!」
「もうちょっと煮込んでからだ! もうすぐ食べれるから我慢しろ!」
シャオはう~、と唸りながら瑞希に抗議するが、料理の事では瑞希を信じた方が美味い物を食えると理解しているシャオはおとなしく鉄鍋を見ている。
「もう少ししたら出来るけど、ミミカ達は目を覚ましたかな?」
「僕が行ってこようか?」
「頼んで良いか?」
「じゃあ行ってくるよ」
ドマルは厨房からミミカ達の元へと向かうのであった。
◇◇◇
ドマルが部屋の扉をノックしようした時に、中から話声が聞こえて来た。
・
・
・
・
・
・
「ミミカ……大きくなったわね」
「テミル! テミル、テミル、テミル!」
ミミカはテミルの胸に顔をうずめると名前を呼びながらわんわんと泣きだす。
テミルは何も言わずにぎゅっとミミカの頭を抱きしめた。
「キリハラさんには感謝してもしきれないわね。本当に無事で良かった……」
「ごめんなさい。私が勝手に会いに来たから……」
「そうね。ジーニャやアンナにはしっかり謝るのよ」
「はい……。それより何でココナ村にいるって教えてくれなかったの!?」
「言えるわけないでしょ。バラン様との約束でもあるんだから」
「お父様も勝手だわ! いくら魔法嫌いだからってテミルを解雇する事ないじゃない!」
「私が悪いのよ。魔法嫌いの事は知ってたけど、ミミカには魔法の才能があったのをもったいないと思ってしまったんだから」
「魔法は悪くないわ! 魔法を悪く使う奴が悪いのよ!」
「その通りよ。でも、ミミカも魔法であっても剣であっても、嫌な思いをした物を好きになれる訳じゃないでしょ? 悪いのは私よ」
「でもミズキ様みたいな素敵な魔法使いもいるわ!」
「ちょっと待って……キリハラさんも魔法使いなの?」
「あっ……」
ミミカはしまったという顔をしながら言葉を濁した。
「いえ……聞かなかった事にするわ。ミミカを助けてもらう時にそういう約束もしたしね」
「ミミカ。今みたいにキリハラさんの事を人に言っちゃ駄目よ? 彼は目立ちたくないと言っていたし、料理を仕事にしたいと言っていたわ」
「ごめんなさい……」
「それにしてもミズキ様だなんて……ミミカもお年頃ね」
ミミカは耳まで真っ赤にしながらうつむいていく。
そんなミミカをやさしく微笑みながら見つめるテミルはまるで母の様な雰囲気を出していた。
「そう! 料理! 私もミズキ様に料理を習うの!」
「料理を?」
「ミズキ様が言うには家庭の味を作ってみたらどうかと提案されたんだけど、私料理なんてした事ないから教えてもらうの!」
「家庭の味か……バラン様に食べてもらうの?」
「そう! お父様ったら私と食事も一緒に食べてくれないのよ!? だからまずは私が作った物に興味を持ってもらうの!」
「そうね。ミミカの作った物なら私も食べてみたいわ」
「じゃあ明日のお昼! ミズキ様に教えて貰うからテミルにも持って行くわ!」
「楽しみね。そういえばミミカの事でバタバタして晩御飯食べてなかったから安心したらお腹が空いて来たわ」
「私もお腹空いた……」
二人がぼやいていると、ベッドに寝ていたアンナとジーニャが目を覚ました。
「はっ!? ここは!? ミミカ様は!?」
「う~。お腹減ったっす~。お腹と背中がくっついてないっすか~?」
一人はミミカの心配をし、もう一人は自分の腹を心配している。
「二人とも無事で良かった!」
ミミカは二人が寝ているベッドに飛び込むと、両手で二人を抱きしめた。
「ミミカ様! ……そうか……ミズキ殿が連れてきてくれたんですね」
「う~。苦しいっす……」
「ごめんなさい! 私のわがままでこんな事に巻き込んでしまって」
ミミカが二人に謝っている所に部屋の扉からノックの音が鳴る。
「起きてらっしゃいますか? ミズキが夜食をお作りしたのですが、皆さん食べますでしょうか?」
ベッドに座る三人が夜食と聞いて仲良くお腹を鳴らし、その音を聞いたテミルが笑っているが、彼女のお腹も小さく音を鳴らしていたのであった――。